事件の真相と犯人 5
ユージーンは自信の満ちた口調で告げたが、ここにいる者達…蓮姫も含めた全員が、話についていけていない。
「ジーン。どういうこと?」
「姫様。俺はイザベラからドロシーの力や、ここにいる全員がドロシーの血を飲んでいた事を予め聞いていました。考え無しに、そんな人質になりそうな足手まといをここに集めた訳じゃないんですよ。姫様は勿論、他の者にも一人づつ結界を張っているんです」
「結界?」
「はい。なのでドロシーの力は、この場にいる者の体には届きません。俺の結界で阻まれていますからね」
ユージーンの説明に蓮姫も他の者も納得した。
わかりやすく例を出せば、ドロシー以外の人間は、その身体に爆弾を埋め込まれたようなもの。
起爆スイッチを持つのはドロシーだけ。
しかし、スイッチを押しても、その信号を爆弾が受信しなくては、当然なんの反応もしない…。
爆弾を持つ彼等は全員、信号を妨害する壁……つまりは結界に包まれている…ということだ。
「貴女の血は確かに脅威です。しかし、どんな恐ろしい力も……発動できなければ無力…ですよねぇ?」
「クソッ!ふざけるなっ!『リスクの一族』の力を制御できるなんて!そんなのあり得ないっ!!」
嘲笑うように、見下すように告げるユージーンに、ドロシーは激昂するがユージーンの態度は変わらず余裕そのもの。
「現に出来てるでしょう?理解力が乏しい上に馬鹿でビッチでとは。救いようがないクズですね」
「く……」
ドロシーは一瞬悔しそうに唇を噛む。
だが、そんな表情もごく僅かな時間のみ。
「………ふふふ……アハハハ!!調子に乗ってんなよぉ!ばぁぁぁかぁ!!」
ドロシーの目論見は確かに敗れた。
だが、彼女は狂ったような笑いを再度ホールに響かせる。
「『リスクの一族』の力だけが!私の全てだとでも思ったぁ!?残念でしたぁ!そんなのに頼んなくてもさぁ!!」
ドロシーは右手をユージーンに向けて突き出す。
その瞬間。
ビュッ!!
「っ!?」
ドンっ!
「キャア!!」
ドロシーのドレスの裾の隙間…腕の先から何かが急激に飛んできた。
ユージーンはイザベラを突き飛ばすと、反対の方へ自分は飛ぶ。
壁に突き刺さった物を見ると、ソレはユージーンも見覚えのある針だった。
「コレは……あの刺客達が持っていた毒針?……なんですか?最近はこの飛び道具が流行ってるんですかね?」
「呑気に分析してる場合じゃないでしょ!?ジーン!ドロシーを捕まえて!」
ふむふむ、と納得しているユージーンを一括したのは蓮姫。
彼女は視界が奪われているが、その毒針の恐ろしさは彼女も知っている。
「ばぁかぁ!捕まる前にっ!!」
ドスっ!!
「ぐぁ!!」
「っ!?母上!!」
「お妃様っ!?」
ドロシーは腕の向きを変えると、ロゼリア王妃に向かって毒針を発射した。
毒針は妃の右肩に刺さる。
慌てて駆け寄ろうとしたルードヴィッヒとラピスだが、ドロシーがソレを制した。
「動くなっ!!動いたらこのババアにもう一発喰らわせてやるからねぇ!」
「クソッ!母上に何をする!」
「そんな怒らないでよぉ。致死量の毒じゃないんだからさぁ。で・も・身体を痺れさせるには充分だよぉ。結界はあくまで私の血が反応しない為だけの物だよねぇ?じゃあ、他の毒は通用するってことじゃあん?解毒剤は無い新種の毒だからさ、解けるのは『リスクの一族』だけだよぉ。それでも……まだ、私を殺すのぉ?ふふ、アハハハハハハ!!」
迂闊だった。
ドロシーの言葉の通り、ユージーンがそれぞれに張った結界は『リスクの一族』の力が及ばないようにするもの。
そのためだけにしか意味を成さない。
だから、普通の毒は構わずに、その身体を蝕んで行くだろう。
事実、妃の身体はピクピクと痙攣するだけで、悲鳴もあげられずにいる。
重ねて別の結界や術をかける事もできるが、むやみに動けばドロシーを刺激するだけだ。
ユージーンはチラリとイザベラへと視線を向けるが、その仕草に気づいたドロシーは口角をさらに上げる。
「言っとくけどさぁ…その女の『リスクの一族』の力ってぇ、か~な~り~弱いからねぇ。だから、治せるのは私しかいないよぉ。ねぇ?私を逃してくれたらさぁ……お妃様を治してあげるけど…捕まっちゃったら私、自分の血を使って気絶しちゃうよぉ。それでも……私を捕まえる?」
『リスクの一族』の血は万病を引き起こす毒であり、万病に効く薬でもある。
だが、そこには血の持ち主である『リスクの一族』の意思が絶対に必要。
ドロシーが気絶してしまえば、当然、彼女の血には彼女の意思など伝わらない。
しかし、逃がしても妃を治すという保証も無い。
ユージーンはため息をつき、軽蔑の眼差しをドロシーへ送る。
「とことんゲスな女のようですね」
「アハハハハハハっ!!そんな事言っちゃっていいのぉ?もう一発、お妃様に喰らわせちゃうよぉ?貴方や王子が私に掴みかかろうとしてもさぁ、間に合わないよねぇ?」
妃に一番近い位置にいるのはドロシーだ。
少し離れてルードヴィッヒとラピス。
その向かい、ドアをはさんだ場所にユージーンとイザベラ。
イザベラの近くに蓮姫とホームズ子爵。
誰一人として、ドロシーが妃に毒針を撃つより先に、ソレを止められる距離では無い。
しかし、そんな中……一人の女性は、次に妃に毒針が撃たれそうな時には、飛び出して自分の身を盾にしようと心を決めていた。
「お妃様ぁ~、大丈夫ぅ?苦しいよねぇ?」
ドロシーは癇に障るような口調で、ニヤニヤと話しかける。
妃はガクガクと震えるだけ。
しかしその瞳には、ユラユラと恐怖の色が滲んでいる。
自分の身に迫る…死に対する恐怖が。
「あれぇ?声も出ないほど苦しいんだぁ?アハハハ!!ねぇ、どうするのぉ?このままお妃様を見殺しにしちゃう?優しい王子様はそんな事出来ないよねぇ?だったらさぁ、早く私を見逃してよぉ」
「く………そぉ!!」
「ちっ。王妃なんぞはどうでもいいんですが、構わずにドロシーを捕らえたら、俺達こそ大罪人になりますね。ロゼリアの王妃を見殺しにした、と」
ユージーンはこの事態が大いに気に食わなかった。
王妃を見殺しにしようと、ロゼリアを敵に回そうと、王族殺しの汚名を着せられようと、ユージーン本人にはどうでもいい。
しかし、確実にソレは自分だけでなく蓮姫にも降りかかる。
どうせ直ぐにでも殺せる。
自分に敵う相手などそうそういない。
簡単に片付けて、さっさとロゼリアから出よう。
そういった自分の怠慢や傲りがこの事態を招いた、と言っても過言では無い。
ユージーンはこの事態以上に、自分自身に対して苛立ち、舌打ちをした。
「なぁにぃ?まだ決心がつかないのぉ?仕方ないなぁ……これで…どう!?」
ドロシーは王妃に向かって、ニヤリ、と笑った。
次の瞬間
再び毒針が王妃に向かって放たれる。
しかし、放たれるよりも一瞬早く、彼女は王妃に向かって飛びだした。
グサッ!!
「っ、ぅあっ!」
毒針は妃ではなく、庇った彼女の身体に突き刺さる。
そう
「っ!?ラピスっ!!」
ラピスに。
ラピスはとっさに駆け出し、その見を呈して妃を庇った。
毒針が右胸に突き刺さった瞬間、彼女も妃同様に崩れ落ちる。
その彼女の行動に全員が驚きを隠せない。
あのドロシーですら、唖然としていた。
「な、なんで?なんでアンタがその女を庇ってんのよぉ」
「…っ……ぁ…」
ラピスはドロシーの問いには答えずに、ただ苦悶の表情を浮かべる。
ルードヴィッヒが彼女に駆け寄り、抱き起こすが、彼女の瞳も痙攣し彼を捉えることはない。
訳がわからない、と愕然とするドロシー。
だが、その一瞬を見逃す程ユージーンはお人好しではない。
ユージーンはドロシーに駆け寄り、彼女を捕らえようとした。
しかし、ドロシーもそれに気づいたのか、次の瞬間、彼女の身体も床へと崩れる。
「チッ。一足遅かったですね。先程の宣言通りに気絶してます」
「ジーン!どうなってるの!?ラピスさんが撃たれたの!?」
この場にいて唯一、その場面を見ることの叶わなかった蓮姫が、ユージーンへと問いかける。
「ラピス姫は王妃を庇って毒針に倒れました。ドロシーは気絶しています。つまり」
王妃とラピスを治す事は出来ない。