隠された真実 3
アクアリアの姉姫達は事の真相を銀髪の客人に問い詰めた。
真実を確かめると、髪を犠牲に妹にかけられた魔術を解く方法を……王子を殺すナイフを手に入れた。
愛する妹の為に、愛する妹と同じ様に
何かを捨てて何かを得ようと…同じ方法を求めた。
ナイフを手に入れた姉姫達は妹に全てを話し、ナイフを渡した。
これで全てが終わる。
アクアリアとロゼリアの友好関係もこれで消えてしまう。
それでも構わなかった。
誰よりも優しく美しい、愛する妹の為ならば……と。
そう思っていた。
しかし
人魚姫は………ルリ姫は、愛した男を手にかけることなど出来ずに海へと身を投げた。
事態の大きさ、危険さに気づいた客人達が近くまで来ていなければ、ルリ姫は死んでいただろう。
ルリ姫は一命を取り留めた。
だが、アクアリア王家の怒りは、末の人魚姫の自殺未遂という事態を聞き、とうとう爆発した。
愛しい末姫の想いに気づかず踏みにじったロゼリア。
無責任な態度で結果的に末姫を自殺に追い込んだ客人に
復讐すると決めた。
「あの後……貴方はお二人のご友人をアクアリア王家に人質に取られた。お二人の命と引き換えに『人魚の涙』を造り、ロゼリアへの復讐を手伝う事となりましたな」
「他人事みたいに言ってくれるよな。元を辿れば全部お前のせいだろ」
「………返す言葉もございませんな」
軽蔑と僅かな怒りを込めた視線を向けるユージーンに、ホームズ子爵は苦笑するしかなかった。
口角は上がっているが、その顔色は真っ青。
(虐めすぎたか?ルリが見てたら絶対に俺だけ悪者扱いだな。昔からアイツはアルフレッドを弟のように可愛がってたらしいし……)
ユージーンは今は亡き友人……ルリを思い返していた。
ユージーンは気づいていた。
いや、恐らくアルフレッド本人も気づいていたのだろう。
ルリにとってアルフレッドは、ただの友人。
弟のような可愛い年下の人間の男の子。
恋愛に発展する可能性は極めて低かった。
そしてルリと当時のロゼリア王子が出会ってしまった事で、その可能性は皆無となったのだ。
「惚れた女にお前がしてやれたのは一つだけだな。文字通り命をとしても添い遂げたいと思う男と出会わせた」
「そして……その恋を引き裂いた…」
「その上ロゼリアとアクアリアが800年も続く確執を生み出した、か。自分の行動を振り返って落ち込むとかガキ以下だぞ。まぁ、身投げして昏睡状態だったルリが奇跡的に目を覚ましたから、アクアリアは復讐をやめ『人魚病』も治まったけどな。俺達はすぐにアクアリアを出たが…あれから……ルリや両王家はどうなったんだ?」
「ルリ様は世間的には『死人』でした。生きていても、死んでいなければならなかった。あれだけの騒ぎを引き起こした原因として……アクアリアが被害者を装い続ける為に、ルリ様は死ぬ必要があったのです。アクアリア王家は秘密裏にルリ様を城の奥の一室へと住まわされていました。後にルリ様が結婚し、姫が産まれると姉姫様のお一人に養女として引き取って頂いたのです。ロゼリアや他国にはルリ様の遺児という名目でお伝えしました」
「国としてのプライドを守る為にはその程度の隠蔽は妥当だな。人魚の妊娠期間は個人差が激しい。半年の者もいれば二年かかる奴もいる……どうせロゼリアへの説明はお前がしたんだろ。騙せただろうさ」
「はい。そして当時の女王……つまり先々代の女王陛下が両国へ…特にアクアリアへと責任を追求しようとしましたが……ルリ様の姉姫様達が一人を残し、全員が命を絶ちました。それ故に大きく責任を問われることも無かった」
それも全て彼女達の意思だろう。
王家の誇りが、彼女達から自ら命を絶つという選択をさせたのだ。
チラリ、とユージーンの方に目配せをしながらホームズ子爵は呟いた。
そうさせた原因は間違いなく目の前の男、ユージーンだと言いたげに。
「それはご愁傷様だったな」
ユージーンは大げさに両手を上げて、やれやれといった風に告げる。
お互い当事者だというのに、この責任の感じ方の違いは何なのか。
それは簡単なこと。
ユージーンにとって大切なのは、自分が心を許した者に関してのみ。
友人であるルリや人質にされた二人に責任を感じることがあっても、その他大勢に感じることは無いのだ。
他人がどれだけ不幸になろうと、彼が心を痛めることはない。
「貴方は……本当に…変わりませんな。変わったと先程は言いましたか……本質はやはり…変わらない」
「あんた以上に、か?褒め言葉と受け取っておく。それで?……あんたは今後、どうするつもりだ?自首でもして罰せられるべきだと?」
「いずれ全ての罪を明るみに晒しましょう。お約束致します。しかし……今はその時ではありません。ロゼリアの大使として、若き国王とそのお妃様をお支えしなくてはなりませんから」
「懸命な判断だな。あの二人には味方が一人でも多く必要だ。それがどんな罪人だろうと」
これから友好関係回復に務めるルードヴィッヒとラピス。
その道は長く、険しいものとなるだろう。
ロゼリアとアクアリア両方に顔が利き、信頼もあるホームズ子爵は、今後の両国に対しても必要な人材だ。
ここで彼が自らの罪を明るみにすれば、両国にはさらなる溝が出来てしまう。
「自分のやる事がわかってんならいいさ。聞きたいことも聞けたし、言いたい事も言った。俺は姫さまの元に戻る。朝日が出ると同時に此処を出るつもりだ」
「わかりました。使用人達にも王家の使いが来るまで、口止めしておきましょう」
ホームズ子爵は片手を胸に当てながら、ゆっくりと腰を折る。
ユージーンはドアへと歩いていく。
が、ドアノブに手をかけると、振り向く事はせずに背中を向けたまま、ホームズ子爵へと声をかけた。
「……?どうかなさいましたか?ユージーン殿」
「アルフレッド……お前が見てる…ルリだが…」
ユージーンから紡がれた言葉に、僅かながらもホームズ子爵は顔をしかめた。
彼が最も触れられたくない話題。
愛する人の恋どころか人生をも無茶苦茶にした自分。
そんな自分が、どのようなまやかしであれ、彼女を見る事など許されない。
それどころか、彼女はいつも自分に対して微笑んでいる。
責めるでも、怒るでも、悲しむでもない。
800年前と変わらず、無垢な美しい笑顔で。
その罪深さ、愚かさは自分でもわかっている。
自分の中での想像とはいえ、のうのうと笑顔を向けられるなど。
恥ずべきことだ、と。
そんなホームズ子爵の表情は、後ろを振り向いていないユージーンに見えるはずはない。
ユージーンはそのまま言葉を続けた。
「お前がルリに対して、自己嫌悪や羞恥をかきたてられるのは勝手だ。ルリ本人に罵倒されたいと望むのもな。だが……ルリはそんな女じゃない…。たとえそれが…お前本人が生み出した幻だろうと、夢だろうと……ルリは決して…誰かを責めたりはしない。それが……俺の知る…俺達の友、ルリだからだ」
バタン
それだけ呟くと、ユージーンは今度こそ蓮姫の元へと帰っていった。
一人残されたホームズ子爵は、ただ一人で、暗闇の中で静かに涙を流した。
「…そう…ですな。……それが…ルリ様です。…誰よりも優しい…美しき人魚姫。…私が…この……アルフレッド=ホームズが……唯一…愛した女性です」
ユージーンの言葉の通りだ。
本当は彼女に罵倒されたかった。
お前のせいだ、と。
怒り狂い、泣き崩れる彼女に……。
責めて、責めて、自分の愚かさを彼女につきつけてほしかった。
そう願っていた。
責められることで、自分も傷つきたかった。
傷つけてほしかった。
それで構わなかった。
ソレを罪として受け入れようと思った。
しかし
ユージーンが口にしたもう一つの真実。
ルリという800年前の人魚姫は
誰よりも優しい女だった。
「…っ、…お慕いっ…しておりますっ!…800年経った今でも…貴女を……ルリ…様っ」
膝をつき、泣き崩れるアルフレッド。
その背後に
柔らかく慈愛の満ちた蒼い瞳で微笑む人魚の姿。
彼女は窓から降り注ぐ月の光の中で、ただホームズ子爵へと微笑み、揺らめいていた。