蒼き国 アクアリア 3
「蓮殿。人魚病とは誠のようだな。嘆かわしいことだ」
王の蓮姫に対する思いやりの言葉。
ソレを聞いた時、誰も気づいてはいないが、一瞬だけユージーンの眉がピクリと動く。
「はい。わたくしの足は最早、自分の意思では動かす事も出来ません。無礼とは思いますが、座ったままで失礼を致します」
「何をおっしゃいますか!?蓮殿は人魚病の被害者です!我等アクアリアに対し、そのようにお気を使わないで下さいませ。しかしロゼリアとも縁の薄い貴女が『人魚病』とは……おかわいそうに」
苦虫を噛み締めたような王と王妃。
蓮姫のかかった『人魚病』は彼等、アクアリアの人魚が流行らせたもの。
その責任を感じているのか二人……いや、ラピスや周りの人魚達も表情が暗かった。
が、ユージーンの方も人知れず段々と表情が変わっていく。
蓮姫はそれに気づかず、王妃へと感謝の意を述べた。
「王妃様。お優しい御言葉痛み入ります。しかし『人魚病』にかかったのはわたくしだけではありません。この病を治せるのは女王陛下とアクアリア王家のみ。ソレを承知でここに来たのは、自分の病を治していただくためではありません。……真実を知りたいがために…です」
「真実?蓮殿はどんな真実を知りたいと申すのか?」
「『人魚病』を流行らせたのは人魚達ではない……そうですよね?」
「っ!?」
蓮姫の代わりに答えたユージーンの言葉に、人魚達は顔色が変わる。
中にはボソボソと何かを話す者達も。
王は睨むようにユージーンへと問い掛けた。
「どういう意味か?」
「そのまんまの意味ですよ。ぶっちゃけあのバカ王子から話を聞いた時に、もしやと思ってたんですけどね」
「ジーン!口を慎みなさい!!」
急に猫かぶりをやめたユージーンに、蓮姫は慌てて彼をたしなめる。
しかし彼の態度は変わらない。
「申し訳ありません姫様。口を慎む価値の無い奴等には、慎みたくないんですよ、俺」
「ジーン!」
「貴様っ!ただの従者が無礼ではないか!」
「いくらホームズ子爵の使者でも、王家への侮辱は許されん!!」
ユージーンの暴言に人魚達は口々に彼を攻め立てた。
が、ユージーンが殺気のこもった目で睨みつけると、一瞬で口ごもってしまう。
「はぁ……姫様。俺今、結構ムカついてんですよ」
ユージーンは蓮姫が初めて会った時と同じ様に、歪んだ笑顔で言い放った。
「今回の『人魚病』は人魚が流行らせた訳じゃない。確かにそうかもしれません。でも無関係って事もありえませんよ。なのになんですか?この連中ときたら『嘆かわしい』だの『おかわいそう』だの他人事のように。無礼が過ぎると言ってましたが、貴方がたも俺の姫様に対して無礼が過ぎますよ」
「ジーン!やめろって言ってんでしょ!このバカ!!はっ倒すよ!」
ユージーンに釣られ蓮姫も素に戻って怒鳴ってしまった。
これではもう猫かぶりは難しいだろう。
しかしユージーンは慌てた様子もなく、人魚達……アクアリア王家の三人に問い掛けた。
「単刀直入に聞きますよ。『人魚の涙』は何処ですか?」
その瞬間、人魚達……特にアクアリア王家の三人は今まで以上に驚いた顔をしている。
「っ!?き、貴様!何処でその名を!?」
王はユージーンを指差しながら血相を変えて、叫ぶように問い掛けた。
その余りの剣幕にも、ユージーンはその笑顔を絶やさない。
「知ってるに決まってるでしょう?俺が造ったんですからね」
「な、何だと!?」
「俺が造ったんですよ。800年前……友の命を守る為に……貴方がたに造れと命じられて!!」
それは蓮姫が聞いたことも無い……ユージーンの悲痛な叫び。
「……貴方は…一体何者ですか?」
王妃はゆっくりと玉座から離れ、静かな声でユージーンへと尋ねた。
ユージーンは何も答えない。
「皆、席を外しなさいな。わたくしと王、ラピスはこの方々と話があります」
「し、しかし王妃様!?」
「聞こえませんでしたか?皆、席を、外しなさい」
ゆっくりと一言づつ告げる王妃。
その言葉に、他の人魚達はすごすごとその場から離れて行った。
ユージーンの激昂、王妃の行動に蓮姫は困惑を隠せない。
「………ジーン?」
「大丈夫ですよ。姫様の事は俺が守ります。俺が必ず…姫様を治してみせます」
不安げに尋ねる蓮姫に、ユージーンはニッコリと先程とは違う慈しむような笑顔を見せた。
「王妃よ。どういう事だ?」
「申し訳ありません陛下。そしてラピス。お話致します。私の母……ルリから聞いた…友人達の話を」
三人は蓮姫達の前に泳いでくると、一列に並ぶ。
真ん中には王妃。
彼女が一番…苦痛に満ちたような顔をしていた。
「貴方が……母の友人ですか?」
「はい。そうですよ。ラピス姫ほどではありませんが……貴女にもルリの面影がありますね。王妃様」
「何故、人魚である母亡き今も人間である貴方がご存命なのですか?それも…母から聞いた姿のまま」
「先代女王に不老不死の呪いをかけられましてね。今は姫様と世の中を旅しています。が、そんな話は今どうでもいいでしょう?」
「そうですね」
「お母様?お祖母様のご友人に『人魚の涙』を造らせたというのは本当なのですか?」
王妃とユージーンの話についていけないラピスは、王妃へと問いかける。
王もユージーンが『人魚病』を造ったという話を知らないのか、ラピスと同じ様な表情をしていた。
が、蓮姫はもっと話が理解できずついていけない。
しかし今は王妃とユージーンの話を聞く事が先決だと、口を挟まない方が懸命と判断した。
「本当です。かつてお母様……800年前の悲劇を生んだルリは、人魚である証を全て捨て、足を得ました。……ソレを手助けしたのが…彼なのですよ」
「「「っ!!?」」」
「はい。俺と友人が魔術を駆使してルリに足を与えました。しかし……足を得たルリの恋の結末は誰もが知る通り」
「お祖母様の想いは……当時のロゼリアの王子に届かなかった」
ラピスは悲痛に顔を歪める。
嫌でも今の自分の姿と重なるのだろう。
「はい。ルリは悲しみの余り海に身を投げました。俺と友人が助け、命に別状は無かったんですが……アクアリア王家の怒りが収まるはずも無く…」
「当時のアクアリア王……わたくしのお祖父様は彼等を捕らえました。そしてロゼリアへの復讐の為に彼等の魔術を利用したのです。この方の友人を人質にして、『友の命を救いたければ、ロゼリアを絶望で満たすモノを造れ』と」
ラピスと王はその話を初めて聞いたらしい。
恐らくは王妃がずっと胸に秘めていた事だったのだろう。
「それで……『人魚の涙』は造られたんですね。知りませんでした」
「儂も初めて聞く。『人魚の涙』製造の秘密を知るは先代王とその娘達のみ。王妃も母から聞いたのであろうが…」
「今まで告げずに申し訳ありません。しかし…コレは我が王家に伝わる恥。陛下にも……話せませんでした」
王妃とユージーンの話に、しんみりとする一同。
だがやはり、蓮姫にはわからない。
話が終わったのなら、聞くのは今だろう。
「あの……すみません。そもそもジーンが造ったって言う…『人魚の涙』って一体何なんですか?」
「『人魚の涙』はアクアリアの人魚達しか知らない『人魚病』の原因です。一見するとただの首飾りですよ。これくらいの蒼い真珠がトップについた」
ユージーンがアクアリア王家達の代わりに答える。
真珠の大きさを人差し指と親指で表すと、ソレは真珠と呼ぶには大き過ぎるサイズだった。
「で、デカ…。でもなんでネックレス?それが『人魚病』となんの関係があるの?」
「姫様、あの宿屋で見た暗器を覚えていますか?あんな風に一箇所から毒針が飛び出す仕組みなんですよ。蒼真珠に術をかけて、毒は常に真珠から作り出される。人体に刺さった毒針は一瞬にして身体の中に溶け込み、何かしらの機能を奪います。刺さった時には痛みも感じないから、誰も道具が原因とは思わず呪いや疫病だと思っていますけど。ちなみに人間にとってはただの首飾りです。使えるのは人魚だけ。毒を出す時にも三人分の人魚の血が必要で、一人は必ず王家の物。解毒薬となるのは、使用した時と同じ王家の者の血です」
「それが『人魚病』の正体で、かつてジーンが造った物。だからジーンは『人魚病を造った』って言ってたし、人魚しか知らない『人魚の涙』の存在を知ってた。でも……さっきジーンも言ってましたけど…その『人魚の涙』は今何処にあるんですか?」
何気なく聞いた蓮姫だが、返ってきた答えに蓮姫は驚愕する。
「『人魚の涙』は……今はアクアリアにはありません」
「ありません……って、どういう事ですか?ラピスさん」
「普段は城の中にある宝物庫に保管されています。しかし……一年前に、何者かによって盜まれました」
「えっ!!?」
「……やっぱり」
ラピスの言葉に驚く蓮姫だが、ユージーンは納得したようだった。
王はその様子に眉を寄せ、ユージーンを疑うような目で見る。
「ユージーン……と言ったか。やはり…とはどういう意味か?」
「あれ?俺を疑います?」
「当然だろう。解毒は王家の血ならば誰でもいい。ソレをあえて王家に伝えなかったそなたの言葉…信じるには足らん」
「あぁ。800年の月日でバレましたか。でも違いますよ。一年前なんて、俺は王都の外れの森に封じられてました。それは女王が証明できます。気づいたのはあのバカ王子の言葉で、ですよ」
「ジーン」
「すみません姫様、ラピス姫。ルードヴィッヒ王子でしたね。二人揃って睨まないで下さいよ」
ユージーンの無礼な態度、愛しい王子をバカ呼ばわりされ、二人の姫はギロリと彼を睨む。
ユージーンの方は言葉では反省しているが、態度も顔も全く反省していない様子だ。
「ジーン。王家の血なら誰でもいいの?」
「はい。最初は解毒が難しい、もしくは出来ない様に造れと言われたんですが、面倒だったので。当時の王家にバレなきゃいいかな、と思ったんですよ。しかし、解毒に必要なのは王家の血だけでなく『人魚の涙』も必要です。『人魚の涙』を三日三晩、血につけておけば蒼真珠の中に解毒薬が出来ます。ソレを再度、患者に撃ち込めば失われた機能は戻ります。姫様の足もね」
「つまり……『人魚の涙』が無い今、『人魚病』を治すのは絶望的って事か。盜んだ人物に心当たりはありますか?」
盜まれたのが宝物庫ならば、犯人は王家の者か警備兵の可能性が高い。
蓮姫の問い掛けに王妃は首を振って答えた。
「盜まれたあの日……警備兵が毒殺されました。『人魚の涙』の存在を知るのは、アクアリア王家とロゼリア王家。当時の関係者だけです。しかし盗人は他の宝には目もくれず『人魚の涙』だけを盗みました。その日、王家の者は母の墓参りに全員出ております。ロゼリア王家もロゼ城に居たそうですから」
「『人魚の涙』の存在を知る者には全員アリバイがあるんですね。じゃあ……誰が?」
「あれ?いつもは聡い姫様が気づいていないんですか?一年前……ロゼリアにはある人物が来ましたけど?」
「っ!!?………イザベラ=コルベット」
「御名答。もともと怪しい女でしたけど、更に怪しさ倍増しましたね」
「イザベラならロゼリア王や妃の信頼も厚い。『人魚の涙』の存在を知り、宝物庫に忍び込んで盜んだ。……でも他の人魚はともかく、王家の血はどうするの?」
「蓮さん…実は……医務室に保管されていた輸血パックも無くなっています。それも王家の物だけ」