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病の姫と暗躍する従者 4


「ジーンが女を抱くのを、私は(とが)めたりしない。だけど……必ず合意の元でして。無理矢理とかは……絶対にしないで」


「………姫様」


「きっとジーンにはわからないと思う。でも……あんなの…恐怖しか…ないから」


蓮姫は俯きながら小さく呟いた。


膝の上に置いた両手も(わず)かに震えている。


彼女の脳裏には、蘇芳から受けたあの忌まわしい過去が蘇っていた。


ユージーンはそっと、蓮姫の両手を優しく握り締める。


「ジーン?」


「約束しますよ。姫様の命令は守ります」


「……ジーン」


「すみません。嫌な事を思い出させました」


蓮姫の目から一筋、涙が零れた。


過去に受けた恐怖は…彼女をこれからも縛り付けるだろう。


ユージーンはゆっくりと立ち上がり 、彼女の背に腕を回そうとする。


が、直前でソレをやめる。


無意識のうちに、蓮姫を抱きしめようとした自分に、彼は少し戸惑った。


その結果、行き場を失った片手で優しく彼女の頭を撫で、もう片方の手で彼女の涙を拭った。


「軽率でしたね。姫様の事をわかってたつもりなのに……許して下さい」


「私の方こそ…ごめん。ジーンに頼ってばっかりなのに…偉そうな事言って…」


「偉そう、じゃなくて、姫様は偉いんですよ。だからいいんです。そんなしおらしいのは、姫様に似合いません。俺の知ってる姫様は、俺に悪態(あくたい)ついたり、猫かぶったり、何も出来ないくせに変な事には首を突っ込むし、世間知らずだし、意外と口悪いし、面倒くさがりだし、俺相手だと容赦なく手や足が出るし」


「うん……わかった。わかったからちょっと黙ろうか、ジーン。黙んないと殴る」


「……ぷっ。そっちのが姫様らしいです。にしても……姫様本当に口が悪くなりましたよね?初めて会った時はそうでもなかったのに。それが素ですか?」


「ジーンの相手してれば誰だって口も性格も悪くなるでしょ」


「性格も悪いなんて俺は言ってませんけどね」


蓮姫の目はまだ少し涙で潤んでいる。


だが、その黒い瞳からこれ以上涙が(こぼ)れる事は無い。


蓮姫がいつもの調子に戻った事で、ユージーンは蓮姫から手を離した。


「さて、姫様。これからどうします?」


「真犯人を直撃してもいいけど、それだけじゃ何も解決しないよね。『人魚の涙』も回収しなきゃ……そういえば『人魚の涙』は?」


「手に入れたのはイザベラですが、持っているのは真犯人です。『人魚病』であると見せかける為だけに盗み、使用自体はしていないようですね」


「そっか。なら……ロゼ城に行こう」


「ほぅ?何故です?」


蓮姫の提案に、ユージーンは感心したように問いかける。


本当は彼女のしたい事もわかっているし、ソレはユージーンも考えていた事だったから。


「真犯人を直撃しても、ロゼリアとアクアリアの問題は解決しない。今回は『人魚病』も人魚も無関係だって、お妃様に伝えなきゃ。なんか真犯人を吊し上げるみたいだけど……そうでもしなきゃ真実を受け入れないと思う。……納得してくれるか難しいけど」


蓮姫は舞踏会での妃の振る舞いを思い出す。


彼女の口調は王族特有の傲慢(ごうまん)さ、そして人魚への嫌悪(けんお)(あふ)れかえっていた。


「あ、言い忘れてました。お妃は元々温厚な性格らしいですよ。イザベラが毎日、精神興奮や闘争向上作用が出るように仕込んでいたようで。王子達の婚約に一番反対していたのは、(はか)らずも死んだ国王だけ。お妃は国王に発言するような女では無かったから、と城のメイド達は口を揃えて言ってましたよ」


「そうなの?じゃあ……その効果が無くなれば…」


「ロゼリアとアクアリア友好回復も現実味を帯びていきます。勿論、一朝一夕(いっちょういっせき)にはいかないでしょうが、ソレはソレ。当事者の二人が何とかするでしょう」


随分と他人事のように語るユージーン。


しかし事実、本当に他人事だ。


そこまで干渉するのは、弐の姫の役目では無い。


そもそもロゼリアに10日は足止めをくらっているのだ。


蓮姫が王都の外にいられる期間は一年間だけ。


蓮姫が病に侵されたとはいえ、そろそろ先に進みたいのが二人の本音だ。


コンコン


昨日と同じ、扉を叩く音が部屋に響く。


ユージーンは扉の前に移動し、蓮姫の言葉を待った。


「お入り下さい。ホームズ子爵」


ガチャリ、とユージーンが扉を開けると、そこには蓮姫の言う通りホームズ子爵の姿が。


自分の邸だと言うのに、失礼致します、と蓮姫に断りながら部屋へと足を踏み入れる子爵。


ユージーンは扉を閉めると、蓮姫を抱えテーブルに備え付けられた椅子へと移す。


ホームズ子爵も蓮姫の向かいに腰を下ろすと、口を開いた。


「弐の姫様。王都で動きがありました。今朝方、壱の姫様が王都よりこのロゼリアに向かったようです」


「壱の姫が?随分と急ですね。それに彼女は王都を出る事を渋っていたんじゃ?」


蓮姫の聞いた話では、壱の姫は反乱軍の存在を恐れて王都から出る事を強く拒んでいたはず。


ロゼリアの被害者が多いのはわかるが、その知らせを出したのは昨日。


「壱の姫様の婚約者であらせられる、レムスノアの皇太子。アンドリュー殿下が意見されたようです」


「アンディが?」


「はい。アンドリュー殿下の妹君との婚約を破棄(はき)は致しましたが、王子とアンドリュー殿下は旧知の仲ですので」


「お友達を助けに……って訳ですか。いやぁ、素晴らしい男の友情てすね」


ホームズ子爵の話を茶化すように、ユージーンは口を挟む。


蓮姫は今回、怒鳴ることはしなかった。


彼に言っても無駄だと、諦めにも近い感情でため息だけは吐く。


ホームズ子爵も構わずに話を続けた。


「壱の姫様とアンドリュー殿下、(そろ)って今朝、王都を出発されたようです。護衛にはレムスノアの一個師団と、天馬将軍率いる天馬部隊。合わせて五百程だとか」


壱の姫が王都を出るだけで、五百人近くの人間が護衛としてつく。


しかし弐の姫である蓮姫の護衛……護衛という言葉が正しいかは(はなは)だ疑問だが、こちらはユージーンただ一人だ。


しかし、そんな待遇の違いよりも、蓮姫には気にかかる事があった。


「ホームズ子爵……壱の姫の護衛には…ヴァル…もしくはヴァル候補として同行している男はいますか?」


「はい。一名居られましたね。名は確か……蘇芳殿」


「っ、……そ、そうですか」


あの男が来る。


蓮姫の全身を悪寒(おかん)が走った。


それにはユージーンも気づく。


壱の姫達が辿り着くには、どんなに早馬を飛ばしても三日はかかるだろう。


事を早急に解決する必要性が出てきた。


「どうかなさいましたか?弐の姫様」


表情に不安や焦燥(しょうそう)がありありと出ている蓮姫。


ホームズ子爵は(おび)えたような蓮姫の様子を見て声をかける。


『蘇芳』という言葉の意味を良く知るユージーンは、蓮姫が答える前にホームズ子爵へと声をかけた。


「壱の姫の話題を出したんですから、察して下さいよ。亀の甲より年の功って嘘ですか?」


「それは……申し訳ありませんでした」


「いえ……謝らないで下さい」


ユージーンは、壱の姫の話題のせいだ、とホームズ子爵を攻めるような口調で告げる。


『蘇芳』の存在、蓮姫が彼から受けた仕打ちは、言葉に出すだけでも蓮姫の心を酷く傷つける。


他にも誤魔化しがあったかもしれないが、壱の姫と弐の姫の違いを良く知るこの世界の住人には、こう言った方が納得するだろう。


現にホームズ子爵も、蓮姫に見えないのがわかりながらも頭を深く下げたのだから。


「にしても……どうする気ですか?姫様」


「そうだね。……今夜にもケリをつけよう。子爵、ロゼ城にアクアリア王家を呼ぶ事は出来ますか?ラピスさんだけでもいいので」


「は?ラピス姫ですか?呼ぶのは可能ですが……お妃様が許されるとは…」


蓮姫の言葉に、子爵は伸びた顎髭をさすりながら小さく呟いた。


ラピスはことの真相を明かすと言えば、来てくれるだろう。


しかし、ソレを今の王妃は許しはしない。


真犯人にとっても都合が悪いはずだ。


だが、再びユージーンが口を挟む。


「そこはイザベラが呼び出した事にしましょう。お妃はイザベラに従順ですし、そのイザベラも正体がバレたんですから俺には逆らえないでしょう」


「正体バラされたくなかったら従え……とでも言うつもり?どうせバラす気なのに?」


「姫様は反対ですか?でもいっそバレた方が楽ですよ。いつまでも隠し通せると思うほど、あの女も馬鹿ではないはずです」


「イザベラ殿の正体?一体なんのことでしょう?」


話の読めない子爵は二人に尋ねるが、それは今伝えることではない。


ユージーンは子爵の問いに答えることなく、要件のみを告げた。


「子爵。今宵ロゼ城にルーイ王子とお妃。イザベラとドロシー。そしてラピス姫を集めて下さい。子爵もご同行願いますよ。詳しい事はその時に」


「わかりました。では、失礼致します」


ホームズ子爵は二人に一礼すると、早々と部屋を去りユージーンの言葉に従うよう動き出した。


「姫様。今夜全てを終わらせて、さっさとロゼリアとおサラバしましょう」


「うん。……そうだね」


(あの男が来る前に!ここを逃げ出したい!!)


震える体を抱きしめながら深く決意する蓮姫。


しかしこのままという訳にはいかない。


『人魚病』も自分の病の原因もわかった。


全てを明らかにしてから、早々と立ち去るべきだ。


「姫様。大丈夫ですよ。俺が片付けますから」


ユージーンは抱きしめるでも、さっきのように頭を撫でる事もしない。


ただ、蓮姫の側で優しく彼女に話しかけた。


蓮姫は声の方を振り向くが、やはり見えていないため焦点は定まらない。


それでも


「ありがとう。ジーン」


真っ直ぐにユージーンへと、素直な気持ちを告げる。


「姫様らしくないですよ。あ!まさか俺に惚れたとか?」


「ありえない」


「姫様ってホント変ですよね。俺のチャーム(魅惑)が効かないなんて美的感覚イカれてますよ、絶対に」


「ジーン。覚えてなよ。明日になったら絶対に蹴飛ばしてやるから」




「それは……楽しみですね…」


ユージーンは楽しそうに、(ゆる)みまくった口元に手を添えて呟いた。


「え?喜ぶとか…ジーンってマゾ?」


「違いますよ。そうだとしても…姫様限定ですかね」


「………キモい」


「ぷっ……くくっ、俺もそう思いますよ」

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