紅の王国 ロゼリア 6
「………で?どういうこと?」
ホールに戻るやいなや、蓮姫はユージーンの元へと向かい、彼を問い詰める。
両手を胸の前に組み、仁王立ちをする彼女の姿は貴族の姫から遠くかけ離れていた。
「いやぁ、すみません姫様。イザベラもドロシーもお妃の側から離れる様子がまったく無くて。ほら、俺はただの従者ですからね。公共の場で軽々しく、妃の側にいる女は口説けませんよ」
「じゃあ、全く収穫は無い訳?」
「いえ、そうでもないですよ。近づく事には成功しましたからね。妃に『我が主と王子との逢瀬をお許し頂き大変光栄です』とか言って、話しかけましたから」
口説くのは無理だったが、ユージーンは持ち前の美貌と話術でイザベラの素性を聞き出していた。
「領主の妻という事でしたが、元々は平民のようです。ちなみにドロシーはイザベラの連れ子。彼女が領主に嫁いでから、約一年で夫は病死」
「ロゼリア国王と同じだね。イザベラが近付いた男が約一年で病死…か。偶然?」
「ソコはこれから調べてみますよ。あ!妃が随分と姫様の事を気にしていましたので、存分にゴマすっておきました。しかし…それが少し余計だったみたいで……」
「どういうこと?」
「姫様の印象を良くする事には成功したんですけど……話の途中からイザベラからは睨まれ、ドロシーの方は見るからに落胆してしまいまして……妃の方が、自分のお気に入りの女とその娘に気を使ったんですよ」
「ドロシーもソレは言ってたよ。なるほどね。お妃様は相当イザベラを気にいってるってことか」
「姫様。そろそろ舞踏会がお開きになりそうです。俺達も出ましょう」
「そうだね。あんまりここで変な話しても、誰が聞いてるかわかんないから。さっきからチラチラ見てる人も居るし」
「あぁ、それは不審に思ってるんじゃないですよ。姫様と俺の美貌に酔いしれてるだけです」
「………このナルシスト」
「事実ですよ。ちなみに割合としては、姫様三割、俺が七割と言ったところですね」
「よし。さっさと表に出ろ。存分に蹴る」
ギロリとユージーンを睨みながらも、蓮姫は外へと足を向ける。
外へ出る際、もう一度王子の方を見ると、王子も蓮姫達を見つめていた。
蓮姫は軽く彼に向かって頷くと(ユージーンは従者らしく一礼した)その場から立ち去った。
城門から出て馬車へと歩いていると、今度はユージーンの方から蓮姫へ尋ねた。
「姫様の方はどうだったんですか?途中でドロシーが乱入はしましたけど、王子とは話せたのでしょう?」
「話せたけど……かえって混乱したかな。ルーイが言うには『人魚病』を流行らせたのは人魚達じゃないって。最初は人魚姫に惚れた弱みかと思ってたんだけど、そうじゃないみたい。それにルーイの言葉が真実なら、第三者が関わってる事になる。でもロゼリアじゃ、ソレはわからない」
「と、言うと?」
「最後まで聞けなかったけど、ルーイがホールに戻る時小声で教えてくれたの。『真相を知りたいのなら蒼き国へ行け』って」
「蒼き国…アクアリア…ですか。やっぱり人魚達に直接交渉するしかないですね」
「でも……アクアリアは人魚の乱獲を恐れて鎖国体制をとってるでしょ?簡単に入れない………ってか、そもそも海の中だし」
「その点も全く問題無いですよ。姫様が本気で調べたいのなら、俺がアクアリアへお連れします」
蓮姫が自分の一歩後ろを歩いていたユージーンへと振り返る。
「どうしました?」
「ジーンはどう思う?『人魚と王子の許されない恋』『人魚病』『ロゼリア王突然の死』『謎の女イザベラ』」
「まったく興味無いです」
蓮姫に問われユージーンは、それはもうキッパリと告げた。
わかっていた回答だが、蓮姫はガックリと肩を下ろし力無く声を出す。
「あぁ…そう…」
「でも…肝心なのは俺ではなく、姫様がどうしたいか、ですよ」
「………なんか今更だけど…本当に興味本位でかなり首突っ込んじゃったね」
「本当に今更ですね」
「ハッキリ言わないでよ。……でもさ…なんかごめんね。ジーンを無理矢理巻き込んだ」
「それこそ今更です」
ユージーンは外だというのに蓮姫に跪いた。
「俺は姫様の従者です。姫様の望みなら、何なりと叶えますよ。どんなに面倒でも厄介でも。姫様のお望みの通り、俺は動くだけですから」
ユージーンの言葉に、ガラにもなく蓮姫は少し感動する。
いや、感動とは少し違う。
ホッとしたのだ。
呆れても面倒だと思っても、自分に従う存在に。
「ありがと」
「なんか姫様らしくないですよ。ちょっとキモいです」
「よし!約束通り、蹴り入れる」
「はいはい。蹴ろうが殴ろうが構いませんけど少し待って下さいね。ちょっと馬車見てきますから」
ユージーンが馬車の様子を見に戻ると、蓮姫はその場にへたり込んでいた。
「姫様?何してるんですか?」
「……………」
「もしかして、猫かぶり過ぎて疲れたんですか?馬車に入れば休めますよ。立って下さい」
ユージーンに立つよう促されても、蓮姫は立ち上がろうとはしなかった。
それどころか、彼女はユージーンの方を向こうともしない。
ただ地面に座り込み、顔も地面の方を見る。
そんな蓮姫の態度に、ユージーンも少し苛ついた。
「……ジーン」
「どうしたって言うんです?今日の姫様は我儘姫様ですね。さっさと立って下さい。そんなとこでヘタってたら俺を蹴れませんよ」
「……ホントに蹴れないよ」
「………姫様?」
あまりの蓮姫の異様な様子に、ユージーンは彼女の側に座り込み蓮姫の顔を覗き込む。
彼女の顔には焦りや恐怖の色が滲んでいた。
さすがのユージーンも、蓮姫の様子がただ事では無いと気づく。
「姫様?具合が悪いんですか?怪我でもされました?」
「……違う。立てないの」
「………え?」
「さっきから立とうとしてるけど、無理なの。立ちたいんだけど……立てない」
「っ!?姫様!まさかっ!?」
「…足の感覚が……無い」
ー王都・忌み子の塔ー
ガシャン!!
「っ!?……ユリウス?物を壊すな」
チェーザレが振り返ると、ユリウスが戸棚の前で立ちすくんでいた。
また何か苛ついて物を壊したのかと、チェーザレは兄を軽蔑の眼差しで見つめる。
「君はホント、俺には酷いね。俺は何もしてないよ。自分のティーカップを取ろうとしただけ。……なのに」
「割れたのは……蓮姫のカップか?」
チェーザレはユリウスの足元を見る。
そこには蓮姫がまだこの塔に住んでいた時、愛用していた水色のカップが粉々に砕けていた。
それを見るとチェーザレは再び兄を睨みつける。
「なんでよりによって蓮姫のカップを割るんだ」
「君はお兄様の言葉をちゃんと聞いてたかい?勝手に蓮姫のカップが落ちたんだよ。俺は触れてもいないのに」
「……なんだと?」
ユリウスは屈んで、割れたカップの欠片をひとつ掴んだ。
チェーザレはただ黙ってそれを見つめるが、その表情はかなり暗い。
「………蓮姫に…何かあったのか?」
「そこまではわからないよ。でも……嫌な予感はする」
「お前の勘は、嫌な事ばかり当たるからな」
「今回ばかりは外れて欲しいけど…ね」
双子は揃って窓の外に目を向ける。
遠く離れた、何よりも大切な友人に何も無いことを祈って。
彼等には、彼女の無事を祈ることしかできないのだから。