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ロゼリアとアクアリア 1




ー5日後・ホームズ子爵邸ー


コンコン


「失礼致します。ユージーン殿、弐の姫様の容態は?」


「…………………」


「……ユージーン殿?」


「………はぁ…良いわけないでしょう。あれだけの人数の病を治したんです。それも『リスクの一族』がかけた……まだ目覚める気配もない」


ユージーンはベッドで深く眠りについている蓮姫から視線を外さずに、ホームズ子爵に返答した。


蓮姫の額にかかった前髪を払う優しい仕草とは真逆に、その口調には怒気が含まれる。


「………失言でした。申し訳ありません」


「ソレは…今の言葉が、ですか?それとも……あの時に言った余計な一言が、でしょうか?」


ユージーンが口にした、あの時。


ソレは、蓮姫がラピスと妃の病を想造力で治した直後。


『弐の姫様。差し出がましい申し出とは思いますが……病に苦しむ他の娘達…その想造力でお(いや)し頂けますでしょうか?』


ホームズ子爵の申し出を、蓮姫は二つ返事で(こころよ)く受け入れた。


壱の姫に病の回復を頼んでいたロゼリア王家としては、壱の姫がロゼリア到達まで待つのが礼儀。


しかし、蓮姫とユージーンの暗躍で『人魚病』の正体と真犯人が発覚した。


壱の姫に病を治してもらえば、ロゼリアもアクアリアも壱の姫に恩を売る事になる。


つまり、壱の姫の派閥に加わるということ。


しかし、噂とは真逆の弐の姫、蓮姫の本質を知った彼等は、蓮姫を(ないがし)ろにすることも出来なかった。

壱の姫が着くまで、早くともあと二日。


蓮姫はロゼリアの妃に断りを入れると、『人魚病』と似た症状の娘達を集めてもらい片っ端から治していった。


娘達には、顔を隠してロゼリア王家が呼んだ医術者だと偽り、正体がバレないように。


100人近くいた娘達。


全員を治すと、蓮姫の身体は崩れるように倒れ、深い眠りについた。


「姫様が自分の意思で想造力を使ったのは、あの日が初めて。なのにあれだけの無茶をしたんです。ぶっ倒れない方がおかしい」


苦々しく告げるユージーンの言葉に、ホームズ子爵も顔を歪めた。


実は蓮姫、今まで何度か無意識に想造力を使った事はある。


あの蘇芳から逃げ出し、ユリウスの夢へと入り込んだ時。


ユージーンを水晶から解放した時。


しかし、今回の想造力は、その比ではない。


それも100人近くに対してということもあり、長時間行い続けた。


身体は悲鳴を上げ、ピクリとも動かない。


眠り続けているのは、身体が体力を回復させようとする自己防衛本能だ。


「貴方が、考え無しであんな事を言う馬鹿じゃないのはわかっています。……姫様に治させれば…ロゼリアにもアクアリアにも、壱の姫より先に借りを作れる。そこまで考えての発言だったのでしょう?姫様の味方が出来るのは、願ったり叶ったりですよ」


「……ユージーン殿」


「頭ではわかっちゃいるんですよ。でも……貴方の余計な一言のせいで、姫様は今、昏睡状態といってもいい。その上…貴方には前科がある」


ユージーンは蓮姫の頭を一度だけ撫でると、立ち上がり今日初めてホームズ子爵へと顔を向けた。


「ちゃんと受け継がれているのでしょう?あの時の記憶も…貴方の罪も」


ユージーンの鋭い睨みのこもった眼力に、ホームズ子爵はビクリ、と一瞬脅えた。


不穏な空気が、この場を包む。


しかし、それは長続きはしなかった。



「………ん…?」


小さく身をよじりながら、蓮姫が微かに声を出す。


ユージーンは直ぐ様、蓮姫へと向き直り、膝を折って、寝ている彼女へ顔を覗き込んだ。


「姫様、御加減はいかがです?」


ユージーンは蕩けそうな笑顔で、蓮姫に尋ねた。


こんな風に微笑みかけられれば、どんな女も……いや、男ですら見惚れてしまうかもしれない。


が、やはりそこは蓮姫。


「……さい……あく。…なんで寝起きに…あんたの……クドい顔」


「俺の顔をソコまで非難できるのは姫様くらいですよ。で?他には何かありますか?身体に不調は?」


ユージーンに問いかけられると、蓮姫は右手を彼に差し出し、引っ張り上げられるように身体を起こした。


そしてユージーンから手を離すと、上に向かって両手を上げて大きく体を伸ばす。


「ん、ん~~~っ!!なんか寝過ぎて身体ガチガチ……って、ジーンみたいな事言ってない?私」


「俺としては嬉しい事ですけどね」


「やめてよ。まぁ、ちょっとクラクラするけど大丈夫」


「それは何よりですね。身体も完全ではないにしろ、ほとんど回復しているようですから」


「弐の姫様。お気づきになられたとは、ようございました」


今まで後ろで控えていたホームズ子爵は、蓮姫の眠るベッドへと歩み寄った。


蓮姫は慌ててベッドから出ようとするが、やんわりとユージーンに制される。


「そのまま休まれていて下さい。弐の姫様。私の考え無しの言動で、弐の姫様の身体に多大な負荷をかけてしまい、申し訳ありません。本来ならば死罪に相応しき大罪」


「ま、待って下さい!ホームズ子爵!!想造力を使ったのは私の意志です!ホームズ子爵のせいじゃないんですから、そんな事言わないで下さい! そもそも迷惑かけたのは私達の方ですし」


「何をおっしゃいます、弐の姫様。迷惑などと。弐の姫様が謝る事の方が」


「姫様。ホームズ子爵。実りの無い堂々巡りの会話はおしまいにして頂けませんか?それに、姫様だってそんな話よりも、気になる事がおありでしょう?」


蓮姫とホームズ子爵の会話を、ため息を吐きながら中断させるユージーン。


蓮姫はイラッときながらユージーンを睨むが、ユージーンの言葉にも一理ある、と別の話題を切り出した。


「ジーン。一晩寝てただけ、なんて事じゃないくらいわかってる。あれから何日経ってるの?それに……ドロシーやイザベラ………壱の姫達は?」


壱の姫……という言葉を発する時、蓮姫の瞳は揺れる。


ソレに気づきながらも、核心に触れることはなくユージーンは蓮姫に説明した。


「簡潔に言いますと、姫様が眠ってから今日で5日目です。壱の姫達は今朝、王都へと戻りましたよ。側に控えていた軍隊も含めて」


ユージーンは蓮姫にしかわからぬように、含みながら伝える。


蘇芳はもう、ロゼリアから出た。


だから、安心していい、と。


蓮姫もソレに気づき、安心したように大きく息を吐きだした。


「そっか。でも、随分とアッサリ帰ったんだね?私の事……バレなかったの?」


「ロゼリア王家とアクアリア王家が、揃って口裏を合わせてくれましたからね。今回の『人魚病』は『リスクの一族』の生き残りが招いたもの。正体がバレた犯人を拘束し、病を治させた、とね。もうロゼリアには用がないと判断した壱の姫は、丸一日ロゼリアとアクアリアを観光した後、早々に帰りました」


「ドロシーとイザベラは?どうなったの?」


「ドロシーは意識を失ったままです。仮死状態、と言ってもいい状態ですね。イザベラは『リスクの一族』として、後日王都へと送られます。ブ…女王への報告は、壱の姫についてきた若き将軍が行いますが……ロゼリアのお妃が、イザベラに同情していますからね。極刑とまではいかないはずですよ。彼女自身の力も弱いですから、今後の自由は無く、監視がつくとも、ひっそりと平穏に暮らせるよう手配してほしい、と女王に進言するそうです」


イザベラはドロシーと同じく『リスクの一族』。


しかし彼女もまた、自分よりも大きな力を持った娘に翻弄された、いわば被害者だ。


ドロシーの共犯者だとしても、彼女は実の娘に利用され続けていただけ。


同情の余地はある、とロゼリアの妃は判断したのだろう。


蓮姫は妃の対応が、初めて見たあの舞踏会の時とはあまりに違いすぎて驚く。


が、これこそがあの妃の本質なのだろう。


イザベラの今後はわかった。


ならばもう一人のリスクの一族…今回の件の主犯は?


「イザベラが王都に送られるのなら……ドロシーも?」


「いやぁ……それは無いでしょうね」


「は?なんでよ?首謀者はドロシーなんだから、むしろイザベラよりドロシーの方を陛下に裁いて貰う方が良いんじゃないの?」


蓮姫は当然、それがスジだと思った。


裁く、など偉そうに聞こえるかもしれないが『リスクの一族』を野放しには出来ない。


現に、ドロシーはその力を悪用し、ロゼリアとアクアリア間の状況を悪化させていた。


しかし、蓮姫の問に答えたのはユージーンではなく、ホームズ子爵。


「『リスクの一族』の恐ろしさは世界中が存じております。そのような危険人物を、眠っているとはいえ陛下のお側に送るわけにはいきません。陛下がお許しになられても、宰相を筆頭に貴族やヴァルが反対しましょう」


「そうなんですか?じゃあドロシーは今後、どうするんです?」


「今はロゼリアの地下牢へ幽閉しております。勿論、四六時中監視をつけて。目覚めても『リスクの一族』の力で再度、気を失いましょう。そうなれば今後、力を使われる危険性は薄まります。目覚めれば、裁判、処刑は免れません」


「今のうちに処刑すればいいものを。文字通り毒が抜けたお妃様は、無抵抗の悪人の首をはねる事すら出来ないようで。まったくお優しいですね」


「ジーン。そんな風に言うのはやめて。今回の件は、陛下が下さない場合、ロゼリア王家に決定権があるんだから」


「それもそうですね。俺達がどうこういう問題じゃありませんか」


ユージーンはわざとらしく、両手を肩まで上げて、小馬鹿にしたように笑みを浮かべた。


蓮姫はそのユージーンの態度にイラッときたが、今更彼に何を言っても無駄だということも理解している。


こういう時は話題を変えるのが得策だと、蓮姫は友人達のことを尋ねた。


「ルーイとラピスさんは?二人の結婚はどうなったの?やっぱり、そう簡単にはいかない?」


蓮姫の言葉にユージーンは、あ…、と何かを思い出したような素振りをする。


「そうそう。忘れてました。姫様が眠っている間、あの二人も頻繁にこの子爵邸へと足を運んでいたんですよ。で、姫様の目が覚めたら教えて欲しいとも言ってましたね」


「そうだったの?じゃあ、ロゼ城へ行こう」


「姫様なら、そう言って自分から出向くだろうな、とは思ってましたよ。子爵、馬車の準備をお願いしますよ」


「御意に。では弐の姫様、少々お待ち下さい」


ホームズ子爵は二人に一礼すると、馬車の準備の為に部屋から出ていった。


蓮姫はそのままベッドから起き上がる。


それを見たユージーンは、クローゼットからドレスを取り出した。


「姫様、ドレスに着替えますよ」


「うん。よろしく。…………あ、忘れてた」


「どうしました?姫様」


蓮姫の言葉を不思議に思い、ユージーンは蓮姫の前へと回り込む。


すると


ゲシッ!!


()ぁっ!!?な、なんで蹴ったんですか!?」


蓮姫はユージーンの脇腹目掛けて、蹴りを入れた。


ユージーンは脇腹を抑えながら、目を白黒させている。


「え?だから『ジーンを蹴るのを忘れてたなぁ』って思って」


しれっと答える蓮姫に、ユージーンは声を大にして笑った。



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