表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
75/433

病の姫と暗躍する従者 2


ユージーンは足で扉を開けると、部屋の中に入り、蓮姫を椅子へと腰掛けさせた。


『行儀悪いよ』と蓮姫には何度も言われているが、片手を話せば蓮姫を落とす危険もある。


どうせ他人の家だし気にする必要なんて無い、とユージーンは注意されても直そうとしない。


「どうぞ、お望みの物です」


「え……と…あ、ここ取っ手か。ありがとう」


「ちゃんと姫様が持てるように渡してるんですから、無駄に手を動かさないで下さい。(こぼ)したら火傷しますよ。ちゃんと冷ましてから飲まないとダメですからね」


「……オカンめ」


蓮姫がピンクハーブのお茶を飲んで一服している間に、ユージーンはベットを手早く整える。


二人の主従関係は、蓮姫が足だけではなく目が使えなくなった頃から変化していた。


ソレは本当の主人や執事(しつじ)のように。


夫婦漫才のようなやりとりは相も変わらず続いているが…。


コンコン


(つつ)ましいノックの音が部屋に静かに響く。


蓮姫はノックの音だけで誰が来たのかを察した。


目が見えなくなった事で、蓮姫の他の五感はこの数日で()ぎ澄まされている。


「お入り下さい。ホームズ子爵」


「失礼致します」


蓮姫の言葉でユージーンが扉を開けると、そこに居たのは彼女の言葉通りホームズ子爵だった。


子爵はユージーンに(うなが)されるまま、蓮姫の向かいの椅子へと腰掛けた。


蓮姫もカップを置き、テーブルの上に両手を重ねる。


「弐の姫様。今日もまた『人魚病』となった娘が出ました。貴族からは三人。平民からは五人です。最近は増える頻度が急速に増え、王子は昨日、再度王都へ早馬を飛ばしました」


「壱の姫……もしくは陛下に、早急(そうきゅう)に事の収束(しゅうそく)をお願いしたんですね」


「はい。患者の数も、かつての『人魚病』が流行った頃に近い。このままでは、ロゼリアの娘が全員『人魚病』となる危険がございますから」


「申し訳ありません」


「はて?何故弐の姫様がお謝りになられるのですかな?」


「私も姫です。壱の姫や女王陛下と同じ様に、想造力を使えるはず。なのに……私は自分の病すら治せない」


「何をおっしゃいますか。弐の姫様の病は、我等ロゼリア、そしてアクアリアの方々を想って行動した結果です。本当に感謝しております。ご自分を責めるのは、お止めください」


ホームズ子爵は、そっと蓮姫の手を握りしめた。


ユージーンとは違い、シワの目立つ老人の手。


完璧な淑女(しゅくじょ)への対応を極めるホームズ子爵の動作に、蓮姫は少しだけ照れる。


「姫様。姫様が年上好きなのは知ってますけど、さすがに子爵はお薦めしませんよ。相手は年上ってか棺桶(かんおけ)に半分入りかけてる年寄りですからね。美点なんて真っ先に上がるのは遺産くらいなもんです」


「黙れバカ。すみません子爵、このバカの言葉は聞かなかったことにして下さい」


「ほっほっほ。いやいや、この様に若く美しい弐の姫様ならば私も大歓迎です。男冥利(おとこみょうり)につきるというもの。これ程までに若さを欲したのはいつぶりでしょうなぁ」


ユージーンのかなり失礼な発言を笑って流すホームズ子爵。


それもご丁寧に蓮姫を口説くような発言のおまけ付き。


「何言ってんですか。もう()つかどうかもわかんないのに。そもそも()ったトコで使えんですか?」


「黙れ。つか出てけ」


先程以上に失礼な上に下ネタを被せてきたユージーン。


さすがに蓮姫もキレたように、声を大きくして言い放った。


「え?でも姫様が休むまでは」


「後は寝るだけでしょ。それくらい何とかするし、無理ならメイド呼ぶから。あんたはこれ以上子爵に失礼を言う前に出なさい」


「え~……じゃあ黙ってますよ」


「黙った試しが無いから出てけって言ってるの」


見えていないはずの目で睨まれ、ユージーンはやれやれ、と溜息を吐くと静かに部屋を出て行った。


「まったく……本当にすみません、子爵」


「いえ、私の事などお気になさらず。……しかし…良いのですか?」


「何がです?」


ホームズ子爵は口を動かそうとするが、やめる。


彼女に従者の最近の様子を伝えるべきかと思った。


だが、これ以上蓮姫の心労を増やす事をわざわざ言う必要は無い。


ホームズ子爵は話を変えた。


「壱の姫様が来られれば、姫様のご正体はバレましょう。私が(かくま)うことも出来ますが……いつまでも居続ける訳には参りません」


「ホームズ子爵、私はロゼリアの問題が解決するまで、この国を出るつもりはありません。たとえ正体がバレて(ののし)られようと石を投げられようと、全てにケリがつくまで……見届けたいんです」


見えないはずの目を大きく開きながら、蓮姫はハッキリと自分の意思を伝える。


ソレは宣言(せんげん)とも、(ちか)いともとれる言葉。


「まぁ、今の私は本当に何も出来ない役立たずというか…穀潰(ごくつぶ)しというか……ジーンがいなきゃどうなってたか」


「ユージーン殿ですか。ヴァル候補とのことですが、最近は常に一緒に居られますな」


「私が何も出来ないので。ジーンを使うしかないんです」


蓮姫の言葉に、ホームズ子爵は少し違和感を感じた。


彼女は今『ジーンに頼る『』ではなく『ジーンを使う』と確かに言ったのだから。


彼女の性格上、人を物のように扱う発言は聞いた事がなかった。


しかし、ユージーンに対してだけは違う。


「姫様。最近の御二人のご様子……以前と変わったようにお見受けします。………何かあったのですか?」


「特には何も。……いえ、私が何も出来なくなったのが原因ですね」


蓮姫は目を()せながら、苦笑する。


蓮姫もユージーンに対する自分の扱いに気がついていた。


「歩けなくなっただけじゃない。目まで見えなくなった頃から……私はご飯もトイレも…一人じゃ何も出来なくなったんです。そうなると、頼るのは自然とジーンだけでした。何をするにもジーン任せ。でも、ジーンは本気で私が嫌がったら、他のメイドに代わってくれてたと思います」


率先(そっせん)してユージーン殿が行われたのですね」


「はい。皮肉ですよね。目が見えなくなった事で、私はジーンの主として近づいたんです。その頃から考えも変わった……というか、元から頭の片隅にあっただけの思いが、出てきたんです。ジーンは私の物。私だけの所有物だと」


「…姫様……それは…」


傲慢(ごうまん)な考えだな、って自分でも思うんです。…それでも…頼らなきゃいけない。主として……ヴァルとしてのジーンを使えるように」


「…その様な考えの方を傲慢などとは言いません。きっかけはどうであれ、ユージーン殿と主従として近づいた。その結果だけで充分だと…私は思います」


「ありがとうございます、子爵」


蓮姫はホームズ子爵の言葉に、ホッとした。


この人なら、きっとこう言うだろう事はなんとなくわかっていた。


本当はズルいと思う。


こんな考えの自分が。


それでも、予想通りの答えをくれた子爵に安心したし、嬉しかった。


「では姫様。そろそろ休まれる時間でしょう。失礼ながら、私がベッドまでお送り致します」


「え!?そ、そんな!大丈夫ですよ」


「何をおっしゃられます。歩けない姫様をベッドまで這わせる訳には参りません。それとも……こんなジジイに抱きかかえられるのはおイヤですかな?」


「そ、そんなことは!」


「では、宜しいのですね」


言うやいなや、ホームズ子爵は蓮姫を抱き上げベッドまで運んだ。


(あれ?もしかしなくても…ハメられた?私)


見えない蓮姫でも、彼がとてもいい笑顔を浮かべている事はわかった。




パタン


蓮姫をベッドに寝かせると、ホームズ子爵は部屋を出た。


すると、見計らったように一人のメイドが彼の元へと来る。


「姫様はお休みになられましたか?」


「えぇ。ユージーン殿は?」


「それが……今夜も出掛けられたようです。此度(こたび)も…また娼館か…どこぞのお邸でしょう」


メイドは呆れたように頬に手を当て、ため息を吐きながら呟いた。


蓮姫が目の見えなくなったあの日から、ユージーンは夜な夜な出掛けている。


それも蓮姫に気づかれないように、彼女が寝た後に。


朝は決まって蓮姫が起きるよりも早く戻り、湯浴みを済ませてから彼女を起こしに行っていた。


「夜な夜な女遊びなど……貴族の姫直々の従者が聞いて呆れますわ。最近は城のメイド達にも手を出しているとか…。まったく…姫様にお仕えしている自覚があるのか疑わしいです。なのに…姫様のお支度には絶対に私達を近づけようともなさいません。あのような方…蓮様には…」


「口を慎みなさい。それを決めるのはメイドではなく主だけ。貴方がたは自分の仕事を全うする事を第一に考えるのです。良いですね」


「ご主人様が……そうおっしゃるのでしたら…」


メイドは納得のいかないまま、仕事に戻っていく。


子爵もユージーンの行動には気づいていたが、あえて本人には何も言わなかった。





その頃、当のユージーン本人は…


「いい加減…俺に全てを(ゆだ)ねて頂きたい。毎夜貴女に逢いに通っているというのに……いつになれば…貴女は俺を欲して下さるのですか?」


ロゼ城にて、一人の女を口説いていた。


その相手は……


「ご冗談も大概(たいがい)になさい。こんな年増を口説いて何の得が?それに聞きましたよ。毎夜娼婦や貴族の姫、メイドを抱いていると。昨日はこの城のメイドにまで手を出されたとか……お(さか)んですこと」


あのイザベラ=コルベット。


ユージーンが毎夜女を抱くのは、情報を集めるためだ。


自分に身も心も委ねた女は、口が軽くなり何でも話す。


どの家の、どんな娘が『人魚病』となったのか。


蓮姫と同じ症状の者は居るのか、と。


しかし本命はあくまでこのイザベラ。


彼女に近づき、骨抜きにする事がユージーンの本当の目的だ。


「その様な事を仰らないで下さい。男心のわからない方ですね。貴女にフラれた傷心のまま、他の女を貴女だと思い抱くしか出来ない……貴女の美しさに溺れた哀れな男の気持ち…察して下さい」


「随分と自己中心的な考えの持ち主のようですね。良いのですか?貴方のお仕えしている蓮様。ホームズ子爵遠縁の姫様は『人魚病』で苦しんでいるというのに」


「先程から他の女の話ばかり……酷い方ですね」


「何を…っ!!?」


ユージーンはイザベラを壁に押し付けると、無理矢理唇を奪った。


驚き手を振り上げるイザベラだが、その手は簡単にユージーンに捉えられる。


ユージーンはゆっくりと唇を離すと、彼女の耳元で艶を含みながら囁いた。


「…俺は……貴女が欲しい…」


「っ!?ぶ…無礼な!」


「恋に狂った男など…無礼の塊ですよ。いい加減受け入れて下さい。そんなつれない事を言いながら、抵抗しないのは何故です?衛兵に引き渡さないのは?大声を出さないのは?それは……貴女も俺を欲しているからでしょう?」


イザベラはわなわなと震えた。


怒りからではない。


自分のちっぽけな自尊心や、浅ましい女の部分を見透かされていた羞恥からだ。


こうなればユージーンの独壇場。


一週間もかかったが、イザベラがユージーンを受け入れる最後の言葉を、彼は再び放つ。




「…貴女が欲しいんです……イザベラ様…貴女が…」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ