事件の真相と犯人 1
あぁ
これは夢だ
夢でなくては彼女がこうして微笑んでいるわけはない
何より彼女は
数百年前に死んでいるのだから
自分に笑いかけるはずもない
この罪深い存在に
彼女を死に追いやった
こんな自分に
微笑むはずない
それでも彼女は自分に微笑む
蒼い髪をなびかせ
同じ色の瞳を自分に向けながら
昔と変わらぬ優しげな声を紡ぐ
蒼く美しい宝石と同じ名を持つ人魚姫
『アルフレッド』
自分を呼ぶその姿は彼女の孫娘に生き写しだ
だが、これは紛れもなく彼女
自分が彼女を他の誰かと間違うはずは無い
これが夢なら溺れてしまおうか?
そう思い彼女に手を伸ばす
しかしその瞬間
彼女の身体は自分から遠ざかった
『アルフレッド…ありがとう』
そうか
これは罰だ
そんな風に言わないでほしい
自分は彼女の
愛しい女の恋を潰した
未来や命まで潰そうとした
こんな醜い自分を責めてほしい
しかし彼女はただ笑うだけ
昔と変わらぬ笑顔で笑うだけだ
『アルフレッド。私ね…今とても幸せ。だって……愛する事を知ったから。王子様に……恋をしたから』
かつて聞いた彼女の言葉
こんな事なら責めて詰って貶してほしい
こんな汚れた存在に笑顔など向けてはいけない
『アルフレッド……ありがとう』
あぁ
彼女の笑顔の
なんと美しく
残酷なことだろう
改めて思い知らされる
この優しく明るい笑顔を奪ったのは
間違いなく自分だ、と
ーロゼ城の一室ー
蓮姫とユージーンに呼び出されたルードヴィッヒ王子、ロゼリア王妃、イザベラ、ドロシー、ホームズ子爵、そしてラピス姫。
彼等はあの舞踏会の開かれたホールへと集まっていた。
玉座にはイライラした様子で王妃が腰掛けている。
その両隣にイザベラとドロシーが佇んでいるが、イザベラは不安げな表情で俯き、ドロシーはオロオロと王妃と母、そして愛しい王子を何度も見回すように見つめた。
そのルードヴィッヒ王子はホールの隅で、母親の視線からラピスを庇うように前に立つ。
ラピスの一歩後ろにはホームズ子爵が控えている。
彼等は一言も発することなく、自分達を呼び出した張本人二人を待った。
バタン!!
静寂を一瞬で破る大きな音。
全員がその方向を見ると、ユージーンが蓮姫を抱え、扉の前に立っていた。
両手で大事そうに蓮姫をか抱える反面、乱暴に扉を蹴破ったのだろう。
その証拠に、彼の片足は前方へと真っ直ぐに伸びている。
「どう?ジーン」
「全員揃ってますよ、姫様」
「そっか。皆さん、今宵は集まって頂きありがとうございます」
蓮姫はユージーンに抱きかかえられながら頭を下げる。
不自然な頭の下げ方、誰一人も見ていない蓮姫の視線に、五人は少なからず動揺する素振りをした。
唯一蓮姫の状態を良く知っているホームズ子爵は、二人から離れると蓮姫に椅子を差し出す。
「あぁ、ありがとうございます。姫様、子爵が椅子を持ってきてくれましたよ。座りますね」
ユージーンは差し出された椅子を、足で玉座の斜め前に移動させる。
蓮姫を座らせる間、ルードヴィッヒとラピスも二人に……玉座へと近づいた。
「蓮……お前…マジで見えねぇんだな」
「…蓮さん……」
「そんな顔しないで、二人共」
蓮姫は声のする方を向くと、やんわりと微笑んだ。
「何言ってんだよ…お前……見えてねぇだろ。俺らが…どんな顔してるかなんて」
「見えなくてもわかるよ。でも本当に大丈夫」
「蓮さん……どうして…目まで…」
ラピスは、そっ…と蓮姫へと手を伸ばす。
バンッ!!
が、突如響いた音にビクリと手を引っ込め、音の方へと振り返る。
今度はユージーンではない。
音の発信源は玉座。
王妃がわなわなと震える拳を、玉座の手すり部分に押し付けていた。
「『どうして』だと!?そなた達人魚のせいではないか!我がロゼリアに『人魚病』を流行らせておいてっ!何をぬけぬけとっ!!さっさと消え去るがいい!」
狂ったように自分を怒鳴りつける王妃を見て、ラピスの脳裏に、かつての王妃の姿が蘇る。
『申し訳ありません、ラピス姫。貴女のお気持ちも、息子の気持ちも蔑ろにしたくは無い。しかし……『人魚病』を引き起こしたアクアリアの人魚と、病に侵されたロゼリアの民の歴史は…変えられないのです。本当は……一人の母として…貴女を息子の妻として…娘として迎えたい。しかし……私はルードヴィッヒの母である前にロゼリアの母です。…国の母として…人魚姫と王子の婚約は……認めるわけにはいかないのです。……お許しください』
頭ごなしに拒絶するだけのロゼリア王と違い、直々にアクアリアへと出向いて自分に頭を下げた、ロゼリア王妃。
人魚と人いう偏見を捨て、自分を娘に…と認めてくれた女性。
優しげで儚そうに見える反面、国の母として、しっかりとした芯の強い王妃だった。
同じ王家の女として……そして愛しい男を生み育てた母として…尊敬していた。
しかし……今はどうだ?
話には聞いていたが、豹変した王妃を直に目にしたラピスは言葉を失う。
狂ったように自分の恋人を罵声する母に、ルードヴィッヒは声を荒らげた。
「母上っ!!今の言葉は聞きづてなりません!」
「ルードヴィッヒ!人魚を庇うなどなんと愚かなっ!ロゼリアの王子として恥を知れっ!」
「母上っ!」
「全てがアクアリアのせいだと何故わからぬっ!かつての愚かで浅はかな人魚姫!その孫までもが我が国に牙を向くか!我が息子を誑かしおって!汚れた魚めがっ!」
「母上っ!!」
「とっとと海に帰れるがいい!そして父王に伝えよ!我がロゼリアは決してアクアリアを許さぬ!蒼き魚の王国は、紅い人の王国ロゼリアが滅ぼしてくれるとな!!」
逆上した王妃には息子の言葉も届かない。
それどころか王妃自らが宣戦布告までする始末。
ルードヴィッヒと同じ紅い目はギラギラと怒りを放つ。
身体は痙攣したように震え、ラピスを睨んでいると思った目は焦点すら定まっていない。
明らかに異常だ。
自国を人魚達によって汚されたと思い込んでいるのだ。
王妃が激高するのもわかる。
しかし、王妃の異常な怒りは目の見えない蓮姫も感じ取っていた。
「はぁ。親子ゲンカはそれくらいでいいですかねぇ?話進めらんないんですけど」
ユージーンは、やれやれと首を振りながら王妃とルードヴィッヒの話に割って入った。
「この無礼者め!たかが従者がでかい口をたたきおってからに!誰か!誰かおらぬかっ!こやつと人魚を直ぐさま捕らえよっ!」
「あ、誰も来ませんよ。この部屋結界張ったんで」
ユージーンがサラッと問題発言をかます。
それに蓮姫以外の全員はギョッとした目でユージーンを見た。
「結界だと!一貴族に仕える従者の分際で我が城になんて真似を!」
「うっさいですよ。俺は姫様の命に従っただけです」
まぁ命令無くてもやったと思いますけどね、とユージーンはしれっと答えた。
ユージーンの態度に王妃は更に逆上する。
「ふざけた事を!我が城に汚れた魚を呼んだだけでも極刑に値するに、我々をこの広間に閉じ込め……っ!!」
「うるさいですってば」
ユージーンがパチン!と指を鳴らすと、王妃は口をパクパクと動かすだけで、そこからは声は発せられない。
皮肉にもその姿は、彼女が罵声し続けた魚そのものだ。
王妃のその姿を間近で目の当たりにしたイザベラは、怒りと驚愕で震える彼女の身体を支える。
「お妃様!?貴方っ!お妃様に何を!」
「ちょっと声を封じさせてもらいましたよ。大丈夫です。話が終われば直ぐに解きますし、命に関わるような術でもありませんから」
「母上っ!?おい!お前さっきから!」
「待ってルーイ!!ジーンを責める前に話を聞いて」
「……蓮?」
静かにルードヴィッヒを制する蓮姫。
あまりにも落ち着いた彼女の様子に、ルードヴィッヒも驚く。
ここにいる全員の視線が集中した蓮姫は、頭を下げて話し出す。
「騙し討のようになってしまい、本当にごめんなさい。でも、急に皆さんを集めたのには理由があるんです。今回の『人魚病』について真相がわかりました。ソレをお伝えするためです。それとジーンに結界を張らせたのにも理由があります。何故なら……『人魚病』を流行らせた真犯人は…アクアリアではなく……この中にいるからです」
まるで推理小説の展開だ、と蓮姫は話しながら自分で思った。
しかし蓮姫とユージーン以外は、緊迫した目でキョロキョロと周りを見回す。
ただ王妃はラピスを強く睨み、イザベラは震えながら俯いていた。
「ジーン」
「わかっていますよ。俺から皆さんにお伝えします。…さて……どこから話しましょうかね…」