紅の王国 ロゼリア 4
「イザベラの情報は集めようとした訳ではありませんよ。ただロゼリア中で彼女は有名人ですからね。自然と彼女の話をする者が多いんです」
「……亡くなった王が肺病になったのっていつだっけ?」
「半年前ですね。因みにイザベラは医学にも精通していたらしく、王の食事や薬にも口を出していたようです」
「怪しさ満点だね。王様が死んで自分はお妃様に信用されてる。その上娘を王子の妃を選ぶ舞踏会に参加させてるなんて」
「えぇ。調べてみましょうか?」
「お願い」
その時、ラッパの音がホール内に響き渡る。
玉座を見ると、そこにはティアラを着け喪服のように黒いドレスを身に纏った女性の姿。
彼女が現ロゼリアにおいての最高権力者。
亡き王の妃。
「皆まだ夫の喪が明けぬうちから、よう集まってくれた。皆も知っての通り、今宵の舞踏会は我が息子、ルードヴィッヒの妃を選ぶ為の物。だが、我が息子は嘆かわしくもあの人魚めを妃にと望んでおる」
妃の発言に蓮姫はギョッとした。
なぜ今、わざわざそんな事を言うのか?と。
「しかしアクアリアの人魚共めは!我が国にあの『人魚病』を広めておる!さような国と婚約など冗談ではない!!王子は未だにアクアリアの姫に心奪われておるが……王子の心に誰がおろうとも、今必要なのは王子が王位を継承する為に必要な妃。王子が誰を愛そうとも、妃が子を成せぬ身体でも致し方あるまい。お飾りでも人魚よりは遥かにマシなのだから。ソレを理解した上で、どの様な身分の者もおるのだろう。勿論、相応しい身分の者の方が私には好ましいが」
蓮姫は妃の言葉に怒りを覚えた。
つまり、妃候補と言っても王子が王位を継承する為の駒が欲しいだけ。
王子に愛されなくともソレは諦めろ。
子供が産まれなくても他の女を何人でも宛てがえばいい。
庶民でも妃になれるだけで充分だろう。
蓮姫には妃の言葉の意味を理解した。
つまり、この場に居る庶民の娘達に念を押したという事。
しかし庶民の娘達がこの意味を理解しても結果は変わらない。
お飾りでも何でもいい。
庶民の娘達にとって、王子の妃となるチャンスなどそうそう無いのだから。
「とは言え…ムカつく」
「姫様。 抑えて下さい」
「あの人殴りたいんだど」
「………俺と一緒にいる内に、姫様は随分とワイルドになられましたね」
蓮姫が握り締めた拳を、ユージーンはそっと優しく包んだ。
「ジーン?」
「姫さまが手を汚すほどの女ではありません。ソレは俺の役目です」
「ありがと。……でも一国のお妃様を殴るとか、さすがにダメだからね」
「今まさに殴りたいっつったの何処のどなたでしたっけ?」
そんな二人のやりとりに気づく者はおらず、妃も異議など無い参加者達を見て優雅に微笑んだ。
「私からの話は以上。では、お入りなさい。ルードヴィッヒ」
妃に促されるように玉座へと現れたのは
「あ」
「おやおや」
蓮姫とユージーンが昨日の朝方に出会った、ルーイという青年だった。
蓮姫は驚きを隠せないが、ユージーンはニヤニヤと笑うだけ。
王子のお出ましにより、舞踏会は開催となった。
オーケストラが演奏を奏でだすと我先にと娘達が、王子に群がる。
娘達のあまりの勢い、豪胆さに圧倒され、蓮姫は完璧に出遅れた。
数十分後。
「なんと!ホームズ子爵にこの様な美しい姫が居られたとは!?」
「ありがとうございます」
「是非我が息子の妻となって頂きたいものですな!」
「私のような者には勿体無い御言葉ですわ」
「今度は我が邸へと招待いたしましょう!共に晩餐など如何ですかな?」
「まぁ喜んで」
蓮姫は貴族達に囲まれていた。
王子の妃にと、自分の娘や親戚、庶民を養女として駆り出した貴族達だったが、肝心の王子が娘達と口をきこうともしないのだから。
先程の妃の言葉もあり、彼等は既に王族と親族となる事を諦め単純に舞踏会を楽しんでいた。
そんな彼等の餌食となり、先程から質問攻め、誘い攻めの蓮姫。
ウンザリしていたが、ホームズ子爵に恥をかかせる訳にもいかない。
公爵邸で培った知識をフルに活かし、本物の貴族の姫の如く彼女は振る舞った。
そんな蓮姫の姿を、同じく貴族の婦人や王子を早々に諦めた女達に囲まれるユージーンは遠目に眺めていた。
(怖っ!!何が『おほほ』だっつの!アンタそんなキャラじゃねーだろ!!)
心の中で蓮姫に悪態をついてはいるが、女達には、それはもう蕩けそうな笑顔で接するユージーン。
蓮姫もユージーンも、こんな社交辞令は大嫌いな方だが、二人共考えは同じで、周りを無下にはしない。
二人は自分に群がる者達から情報を集めようとしていた。
「それにしても……『人魚病』だなんて。恐ろしいですわね」
「嘆かわしい事ですな。そう言えば男爵。娘様が『人魚病』だとか?」
「な、何を申されますか!貴方の方こそ娘が三人共『人魚病』という噂ではありませんか!現に今日は庶民を連れてますし!」
「っ!!む、娘達は風邪をこじらせただけです!『人魚病』だなどと!」
「まぁ……お風邪を召されていらっしゃるのですか?早く娘様が回復なさると良いですね」
「蓮殿!なんとお優しい!!」
蓮姫の社交辞令に貴族達が感激していると、急に音楽が変わる。
ホールの中央に目を向けると、王子がダンスを踊っていた。
そのパートナーは
「やはりドロシー嬢ですか」
「お妃様はイザベラ殿とドロシー嬢をとても気に入っておられるとか。お妃様も心は決まっておいででしょうに…わざわざ舞踏会を開くなど」
「母上に命ぜられれば、王子も従わぬ訳にはまいりませんからなぁ。今宵の王子のお相手はドロシー嬢だけでしょう」
しかめっ面な王子とにこやかな笑顔を浮かべるドロシー。
そんな二人のダンスを見るふりをして、蓮姫は貴族達の言葉に、耳を傾けていた。
ついでに、どうやってこいつらから逃げ出そう、とも。
「姫様。よろしいですか?」
「えぇ。今行くわ。それでは皆様、ご機嫌よう」
ドレスの裾を摘み、優雅に一礼すると蓮姫はそそくさとユージーンの元へと逃げていった。
のこされた貴族達はただ、ポ~…と蓮姫に見惚れ固まっている。
「はぁ。ありがとね、助かった」
「何を仰ってるんです?結構ノリノリで猫かぶってたじゃないですか」
蓮姫にジュースの入ったグラスを渡しながら、ユージーンは先程の蓮姫の姿を思い出していた。
「喋らなければバレない…と言ったのを訂正させて下さい。喋ったら貴族の姫その物でしたね。いやぁ、姫様の素敵な演技が見れて光栄ですよ」
「絶対褒めてないでしょ。……うわ~…ホントに嫌々踊ってるね、王子。……というか、ルーイ」
「心に決めた女以外と踊るなんて冗談じゃない。しかし母親の手前、その母親のお気に入りを無視するわけにもいかない。…ってとこですかね」
「ジーンは気づいてたんだ?初めて会った時から、ルーイの正体に」
蓮姫は初めてルードヴィッヒと会った時を思い出す。
彼女は彼が、ホームズ子爵の者ではないか?と聞いた時、ユージーンはハッキリとソレを否定した。
つまりユージーンは、ルーイという青年が、このロゼリアの王族だと初めから見抜いていたのだ。
「ロゼリアはこの世界に古くから存在している国です。その王家直系には古からの証があるんですよ。ロゼリアには紅い髪や紅い瞳を持つ者が多いんですが、王族だとその両方を持ち、なおかつ直系は海水に濡れた際、瞳に印が浮かび上がりますから」
「瞳に印?」
「まぁ、月光とか陽の光とかに翳されて浮かぶ程度ですけどね。あ、ダンス終わったみたいですよ」
「ホントだ。あ……おじぎもろくにしないで、さっさと戻っちゃった。……あんな態度を見てると、王子から話なんて聞けそうもないね」
「いえ、そうとも限りませんよ。我々は幸いにも、王子目当ての馬鹿共じゃありませんからね。あの王子は単純そうですから、逆に真実を話した方が喋るでしょう。勿論、弐の姫である事は伏せてくださいね」
「うん。やってみるけど……挨拶すら無視されたら?」
「あぁ。その点も問題無いですよ。姫様は……」
コソコソと蓮姫に耳打ちするユージーン。
「………って言えば、あの王子は絶対に姫様と踊りますよ」
「それだけで?確かに……このコーディネートの中で『なんでこれだけ?』って思ってたけど」
「姫様の赤と白の装いの中で、とても目立つでしょう?異質な程に。だからこそ王子も興味を持つはずです」
「わかった。王子の方は任せて。ジーンは…」
その先は口にせず、蓮姫はチラリとイザベラとドロシーの方を見つめた。
「承知しました。姫様が王子を誑かしている間に、俺は年増とガキを誑かしてきます」
「………あんたの方が喋んなきゃいいのにね。一生」
ユージーンに空いたグラスを渡すと、蓮姫は王子の元へと向かった。
「王子!次は私と踊って下さいな!」
「……踊らねぇよ」
「王子!!何か食べたい物や飲み物は?私取って来ます!!」
「…何もいらねぇよ」
先程のように娘達が王子に群がるが、王子の反応は本当に素っ気ない。
妃を選ぶ気など無いのはわかる。
無駄に期待させるよりかは、いくらかマシな対応だろう。
しかしコレは王家が開いた、王子の妃探しが名目の舞踏会。
主催者であり主役である者のするべき対応としては客達に失礼極まりない。
(まぁ、さっきまでの無視よりマシだけど。さて……本当にコレで話聞いてくれるのかな?)
蓮姫は、もはや壁ともいえる娘達の間をくぐり抜け、王子へと声をかける。
「王子」
「あ?………なんだよ」
ルーイも蓮姫に気づいたようだが、どうせまたダンスの誘いだろうと頬杖をつきながらそっぽを向く。
(わかってたけど……ムカつく反応。よくこの人達我慢できるな)
「王子。少しお話したい事があるんですが、よろしいですか?」
「俺は無い」
「実は……これについての話なんですが…」
「っ!?」
蓮姫が右手を胸に当て、中指に嵌めた指輪を左手でさすりながら声をかけると、ルードヴィッヒの目の色が変わる。
紅いのは変わらないが、その瞳には明らかに驚きの色が現れていた。
「出来れば二人きりでお話したいんです。ダンスのお相手をお願いできませんか?」
「………わかった」
そのルードヴィッヒの言葉に、周りの娘達はギョッとして耳を疑う。
しかし彼は構わず、蓮姫の手を取るとホールの中央へと誘った。
その王子の行動にザワザワと他の客もざわめく。
オーケストラが再びダンスの曲を奏でると、二人は身体を密着させ踊りだした。
だがやはり、ルードヴィッヒの顔は強張っている。
蓮姫は早々に話を切り出そうと思ったが、先に口を開いたのは王子の方だった。
「……で、ラピスがどうしたんだよ」
「ラピス?」
「お前の指輪。ラピスラズリの指輪なんかして、しかもソレについて話があるっつったろ。ラピスについて話があったんじゃねぇのか?」
「……もしかして…人魚姫の事を言ってるの?」
「………は?」
蓮姫はここで初めて、自分の指輪の意味を知った。
人魚姫と同じ名前の石だからこそ、子爵はこの指輪を準備し、王子が気づくようにしていたのだろう。
当然、ユージーンも人魚姫の名を知っていたから、蓮姫に予め忠告したのだ。
『その指輪の石を王子に見せながら、コレについて話がある、って言えば、あの王子は絶対に姫様と踊りますよ』
先程耳打ちされたユージーンの言葉を蓮姫は思い返していた。
確かに、効果は的面だ。
しかし、愛する人魚姫を餌に呼ばれたと思っていたルードヴィッヒは、蓮姫が彼女の名前すら知らなかった事に困惑している。