事件の真相と犯人 6
「そ、そんなっ!?」
「おい!ラピス!?ラピスしっかりしろよっ!ラピスっ!!」
ルードヴィッヒはラピスを抱きかか、声を掛ける。
ラピスの身体は王妃以上にガクガクと痙攣し、呼吸も定まらない。
ユージーンも彼女に近づき、その様子を伺う。
「コレは……恐らくお妃様よりも強い毒を撃ち込まれていますね。その上ラピス姫は人魚。人型を保っている事が、かえって身体の抗体を弱らせています。このままでは……」
ユージーンは苦々しく言葉を切る。
その先は誰もが想像できる言葉。
ラピスは死ぬ。
それも数分のうちに、その命の灯火は消えるだろう。
それにラピスだけではない。
このままでは妃の命も危うい。
しかし、唯一治せるドロシーは、今は自分の力で眠っている。
リスクの一族の力に対抗できる者はいない。
絶望的だった。
「そんな……ラピスさん…ラピスっ!!」
蓮姫はボロボロと泣きながら、耳を頼りに、這ってラピスへと近づく。
その悲壮な姿に、ホームズ子爵も蓮姫を止めなかった。
蓮姫は這いずりながら、かつて小さな友人を失った時を思い出していた。
(なんで!?なんでよ!?弐の姫なのにっ!!姫なのにまた何も出来ないの!?私はまた……友達を見殺しにするのっ!?)
蓮姫は怒りで唇を噛みしめる。
右端から血が流れても、ギリギリと噛み続けた。
(もう…あんな思いはしたくないって……しないって決めたのにっ!!)
そんな蓮姫の姿にユージーンは違和感を感じる。
(なんだ?姫様が……普段と違う…?…ただ悲しんでいるだけでも……怒りを込めているだけでも…ない?)
ユージーンは蓮姫から、ただならぬ物を感じていた。
ソレは蓮姫本人ですら気づいていないもの。
(私は…こんなとこで這いつくばってる場合じゃないのにっ!……苦しんでるラピスや…お妃様も…何も見ないで!……ジーンにばっかり…何もかも任せて!)
蓮姫は自分自身に情けなくなる。
止めどなく怒りが湧き上がる。
悲しみがその身に押し寄せる。
(いい加減……しっかりしろっ!…動けよっ!…ちゃんと前を見ろよっ!私の身体だろっ!私は……弐の姫だろっ!!)
刹那。
蓮姫の身体から、今まで感じたことの無い感覚が湧き上がる。
いや、正確には過去に何度も感じたことはある。
しかし、前よりも漠然とした物ではない。
蓮姫は自分の意思で
想造力を発動させた。
「っ!?姫……様…」
ユージーンの小さな呟きに気づいたのは、ホームズ子爵のみ。
ロゼリア王家の二人は、ラピスと自分の身に精一杯だったから。
蓮姫は構わずにラピスへと歩いていく。
ラピスの姿をしっかりとその目に捉えて。
蓮姫はラピスとユージーンの側へとたどり着くと、腰を下ろして、彼女の額にと片手を翳した。
「っ!蓮っ!?お前…なんで歩いて!?それに…まさか目も!?」
「自分で治したから。ラピスも…直ぐに治す」
ルードヴィッヒは蓮姫の様子に驚きを隠せないが、蓮姫は構わずにラピスを見据える。
(…わかる。…ラピスを苦しめているモノが。……自分の身体から何かが出て…ラピスを治そうとしているのが……これが…想造力)
蓮姫が手を翳して数分も経たないうちに、ラピスの荒い呼吸も、体の痙攣も落ち着いていく。
つまり、ドロシーから受けた毒が消えたということ。
「ら、ラピスっ!?」
「ルーイ…私……それに…蓮さん……貴女は…」
蓮姫は二人の疑問に満ちた瞳をかわし、妃へと近づくと、ラピスの時と同じように彼女を癒していく。
「っ、ハァ!!はぁ、はぁ」
妃は体の痺れが取れたことで、今まで微量ずつしか行えなかった呼吸を大きく行う。
蓮姫は役目が終わった、とでも言うようにユージーンの元へと足を向ける。
が、直前にルードヴィッヒに肩を掴まれる。
「おいっ!待てよ!お前……なんで『リスクの一族』の毒を治せたんだ!?……まさか…お前!?」
「気安く俺の姫様に触るな…と言ったはずですよ?ルードヴィッヒ王子」
パシっ、とユージーンがルードヴィッヒの腕を払い除けるが、ルードヴィッヒは今度こそ、それじゃあ済まされない、とユージーンの胸ぐらを掴む。
「ふざけてる場合じゃねぇだろっ!!今の芸当…『リスクの一族』でしか治せない毒……それを治せるのは…同じ『リスクの一族』か女王陛下…それと」
「ルーイ!」
ルードヴィッヒの言葉を遮ったのは、ラピスだった。
ルードヴィッヒはその声に反応し、ラピスの方へと振り向く。
その際に力が抜けたのか、ユージーンはルードヴィッヒの腕を自分の服から剥がした。
蓮姫は一言も発せずに、ただ前を見据えている。
正体がバレた。
自分が弐の姫だとバレれば、彼等の態度は容易に想像が出来る。
蓮姫はもう、弐の姫として受ける理不尽極まりない差別に、怒りも悲しみも沸かなかった。
そんなことには、もう慣れてしまった。
これまでの事が、自分は世界に忌み嫌われる存在だと、蓮姫は諦めてしまっているから。
だが、ラピスは蓮姫の予想とは違う言葉、態度を彼女へと向ける。
「蓮さん……いえ、蓮…ありがとう」
「……ラ…ピス…さん?」
「先程のように『ラピス』と呼んで」
ラピスは蓮姫に跪く。
蓮姫は彼女の態度に困惑し、目を見開いた。
「そして、私の愛する人……ルードヴィッヒ王子の母君の命を助けて下さり、感謝します」
「お、おいラピス!なんで弐の姫なんかに頭下げてんだよ!コイツは!!」
「ルーイ。この人は蓮。私と貴方のお友達…蓮よ。弐の姫様だろうと、ホームズ子爵の遠縁の方だろうと…私達の友人であることに変わりはない。そうでしょう?」
ラピスは首だけルードヴィッヒへと向けると、ニッコリと微笑んだ。
ルードヴィッヒは、恋人の行動と言葉に困惑する。
しかし、先に動いたのは彼の母親の方だった。
ロゼリア王妃は、ラピスの隣へと歩み寄ると、同様に蓮姫へと頭を垂れる。
「ありがとうございます弐の姫様。私とラピス姫は、貴女に命を救われました。この御恩は忘れませんわ。貴女が……息子とその愛する方の友人で…良かった」
「そ、そんな!あ、頭を上げて下さい!!」
蓮姫は二人の前にしゃがみこみ、頼み込む。
まさか自分が、誰かに感謝されるとは夢にも思っていなかった。
弐の姫だとバレれば、即、手のひらを返したように罵声を受け、軽蔑されるだろうと。
しかし、そんな蓮姫の予想は、アッサリと、簡単に裏切られる。
勿論、良い意味で。
「わ、私は弐の姫なんですよ!頭なんて下げちゃいけません!!それも一国のお妃様と、お姫さまが!!」
「いいえ、蓮。大事なのは貴方が弐の姫であるという真実ではないわ。もっと大きな真実こそ本当に大切なの」
「貴女が、息子とラピス姫の友人ということ。ロゼリアとアクアリアの為に、自らの身体を犠牲にしてまで奔走し、私達の命を救ってくれた事。それこそが、何よりも大きく、大切な真実なのです」
その言葉に、蓮姫はポロポロと涙を流した。
ユージーンは、やれやれ、といった風に、蓮姫を立たせてその頭を自分の胸へと押し付ける。
「大した人魚姫とお妃様ですよ。……良かったですね、姫様」
その言葉に、蓮姫は、ワッと声を上げ泣き出してしまった。