蒼き国 アクアリア 2
「何処まで地下続いてんの!?」
「最下層につくまで一時間弱ってとこですかね。その後は海底の中続く回廊を延々と歩かなきゃアクアリアには着きません」
「マジ?……結構しんどいんだね」
「そうですね。成人女性一人抱えながらなっがい階段降りて、なっがい通路を歩く俺も大変ですけど、ただ俺に抱っこされてるだけの姫様もしんどいてすよねぇ」
「………ごめんなさい。ジーンの方が遥かにしんどかったです」
二時間後
「姫様、疲れてませんか?」
「いいえ。抱っこされてるだけだから大丈夫です」
ユージーンは彼にしては珍しく、素直に蓮姫の心配をしたのだが、先程のやりとりのせいか、蓮姫は引き攣った笑顔を向けて敬語で返した。
「はぁ。もう怒ってないですから。それよりも、姫様はずっと同じ体勢だったでしょう?身体辛いんじゃないですか?」
「ううん。まだ大丈夫。ジーンも時々休憩入れてくれたしね。それにしても……水族館の水中トンネルみたい」
蓮姫は上を見ながら呟く。
灯台の螺旋階段は殆ど闇に包まれ、ランプの光で照らされたのも煉瓦の壁だけ。
しかし、最下層に降り海底の通路へと入ると、そこはガラス張りのように透明感のある大きなトンネルだった。
その先には大きな宮殿が構えてあり、その手前…通路の終わりには門がある。
「ねぇ、アレが正門?」
「今度こそアクアリアに入りますよ」
「そういえば……最初は私の想造力かジーンの術で来るはずだったんだよね?」
「本当なら人魚になるような術や水中でも息ができる術をかけて、姫様を案内したかったんですが……今の姫様には負担がかかりますからね」
『それはまた今度…姫様が元気な時にしましょう』と蓮姫に告げると、ユージーンは正門へと入る。
門を括ると中は広く、そこは塔のような円柱の建物だった。
城のホールと同じくらいの広さだが、その中央には大きな噴水のみ。
その噴水には、腰掛けている一人の女性の姿が。
よく見ると女性の腰からは、彼女の長い髪と同じ色をした、蒼い鱗がついていた。
時々パシャパシャと水音が聞こえ、水面からは大きな尾ビレが覗く。
「……人…魚?」
「っ!?誰っ!」
振り向いた女性は美しい蒼い瞳をしていた。
紅い髪と瞳を持つ、ロゼリアのルードヴィッヒとは真逆の蒼。
「っ!?……これはこれは」
ユージーンは何かを感じたらしい。
目の前の人魚を見て驚きつつも、ユージーンは何故か微笑みを浮かべる。
蓮姫達に見つめられ、人魚は警戒しながらも二人に話しかけた。
「ロゼリアからの使者ですか?ロゼリアからはホームズ子爵か、彼の関係者しか入れないはずです」
「そのホームズ子爵の関係者ですよ。アクアリアの人魚姫、ラピス様」
スタスタとユージーンは噴水へと近付く。
ラピスと呼ばれた人魚の前に立つと、彼はまじまじとその姿を眺めて一言放つ。
「間違いありませんよね?」
「ちょっとジーン!失礼でしょ!?それにこの人がラピスさんとは!」
「間違いないですよ。ラピスラズリの別名は瑠璃。人魚姫には他にも兄弟がいるかもしれませんが……なるほど…名は体を表すとはよく言いますね。…ルリによく似ている」
「っ!?どうしてお祖母様を知っているの!?」
ユージーンの言葉に驚き、声を上げる人魚姫。
蓮姫は話の展開についていけず、ユージーンを睨みつける。
「……ジーン」
「あぁ、すみません姫様。さて…何処から説明しましょうか」
ユージーンは蓮姫を噴水に腰掛けさせ、自分も彼女の隣に腰を下ろした。
その様子を見ていた人魚も蓮姫の様子に気づく。
「貴女…足が……っ、まさか…『人魚病』で?」
「はい。あ、でも気にしないで下さい。私の場合は自業自得と言うか…因果応報的なものなので」
明るく答える蓮姫の言葉に、人魚姫の顔が曇った。
「……ごめんなさい。私達には…それを治せないんです」
「え?」
「ロゼリア王子もそう言ってましたしねぇ。しかし……見れば見る程…と言うか、ここまでくると生き写しですよ」
「ジーン。さっき言ってた『ルリさん』って?」
「姫様も御存知でしょう。悲恋の末に海に身を投げた人魚姫。それがルリです。どうやら彼女は孫のようですね」
「え?ちょ、ちょっと待ってくれる?えっと……まず、貴女がラピスさん…で、あってるんですよね。あ、彼はユージーン。私の事は蓮と呼んで下さい」
「は、はい。ラピス=アクアです。そしてその方が仰った通り…私の祖母『ルリ』が800年前、悲劇を生んだ人魚姫です」
「ラピスさんのお祖母さんが、あの有名な人魚姫。で、ジーンはなんで知ってるの?」
蓮姫は当然の疑問をユージーンに投げつける。
ユージーンはキョトンとして蓮姫に答えた。
「いやいや。ロゼリアに昔来たって言ったじゃないですか。ホームズ子爵もそうだったでしょう?」
「ホームズ子爵はわかるよ。でもさ……あの人魚姫の話は約800年前の話でしょ?あんた『1000年間封じられてた』って言わなかった?」
つまり計算が合わない。
800年前なら、ユージーンはあの森で水晶の中に封じられていたはず。
しかしユージーンは悪びれもなく、蓮姫に言い放つ。
「俺が封じられたのは800年くらい前ですよ」
「はあっ!?だ、だって1000年間封じられたって!」
「四捨五入したらそんなもんですし。約1000年でいいじゃないですか。そんな細かい事、いちいち気にしてるとブスになりますよ」
バキッ!!
ユージーンの適当さと暴言に、蓮姫は彼の顔を全力で殴りつけた。
目の前の二人の話や、突然の蓮姫の右ストレートにラピスは困惑する。
「あ、あの…話が見えないんですが」
「いてて。すみませんラピス姫。取り敢えず、俺は訳あってルリと面識があるんですよ」
「お祖母様…と?」
「あの……ラピスさん?もう一つ聞きたいんですが……ルリさんって人間の姿で海に身を投げた…んですよね?亡くなったんじゃ?」
王子に失恋した人魚姫。
彼女は悲しみのあまり、人間の姿のまま海に身を投げて命を落とした。
その死を嘆いたアクアリア王家が、人魚病をロゼリアへと流行らせ、今の敵対関係が出来た。
「……って、話じゃなかった?」
「いいえ。人魚姫、死んでないですよ」
「は…はぁ!?だ、だって!!」
「死んだ事にしといた方が悲しいお話として残るでしょ?後世の人間にも伝わります。自殺未遂したルリを介抱したのは俺と友人達ですからね。確実に生きてたから、こうして子孫も残ってるんですよ。……同じ過ちを繰り返しかけてますけどね…」
ユージーンはラピスを横目で見ると、立ち上がり彼女に告げる。
「さてラピス姫。現アクアリア王にはホームズ子爵よりお話がいっているはず。姫様の事もある。どうか『人魚病』について詳しく教えて頂きたい」
「……わかりました。…正直、気になる事は多々ありますが……あなた方…蓮さんは信用できそうですから。お父様の謁見室へと案内します。ついてきて下さい」
ラピスはバジャンと音を立てて噴水へと飛び込んだ。
「姫様は?じゃあ俺は怪しいってんですかね?」
「そりゃ、若い頃のお祖母ちゃんと知り合いで今も若い男とか…怪しいでしょ」
蓮姫の意見はもっともだ。
そんな二人の会話のすぐ後、横にある透明なウォータースライダーのような物にラピスが現れた。
「人魚達はああやって、海の中を人間に案内してくれるんですよ。俺達も行きましょう。謁見室までなら空気のある建物の中ですから」
「へぇ……普通の人間はこうやってアクアリアを見れるんだ」
「ロゼリア経由の場合はアクアリアの入り口と、城の一部だけですけどね。……よい、しょと」
「ちょっと。重い荷物持つみたいな掛け声やめてよね」
「え?事実重いんですから仕方ないですよね」
ガンッ!!
またもや飛び出たユージーンの暴言に、蓮姫は彼の顎に勢い良く頭突きをかました。
本当なら蹴りの方が力が入るのだが……。
蓮姫は今更になって、自分が『人魚病』である事を悔やんだ。
ユージーンは両手で蓮姫を抱えている為に、顎をおさえることも出来ずに身悶える。
「…ひ、姫様……何…すんですか」
「頭突き」
「いや、わかってますよ。なんでそんな怒ってんですか?俺間違った事言ってないですよ。人ひとり抱えてんですから重いに決まって」
「もう一発くらいたい?」
「さぁ行きましょう!姫様!!」
蓮姫から先程以上の殺気を感じ、ユージーンはスタスタとラピスの泳いだ方へ歩き始めた。
すると蓮姫は、今まで以上にギュッとユージーンの首にしがみつく。
「姫様?どうしたんです?首絞めてんですか?」
「ホントに締めてあげようか?…じゃなくてさ……ちょっとでもジーンの腕の負担減らそうかと」
「ありがたいんですけど……腕の負担が減っても首の負担が増えました。それに結局は総合重量変わりませんからね」
ユージーンに正論を言われ、それもそうか、とさっさと首に回した手を緩める。
そんな蓮姫を見て、ユージーンは笑いをこらえながら奥へと進んだ。
ラピスに、先導されるまま歩くと大きなホールに辿り着く。
そこは王都にある城の、女王の謁見室によく似ていた。
しかし蓮姫の知る謁見室とは違い、中央にはガラスのような壁で隔たれている。
ウォータースライダーを泳いでいたラピスが悠々と泳いでいることから、向こう側は海の中……アクアリアの城の中だろう。
ラピスはそのまま、端にある扉から出ていってしまったが。
蓮姫はこの場所を見渡す。
こちら側には壁の近くに幾つか椅子があるだけ。
ユージーンは蓮姫を椅子へ座らせると、自分も隣に腰掛ける。
「何?ここ?」
「ここは人間と人魚が面会したり、王と謁見する為に造られたホールですよ。魔術を使えれば、人間も人魚の姿になったり水中でも自在に過ごせますけど……あ、勿論一日とかですけどね。でも殆どの人間はそんな高度な魔術、使えませんから」
「なるほどね。ガラスの向こうは人魚の世界。こちらは人間の世界って訳か。人間と人魚とが触れあえる施設っぽく思わせて、しっかりと区切ってる。今のアクアリアとロゼリアみたい」
「こうやってお互いの声が聞こえ、意見を交わせる場所。しかし決して交わることのできない二つの世界を表している…という訳です」
二人が会話をしているとラピスが戻って来た。
しかし入ってきたのはラピスだけではない。
ラピスの後ろには王冠をつけた男の人魚。
ティアラをつけた女の人魚が揃って泳いでくる。
その後ろにも仰々(ぎょうぎょう)しいほどの武装した人魚もついてきた。
「アレが現アクアリア王と王妃みたいですね」
「いきなり王様お妃様登場ってこと?」
「俺達はホームズ子爵の遠縁って事になってますから。ホームズ子爵はアクアリア王家からも深い信頼を得ています。そうじゃなければ何代もアクアリアとの大使なんて出来ませんからね」
ユージーンは蓮姫に説明すると、自らは立ち上がり深く跪いた。
「アクアリア王とその王妃様とお見受け致します。こちらがホームズ子爵の遠縁にあたる蓮様です」
「うむ。話はホームズ子爵より聞いておる。蓮殿、遠路はるばるよう来られた」
「蓮殿。出迎えが遅れまして申し訳ありません。どうぞ楽になさって下さいな」
口を開いた王と王妃。
二人の声は威厳に満ちていたが、その中にも優しさが感じられる。
女王やロゼリアの王妃とは違い、この二人からは温かみのようなものを蓮姫は感じた。
「謁見が叶い嬉しく思います。アクアリア王。そして王妃様」
人魚病の為、立ち上がることは出来ないが、蓮姫はドレスの裾をつまみ座ったまま二人へと頭を垂れた。