事件の真相と犯人 3
その驚愕の事実に叫ぶように声を上げたのは、同じように瞳に紋章を持つルードヴィッヒとラピスだった。
「ひ、瞳に紋章だと!?」
「紋章は…古の王との契約の証!それに…その紋章は!?」
ルードヴィッヒとラピスは、自分達の瞳の紋章の意味を良く知っている。
その昔。
想造世界からの女王が現れるよりも更に昔のこと。
この世界には一人の王がいた。
世界を治めていたのは想造世界の女王ではなく、この世界の人間。
それが古の王。
古の王は何よりも民を重んじ、世界を案じる優れた王だった。
そんな彼を慕い、各国の王族も彼の元へとひれ伏した。
その中でも、特に王を慕った者達がいた。
古の王も彼等を信頼し、義兄弟の契を交わす。
その契約により王族達には義兄弟の証として、古の王と同じように、一定条件の元で瞳に紋章が浮かぶようになった。
ロゼリアの王には海水に濡れた際、ロゼリアの産物の宝石…ダイア型の中に赤を象徴する炎の紋章が。
アクアリアの王には陸にあがった際、人魚の鱗、真珠、雫…三つの違う球体が少しずつズレて重なっている紋章が。
それぞれがその王族、国を表す象徴として紋章に現れた。
そして蔦がリースの様に円を描く紋章。
この紋章が現れる条件は、その王の血が流れる事。
蔦についている小さな葉や花は全て形が違う。
それは様々な薬草や毒草を表しており、様々な薬や毒を表す。
つまりありとあらゆる薬や毒を扱える一族の証。
ユージーンがゆっくりと口を開いて、言葉を紡いだ。
「彼女はリスクの一族の生き残り。それも王族の末裔ですよ」
ユージーンの言葉に驚きを隠せない、ルードヴィッヒとラピス。
しかし、彼等もまた瞳に紋章を持つ者の末裔。
その紋章がリスクの一族である証という事は、知識として幼い頃より知っている。
そんな二人に代わり、ホームズ子爵が口を開いた。
「リスクの一族……生き残りが居たとは…驚きですな。しかし……その罪は…遠い子孫でさえ拭いきれぬ大罪…」
リスクの一族は、傾城の時代、当時の王に取り入り悪政を行った一族。
大勢の民が苦しみ、要人達は殺され、国は三つも滅んだ。
多くの命を奪った罪深き一族。
それがリスクの一族なのだから。
その罪深さ、その血の危険さ故に一族は全て殺された。
生き残りがいたとして、その存在は喜ばれるものでは無い。
その存在が知られれば、誰もがその存在を恐れ、死を望む。
ユージーンはイザベラを捉えたまま、この場にいる全員に向かって言い放った。
「つまり、今回の『人魚病』は人魚達ではなく、リスクの一族が引き起こしたんです。リスクの一族の血が引き金となり発症した病なんですよ」
「だから、『人魚の涙』を破壊しても、意味はないんです。私の目も足も、治せるのはリスクの一族だけ」
蓮姫の言葉に、ルードヴィッヒは納得する。
だが、同時に沸々と怒りが湧いてきた。
そんな中、今までおとなしかったイザベラが、ハッとしたように我に返り再度騒ぎ出す。
「お、お願い致します!命だけは!命だけは助けて下さい!!先祖のした事は私達には関係ないのです!私はただ!ひっそりと生きていたいだけなのですっ!」
「っ!ふざけんなっ!!」
イザベラの言葉にルードヴィッヒの怒りが爆発ずる。
ルードヴィッヒは両手を強く握りしめながら、イザベラを睨みつける。
怒りのせいか、握りしめた手は震え、爪が食い込んでいるのか、血が一滴こぼれ落ちた。
「俺の国をっ!民をっ!散々引っ掻き回しといて何ぬかしてんだっ!!俺達だけじゃないっ!ラピス達アクアリアを犯人に仕立てあげるなんざ許せるかっ!蓮だってそうだ!無関係の奴等をここまで巻き込んでっ!正体バレた途端、被害者面して命乞いとかふざけんじゃねぇよっ!!」
ルードヴィッヒの悲痛な叫びはホール中に響き渡る。
民を苦しめた怒りを、見抜けなかった自分の愚かさを、力いっぱい声にこめた。
「どうせ俺とドロシーを結婚させて、この国を牛耳ろうとでもしたんだろ!死んだ旦那も俺の父親も!お前が殺したに決まってる!母上がおかしくなったのも!全部お前のせいだろ!」
「わ、私は…私は……」
真っ青に震えながら話すイザベラの様子にも、ルードヴィッヒの怒りは収まらず、むしろ上がる一方だ。
だが、そんなイザベラに救いの手を差し伸べたのは意外な人物。
「ルーイ待って!違うの」
「ホントに馬鹿王子ですね」
ルードヴィッヒを制するように声をかけたのは、未だホームズ子爵に支えられている蓮姫。
そしてイザベラを捕えているユージーンだった。
「っ!蓮っ!!お前被害者なんだぞっ!なんでこんな女を庇ってんだよ」
「確かに…彼女は加害者かもしれない。リスクの一族なのも事実。でも……この人も…イザベラも被害者なんだよ」
「は……お前…何言って?」
蓮姫の言葉に困惑しているのはルードヴィッヒだけではない。
ラピスも怪訝そうな声で蓮姫に尋ねた。
「蓮さん?一体どういう事なんですか?」
「はぁ?わかんないんですか?言葉通りですよ」
蓮姫の代わりに答えたのはユージーン。
そして、少々イザベラの手を強引に離した。
解放されたイザベラはガクリと床に蹲る。
顔を真っ青にし、ポタポタと黄緑色の瞳から涙が零れ落ちた。
ルードヴィッヒは乱暴でも、彼女を解放した事でユージーンを睨みつけ、先ほどのように怒鳴りつけようとする。
が、先に発せられたユージーンの言葉に、この場にいた者達は驚愕した。
「あんたら馬鹿ですか?誰もこの女が犯人だなんて言ってないでしょう」
「は……はぁ!?」
「特にそこの馬鹿王子。考えなくてもわかる事がなんでわかんないんですか?リスクの一族は…イザベラ以外に、もう一人いるじゃありませんか。今ここに……ね」
ユージーンの言葉に、全員がバッ!と振り向いた。
疑惑と驚愕の視線が彼女にそそがれる。
ドロシーに。
「………え?…な、何をおっしゃっているんですか?」
ドロシーはただ、いつものようにオドオドと狼えている。
見るからに非力そうで、純粋な目をしている少女。
彼女の母は常に疑いの目を向けられていたが、娘の方は違う。
腰が低く、誰にでも敬語で接しているおとなしい少女。
母親が疑わし過ぎたせいか、彼女に対する疑惑は、たとえ持っていても、誰もが薄らいでいた。
「貴女の母親が全部喋りましたよ」
正確には脅しながら無理矢理喋らせたのだが……。
腕の中で先程以上にガタガタと震えるイザベラを気にも止めず、ユージーンは語り出す。
「貴女の『リスクの一族』としての力は母親よりも強い。貴女の手口はこうです。無差別に貴族邸の井戸やこの国の川に自分の血を流した。そして全員が貴女の血を体内に取り込んだところ、貴女の望んだ人物…この場合は年若い娘達だけに病を発病させた。『人魚病』と同じ症状の病を、ね」
「な、何を……わ、私は…そんな…」
「しかも自分の母親にも血を飲ませて。いつでもあなたの意思で体の中に毒を発生させ殺せるように」
「そ、そんな!私はお母様にそんな事っ!?他の方々…蓮様にもそのような真似はしておりませんっ!」
「してないって言うのは簡単ですよね。しかし姫様が『人魚病』でないのも、他の娘達が『人魚病』でないのも事実です。貴女が『リスクの一族』である事と同じように、変えようのない事実」
「ドロシー嬢……いえ、ドロシー。全てはジーンが調べました。さっきまであった『人魚の涙』は貴女の部屋にある鍵付きのチェストの奥に仕舞われていた。貴女の仕業では無いのなら…何故、貴女の部屋に『人魚の涙』が?」
ユージーンの言葉に追い打ちをかける蓮姫。
だが、ドロシーの態度も変わらない。
「そ、そんな物!?私は知りません!誰かの陰謀です!信じて下さい蓮様!王子様っ!!」
ドロシーは懇願する矛先をルードヴィッヒへと変える。
涙ながらに彼に訴えた。
「私はっ!王子様をお慕いしています!でもっ!だからといってこんな真似はしませんっ!お慕いしている王子様!それに私達親子を受け入れて下さったお妃様に!そんな事っ!出来るはずありませんっ!信じて下さいっ!」
「……ドロシー。…俺がお前を信じようと、お前が無実を主張しようと、今は関係ないんだ。今必要なのは、真実を明らかにする事…それだけなんだからな」
「王子様っ!」
「お前だろうと誰だろうと、ラピスとアクアリア、そして俺の民や母を苦しめた者を……俺は決して許さない」
ルードヴィッヒは側にいたラピスの肩をギュッと掴むと、自分の体に引き寄せ、もう片方の腕で抱き締めた。
ラピスは驚きながらも、ルードヴィッヒの言葉に歓喜の涙を一筋流しながら、愛しい王子を見つめる。
「ルーイ」
「馬鹿王子にしては、いい返答ですね。そこは褒めてあげますよ。さて、ドロシー嬢?いい加減白状して下さいよ……この母親みたいに」
「は、白状だなんて……わ、私は無実です!話す事なんて何もっ!」
「そうですか?でも貴女が今回の件でシラを切っても『リスクの一族』をいつまでもロゼリアに置いておくにはいかない。そうでしょう?……お妃様?」
パチン!
再度ユージーンが指を鳴らすと、今まで言葉を封じられていた妃が、叫ぶように怒鳴りちらす。