紅の王国 ロゼリア 2
「正確には違いますよ。昔は人魚姫の方が押しかけ女房みたいなものでしたしね。子爵からの話を聞く限り、惚れたのは王子の方か…はたまた相思相愛か」
「後者でございます。王子は父王にその旨を話しましたが、受け入れてもらえず……その上、陛下とお妃様は大変激高し、アクアリアとその姫君へ……その…罵詈雑言を…」
「子爵、全くオブラートに包まれてません。でも…それだけで?」
自国と姫を貶された怒りは相当の物だっただろう。
しかし、女王の勅命を破る程とは思えない。
「姫様の考えはわかります。でも、この国じゃ『アクアリアが腹いせに人魚病を広めた』と考えている人間も多いでしょう。人は時に、真実よりも自分の思い込みの方を正当化したがりますからね。あ、ワインも貰えます?できればボトルで」
「アクアリアは姫と国を貶されたから『人魚病』を広めた。ロゼリアは当てつけのように王子を他の女と婚約させる。……って、国家巻き込んでるけど、やってる事は子供みたい」
「為政者なんてそんなもんですよ。あ、白ワインも頂きたいんですが」
「でも……そんな簡単な理由なのかな?」
子爵やユージーンの言葉を聞いても、やはり蓮姫には納得がいかなかった。
(いくらなんでも…幼稚すぎる。ロゼリアは王位継承があるから仕方無いにしても……アクアリアが勅命を破るのはデメリットしかない。それがわからないほど国っていうものは幼稚じゃないし。……何か別の理由か…第三者が関わっているんじゃ?)
頭を巡らせる蓮姫を見ながら、ユージーンは楽しげに白ワインの入ったグラスを揺らす。
(本当に……マジメなんだからなぁ…俺の姫様って)
ユージーンは心の中で思うだけで、口には出さない。
むしろ言葉を発したのは子爵の方だった。
「弐の姫様。この国の現状がそれほどまでにお気になりますか?」
「それは……気になりますよ。正直言うと好奇心も混ざって」
「ですが弐の姫様は現在、ヴァル探しの為に王都を出られたはず。ユージーン殿というヴァルを得た今、我が国に目的など無いのではありませんか?」
「そうかもしれません。でも、このまま素通りなんてしたら、ロゼリアの事もアクアリアの事も無視する事になる。世の中を知りたいって思ったばかりなのに、面倒だからって逃げたりはしたくないんです」
蓮姫は子爵の目を真っ直ぐ見据えて言い放った。
そんな蓮姫の言葉に、子爵は柔らかく笑顔を向ける。
「なるほど。噂など当てにはならぬ物ですね。弐の姫様は姫としては勿論、人として好感が持てるお方です。細やかながら、私も協力させて頂きましょう。ロゼリア滞在時は我が邸を存分にお使い下さい。邸の者には『遠縁にあたる貴族の姫君が殿下の妃候補として来た』と伝えてありますから。弐の姫様とは誰にも感づかれないように致しましょう」
「ありがとうございます。でも……なんでそんなに親切にして頂けるんですか?それに、さっきの答えもまだ…」
蓮姫は初めに話題に出た、子爵とユージーンとの関係を再度問いただす。
それに答えたのは、大量の食事を終えた彼女のヴァル。
「姫様。この部屋に来る前、肖像画を何枚も見たでしょう」
「え?うん。子爵の絵が何枚もあったけど……それが?」
蓮姫はこの広間に来る前に見た何枚もの肖像画を思い出す。
それは何故か子爵ばかりの肖像画で、他の人物が描かれた物は何一つ無かった。
貴族の邸に肖像画はつきものだが、普通は現当主だけでなく、その妻や子供…先代の物もあるはずだ。
しかしこの子爵邸には、服装や背景が違っても描かれているのは同じ人物……目の前にいるこの白髪の老人だけ。
「アレはこの子爵じゃなくて、先代とか歴代のホームズ子爵ですよ」
「え?でも皆同じ顔だったじゃない」
「はい。でも全てが違う人物ですよ。まぁ同じと言えば同じですけど、正確には違うんです」
「……ごめん。意味がわからない」
「そこからは私が説明致しましょう。我が家の事情にユージーン殿を煩わせる訳には参りませんので」
ユージーンにかわり、子爵が自らの家系について語りだす。
そもそもそれが道理であり、ユージーンがしゃしゃり出たのが悪い。
「我がホームズ家には秘伝の術が御座います」
「秘伝の術?」
「はい。先程ユージーン殿が仰られた通り、わたくしも先代も…その前も全て同じ顔、姿形をしております」
「…なんか…クローンみたいですね」
「はて?くろーん……という言葉はわかりかねますが……我がホームズ家に伝わる術…それは自らの体の一部を使い命を生み出すものです」
「つまり、ホームズ子爵の爪やら髪から子供を作り出すんですよ。その子供は性格や身体能力、記憶も少しですが受け継がれます。成長すれば先代と全く同じ姿となる…という訳ですね」
「……みたい…じゃなくて、ホントにクローンなんだ」
「我がホームズ家はそうして何代も続いてまいりました。今のわたくしには親も子も…当然子を成す必要も無いため妻もおりません。過去には妻を娶った者もいたようですが。わたくしも近々、次なる子爵を造る予定にございます」
つまり、このホームズ子爵はクローン技術のような物で続いている家系。
記憶や性格も受け継がれるのならば、昔ユージーンが世話になった子爵と彼は違う人物でも本質は同じ。
また子爵の方も記憶が受け継がれるならば、初対面だとしてもユージーンの事を知っている。
蓮姫はやっと納得できた。
その瞬間、彼女の身体に変化が起こった。
数日歩き続け、疲れきった体を風呂で温め、お腹も満たされた。
まだ『人魚病』の事など、わからない事も多いが、今現在解明できることはこのくらいだろう。
気になる事も解消され、身体の疲れも取れた。
急激に睡魔が襲っても仕方のないことだ。
「…なる……ほど…」
「姫様?」
ユージーンの声に答えたのは蓮姫の寝息。
彼女は椅子に座ったまま眠ってしまった。
「子爵、部屋をお借りしますよ。あと、姫様のお世話は俺がしますから使用人達は必要ありません」
「御意のままに。しかし……私の記憶の片隅にある貴方様とは思えないですな。一人の少女に仕えるなど…それも弐の姫様のヴァルとは…」
「それだけ姫様に価値がある、ということですよ。では失礼。あぁ、ご飯ご馳走様でした。俺も後でお風呂頂きますね」
「はい。ごゆるりとなさいませ」
子爵の言葉に軽く会釈すると、ユージーンは蓮姫を抱き起こし部屋へと連れて行った。
蓮姫を子爵からあてがわれた部屋の寝台へと寝かせた後、ユージーンは直ぐに浴室へと向かった。
汗や泥、髪や服に僅かだか残る、あれからも続いた刺客達の血を洗い流すと子爵より貰った上等な貴族服に身を包む。
その足で再度、蓮姫の寝台へと向かい彼女の眠りを確かめた。
蓮姫の寝顔は安らか………とは程遠い。
唸される程ではない。
しかしその表情は苦悶に満ちていた。
「相も変わらず悪夢続き、か。一体貴女は何を見てるんですかね?婚約者とその可愛い従兄妹の姿か……もしくは小さな友人の死に際か。………あの男に犯された日々か…」
ユージーンがそっと蓮姫の髪を撫でるが、彼女の表情は変わらない。
「泣いたり、自分の叫び声に飛び起きたりしない分……今日はマシだな」
蓮姫と過ごした数日。
悪夢にうなされる蓮姫の姿を、彼は何度も見てきた。
おそらく……これからも見続ける事になるだろう。
「可哀想な姫様。そんな姫様を一人にすること…許して下さいね。明日の朝……姫様が目を覚ます前には戻りますから」
眠る蓮姫にそう呟くと、ユージーンは彼女の額に一瞬だけ口づける。
「……バレたら絶対にシバかれんな。……まぁ、その方が姫様らしいけど」
ククッと楽しげに頬を緩めるユージーン。
彼女に殴られ過ぎたせいか……自分を殴る彼女の姿を想像するだけで彼は愉快だった。
「俺…Mじゃないんだけどなぁ?……まぁいいや。姫様。姫様のお望みを叶えに行ってきます。もし姫様の起床に遅れたら、また殴って下さい。……あれ?やっぱ俺ってMか?」
蓮姫が起きないように小さく笑いながら、ユージーンは部屋を……子爵邸を後にした。
そんなユージーンが向かった先は……
「あらぁ~!イイ男じゃない?ねぇ兄さん?今夜は私と夜を過ごさない?」
「はぁ!?年増は年増らしくオッサン相手にしてなよ!兄さん!私なんてどう?」
娼館だった。
ユージーンが店の前に来ただけで、女達はその美貌に引き寄せられるように群がる。
猫なで声を出す女、腕を絡めながら胸を当ててくる女、わざとドレスの裾をめくり挑発する女。
娼婦達は一瞬にして、ユージーンの虜となった。
ユージーンも笑顔で返すが、心の中でついた娼婦達への悪態はそれは酷いものだ。
(ちっ。このクソ×××の×××××××××共。てめぇらの××××を××して×××××してやろうか)
そんな事を考えもしない娼婦達は、グイグイとユージーンを店の中へと連れて行く。
若く、美しく、高価な装いの男。
娼婦が逃がすはずはない。
商売としては勿論だが、単純に娼婦達はユージーンを一晩だけでも自分の物にしたいのだ。
(なんで女ってのはこう……っ!?うわ!香水臭っ!やべぇ吐きてぇ!ったく、姫様とは雲泥の差だな。その姫様の為じゃなきゃ…こんなブタ共の巣窟、寄りたくも無ぇんだけど)
ユージーンは一人、長年ここで働く女を指名して部屋へと入った。
女は待ちきれないとばかりに、ユージーンをベッドに押し倒すが、彼は女から攻められながらも言葉を紡ぐ。
「君ってさ、『人魚病』の患者とかじゃないよね?」
「ちょっ!嫌な事言わないでよ!『人魚病』の子達は皆辞めさせられたんだから!私も他の子もかかってないわよ!」
「本当に?ソレは良かった。じゃあさ…」
「兄さん。お喋りは後。先ずは楽しみましょう」
「………そうだね。でも…質問に答えてくれたら……もっとイイことしてあげるよ」
ユージーンは自分の上に乗る女の腕を引き、 体制を強引に変える。
「存分にイイ思いさせてあげるよ。だから、俺にもイイ物を頂戴」