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ロゼリアとアクアリア 4




『 恐れながら


私のような者はラピス姫とルードヴィッヒ王子の神聖なる式に出席するに相応しくありません。


それはユージーンも同じ。


今はまだ、お二人の側に正々堂々と立てない、今日という素晴らしき日に出席する事のできない私を許して下さい。


いずれ二人の真の友に相応しき者となれるよう、今はユージーンと共に先を急ぎます。


次に会う時こそ、改めて祝いの言葉を告げ、共に喜べるように。



弐の姫 蓮姫 』



ルードヴィッヒが持っていたのは蓮姫からの手紙だった。


城からの使いの者が子爵邸に訪れた際、既に二人は旅立ったあと。


残されたのは二人に宛てた手紙だけだった。


ラピスが開いた手紙を覗き込みながら、ルードヴィッヒは(あわ)憤慨(ふんがい)している。


「ぅあ~~~っ!!あいつら!いつロゼリアから出たんだ!?今二人を追わせてるけど式に間に合うのか!?」


せっかくセットした赤い髪をガシガシと掻きながら、ルードヴィッヒは叫ぶ。


だが、ラピスの方は逆に落ち着いていた。


はぁ、と息を吐き出すとルードヴィッヒにその顔を向ける。


「ルーイ、こうなったら仕方ないわ。お妃様やお父様達を待たせる訳にはいかないもの。蓮の事は諦めましょう」


苦笑混じりでそう告げるラピスに、ルードヴィッヒは『え?』と困惑した。


てっきり彼女も自分のように慌てまくるだろう、と思っていたから。


しかしそこは、生きてきた年数が違い過ぎる。


ルードヴィッヒのような若造は、ラピスにとっては子供と大差ない。


勿論、ラピスだって蓮姫の事は残念に思っている。


ラピスとルードヴィッヒが、そしてロゼリアとアクアリアが、結ばれる今日という日の為に、蓮姫とユージーンは駆けずり回ってくれた。


言うならば、蓮姫とユージーンは影の功労者。


二人がいなければ、今日という日は迎えられなかっただろう。


それでも、弐の姫の存在や、世間にどう思われているかを知っているラピスは動かない。


蓮姫が噂通りの愚かな弐の姫ならば、連れ戻す事も可能だろう。


だが蓮姫がそんな弐の姫ならラピスとルードヴィッヒは勿論、両王家も式に参列してほしいなどとは言わない。


短い間だったが、蓮姫と接することでラピスは彼女の目指すものを理解していた。


「蓮は弐の姫よ。いずれ陛下に代わり女王となれる存在」


「え?で、でもよ!壱の姫だっているんだぜ!世間も王族や貴族達もソレを望んでる!」


「でも、それは蓮を知らないから。弐の姫という枠しか見ないで、蓮を見ようとしないから。蓮を見てきた私達は彼女こそ女王に相応(ふさわ)しい……蓮に女王となってほしい……そう思うでしょう?」


「ま、まぁ……全然動かない上に、やっと来たと思ったら呑気に観光してる壱の姫…よりは。で、でもよ!それとこれとどう関係してるんだよ?」


「蓮は今以上に女王に相応(ふさわ)しくなる為に、先を急いでいるのよ。それに見て、ここを」


ラピスはルードヴィッヒに向けて手紙を出す。


そして蓮姫の文字を白いレース生地の手袋でなぞった。


「まだ私達の側に立つのは相応しくない……そう書いてあるでしょう?噂じゃ王位争いから逃げたとか、世界を放浪して遊んでるとか言われてる弐の姫。そんな弐の姫が簡易とはいえ私達の式に参列したと知れれば、アクアリアとロゼリアは他の王族達から軽んじられる」


「………えと……つまり?」


ラピスと違い、ルードヴィッヒは話が読めないらしい。


「つまり、蓮は私達二人、そしてロゼリアとアクアリアの為に参列しないの。私達の事を考えて、想ってくれていたから逃げたのよ」


ラピスの言葉に、ようやく合点がいったらしい。


ルードヴィッヒは驚きの叫びは抑えたが、表情は隠せなかった。


「それにね、これで蓮と永遠にさよならって訳じゃないわ。ここを見て。いずれ私達の真の友として相応しき者になるって書いてあるでしょう。今はまだ世間に軽視されている弐の姫。でもそのイメージを払拭(ふっしょく)できる姫となる。その時にこそ、また会いましょうって意味なのよ」


「そう…だったのかよ。…でもさ…やっぱりムカつくぜ」


「ルーイ?」


「何が真の友に相応(ふさわ)しき者だ!んなもん、とっくになってんじゃねーかよ!」


ルードヴィッヒの素直過ぎる発言に、ラピスは笑みを零した。


彼のこういうところが、一番愛おしいのだ、と。


「蓮の事は残念だけど、私達も蓮に負けないくらい頑張らないと!ロゼリアとアクアリアの友好復活は私達にかかってるんだもの!」


「そうだよな!うしっ!!ラピス!俺は先に式場に行ってるから!」


「ふふっ。ここに来たのが他の人にバレないようにね」


バタン


ルードヴィッヒが部屋を出た後、ラピスはドレスに潜ませていた物を取り出す。


それはあの『人魚の涙』と同じ蒼真珠がついた指輪。


蒼真珠の大きさは『人魚の涙』程ではないが、その指輪は王家に伝わる物だ。


先日、ラピスが母から譲り受けた物。


ラピスの母もその母から、つまりルリから譲り受けていた。


指輪の内側には文字が刻まれている。


『生涯の友Aに捧ぐ』と。


「お祖母様の形見……ユージーン殿に渡しそびれてしまったわ。でも…このAって?誰の事なのかしら?ユージーン殿?…それとも……他の御友人?」


ユージーンという名は蓮姫がつけたもの。


彼の本名は本人しか知らない。


ラピスも当然知らないし、ユージーンという名が偽名という事も知らない。


「いずれ渡せる時が来るわ。蓮とも……堂々と逢える日が。だから、それまで元気でね、蓮」



一方、ラピスに用意された部屋から出たルードヴィッヒは、城の衛兵に見つかっていた。


「っ!?ルードヴィッヒ王子っ!!今までどちらにいらしていたのですか!?」


「わ、悪かったな。少し風にあたりに外へ出てた。もう会場には戻るから安心してくれ」


ルードヴィッヒは自分を会場へと連れて行く為、衛兵が探し回っていたのだろうと思った。


そんな衛兵が口にしたのはルードヴィッヒの予想とは違う言葉。


「そんな事よりも御報告がございます!!」


自分が待ち望んでいた式を、そんな事、と言われルードヴィッヒは怒りが込み上げる。


やはり、まだ民にはアクアリアへの不信感や今回の結婚に対する疑惑は拭えないらしい。


しかし兵の慌てぶりは、それだけではないようだ。


それは先程のルードヴィッヒの比ではない。


「落ち着け。一体何があったんだ?」


「い、イザベラが!!」


「イザベラ?イザベラがどうした?」


「イザベラが今朝、死んだと!!」


「な……なんだと!?どういう事だ!?まさかドロシーが目覚めて、自分の母親を!?」


「い、いえ。ドロシーは未だ眠り続けております。イザベラの死因は現在調査中ですが…死体に外傷は無いとのこと。外で警備していた衛兵も物音や叫び声などは一切聞いていないと話しております」


イザベラが死んだ。


殺されたのか?


自殺か?


「わかった。この事実は母上とアクアリア王にのみ伝えろ。アクアリア王妃やラピスにはまだ伝えるな。イザベラの死因がわかり次第、俺に報告しろ。それと式の警護を直ちに増やせ」


「はっ!!」


兵はルードヴィッヒに一礼すると、駆け出していった。


ルードヴィッヒの心には、先程までの浮かれきった想いはかき消され、ただ不安が湧き上がる。


しかし、彼は両手で頬をバシッ!と叩いて気合を入れた。


「俺が不安な顔したらラピスが心配する。俺がしっかりしなきゃいけねぇんだ。……そうだよな、蓮」






「……っ!?」


「?……どうかしました?姫様」


ロゼリアから出た街道を歩く蓮姫は、ふいに後ろを振り向いた。


蓮姫の一歩前を歩いていたユージーンもそれに気づき、足を止めて蓮姫へと振り返る。


「…なんか今…誰かに呼ばれた気がして」


「時間的にバレてもおかしくないですからね。まぁ、姫様の手紙の意図がわからない程ラピス姫は馬鹿ではありませんよ。……あの王子はともかく」


「ホント、ジーンってルーイには辛辣だよね。なんで?」


「あの王子が嫌いなんじゃなくて、馬鹿なだけの王族や貴族が嫌いなんですよ、俺は。ルードヴィッヒ王子はまだ見込みがあるのでマシですけど。そんな事より、急ぎましょう。追手は来ないでしょうけど、ロゼリアを出たのなら今度は刺客が襲ってくる危険がありますし」


「刺客……ね。そういえば…イザベラはどうして?」


蓮姫は歩くのを再開しながらも、イザベラの不審な死について考えていた。


イザベラの死は二人が屋敷を出る前に、城の兵がホームズ子爵へと知らせに来た為、知っている。


朝どころか、夜中から結婚式の準備をしている王族よりも確実に伝えられる子爵に、先に報告があったのだ。


「さぁ?俺にはわかりかねます。外傷が無いのなら心臓発作とかですかね?王都に送られる事の恐怖……もしくは監視があるにしても、ようやくひっそりと静かに暮らせる…と安心しきったのか?……一応言っときますけど、調べるのは俺や姫様ではなく、ロゼリアの仕事ですよ」


「わかってるよ。もう首はつっこまない」


またロゼリアに来た時と同じように無茶をしないよう、ユージーンは蓮姫にくぎを指す。


蓮姫は頬を膨らませながら頷いた。


「今はただ、先に進まないとね。二人に胸張って逢えるように、肩を並べて立てるように、さ」


「それでこそ姫様ですね」



こうしてロゼリアを騒がせていた『人魚病』は幕を閉じた。



ロゼリアの王子とアクアリアの姫の結婚という、一大ニュースを世間に轟かせながら。




しかし、その影で弐の姫とそのヴァルが関わっていた、と世界が知るのはもう少し後のこと。


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