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蒼き国 アクアリア 4


「もし『人魚の涙』を盜んだ犯人なら、『人魚病』に必要な三つのうち二つが揃いますね」


「姫様、ここまで揃っているのなら、もつ一つも必ずあるはずですよ。犯人は人魚そのものか……あるいは共犯として人魚を何らかの形で利用しているでしょう」


ユージーンの言葉には、人魚が犯人という可能性よりも、共犯という方が正しいはず……と含まれた言い方だった。


それは、蓮姫も感じている。


主犯は人魚ではない、と。


蓮姫は頭の中で整理してみた。



イザベラが娘を連れてロゼリアに来たのは一年前。


ロゼリアの王と妃に取り入るだけでは足らず、王子に娘を嫁がせようとするが、王子には既に恋人としてアクアリアの人魚姫ラピスがいた。


『人魚の涙』の存在を知った彼女は、アクアリアに忍び込み、警備兵を殺害後、宝物庫から『人魚の涙』、医務室から王家の血を盗む。


その後ロゼリアに戻り、王を病死に見せかけて殺害。


盜んだ『人魚の涙』と王家の血、人魚の協力者を使って、ロゼリアに『人魚病』を流行らせた。


これでアクアリアとロゼリアの関係は更に悪化し、元々望み薄だったラピスとルードヴィッヒの婚約はほぼ絶望的。


王子の婚約者候補となりそうな娘は蓮姫含め『人魚病』の餌食(えじき)となり、残ったのは娘のドロシーのみ。


コレはただの憶測(おくそく)でしかない。


証拠など、全く、何一つとして無い。



だが、これ以上ない程の説得力を持った仮説だ。



「ここまでわかりやすいのも拍子抜けですね。まぁ、これで犯人は確定しましたし……ロゼリアに戻ってあのアバズレとっ捕まえましょう」


「もう少しオブラートに包めっていつも言ってんでしょ。皆さん、お見苦しい物を見せて申し訳ありません」


「い、いえ。あの……お二人はいったい?」


蓮姫の貴族の姫らしからぬ言動、ユージーンの無礼な態度からラピス達は彼等の正体が気になって仕方ない。


蓮姫とユージーンは何か考える素振りをすると、顔を見合わせて三人に笑顔で告げた。


「貴方の愛しい王子の友人ですよ。ラピスさん」


「だ、そうですよ」


アクアリア王家の三人は、ポカンと一瞬(いっしゅん)呆気(あっけ)にとられる。


が、ラピスも同じ様に二人へと笑いかけた。


「ならば…お二人は私の友人でもありますね」


「ラピスさん。ありがとうございます」


「はいはい。さっさと戻りますよ。あ、そういえば……王子とラピス姫の結婚……アクアリア王家はどう考えてるんです」


「娘の幸せが親の幸せだ。その娘の想い人も娘を想ってくれている。反対する理由など無いだろう。ルードヴィッヒ殿は娘を(たく)すに()るる人物だ。そもそも、我々はこれを機にロゼリアとの友好を復興したいと思っていた」


「つまり……アクアリアは二人の結婚は賛成なんですね。それなら、障害はロゼリアだけ、か」


蓮姫は初めに感じた王と王妃の優しさに触れた気がした。


娘の恋を、その相手が敵対している国だろうと、娘の幸せを応援している王家。


友好を取り戻したいのも、真に娘に幸せになってもらいたいからだろう。


ルードヴィッヒの人となりも認めている。


アクアリアにとって問題があるとすれば、『人魚の涙』紛失(ふんしつ)の責任だ。


王妃はユージーンを見詰めると、静かな声で言い放つ。


「ユージーン殿。犯人に心当たりがあるのなら『人魚の涙』を回収するおつもりですね」


「そのつもりですよ。じゃなきゃ姫様は勿論、他の娘も元の身体に戻れませんからね。なんですか?ちゃんと返しますよ、王妃様」


「それは不要です」


「………はい?」


「『人魚の涙』は武器でも兵器でもない。貴方が魔術で造り上げた魔道具(まどうぐ)。魔道具は作者ならば簡単に破壊できますでしょう?取り戻したら、貴方の手で破壊なさって下さい」


「はぁ?何言ってんですか?」


「ジーン!口を慎みなさいって言ってるでしょう!!」


王妃に対しても態度を変えずに小馬鹿にした物言いをするユージーンに、蓮姫から雷が落ちる。


が、ユージーンは当然反省はしないし、王妃も「お気になさらないで下さい」と話す。


「『人魚の涙』が無くならなければ根本的な解決にはなりません。アレの存在は……誰より母が心を痛めておりました」


(もと)を正せばルリのせいで出来た物ですからね。わかりましたよ。若気の至りとはいえ、あんな物を造ったのは俺の人生の汚点(おてん)トップ10に入りますからね」


『他にもあるのか』と蓮姫はユージーンを睨みつけるが、彼は肩を竦めると、蓮姫を再び抱き上げた。


「さて、戻りましょう」


「わかった。皆さん、本当にありがとうございました。『人魚の涙』は必ず取り戻して、この馬鹿に責任持って壊させます」


「感謝いたします。蓮殿、ユージーン殿」


「ラピス。お二人をお送りしろ」


「はい。お母様、お父様」


ラピスは部屋を出ると、先程のウォータースライダーに移り、壁の向こうから蓮姫達の横へと泳ぐ。


ラピスが自分たちの方に現れたのを合図に、ユージーンは王と王妃に一礼すると、(きびす)を返し元来た道を戻って行った。


長い海底通路を歩き、三人は再び噴水のある灯台の地下の広間に居た。


「ラピス姫。見送りはここまでで結構ですよ」


「………はい。それでは蓮さん、ユージーン……さん。お気をつけて」


ラピスは蒼い瞳を()せがちに告げる。


彼女の憂いを帯びた表情に、蓮姫は彼女に声をかけた。


「ラピスさん、一緒にロゼリアに行きませんか?」


「え?」


「ルーイに会いたいんじゃないですか?イザベラやお(きさき)最有力(さいりゆうりょく)候補(こうほ)のドロシーは城に居るし……心配なんでしょう?一日でも人魚から人間の姿になれるんだったら…」


「ダメですよ、姫様」


蓮姫の言葉を(さえぎ)ったのは、ラピスではなくユージーンだった。


「なんでよ?ホームズ子爵に頼めば二人の逢引なんて簡単でしょ?ロゼリアに行っても、ラピスさんが人魚だってバレなきゃいいんだし」


「ラピス姫が人魚だとバレなくても、アクアリア王家の者だとすぐにバレますよ。ロゼリアなら特に、ね」


「どういう事?」


「あのバ……王子の瞳は海水に濡れると模様(もよう)が浮かぶ…そう言いましたよね。ロゼリアだけでなく(いにしえ)の王族の末裔(まつえい)は、ある一定条件の元、瞳に紋章(もんしょう)が浮かびます。アクアリアも同じ。彼等は陸にあがると紋章が浮かぶんですよ。人魚に対する偏見や敵対意識の強いロゼリアの民がソレを知らない筈も無い。万が一バレたら、ラピス姫は間違いなく『人魚狩り』の餌食。俺達も人魚を手引した犯罪者として処刑されますよ」


「そんな!?」


ユージーンの言葉に驚きながらも、蓮姫は自分の考えの甘さを知った。


アクアリアは確かにロゼリアと友好を取り戻したいだろう。


だが、ソレはアクアリアだけで、ロゼリアにそんな気は毛頭無い。


「舞踏会にあった『人魚避けの呪い』も、姫様達が『人魚病』となったあの日から街中に増えました。ルリの場合は人魚である証を彼女が捨てたので紋章は出ませんでしたが、たかが逢瀬の為にそこまでさせる訳にもいかないでしょう?わかります?ラピス姫へ自殺行為(じさつこうい)(すす)めてるんですよ、姫様は」


「……ごめんなさい…ラピスさん。考え無しに勝手な事言って…」


「いえ、蓮さんの気持ち…とても嬉しかったです。ありがとう」


申し訳ないように笑うラピスを見て、蓮姫はさらに居た堪れなくなった。


が、ルードヴィッヒの話題が出た事で、蓮姫は今の今まで忘れていた、ある物を思い出す。


「そうだ!ルーイからラピスさんにプレゼントを預かってるんです!!ジーン!何処にある!?」


「………ルーイ…から?」


「あぁ。そんな物ありましたっけね。確か後ろの右ポケットに入れましたけど」


両手で蓮姫を抱えているユージーンの代わりに、蓮姫は彼の臀部(でんぶ)にあるポケットを探った。


が、ユージーンが黙ったままでいるはずがなく…


「わ~お。姫様テクニシャ……いだっ!?いだだだだっ!!?(つね)んないで下さいよ!」


「気持ち悪い事言う方が悪い!はい、ラピスさん!」


「あ、ありがとうございます」


じゃれ合う二人から渡された小さな小箱。


リボンを解きながら、ラピスは中身を取り出す。


蓮姫は箱の大きさから『指輪かな?』と思っていたが、出てきたのは意外な……蓮姫も持っている物。




「っ!!……レム…ストーンの…ピアス」




「へぇ。ラピスラズリの装飾(そうしょく)なんて、あの王子も粋な事しますね」


ルードヴィッヒから愛するラピスへの贈り物は、蓮姫がレオナルドから貰った物と同じ、レムストーン製のピアスだった。


蓮姫は肌見放さず持ち歩いているが、一度もつけた事が無く、今もドレスのリボンの裏に入れていた。


ラピスはピアスを握り締めると、嬉しそうに、照れたようにはにかむ。


それはただのプレゼントではない。


ラピスの表情から、蓮姫はそう感じた。


「あの……ラピスさん。そのピアスって?」


「レムストーンです。蓮さん、ルーイに伝言をお願いしてもよろしいですか?」


「伝言…ですか?」


「私も同じ気持ちだと。私からも必ずレムストーンを渡す、と。そう伝えて下さい」


蓮姫には訳がわからないが、ユージーンは言葉の意味を理解しているらしい。


もしかしたら、レムストーンには蓮姫の知らない意味や意図があるのだろうか?


「ラピスさん……どういう意味ですか?その石がなんで?」


「え?蓮さん、レムストーンをご存知無いのですか?」


「姫様は箱入りなんで、そういう俗世(ぞくせ)の雑学は知らないんですよ」


ユージーンの言葉に『そうでしたか』と疑う事無くラピスは蓮姫にレムストーンの事を教える。


「レムストーンの石言葉は『大切なあなた』。遙か昔……初代女王陛下が降臨(こうりん)なさる前、(いにしえ)の王は自分が生涯愛した唯一無二の相手、妻にこの石を贈りました。それからレムストーンは恋人や家族に贈る石として、重宝されています。特に、その人が一番大切に想っている相手にはピアスやイヤリングに加工した物を贈るんです」


「どうしてですか?」


「気持ちを相手に伝えるのは『口』ですが、それを相手が受けるのは『耳』。『私の想いが常に貴方の耳に届きますように』や『如何なる時も私の想いは貴方へと届く』という意味が()められているんです」


「…そう……だったんですか……知らなかった」


蓮姫は力無く答えると、リボンの上から自分のピアスを抑えた。


単純にレオナルドに想われていた、と蓮姫は一瞬喜んだが、直ぐにソフィアも貰っていた事を思い出す。


(やっぱり……私は建て前で…本命はソフィ…なのかな)


そんな蓮姫の心情を知ってか知らずか、ラピスは更に言葉を続ける。


「ちなみに、母や姉など家族には、豪華(ごうか)な装飾や他の宝石をつけた物を贈るのが定説ですが……妻や恋人に贈る時は違います。出来るだけシンプルに、その人の象徴とも言える物を装飾したり、レムストーンをカットしたりするんです」


「その人の……象徴?」


「姫様。ラピス姫が受け取ったピアスを良く見て下さい」


ユージーンに言われ、蓮姫はラピスの手の中にあるピアスを見詰める。


どちらも片方にはレムストーン。


そして金具の反対側には、同じ大きさのラピスラズリがついていた。


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