ロゼリアとアクアリア 3
「蓮殿。ルードヴィッヒとラピス姫、そしてロゼリアの母として私もそれを望んでおります」
「先を急ぐとは思いますが、我々からもどうぞお願い致したい」
「娘とルードヴィッヒ王子の大事な御友人。是非参列して頂きたいのです。勿論、亡き母の友人であるユージーン殿にも」
ロゼリア王妃、アクアリア王、そしてアクアリア王妃からも頼まれ、蓮姫は断るにも断われない。
そんな蓮姫を見かねたユージーンが彼女に助け舟を出す。
「皆様のお気持ちは俺も姫様も重々理解しました。しかし姫様は病み上がりです。本日はそろそろ失礼させてもらいますよ」
「それもそうだな。蓮!簡易式は明後日だからな!子爵邸に迎えを寄こすぜ!!」
意気揚々と話すルードヴィッヒに、一応笑顔で応えると、二人はロゼ城を出た。
帰りの馬車の中でユージーンは盛大にため息を吐きながら、蓮姫に呟いた。
「いやぁ。めんどくさいことになりましたね。一難去ってまた一難ですか?」
「せっかくの二人の結婚式なんだから……一難とか言うのやめてよ」
「それはすみませんでした。………で?結局姫様はどうするんです?」
「……ジーンなら聞かなくてもわかってるんじゃない?」
「………ですよね。了解しました。しかしあの馬鹿王子も、ちゃんと先を考えてるのは意外でしたね。まぁラピス姫がいれば大丈夫でしょうけど」
「ラピスの方がしっかりしてるみたいだしね。姉さん女房ってかんじ?」
「姉さん……というか婆ちゃんというか…」
ユージーンの言葉に、蓮姫は顔をしかめる。
「は?婆ちゃんって誰よ?ラピスの事言ってるの?」
「他にいないでしょう?そもそも姫様はラピス姫のこと、いくつだと思ってるんですか?」
「そりゃあ……私と同じか少し上?」
つまり蓮姫はラピスが二十歳前後だろうと思っている。
しかしユージーンは先程よりも大きなため息を吐いた。
「いやいや。彼女はルリの孫なんですよ?ルリは800年前の人魚。あくまで推測ですけど……100は確実に超えてます。200……いや、もしかしたら300近いかも?」
「は?はぁあああぁぁ!!な、なんでよ!?」
「いや、こっちの台詞ですよ。人魚は人間の数倍長生きする種族ですよ。むしろ話しの流れで気づいてなかった姫様にビックリです。察しがいいのか悪いのか」
「そ、そんな説明しなかったじゃない!?」
「ですから、話しの流れで気づいてるとばかり思ってましたし、説明する程でもないと思ったんですってば」
確かに、考えてみたらその通りかもしれない。
蓮姫は文句を言おうと思っても、どうせまた嫌味で一蹴されるだけだと諦めた。
「説明といえばさ……気になってたことがあるんだけど」
「立場が悪くなったら話を変えるんですか?姫様……子供でももっと上手く逃げますよ」
「うるさい」
「まぁ、姫様の疑問にはしっかりと答えますよ。今後は聞かれなくても答えるよう善処します。で?何ですか?」
「………はぁ。あの時…ジーンが抑えてたイザベラのこと」
蓮姫の口から出た言葉に、ユージーンは眉をピクリと動かした。
蓮姫が次に発するのは、彼が聞かれるかも、とは思っていたがユージーンは正直に答える気ははなから無い質問だろう。
「あんなに頑なに瞳の紋章を見せるのを嫌がってたのに、なんで簡単に目を開けたの?ジーンが何か言ったのかと思ってたけど、なんかイザベラの反応がおかしかったから気になってた」
瞳を開けた瞬間のイザベラには、活気というものが無かった。
蓮姫が思いかえすイザベラの表情は、人形のようで自分の意志で瞳を開けたわけではない事はわかる。
「ジーン。イザベラに何をしたの?」
蓮姫は真っ直ぐにユージーンを見据えて問い詰める。
正直に話せ。
そう瞳で告げていた。
あまりに真っ直ぐすぎて濁りなど無い、漆黒の瞳。
ユージーンはそんな目に見つめられながらも、ニッコリと笑顔で蓮姫に答えた。
「少し魔術で操ったんですよ。『大人しく瞳を見せろ』とね」
「……それだけ?」
「他に何があるって言うんです?催眠術とは少し違いますけど、それくらいしなくちゃイザベラは紋章を晒しませんでしたよ」
「……そう。わかった」
「わかっていただけたようで何よりです」
「そういう事にしといてあげる」
今度は蓮姫の方がニヤリと笑う。
今はそうだと、騙されてやる……と。
そんな蓮姫の言葉を聞き、ユージーンは自然と口元が綻んだ。
「やっぱり……姫様にはかないませんね」
ユージーンは蓮姫に何も語らない。
蓮姫はユージーンに聞くことはあっても、深い部分まで追求しない。
それは信頼とは違う。
だが、それでいいのだ。
この二人は。
ー三日後・ロゼ城の一室ー
純白のウェディングドレスに見を包んで椅子に座るラピスは、これからの式に心躍らせながら、夫となる男との出会いを思い返していた。
初めて会ったのは10年前。
彼がまだ7歳の時だ。
子供だったルードヴィッヒは、窮屈な城を抜け出し、あの灯台の側で海を優雅に泳ぐイルカを眺めていたらしい。
あまりに興奮したのか、彼は身を乗り出してしまい、そのまま海へ転落した。
偶然近くを遊泳していた、同じく城を抜け出していたラピス(外見は今と変わらない)が彼を助けたのだ。
陸に連れて行き介抱していると、ルードヴィッヒは目を覚まし、開口一番
『キレイ……あおい人魚だ』
と、興味津々にラピスの尾ビレを触った。
ルードヴィッヒが海に濡れた事、ラピスが陸に上がった事で、二人の瞳には紋章が浮かんでいた。
直ぐにお互いの素性がわかったが、ルードヴィッヒはアクアリア王家……いや、人魚であるラピスを『キレイ』『僕、人魚はじめて見たよ!』と目をキラキラさせながら笑っていたものだ。
そんなルードヴィッヒの様子に、ラピスもロゼリア王家の人間である少年に好意が湧いた。
年の離れた弟が出来たようで。
しかし、少年の方は違う感情をラピスに向けていた。
『お姉ちゃん!大きくなったら!僕とケッコンして!!』
驚くことに、当時7歳のルードヴィッヒ少年はラピスに一目惚れし、求婚したのだ。
彼の好意……愛情はその頃から変わらない…むしろ大きくなっただろう。
そんなルードヴィッヒの真っ直ぐな愛情を向けられ、次第にラピスも彼を愛するようになった。
決して許されないだろう。
そうわかっていながらも、自分にひたむきに愛情をぶつけてくる彼を、愛さずにはいられなかった。
ともに生きることが許されなくても、生涯愛するのはただひとりだ。
そう諦めにも近い気持ちを抱いていた二人。
だが、そんな二人は今日結ばれる。
ラピスは頬を染めながら微笑んだ。
バタバタバタ!!
が、そんな彼女とは違い、城中は慌ただしかった。
初めは式の準備で慌ただしいのかとラピスは思っていたが、どうやら違うらしい。
なぜならその慌ただしい足音は、真っ直ぐこの部屋に向かっていたからだ。
バタンッ!!
「ラピスッ!!……ッ!?」
「ルーイ?」
扉をブチ破る程の勢いで飛び込んで来たのは、真紅の王族正装に見を包み前髪を上げたルードヴィッヒ。
彼は、ラピスを見た瞬間に固まってしまった。
「ルーイ、どうかしたの?」
「…………綺麗だ。…ラピス……今までで…一番…」
「……ルーイ…」
先程のラピス以上に頬を染めながら、ルードヴィッヒは自分の妻となる女性に見惚れていた。
彼の素直な反応に、ラピスも再度頬を赤らめる。
「………っ!じゃなくてっ!!いや!ラピスが綺麗なのは本当だけどっ!!」
「ルーイ、落ち着いて。式の前に新郎が花嫁に会うのは禁じられてるのに……何かあったの?」
「あぁ!あったよ!とんでもないことがっ!!」
ルードヴィッヒは再度慌てたようにラピスに、駆け寄った。
その手には何なら手紙が握りしめられている。
「蓮とユージーンの野郎!!バックレやがった!!」
「……ぇ……ええぇぇえ!!?」