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病の姫と暗躍する従者 1







「姫様。力加減は大丈夫ですか?」


「うん。気持ちいい」


(かゆ)い所はありますか?」


「え?……………………おでこ?」


「姫様。俺は今、姫様の髪を洗ってるんですけど?おでこ(かゆ)いんなら自分でかいて下さい」


蓮姫は今、ホームズ子爵の邸内の浴室で湯浴みをしていた。


ユージーンは湯船に浸かる彼女の後ろで、髪を洗っている。


当然蓮姫は風呂に入っているのだから、その身には何も纏ってはいない。


それでも、蓮姫もユージーンも拒否するような素振りは全く無く、蓮姫は自然とユージーンに身を任せている。




アクアリアに行ったあの日から、1週間が経った。


蓮姫の目も足も、回復の(きざ)しは全く無い。


目も見えず、足も使えなくなった蓮姫。


そんな彼女の身の回りの世話は、ユージーンが全て一人で行っていた。


着替えや食事は勿論、トイレや湯浴みもだ。


初めこそ恥じらいや抵抗を見せた蓮姫だったが、今ではユージーンにされるがまま、彼に全てを任せている。


当然、邸のメイド達も率先して蓮姫の世話をしようとしたが、蓮姫本人とユージーンに断られ、今では殆ど二人に干渉しなくなった。


初めてホームズ子爵の邸に来た頃から、蓮姫は他者に世話を焼かれるのを極端(きょくたん)に嫌がった。


その理由は、蓮姫の右肩と背中にある。


「はい。耳塞いで目を閉じて下さい。流しますよ」


蓮姫の泡だらけの髪を、お湯で流していくユージーン。


彼の視線は自然と、蓮姫の右肩と背中にある、大きな(みにく)い傷にいく。


王都での反乱軍襲撃時。


小さな友人、エリックを燃え盛る家から助け出したあの時に出来た傷。


服を着たままでは見る事のできない、痛々しく皮膚が引きつったような大きな傷に、目が行かない者などいないだろう。


だからこそ、蓮姫はメイドだろうと誰だろうと世話を焼かれるのを嫌がる。


自分の身体にある醜い傷跡など、誰にも見せたくないから。


ちなみに舞踏会に着ていたドレスも露出は控えられたデザインだった為、肩や背中の傷は他の者に見られていない。


しかし蓮姫の記憶の全てを覗き見たユージーンは全てを知っている。


それにユージーンは自分に恋愛感情を起こしたり、欲情などするはずも無い。


自分もユージーンをその様な対象として見たことは無いし、これからも見ないだろう。


そう考え、蓮姫は自分の身の回りは、全てユージーンに任せると決めたのだ。


ユージーンがタオルで蓮姫の髪の水気を丁寧に拭き取っていくと、蓮姫がユージーンに尋ねた。


「私達がアクアリアに行ってから1週間が経つけどさ……(いま)だに『壱の姫が王都を出た』って知らせを聞かないんだけど?」


「壱の姫が王都から一歩も出てないからですよ。壱の姫は反乱軍の存在に(おび)え、王都から出ようともしないみたいです。サフィールとかいう、あの女のヴァルからの手紙に書いてあった……とホームズ子爵は言っていましたよ」


「じゃあ……『壱の姫』がロゼリアに来るまで、まだ時間はあるんだね。って言っても……私はこんなだから何も出来ないんだけど」


蓮姫は自分の動かない足を触りながら、ゆっくりと目を閉じて呟く。


蓮姫の目は焦点(しょうてん)こそ定まらないものの、一目(ひとめ)見ただけでは盲目(もうもく)とはわからない。


「いいんですよ、姫様は。コレは俺の仕事だと…何度も話したでしょう。姫様は黙って俺に身を委ねればいいんです。身体の隅々(すみずみ)までお世話しますから」


「……なんかその言い方…セクハラされてるみたい」


「あれ?姫様はセクハラがお望みですか?」


「そういうジーンは頭突きがお望みですか?」


蓮姫の髪を拭くユージーンめがけ、軽く前後に首を降る蓮姫。


盲目となった彼女だが、最初の日以外はまったくといい程に自分の今の病について開き直っていた。


だが、蓮姫が足だけではなく目の機能も奪われたとなると『人魚病』については振り出しに戻った。


初めはイザベラが『人魚の涙』を持っていると信じて疑わなかった二人。


しかしコレが『人魚病』ではないのなら……『人魚の涙』を奪還(だっかん)し、破壊しても意味がない。


「私以外に二つ以上の機能を失った人は?」


「今のところ姫様ただ一人のようですね。そうなると……相手は姫様の正体を知っている可能性も出てきます。『弐の姫』だと知って……何か変な…それこそ魔術でもかけたのか?」


「私も裏とはいえ賞金首だもんね。また刺客だったりして」


「まぁ……わかりませんけど。そうしたら俺がそいつらを、殺すだけですから問題はありません。しかし違うとなると………やはり怪しいのはイザベラなんですけど…ね」


蓮姫が弐の姫という事実。


ソレを知る者が誰もいない(ホームズ子爵は除く)ロゼリアとアクアリア内において、彼女を一番邪魔だと考えるのはイザベラだろう。


このままいけばルードヴィッヒとラピスの結婚は無い。


どんなに二人が想い合おうと、国が……『人魚病』が生まれた歴史が、許さない。


となると、ルードヴィッヒの妃の最有力候補は蓮姫だ。


王子が人魚姫以外に、初めて親しくなった同年代の女。


ロゼリアの重鎮(じゅうちん)ともいえるホームズ子爵の遠縁ならば、反対する者はいない。


「イザベラの事を気に入ってるあの妃は、姫様を王子の正妃、ドロシーを第二妃に据える腹積(はらづ)もりだったようです。いい迷惑ですよ」


「それ私のセリフだから。でもさ、一番迷惑なのって……ドロシーじゃない?」


「どうですかね?恋する乙女の相手は王子。結婚さえ出来れば一番じゃなくても……とか考える頭の悪い、若いだけで恋に夢見て、愛の本質も知らない少女(ガキ)なんて腐るほどいますから」


「……ジーン。あんたが女に対して辛辣(しんらつ)なのはかまわない。でも、ドロシーみたいな良い子を悪く言うのはやめて」


「誰かさんに似てるからですか?いつまでも過去に囚われるのは、愚かな女の典型ですね」


「悪かっ……くしゅっ!」


「あ、長話で肩が冷えたんですかね。もうあがりましょう」


ユージーンは浴槽に腕を突っ込み、蓮姫を抱き抱えた。


蓮姫とは違い、ちゃんと服を着ているユージーンだが、腕は勿論、蓮姫の身体が密着している部分は完全に濡れている。


しかし彼はそんな事など気にも止めずに、タオルを敷いておいた椅子に蓮姫を座らせると、別のタオルで身体や髪を拭いていく。


自分はびしょ濡れだが、蓮姫が風邪をひかないようにと手早く着替えさせた。


「さて、姫様。風呂上がりに何を飲まれますか?やっぱり牛乳とか?」


「なんでよ。出されても飲まないからね」


「え?姫様はフルーツ牛乳派ですか?なんで女って、可愛こぶってそういうの飲みたがるんですかね?気取らないで王道いけってんですよ」


「なんの話よ」


「ちなみに俺はコーヒー牛乳派です」


「さっきと言ってること違っ…ぐえッ!?」


「だから、腰締める時に、カエルみたいな声出さないで下さいってば」


いつものようなじゃれ合い(?)が繰り広げられているが、蓮姫は拳も蹴りも出ない。


蹴りたくとも足が動かないし、殴りたくともユージーンの正確な位置が見えないからだ。


(……やっぱ…姫様がどつかないとか……調子狂うんだよな…)


ユージーンは殴られたい訳でも、蹴られたい訳でもない。


そういう趣味も無い。


今まで彼を欲した女は全て、彼の美貌(びぼう)に酔いしれてきた。


ありとあらゆる女の、ありとあらゆる自分への()びや猫かぶりを見てきたユージーン。


そんな中で、自分に媚びるどころか、遠慮なく素でぶつかる唯一の女が蓮姫。


そんな彼女の特色が失われたように感じるのは…嫌だ、とユージーンは思う。


「で?何がいいんですか?何か喉を(うるお)さないと美容にも悪いですよ」


「OLか…。じゃあ『ピンクハーブ』のお茶」


「またですか?好きですねぇ、姫様も。自分をこんな目に合わせたかもしれない。一番疑わしい女、その娘が作ったお茶なんて俺なら捨てますよ」


「でも美味しいし。毒は無かったじゃない」


「そうですね。あの後、確認の為に俺も飲みましたし、メイド数人にも飲ませましたけど…見事に誰にも、なんにも無いですからね」


「はぁ!?怪しいって思いながら人様に飲ませたの?!」


「被験体って多い方がいいじゃないですか。大丈夫ですよ。万一(まんいち)死んでも綺麗に事は片付けます」


「片付けるって……」


「姫様。俺は姫様以外はどうでもいいんですよ。当然でしょう?俺は姫様の従者なんですから。さ、部屋に戻りますよ」


濡れた自身の上着を取り替えると、ユージーンは蓮姫を抱き上げて足早に歩き出す。


「まぁ、ありきたりの毒なら俺でも治せますよ。一番問題なのは……姫様の病の原因がわからない事です。これが毒か魔術か本当に病のかもわからない。解毒(げどく)も治療も、その大元がわからなくては何も出来ないんですから」


「自分の想造力……もしくは陛下か壱の姫しか無理ってこと?」


「想造力では()せぬ事の方が、少ないですからね。確実に治せるのは姫様含めて三人……。リスクの一族が絶えた今じゃ、女王と姫しか確実性は無いですね」


「リスクの一族……って、あの薬師(くすし)の?」




リスクの一族とは、その血がありとあらゆる病の万能薬となる、希少(きしょう)な一族。



(いにしえ)の王が(さか)えた時代、五百人にも満たない少数だが、『リスク小国』という国として認められていた。


つまり、ロゼリアやアクアリアと同じ様に、歴史のある国。


そんな彼等が絶えたのは『傾城(けいせい)の時代』。


想造世界の男が王として君臨した時、彼を(たぶら)かした絶世の美女こそ、リスクの一族だった。



リスクの一族は薬師。



この世界のどの薬にも、病にも精通(せいつう)した一族。


血は万病(まんびょう)に効くと言われた。


しかし


人を助ける薬に精通するという事は



人を殺す毒にも精通するという事。



彼等の血は万病の薬ともなり、万病を引き起こす毒ともなる。


当時の王を(たぶら)かした女と、その一族。


彼等は自らの血を使い、邪魔な者達を毒殺した。


その血は生きている者の血でなくては、薬としても、毒としても効果は発しない。


毒に(おか)された者も、リスクの一族に従わなくては助からなかった。


当然、リスクの一族以外に治せる王は、彼の妃と一族を信頼し、毒に侵された者達を気にも止めなかった。


それ(ゆえ)に新しい女王が君臨(くんりん)した際、人々の怒りが爆発し、処刑、暗殺と皆殺しにされた。


そうして、リスクの一族は汚名(おめい)を受けたまま、滅んでいったのだ。




「自業自得だけど……皆殺しなんて…」


「彼等でなくても、その血を利用した権力者も為政者(いせいしゃ)もいましたからね。一生(いっしょう)傀儡(くぐつ)のように使われるよりは、死んだ方がマシだと思いますけど」


「そういう考えも確かにあるけど……それが正しいかどうかなんて誰にもわからないじゃない」


「そうですよ。俺も正しくないし、きっと姫様も正しくないでしょう。正解なんてリスクの一族達しかわからない。姫様、部屋につきましたよ」


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