ロゼリアとアクアリア 2
ーロゼ城・謁見室ー
蓮姫とユージーンが城へと着くと、二人は謁見室へと案内された。
中にいたのはロゼリアの妃、王子ルードヴィッヒ。
そして何故か、人型をとっているアクアリアの王と王妃、ラピス姫。
蓮姫達の姿を誰よりも早く気づいたルードヴィッヒとラピスは、蓮姫に向かって駆け出した。
「蓮っ!!目が覚めたのか!?」
「蓮っ!良かった!」
二人は蓮姫へと駆けつけると、ギュッと彼女の身体を同時に抱き締めた。
口々に『本当に良かった』『もうなんともないのか?』と蓮姫に、声をかけながらもその4つの手は緩むことはない。
蓮姫は、この二人は本当に自分の事を好いてくれているのだと実感し、また涙で両目が潤む。
そんな様子を見て、先日はルードヴィッヒの手を払い落としたユージーンも、やれやれ、と苦笑するだけで何もしなかった。
「ルーイ、ラピス。心配かけてしまってごめんなさい。もう大丈夫」
「なんでお前が先に謝んだよ!?謝んなきゃなんねぇのは俺達だってのに!」
「そうよ。蓮、無茶をさせてしまって本当にごめんなさい。でも、貴女のおかげでロゼリアに流行っていた病は治り、私達アクアリアの潔白も証明されたわ」
「そうなの?良かった!でも、どうしてアクアリア王家がロゼ城に?」
蓮姫の問いに、二人は彼女を解放すると、彼女を両親の元へと連れて行く。
蓮姫は両王族の前に行くと、その場にひれ伏した。
「お妃様。ご無事で何よりです。そしてアクアリア王家の方々。この度は」
「待って下さい、弐の……蓮さん」
アクアリア王は、弐の姫、という言葉を飲み込み、娘と同様の呼び方に変える。
つまり、アクアリア王家も、蓮姫を弐の姫ではなく、ラピスの友人である蓮として接すると決めたらしい。
「アクアリア王。ご無沙汰しております」
「蓮…さん。いや、蓮殿で構いませんかな?」
「私はどう呼ばれても構いません。お好きなように呼んで下さい。ですが……私が何者か、ご存じなのでしょう?」
それはつまり、蓮姫が弐の姫という事実を知っているか?という事。
確認するまでもないだろうが、蓮姫はあえて尋ねた。
アクアリア王はゆっくりと大きく頷く。
「正直驚いております。しかしそれは、噂と違う貴女の聡明さ、真摯さにです」
「蓮殿。わたくし達は幸いにも貴女と接し、その本質を知る事が出来ました。それを踏まえて、わたくし達は弐の姫様である貴女を軽視する事はありません。蓮殿は我が国とロゼリア……両国を救って下された恩人であり、娘の友人です」
アクアリア王の言葉に、アクアリアの王妃も肯定する。
この場にいる者は、蓮姫を蓮姫として認めてくれている。
「っ、ありがとう……ございます…っ」
蓮姫は感極まり、大きく頭を下げた。
瞳はまた少し潤んだが、必死に雫を零さないように堪える。
「蓮!感謝すんのは俺達の方だって言っただろ!」
「そうよ蓮!それに……貴女にどうしても伝えたい事があったの」
ルードヴィッヒとラピスの言葉に、蓮姫は頭を上げる。
目前には照れ笑いをしながら、仲睦まじそうに寄り添う二人の友人。
「私達の結婚が認められたの!」
「っ!!ほ、本当に!?」
「嘘言ってどうすんだよ!マジだって!」
二人の思いがけない発表に、蓮姫は自分の事のように喜んだ。
そんな蓮姫を見てルードヴィッヒとラピスも顔がほころぶ。
が、ユージーンは眉をひそめた。
「アクアリアの人魚姫とロゼリアの王子が結婚ですか?よく認めましたね。いえ、貴方がた両王家が認めても、民が認めないのでは?」
ユージーンの問いはもっともだ。
むしろ過去の人魚姫と王子の悲恋を体感していた者、そして両国の確執『人魚病』を生み出した者として、二人の結婚が容易くないのは彼が一番理解していた。
ユージーンの問いに答えたのはロゼリアの王妃。
「ユージーン殿。以前より我がロゼリアは、海のある国でありながら海の産物は国境を越えて他国より得ていました」
「ロゼリアに面している海はアクアリア領土ですからね」
「それはアクアリアも同じ。アクアリアが陸の産物を得るには、海の向こうやロゼリアの隣の国から得ていました。800年前のあの日より」
それ以前はお互いの領土の物を、輸出入していた。
しかし『人魚病』が発生してから800年……不都合でもお互いの国のやり取りはほとんど無い。
極たまにホームズ子爵のような大使が、要件だけを伝えるだけ。
その為、お互いの領土を奪おうと戦争になりかけた事もあった。
それだけ対立していた国が、どうして?
今度はアクアリア王妃がユージーンへと答える。
「この結婚は政略的な意味もあるのです。勿論、好意がある上でのものですが。今後のアクアリアとロゼリアの事を考えれば、遠くない未来、お互いの国は結ばれていたでしょう」
「それは貴方がた王家の意見でしょう?国民が納得するとは思えないんですけどねぇ?」
ユージーンの不敬な言い方に、蓮姫はまた蹴ってやろうかと思ったが、それよりも先にラピスが答える。
「民には緘口令をひいておりますが、今回の病を治したのはアクアリアの人魚姫とロゼリアの王子、共通の友人。二人が説得してその人物を呼んだ……という事になっています」
そう答えたラピスの話に、蓮姫は違和感を覚えた。
話に出てくる二人の友人とは自分のことだろう。
しかし
「ラピス……それって壱の姫や陛下にした報告と違わない?」
ラピスが口にする前にロゼリアの王妃が答える。
既に連携がとれている義理の母娘に蓮姫は驚きつつも、安心する。
「その通りです。しかしそれを伝えればその友人に対し探りが入るのは明白。弐の姫様の存在が明るみになりましょう。その為の緘口令です。ロゼリアの民にはアクアリア王家の協力で病が治った。アクアリアの民にはロゼリア王家の協力で身の潔白が証明された。彼等は戸惑いつつもそれを感じています」
「なるほど。民が今までの歴史や、自分が伝え聞いていたモノと全く違うお互いの国の対応に混乱している。その混乱に乗じて結婚を急げば、民の不信も有耶無耶に消えるかも…という寸法ですか?随分と楽観的ですが、形式上両国が結ばれても……」
ユージーンは珍しく言い淀む。
二人の結婚が政略的な意味を持つのなら、ただ結婚して、めでたしめでたし…とはいかないからだ。
だが、それに答えたのは若き王子……いや若き時期国王。
「大変なのはこれから……だろ?わかってんよ。国の未来、民の未来は俺達両王家にかかってんだってことくらい!」
「おや?馬鹿王子の割にはちゃんと考えてるようですね。意外でした」
ユージーンは相変わらず馬鹿にしたように鼻で笑う。
だが、今までとは違う。
髪に遮られていない紅い瞳には、ルードヴィッヒを認める色が滲んでいたから。
蓮姫だけがソレに気づき、ふふっと小さく笑った。
また憤慨している婚約者を宥めながら、ラピスは蓮姫とユージーンに向き合う。
「蓮、ユージーン殿。お二人の活躍は、いずれ民にもお話します。国や民が落ち着き、必要となったその時に。でも蓮、コレだけは覚えておいて。私達アクアリアとロゼリアは、いつだって貴女の味方だということを」
「ラピス……ありがとう。それと、本当におめでとう」
二人は友情を確かめ合うように固く抱き合った。
そんな二人を周りは微笑ましく見守る。
ラピスは蓮姫から体を少し離すと、ウキウキした様子で蓮姫に語りかけた。
「ねぇ蓮。まだロゼリアには滞在しているのでしょう?なら、私達の結婚式に出てくれない?」
「え?け、結婚式に私が!?で、でもそんな直ぐ結婚式を挙げていいの?王族同士の結婚なんて準備が大変だし、国民だって出席するんじゃ?」
蓮姫はいきなりの誘いに戸惑う。
正直言うと、嬉しさ半分、困るのが半分だ。
友人達の結婚式に呼ばれるのは単純に嬉しい。
それだけ自分を思ってくれている証拠だ。
しかし、ただでさえロゼリアにかなりの足止めを食らっている。
先を急ぎたいし、何より自分の姿を大勢に晒すわけにはいかない。
この歴史的な結婚には他国の王族どころか、女王まで参列する可能性もある。
しかし、ラピスはそんな心配をわかっていたらしい。
「大丈夫。ちゃんとした結婚式はもっと後なの。今は偽の『人魚病』のせいでロゼリアは混乱しているから。だから本格的な式は国や民が落ち着いてからするわ。その前に簡単な身内だけの式を行って、事実上……夫婦になるから。その式に出てほしいの」
ラピスは夫婦という言葉を口にする際、頬を赤らめた。
ユージーンがチラリとルードヴィッヒを見ると、彼は未来の妻よりも顔を真っ赤にさせて照れている。