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隠された真実 1



時は少し遡る。


それは蓮姫とユージーンがルードヴィッヒとラピスの結婚を知った日。


二人がロゼリアを出る前の晩のこと。



蓮姫が寝たのを確認したユージーンは、一人である場所へと向かった。


そう


ある女の元へ。



ユージーンは厳重なロゼ城の警備を掻い潜り、地下にある牢へと辿り着く。


牢の前にも見張りの衛兵は居たが、難なく魔術で眠らせると、兵が腰に下げていた鍵で牢の重い扉を開いた。


中にいたのは……


「っ!!?あ、貴方!どうやってここへ!?」


「見ての通り、正面から正々堂々と入りましたよ?イザベラ様」


ユージーンの入った牢の中にいたのは、あのイザベラ。


彼女はベッドに腰掛けていたが、勢い良く立ち上がり、恐怖からか全身を震わせている。


ちなみに牢といっても、そんなに不衛生ではない。


簡素だがベッド、洗面所、テーブルに椅子、ランプや本まで置いてある。


高い位置にある窓には鉄格子が嵌められているが、そこから月明かりがさしていた。


さすがに冬になれば冷えるだろうが、幸い今の時期なら問題は無い。


「罪人の割にはいい部屋ですね。ロゼリアのお妃様は、余程貴女に同情していると見える」


「な、何をしに来たのですかっ!!誰かっ!!衛兵っ!!」


「あぁ。叫んでも無駄ですよ。このあたりの兵は眠らせましたし、用心の為結界も張りましたから」


「っ!!お、お願いします!助けて下さいっ!!」


イザベラはその場で頭を地面にこすりつけながら土下座し、命乞いをした。


ユージーンは、やれやれ、とため息をつくと数歩イザベラへと近づく。


「そんなに脅えないでもらえます?俺は別に貴女をどうこうしようとか、考えてないんですから」


「…そ……そんなこと…わかりませんっ!だ、だって貴方は…貴方様はっ!!」



「それ以上口にしたら本当に殺しますよ」



ユージーンは氷のような冷たい眼差しをイザベラに向けた。


その表情に、イザベラは先程以上に、身体をガタガタと震わせる。


ユージーンは、直ぐにいつもの胡散(うさん)臭い笑顔を取り戻すが、かえってそれは不気味に映った。


「やっぱりバレましたか?まぁ、他の者には誰一人気づかれていないようなので、そこは良しとしましょう」


「あ、貴方は……何故…弐の姫なんぞに仕えているのです?…女王なんて存在は…貴方が一番…」


「イザベラ。一度だけ慈悲を与えてやる。だが一度だけだ。二度と俺の前で姫様を侮辱(ぶじょく)するような言葉を(つむ)ぐな」


蓮姫を『弐の姫なんぞ』と軽く扱われた事にユージーンは苛立ちを隠さず言い放つ。


ソレは普段の彼とも、素の彼とも違う口調だった。


「っ!?お、お許し下さいっ!!お見逃し下さいっ!確かに我が『リスクの一族』は罪深き一族!この世界には勿論、貴方にとっても!ドロシーが行った事も、ソレを止めなかった私にも責任があるのも重々承知です!ですがっ!私はっ!」


「ひっそりと静かに暮らしたいだけ、なんでしょう?わかっていますよ。……だから…ちょっと密約を交わして頂きたいんです」


ユージーンは先程の口調とは裏腹に、普段の口調に戻り、ニッコリと笑顔をイザベラへと向けた。


イザベラは震える身体で、必死にコクコクと頷く。


まだ何を言われるか、当然彼女にはわかっていない。


しかし、生き延びるにはユージーンの言う事を聞くしかないのだ。



彼は、ユージーンはいつだって自分を殺せるという事を、イザベラは知ってしまったのだから。



「話は簡単です。嫌がる貴女に紋章を晒させた。抵抗もさせず、すんなりとね。その時点で俺の正体はお気づきでしょう?だからこそ、黙っていてほしいんですよ。姫様は勿論、他の者全員に。決して誰にも俺の正体を明かさない、と誓ってほしいんです。もし誰かに喋ったら直ぐにわかりますしね。人の口に戸は建てられない、とは言いますけれども、命をにぎられればそんな事言えませんしねぇ」


「しゃ、喋りません!!誰にも!決して話したりはしませんっ!!」


「……その言葉…信用しましょう、イザベラ様。しかし、決して忘れないで下さいね。その約束を破れば、いつでも、何処にいても、俺は貴女を、殺しますよ」


一文字、一文字、ゆっくりと確かめるように、ユージーンはイザベラへと告げた。


それはさながら死刑宣告。


イザベラの望む未来とは真逆のモノ。


彼女は恐怖からか絶望からか、その瞳から涙を溢れさせる。


「はぁ。そんな怯えなくてもいいでしょう?喋らないのなら何もしませんよ」


「わ、私は……私は…ただ…普通に……暮らしたい…だけなのに」


「その点に関しては問題無いですよ。普通ではありませんが安寧は得られますから」


「…え……な…何を?」


「ロゼリアのお妃様だけでなく、アクアリア王家もどうやら貴女には同情しているらしい。そうじゃなくては、自分達の国を(おとし)めた者の母親に対して、女王に処罰はせず慈悲をかけてほしい、なんてお妃様の言葉に納得するはず無い。それに姫様も貴女を被害者と思ってますからね」


「お、お妃様が…そのように……この忌々しい血の流れる私に…なんてお慈悲を…」


イザベラは先程とは逆の歓喜の涙を零す。


確かに『リスクの一族』の力は危険だ。


だが、女王のお膝元である王都にて監視までつけられれば、その力を発生させるのは難しい。


直ぐにバレて今度こそ処刑は免れない。


だが、幸いにもイザベラの『リスクの一族』の力は弱い。


ドロシーと違い、その力を悪用する気も全くない。


監視付きの上に軟禁されるとしても、娘の片棒を担がされ誰かを(あや)(おとし)める今までの人生よりかはマシだろう。


「姫様が貴女を処罰する気が無いのなら、俺も何もしませんよ。ただ約束を守ってくだされば」


「誓います!決して!決して貴方の事は誰にも話しません!!ですからっ!!」


「えぇ。信じますよ。そして約束は守ります。貴女が俺の事を他言しないのであれば、貴女の人生に今後俺は一切関わりませんから」


何度も何度も、確かめるように同じ事を告げるユージーン。


それは彼にとって、彼の秘密がバレることは大いに困るからだ。


彼だけではない。


蓮姫は勿論、女王にも厄介になる話。


そして彼の秘密が明らかにされたその時には



世界に激震が走るだろう。



「話さないと約束して下さるのなら、もうここに用はありません。俺も姫様も明朝にはロゼリアを発ちますから。夜中に失礼しましたね。貴女も休まれるといい」


「…やっと……やっと…私は……平穏に…」


ユージーンの言葉が余程嬉しかったのか、今までの緊張が一気に解けたイザベラは、その場でゆっくりと倒れ眠り込んでしまった。


その寝顔はとても安らいでいる。


ユージーンは彼女を抱き上げると、丁寧にベッドへと寝かせ、本来頭の下に敷くはずの枕を片手で持ち上げた。


そして更に熟睡出来るように、残った片手を顔に(かざ)し、魔術で深い深い眠りにつかせる。


「幸せそうな顔してますね。……よかったじゃないですか……幸せな夢を見たまま二度と目覚めないなんて理想的な死に方ですよ」


ユージーンは怪しい笑みを口元に浮かべると


持っていた枕をイザベラの顔へと押し付けた。


少しすると呼吸の出来ない彼女の体はビクビクと痙攣する。


しかし、ユージーンのかけた魔術のせいで起きる事はない。


どれぐらいユージーンは、そうしていただろう?


暫くすると、イザベラは動かなくなり、呼吸も心臓も止まった。


しかし激しく動いた身体とは裏腹に、その顔はとても安らかだった。



「アンタが本当に喋らない保証なんて何処にも無ぇからな。俺の正体は最大の切り(カード)。こんなところでバレる訳にゃいかねぇんだ。悪く思うなよ。せめて来世では安寧(あんねい)に暮らせるように(ささ)やかながら祈っててやるよ。……じゃあなイザベラ。哀れな血筋に翻弄(ほんろう)された女よ」






ーホームズ子爵邸ー


イザベラを殺した後、ユージーンは真っ直ぐに子爵邸にと戻った。


しかし真っ先に彼が向かったのは蓮姫の部屋ではない。


彼が向かった部屋は……


トントン


「子爵。まだ起きておられるようですね。失礼しますよ」


ホームズ子爵の寝室。


ユージーンは一応声を掛けるが、相手の返答を待つことなく扉を開けた。


ユージーンの言葉通り、子爵は寝巻に着替える事もなく、ランプのみの薄暗い部屋の窓に佇んでいる。


「ユージーン殿。……いや、やはりこの呼び方は違和感がありますな」


「そうか?昔も呼んでただろ?」


ユージーンは扉を閉め、部屋にホームズ子爵しかいない事を確認すると素の口調で彼に話しかける。


このホームズ子爵は、正確にはユージーンと面識は無い。


しかし、彼の中には記憶がある。


ユージーンと過ごした数代前のホームズ子爵の記憶が。


「確かに、昔も呼んでいました。しかし呼ばれていたのは貴方ではなく彼の方でしょう。何故ユージーンなどという名を名乗っているのですか?弐の姫様が名付けたとはいえ……」


「姫様は俺の過去なんて何も知らねぇ。なのに『ユージーン』と呼んだんだ。意味もわからず、当然意図もない。ただなんとなく発しただけ。自分のヴァルに対してな。こんな事言うガラじゃねぇけど、『運命』ってのを感じたんだよ。…まぁ…個人的にそんな姫様が気に行ってるから、姫様のつけたこの名前も気に入ってるってのもあるんだけどな」


さらりと告げ、笑顔を浮かべるユージーンにホームズ子爵は驚く。


「本当に……変わりましたな…ア」


「待てよ。その名で呼ぶな。とっくの昔に捨てた名だ。今の俺は『ユージーン』。弐の姫……いや、俺の姫様だけのヴァル、ユージーンだ」


「……失礼致しました。ユージーン殿。あまりにも昔とは違う貴方に少々驚きましたからな」


「そういうアンタは変わってねぇ。アンタは昔のホームズ子爵とは別人。そう思ってたが……アンタは昔のまんまだな。記憶が残ってるだけだと思ってたが…全くおんなじだぜ」


ユージーンは軽くホームズ子爵を睨みながら言い放つ。


ホームズ子爵はその視線から目を逸らすことなく、ユージーンを見つめた。


「さて?なんの事でしょう?確かに私には800年前の記憶があります。当時の事は昨日の事のように思い出せる。しかし、それとこれとどういう関係が?」


「なんだ?ハッキリ言われてぇなんざ、とんだ自虐趣味だな。まぁいいか。望み通り言ってやる。今回の人魚病の件……黒幕はアンタだ」


ユージーンはビシッ!とホームズ子爵に指を指して告げた。


しかしホームズ子爵は、先程と同じようにユージーンを見つめ返すだけ。


慌てる素振りも無ければ、否定も肯定もしない。


ただ、ユージーンを見つめるだけだ。


「……何故…そう思われたのか、理由をお聞きしても?」


「アクアリアに行った時にアクアリア王妃が言ってたぜ。『人魚の涙』の保管場所はアクアリア王家とロゼリア王家、当時の関係者しか知らない、ってな」


ユージーンは蓮姫と共にアクアリアへと行った際、王妃が言った言葉を思い返していた。


『人魚の涙』が何故盗まれたのか?


犯人は何故、限られた者しか知らない『人魚の涙』の存在を知っていたのか?


他の宝には目もくれずに『人魚の涙』を盗んだという事は、存在だけではなく、ソレがどのような物かをも知っていたはず。

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