病の姫と暗躍する従者 3
ロゼ城の一室。
イザベラの私室としてあてがわれた部屋のベッド。
そこで裸のまま横たわるユージーンとイザベラ。
イザベラは全身を紅潮させながら、荒い息でグッタリと横たわる。
そんな彼女を見下ろしながら、ユージーンは上体のみ起こした。
(ババァのわりにはなかなかの体してたな。にしても……中の状態からして…ここ数年は男とヤってねぇのか?死んだロゼ王を誑し込んだかと思ってたけど……まぁ、それなら王妃がこの女を信頼すんのもおかしいか)
ユージーンは今の今まで、愛を囁きながらも激しく抱いた女に、これっぽっちも愛情などない。
ソレを悟られるような馬鹿ではないが……彼にとって女を抱くのはただの手段の一つだ。
情報を得るにしろ、殺すにしろ。
彼にとって女とは、性的対象でも性欲処理の道具でも無い。
同性愛者というわけでもないが、数多の女に言い寄られてきた事が、女に対する偏見や侮蔑を彼に植えつけてきた。
それでもかなりの経験があるユージーンは、彼女と今までの女の違いを見抜く。
(まてよ……数年って事は…前の旦那とも何も無かったのか?女を武器にするでもなし…本当にただの金目当て?そういや……王妃は昔…あんな激情タイプじゃなくて、おっとりして人魚に罵声なんて考えられない…とか昨日ヤったメイドが言ってたよな。もしかして……薬?)
ユージーンが考えを巡らせていると、イザベラは息を整え、ゆっくりと起き上がった。
彼女はユージーンの方を、見ようともせず両足をベッドから下ろす。
ユージーンは彼女を後ろから抱きしめると、耳元で囁いた。
「イザベラ様。…とてもよかったですよ…貴女も…ですよね」
「お離しなさい」
イザベラはユージーンの腕を解くと、脱ぎ捨てた衣類を持ち上げる。
早々と着替えようとしているのがわかった。
「イザベラ様?」
「もう気は済んだでしょう。さっさとお戻りなさい」
イザベラの素っ気ない態度にユージーンは柄にもなく、困惑した。
(おいおい!この俺と一回ヤって『はい、おしまい』ってマジか!?冗談じゃねぇぞ!これじゃホントに俺がただのヤリたがりの熟女好きみたいじゃねぇか!)
「つれない事ばかり言う方です…ねっ!」
「っ!?」
ユージーンはイザベラの腕を引っ張ると、ベッドへとその肢体を組み敷く。
イザベラは振り払おうとはしないが、ただ困惑した瞳でユージーンを見詰める。
(まだ何にも聞き出しちゃいないんだ。ここでアンタを逃がすわけにゃいかないんだよ。姫様の病について…洗いざらい吐いてもらうぜ)
「イザベラ様。…俺の気持ちがまだわからないとでも?」
「……はぁ。わかっていますとも。貴方の気持ちなど。私に気があると思わせておいて……心では別の事を……別の誰かを想っている」
「っ、なんのことでしょう?」
イザベラの言葉に、今度はユージーンの方が困惑した。
悟られないように平静を装うが、そんなものはこの女には通用しないらしい。
「このような年増を本気で騙せるとお思いですか?私を陥落させて…あの姫様の病を治そうとしたのでしょう?でも……無駄な努力でしたね」
「……そこまでわかっていながら、俺に抱かれたくせに…あんだけよがってたくせに、随分と上から見てくれんじゃねぇか」
ユージーンは猫かぶりをやめ、素の口調でイザベラへ悪態をつく。
軽蔑をこめた瞳で見下され、一瞬イザベラの背筋はゾクリと鳥肌が立った。
「所詮アンタも薄汚い…男に飢えた女だろ?いい思いさせてやったんだ。吐いちまえよ」
「何も話す事はありません。言ったはずです。早々と此処を立ち去りなさい、と」
「さっきと若干言葉が違くねぇか?まぁ、すんなり出てく気は無ぇけど」
ユージーンはイザベラの喉に手をかける。
力は籠めていないが、ソレは『その気になれば今すぐにでも殺せる』ということ。
「アンタを殺すのは簡単なんだぜ?このまま首を締めても、へし折っても、口と鼻を塞ぐだけでも出来る」
「ならば……好きなようにすればいい?」
「………なんだと?」
「殺したければ殺せばよいでしょう。ですが…そんな事をしたら、貴方の姫様の病は治らない……事実はどうであれ、貴方はそう考えている。違いますか?」
「っ!?ムカつくババァだな」
図星だった。
この女が、本当に蓮姫の病に関わっているのか?
真実はわからない。
それでも、一番疑わしい女を殺してしまっては、蓮姫の病は治らない可能性が高くなる。
想造力を自在に操れない今の蓮姫では、自力で治す事は不可能。
女王や壱の姫の力を借りるなどもってのほか。
ユージーンはイザベラを今すぐにでも殺したい衝動にかられる。
それでも実現出来ないのは、イザベラの言葉におされていたから。
「吐かせる方法なんて…いくらでもあるんだよ。拷問なり、犯すなり…な」
ガリッ!!
「っ!!?ぅああっ!!」
ユージーンは強くイザベラの喉元に噛み付き、皮膚を食い破る。
血で濡れた口元を舌で舐めながら、顔を上げたユージーン。
見下すように見詰めるその瞳は、一瞬で驚きの色に変わった。
「っ!?その…瞳は!」
ユージーンの言葉に、イザベラは顔を背けるが遅かった。
ユージーンは見てしまったのだから。
彼女の瞳に隠された秘密を。
「なるほどな……つまり姫様も他の女も…『人魚病』じゃ」
「お願いっ!!私を見逃してっ!!」
「…………は?」
先程とは打って変わって、自分に懇願するイザベラ。
その様子に面食らうユージーン。
イザベラの瞳には涙が滲んでいた。
「お願い………助けて…私は…」
「待てよ。意味がわかんねぇ。どういう意味だ?」
「私は……ただ生きていたいだけ……ひっそりと…ただ普通に生きていたいだけなの」
「そう思うんなら、今すぐ俺の姫様の病を治せ。そうすりゃ見逃してやる」
「…ダメ……そんな事をしたら…私は……殺される」
「殺される?誰にだよ?」
イザベラは語りだす。
裸のまま、自分の事を見下す美しい男に、自分の全てを吐き出した。
それを聞いたユージーンはイザベラをそのまま放置し、夜明けと共にホームズ子爵の邸へと戻って行った。
翌朝
ーホームズ子爵邸ー
ユージーンは邸へと戻ると、いつものようにシャワーを浴びて服を着替え、蓮姫にあてがわれた部屋へと向かった。
コンコン
「起きてるよ。入ってジーン」
「失礼致します。姫様」
ユージーンが中へ入ると、蓮姫は寝間着のまま上体を起こしていた。
目が見えなくとも足音で察したのだろう、顔はユージーンの方をしっかりと向いている。
しかし動くのは上体のみで、足は微動だに出来ないが。
「おはようございます姫様。朗報がありますよ」
「朗報?何かあった?」
「はい。とりあえず着替えますんで、バンザイして下さいね」
「私は子供か」
ユージーンにつっこみながらも、蓮姫は素直に両手を上げた。
蓮姫にバレないように口元だけニヤけるユージーンも、クローゼットから取り出したドレスを片手に、蓮姫の寝巻きを上から脱がした。
「………と、いう訳だったんですよ」
蓮姫をドレスへと着替えさせた後、ユージーンは椅子に蓮姫を腰掛けさせ、彼女の髪をブラシで梳きながら昨夜の事を話した。
その内容に蓮姫も驚き、一言も口を挟む事なく聞いている。
「……………」
「信じられない。という顔ですが事実だと思いますよ。これなら全て納得いきますからね。姫様の病も他の女達も」
「……確かに…ね。てっきり怪しいのはイザベラだと思ってたから…盲点だったかも」
「俺達全員、騙された……というか、勝手に思い込んでただけですけどね。まぁ時間はかかりましたけど、真相がわかり何よりです」
「そうだね。毎晩女を漁りにいった甲斐があった?」
蓮姫の放った言葉に、ユージーンは蓮姫の髪を梳く手を止めた。
「………なんのことですか?」
ユージーンは自分が情報を集める為に、夜な夜な女を抱いて回った事を蓮姫には話していない。
今話した内容にも、イザベラとの行為は口にしなかった。
蓮姫に話すつもりなど元からなく、イザベラから聞き出した、とだけ伝えた。
それには理由がある。
蓮姫が蘇芳から受けた行為。
ソレを知っているからこそ、ユージーンは彼女に話さなった。
そういう話題は決して好んで聞きたいわけは無いだろう、と。
だからこそ、邸に戻ってからは念入りにシャワーを浴びた。
着ていた服はホームズ子爵から借りたというのに、シャワーの後すぐに捨てている。
と、いうのに彼女はソレを見抜いていた。
ユージーンは髪を梳くのを再開し、彼女に悟られないようにしらを切る。
が、そんなものは彼の主には通用しなかった。
「毎朝、シャンプーの香りに混ざって違う香水の臭いがした。ジーンは香水なんてつけないでしょ?」
今度はユージーンが、手を止めずに蓮姫の話を黙って聞く。
髪を梳く振りをしながら袖の匂いを嗅ぐが、ユージーンにはわからなかった。
「ずっと前……ロゼリアに来たばかりの頃、ジーンから香った匂いとよく似てた。女物の香水の匂いくらいわかるよ」
「………………」
ユージーンは何も答えずに、蓮姫の髪を纏めリボンで結んでいく。
だが、その無言は肯定。
蓮姫もそれに気づき言葉を続けた。
「目が見えなくなったせいかな……前よりも耳や鼻が効くようになったんだ。だから……部屋の扉の前でメイド達がしてる噂話も聞こえた。だから確信してた。でも、ジーンが何も言わないのなら、事が済むまで言わないでおこうって思ったの」
蓮姫は全てお見通しだった。
ユージーンが何を考えていたのか。
ユージーンが何をしていたのかも。
知っていてわざと、何も言わなかったのだ。
ユージーンはリボンを縛り終わると、彼女の前に回り込み跪く。
「軽蔑しました?俺はこれから姫様からのお叱りを受けるんでしょうか?」
ユージーンの口調は小馬鹿にしたようで、相手を挑発するものだった。
しかし蓮姫は、そんな挑発に乗るような女じゃない。
「ジーンがそうしたのは私のためでしょ?叱ったりなんてしない。そもそも、今の私にはそんな権利無いしね」
「あれ?てっきり罵声浴びせられると思ってましたよ」
「そりゃ……やり方は気に入らないよ。でも…娼婦が情報通っていうのは私にだってわかる。ジーンに口説かれて嫌がる人もいないでしょ。何より過ぎた事をグチグチ言っても仕方ないじゃない」
「姫様の切り替えの速さには感服しますねぇ」
「でも……一つだけ言いたいかも」
「あれ?やっぱり説教あります?」
ユージーンは小馬鹿にした態度を変えずに蓮姫に尋ねる。
しかし、彼女に見えずとも彼は蓮姫に跪いたまま、従者としての姿勢を変えない。
彼女の言いたい事も、彼にはなんとなく察しはついていた。