女王の元へ 1
それはあまりにも突然の事。
蓮姫とユリウスとチェーザレが午後のティータイムを楽しんでいると、ユリウスから一瞬で表情が消え去った。
「………。チェーザレ、蓮姫を連れて奥の部屋に行け」
「ユリウス?」
「どうしたの?急に?」
「いいから行け!早くっ!!」
普段のユリウスからは程遠い切羽詰まった表情と口調に、チェーザレは蓮姫の腕を掴むと部屋を飛び出した。
「ちょっと!チェーザむぐっ!?」
「黙っていろ」
部屋に入るとチェーザレは蓮姫の口を塞いだ。
「……………行ったか。…さて」
遠くからバタバタと階段を駆け上がる複数の足音が聞こえる。
ソレは段々と近づき、部屋の前に来るとピタリと止まった。
コンコン
「どうぞ」
ガチャ
「ユリウス様」
「これはこれは、天馬将軍。そんなむさ苦しい面子を大勢引き連れて、俺達に戦でも仕掛けにきたのかい?」
「冗談を言っている場合ではありません」
「久遠殿は相変わらずだね。黙っていれば麗しいというのに。軍人なんて似合わないよ。勿体無い」
ユリウスの言葉に、久遠と呼ばれた青年は顔をしかめる。
明らかに不快、不機嫌だと表情や彼の纏う空気が語る。
だが、ユリウスの言うように軍人としては華奢な身体付きをした美しい青年だ。
「流石に史上最年少、19歳という若さで将軍職についただけはある。人は見かけによらないものだね」
「ユリウス様。我々は貴方とくだらない歓談をしに来た訳ではありません。女王陛下の勅命を受けてここにいます。理由はお分かりでしょう?」
「さて………一体どれの事だろうね?身に覚えがあり過ぎてわからないよ」
久遠が問い詰めながらも、腰にさした剣に手をかける。
それを飄々と何食わぬ顔でかわすユリウス。
その成り行きを、チェーザレと蓮姫はじっと耳を澄まし、聞いていた。
「あくまで惚けるというのなら、貴方を拘束してこの塔をくまなく調べる事になりますよ」
「言葉に気をつけろ、天馬将軍久遠。お前程度に俺を指図する権利など無い。俺は女王の実子であり能力者。お前達全員の精神を崩壊させる事など、赤子の手をひねるより容易な事だ」
一触即発。
今の状況には、まさしくその言葉が相応しい。
「そこまでだ。二人共」
緊張状態を破ったのは別の男の声。
その一言で人垣がサッと別れ、中央から鎧を身に纏った厳つい男が現れた。
「……飛龍大将軍…」
久遠は苦虫を噛み潰したような顔で大将軍と呼ばれた男を振り返る。
対してユリウスの顔には普段の表情が戻っていた。
「やっとまともに会話できる人が来たね」
お前が言うな。
蓮姫、チェーザレ、久遠の心の中のつっこみが見事に揃った。
「ユリウス様。私には信じられませんが…ユリウス様とチェーザレ様、御二人に謀反の疑いがかけられています」
「謀反とは、また物騒だね。罪状は?」
「色々とありますが………弐の姫様の監禁の罪。女王陛下への報告を怠った罪。弐の姫を独占の可能性もあると」
「何を馬鹿なこ」
「惚けるのはやめて頂きたい」
ユリウスの反論をピシャリと久遠が断ち切る。
「弐の姫が既にこの世界に現れた事は、女王陛下と壱の姫様が感知された事。この塔にいる事を突き止めたのも壱の姫様です。違うと言うのなら、ここにいないチェーザレ様とソコのカップの数について、納得出来る説明をお願いします」
蓮姫は聞き耳を立てながら理解した。
彼らが押し寄せたのは、自分がここに居続けたことが原因だと。
こんな事になる前に何故自分は、弐の姫として何も行動を起こさなかったのか。
あまりにも今が幸せすぎて、こんな事態を招く危険性を考えもしなかった。
二人に甘えていた為に迷惑を………最悪、女王への反逆者として……罪人として二人は連行される。
なら………その前に…
「蓮姫……馬鹿な事は考えるな」
耳元で囁かれたチェーザレの言葉も蓮姫には届いていない。
「壱の姫様が先日、この世界の現状を想造力で拝見しようとされました。その時に……自分と同じ力を持つ者を二人感知された。一人は当然女王陛下。では…もう一人は?蘇芳殿が陛下に事の次第を進言し、陛下自らこの場所を再度確認されました」
「…………………………」
久遠の言葉に、今度はユリウスが顔を歪める。
迂闊だった。
確かに壱の姫や女王ならば、そんな事容易くできる。
しかし
あまりにもバレたのが早すぎる。
ユリウスは一人、考えを巡らすがその答は出るまでの時間は与えられなかった。
「申し開きならば陛下の前でなさるといい。…連れて行け」
「まぁ待て、久遠殿。」
久遠が部下達に向かって腕を上げ指示を出したが、ソレは飛龍大将軍に止められた。
「ユリウス様。御二人が弐の姫様の存在を利用し、私益に走ろうとしていると考えている者もいます」
「飛龍大将軍……いや…蒼牙殿。無用な問答はやめましょう。ここに弐の姫などいない。どうしてもと言うならば、俺を罪人として連行してもいい。だが、この塔を荒らす事は許さない」
「馬鹿な事を言うのはやめて頂きたいと言ったはずですが?」
「久遠殿。俺は今、蒼牙殿と話しているんだ」
やれやれと両手を上げて大きく首を降るユリウス。
どうやらユリウスと久遠はかなり相性が悪いらしい。
「ユリウス様。私には、御二人がその様な謀をするなど考えられません。ですが女王陛下の勅命に逆らうと言うのならば、私は剣を抜かねばならない」
「蒼牙殿。どうぞ連行してくれ」
「本当によろしいのですか?女王の実子とはいえ……処罰は免れません」
「あぁ。文字通り、煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
そう告げるとユリウスは、大将軍の前に跪いた。
ユリウスが連行されると聞き、蓮姫はもはや黙ってジッとしている事など出来無かった。
自分を抑えるチェーザレを振り切り、力の限り扉を開ける。
バタンッ!!
「ユリウスっ!ダメっ!!」
「蓮姫っ!!」
チェーザレが伸ばした手は、蓮姫には届かず彼女はユリウスの元へと走り出した。
「お願いします!ユリウスを連れて行かないで下さい!!」
「貴女が……弐の姫様ですか?」
「はい。弐の姫は私です。私が目的なら、ユリウスに手を出さないで下さい!」
自分よりもかなり背丈のある強面の男に怯むことなく、蓮姫は堂々と認めた。
正直……あの日々の事もあり、知らない男達の前に出る事は蓮姫には耐えられなかった。
しかしそれ以上に、彼女はユリウスが罪人扱いされる事も許せなかった。
「…弐の姫など居ない筈……でしたね?ユリウス様」
チラリとユリウスを横目に話す久遠。
蓮姫はユリウスと久遠の間へと立った。
「私が頼んだから、ユリウスは居ないって言ったんです。ユリウスは悪くありません」
「仮にそれが真実だとしても、勅命を無視し、女王陛下に偽りの報告をしようとした事に変わりありません」