蒼き国 アクアリア 5
「恋人や伴侶に贈るのは愛の証。相手を象徴する物が加工されているのは、『他の誰でもない、あなただから私はあなたに愛を誓う』という意味なんですよ」
「だからルーイはこのピアスを…。ラピスさんのさっきの言葉も……。わかりました。必ずルーイに伝えます」
「ありがとうございます。蓮さん」
二人はラピスに一礼すると、そのまま長い階段を昇っていく。
蓮姫は初めて知った。
レオナルドから贈られた、このピアスの意味を。
先程の話が本当なら、ソフィアに渡したイヤリングは家族に対する親愛の証なのかもしれない。
しかし自分の物は?
石はレムストーンのみで、装飾は月のみ。
石以外は全て銀で出来ているピアス。
(レオは……このピアスに…どういう意味を込めたの?)
ラピスと別れてから黙り込んでいた蓮姫。
そんな蓮姫の様子は勿論、考えも既に気づいていたユージーンは、蓮姫の方を見ずに口を開いた。
「『蓮姫』とは忌み子が与えた名で『月光蓮からきている』と言っていましたよね」
「……え?そ、そうだけど…なに?急に?」
「月光蓮は月光の元でだけ満開になり、銀色に輝く花です。それ以外では蕾のまま…真昼も月の無い夜も咲けない。月の元でのみ本来の美しさを発揮し、真の姿で生きる。花言葉は『私だけはあなたを愛している』や『どんなに辛くとも生きていく』。月だけが花を咲かせる事から『月光蓮』。銀色は月を象徴する色です」
「……そう…だったの?知らなかった。ユリウスもチェーザレも『今が見頃の綺麗な花だ』としか言ってなかったから」
「ちなみに毒があるので観賞用、装飾用にも向きません。動物も寄り付かない。太陽どころか世界に拒絶された花。しかし月だけは『月光蓮』を見捨てなかった」
「…っ!?……それって」
「姫様の境遇とよく似ていますよね。忌み子達は、世界中が敵に回っても、自分達だけは姫様の味方だという意味を込めて、『月光蓮』に良く似た『弐の姫』から『蓮姫』と名づけたのでしょう。当然、姫様が名の由来を教えた婚約者殿も、その意味を知っていたはず。だからそのピアスを贈ったのだと思いますよ」
蓮姫は知らなかった。
知ろうともしなかった。
自分の名の由来を。
友人達の想いを。
自分が愛した男の本心を。
「だから、銀と月とレムストーンだけのシンプルなピアスなんですよ。そのピアスは、姫様への愛で溢れてます」
「………………」
蓮姫はドレスの上から、ギュッとピアスを握り締めた。
「……愛…されてたんだ……私…」
「………喋ると舌噛みますよ」
泣きそうになるのを堪えながら、喜びに打ちひしがれる蓮姫に、ユージーンは苛ついたように告げた。
面白くない。
ユージーンの眉は不機嫌そうにつり上がっている。
蓮姫はいつものように殴ろうかとも思ったが、ユージーンの顔を見上げ、黙り込んだ。
そんな蓮姫の態度に、自分から言ったというのに、ユージーンは余計に苛つく。
(…ったく……そんなピアスごときで喜んでんなよ。…あんたの婚約者は贈り物しただけで他には何にもしてない。…ただの貴族のお坊っちゃんだろ。……俺の方が大事にしてるってのに……ムカつく…)
それは嫉妬に近い感情だった。
ユージーンもソレに気づくが、馬鹿馬鹿しい、と心の中で否定する。
二人はただ黙って上を目指し、地上に辿り着くまで、お互いに一言も発しなかった。
二人が地上へ戻ると意外な人物が二人を待ち受けていた。
「よぉ、蓮。………と…失礼な従者」
「ルーイ!」
「人にパシらせておいて随分な言い草ですね。何様ですか?王子様」
「自分で言ってんじゃねぇかよ。…んな事より……本当に『人魚病』になったのか」
ユージーンに抱き抱えられている蓮姫の姿を見ると、ルードヴィッヒは悲痛な表情を浮かべ、二人に頭を下げた。
「すまない。俺の国で…関係ないお前に……」
「謝んないでよ。ルーイは初めて会った時に忠告してくれたでしょ。ソレを聞かなかった私が悪いの」
「その通りですね」
「ジーンには言ってない」
ルードヴィッヒは頭を上げると、二人へと近づく。
次に彼から放たれた言葉に、二人は再度驚かされた。
「もう少しの辛抱だ。王都のサフィール宰相から手紙があってな、陛下は近い内に『壱の姫』を大使としてロゼリアに送るらしい。壱の姫なら想造力で『人魚病』を治せるからな」
「っ!!?い、壱の姫…が?」
「『人魚病』を治せるのは女王か姫だけ…ですからね。壱の姫様は想造力を既に操れるとか。……噂の『弐の姫』と違って」
「仮に想造力が使えるとしても、王都を逃げ出した『弐の姫』なんか願い下げだぜ。同じ王位継承者として軽蔑するな」
そう語るルードヴィッヒの顔は、蓮姫に庶民街の者達を思い出させた。
嫌悪と軽蔑が籠った目。
どんなに王都から離れても『弐の姫』を好む者はいない。
どんなに時が経っても、蓮姫があの時に受けた傷は癒えない。
ゲシッ!!
「っ!!?いって!!何すんだ!てめぇ!」
蓮姫が顔を俯かせたのと腕の中で感じたユージーンは、思い切りルードヴィッヒを蹴飛ばした。
その衝撃に崩れそうになった体を足で踏ん張り、ルードヴィッヒは怒鳴りつけるが、ユージーンはニッコリと笑顔で息継ぎなく言い放つ。
「これは失礼しましたムカついたんで蹴り入れましたけど謝る気なんてさらさら無いし悪いとも思ってませんが一応口先だけで謝りますよすみませんでした」
「本気で謝る気なんて無ぇんだな!」
「二人共!頭の上でうっさい!!殴るよ!……で、ルーイ。ちょっと話があるんだけど…」
蓮姫はアクアリアで聞いた話をルードヴィッヒに伝えた。
「なるほどな」
帰りの馬車に揺られながら、ルードヴィッヒは蓮姫の話を聞き納得したような素振りを見せる。
蓮姫の説明にルードヴィッヒは驚く様子も見せなかった。
実に淡々(たんたん)としている。
「驚かないの?」
「イザベラに関しては予想通りだ。あの女ならやりかねないだろ。そこの従者の話に関してはビビったけど……元を正せば俺の先祖が原因だからな。怒りよりも申し訳ないって気持ちだぜ」
「なんなら土下座して下さっても構いませんけど?」
「しねぇよ。けど……すまなかったな。ロゼリア王家を代表して謝罪する」
「構いませんよ。誰が悪いとか言ったらキリ無いですからね。……と、子爵邸に着いたようです」
ルードヴィッヒは馬車から降りずに、蓮姫達に背を向けて跪き両手を後ろに出した。
「何してんの?ルーイ」
「そこの嫌味従者はずっとお前を抱えてたんだろ?部屋まで俺がおぶってやる」
「え?別にいいよ。ジーンだって疲れてるかもしれないけどさ、一国の王子…それも時期国王にそんな真似させられないし」
「いいから乗れ。王子様命令だ」
「姫様、素直に従わないと可哀想ですよ。こんな無様な姿はお似合いですけど、これでも気を使って下さってるんですから」
「お前ホント一言余計だよな」
ユージーンにまで言われ、蓮姫は遠慮がちに彼におぶさる。
馬車の天井やドアにぶつからないように、ルードヴィッヒは歩き出した。
「悪いな。ドレスでおんぶとか普通有り得ねぇけど……俺が前で抱えてやるのは…ラピスだけだからさ」
「ベタ惚れだよね。あ、ラピスさん喜んでたよ。伝言も頼まれてる」
蓮姫がラピスからの言葉を伝えると、ルードヴィッヒは耳まで赤くなった。
照れているルードヴィッヒに蓮姫は微笑むが、ユージーンはいつものように嫌味を口にする。
「髪と目だけでなく顔まで赤いとか、こちらの目に痛いんですけど」
「………うっせぇ」
三人が子爵邸へと入ると、ホームズ子爵が出迎えてくれた。
だが彼の表情は些か困っている。
自分が王子に背負われている事かと思ったが……そうではなかった。
「王子。それに蓮…殿。実はお客人が来られていまして……応接室でお待ちです」
「お客さん?私にですか?」
「あんたの口ぶりから俺にも、だよな。誰だよ」
「ドロシー嬢がお待ちです。王子がまた城を抜け出した時に、我が邸に蓮殿を見舞いに行くと仰られたとか」
「また、は余計だ」