人魚姫と王子 2
「別にこだわってはいないよ。ただ男のくせに長髪とか、前髪で片目隠す奴は嫌。そんな男と一緒に歩きたくないの」
「姫様の婚約者も髪長かったじゃないですか?惚れた弱みですか?」
「っ!レオは貴族だから仕方ないでしょ!だいたい、いつになったらロゼリアにつくわけ!?ジーンの言う通り、歩き続けてもう1週間経つんだけど!?」
片思いの婚約者の話が出た事で、蓮姫は爆発したように怒鳴った。
しかしユージーンは、何食わぬ顔で再び爆弾を降下する。
「あぁ。ロゼリアにはもう入ってますよ」
「っ、はぁっ!?」
「ここはもうロゼリアの領地内ですからね。朝には城下町につきます」
「~~~っ!!」
ユージーンの爆弾発言に『ならさっさと言え!!』と、再度怒鳴りそうになる蓮姫だが、1週間歩き続けた事と先程怒鳴った事で、どっと疲れが出た。
叫ぶ事はせずに、とりあえずユージーンの肩をグーで殴る。
「いてっ!?姫様、手が早いのは次期女王候補の姫としてどうかと思いますよ」
「悪うございましたね。なら今度から蹴りますよ」
「いや、代わりに蹴ってくれって言ってるんじゃないんですけど…………ん?」
「……今度は何?」
ユージーンは蓮姫をかばうように立つと、前方をジッと見つめる。
蓮姫は最初、またろくでもない事をするか言われるかと思ったが、ユージーンの顔は何かを探るようだった。
「前から人が来ます」
「まさか……また刺客?」
「……いえ………俺もそうかと思ったんですが……違うようです。若い男が一人。警戒する程の力量も無さそうですね。一応姫様は俺の後ろにいて下さい」
「わかった」
ユージーンに返事をしながらも、蓮姫は腰にさしたオリハルコン製の短剣の柄を握り、構える。
ユージーン相手ならば大丈夫だろうが…万が一、伏兵がいないとも限らない。
いざとなったら、自分で武器を振るわなくては。
ユージーンの後ろに隠れながらも、蓮姫は彼同様に前を見据えた。
ガサガサ
茂みから現れたのは
「うぉっ!?な、なんだ!人!?」
赤い髪と瞳をした青年。
長く赤い髪は一つにくくられているが、何故か雨も降っていないのに濡れている。
少し幼さの残る、大きいルビーのような瞳は、疑いの色を帯びて二人を見つめた。
が、疑われている当の二人は、警戒する程の者ではないと実感したのか、いつもの調子に戻る。
「残念でしたね。姫様が嫌いなロン毛の男ですよ」
「まだ引っ張るか、ソレ」
「この先も引っ張り続けるので安心して下さい。まぁ、彼は問題無いでしょう。頭の悪いリアクションしてますし、さっさと行きましょう」
「ちょ、ちょっと待てよ!!さっきから凄ぇ失礼だろ!」
さすがに頭の悪いとまで言われては黙っていられない。
青年はユージーンの胸ぐらを掴み、怒鳴った。
「あぁ。すみません。なにぶん正直な性格なもので」
「なんだと!てめぇ!!」
「待って。こいつにいちいち突っかかってたらキリないよ。ジーンも失礼な事ばかり言わないで」
「姫様がそうおっしゃるなら」
ユージーンは、バシッ!と彼の手を払いのけると、その動作とは裏腹に跪いた。
当然殴られるか、何かされると思った青年は、ユージーンの行動に困惑する。
「大変申し訳ありませんでした」
「な、なんだよ。やけに素直に謝るじゃんか」
「我が主の御命令ですから」
「はぁ?」
「ごめんね。ジーンは……まぁ悪気しか無かったんだろうけど、許して。ジーンの非礼は私の非礼。責めるのは私の方にしてほしい」
そう言うと蓮姫も膝を折り、彼に跪こうとした。
が、それは二人の男に止められる。
「姫様。そんなに簡単に他人に謝ってはいけません。もっとプライドと威厳を持って下さい」
「女を跪かせる趣味は無ぇよ」
両手を片方ずつ掴まれ、蓮姫は再び立たされた。
ジーンは蓮姫を主として認めているからこそ、他人に媚びへつらうような真似はさせない。
青年の方も、口は悪いが中身まで悪いわけではないらしい。
「つーかお前ら、こんな真夜中に何してんだ?」
「こっちのセリフですね。貴方こそ何故このような刻限に、一人こんな街道を歩いているんですか?」
「話を逸らすなんて、人に言えないような事でもしてんのか?……まさかっ!お前ら『人魚狩り』に来てんじゃ!?」
「人魚狩り?」
聞き覚えのない危険な単語に蓮姫は首を傾げた。
ユージーンの方は心当たりがあるのか、後頭部をかきながら何か考え込んでいる。
「は?知らねぇのか?」
「ごめん。話が見えない」
「あぁ。違ったんならいい。なら……余所者がロゼリアに何のようだ?今の時期に観光とかありえないだろ。特にお前の方」
青年は蓮姫を見据えながら告げる。
蓮姫は全くと言っていい程、見当もつかない。
「ごめん。そっちも話が見えないんだけど」
「何も知らねぇのかよ。なら、ロゼリアには入るな。……あんま言いたかねぇけど…ロゼリアには今、『人魚病』が流行り始めてる」
青年は苦々(にがにが)しく二人へと伝えた。
『人魚狩り』という物騒な単語よりも、その言葉の方には覚えがあった。
「『人魚病』って………確かロゼリアに八百年くらい前に蔓延した病気でしょ?」
「おや?姫様『人魚病』は知ってたんですか?」
「世界歴学の授業で習ったの。ロゼリアの王子に恋した人魚姫の悲劇から始まった、って」
公爵邸に世話になっていた時、蓮姫は様々な学習をさせられた。
その中でも、ロゼリアの歴史は蓮姫にとって親近感が持てる内容だった為に良く覚えている。
(まさかリアル人魚だけじゃなくて、リアル人魚姫の話があるとは思わなかったけど)
「人魚病を知ってんなら話はわかるだろ。アレは女にしか発病しない病だ。『姫様』って事は、お前貴族とか王族だろ?つか……なんでそんな奴がお供一人で夜中に…」
「姫様はホームズ子爵の遠縁にあたる方です。子爵よりお招きいただいたのですが、馬車が壊れてしまい、馬まで逃げ出したので私一人が姫様のお供をしてロゼリアまで参った次第です」
「?…………」
流暢に嘘を並び立てるユージーンの言葉に、蓮姫は呆れと感心で声も出なかった。
しかし青年の方は、何故か疑問と落胆の混ざったような声をあげる。
「ホームズ子爵まで嫁探しに参加する気かよ。あの人はそういう事に興味無いとばかり思ってたんだけどな」
「おや?子爵をご存知なのですか?」
ユージーンの言葉に、慌てて青年は首を振りながら否定する。
「し、知らねぇよ!何も知らねぇからな!!ともかく!呼ばれたんなら仕方無ぇけど、ロゼリアには長居すんなよ!……えと」
何故か慌てて隠そうとする青年だが、ユージーンには全て見透かされている。
また蓮姫にも、青年の話から彼がロゼリアの住人、それも貴族と縁のある地位の者だと気づいていた。
が、必死に隠そうとしてるソレを指摘するのも酷だろうと、蓮姫は彼の言葉の意味を理解し答える。
「名前?私の事は『蓮』って呼んで。彼はユージーン」
「蓮とユージーンね。なんかお前、貴族のお姫様って感じしねぇな。まぁ、その方が話しやすいからいいけど。俺はルーイだ」
「忠告ありがとう、ルーイ。でも、なんでルーイもこんな時間に一人で「あぁっ!俺急いでたんだ!またなっ!!」
蓮姫の言葉を遮るように叫ぶと、彼は脱兎の如くその場から駆け出した。
「……行っちゃった」
「慌ただしい方ですねぇ」
「さて、ジーン。さっきの話で色々とツッコみたい所があるんだけど?」
「でしょうね。まずホームズ子爵ですけど、実在してますよ。子爵とはいえロゼリア王家と深い関わりのある家系ですからね」
「だからって、あんなポンポン嘘つかないでよ。ルーイが子爵家の人間だったらどうするつもりだったの?」
「彼は子爵家の人間じゃありませんよ。えぇ、絶対に」
「何その自信。そもそもなんでロゼリアの子爵家を知ってるの?」
「あの女に封印される前にロゼリアに来た事があるんですよ。ホームズ子爵の人間は信用できます。実はロゼリアについたら厄介になろうと決めてました」
「……図々(ずうずう)しくない?」
「大丈夫ですよ。子爵家に行けばわかります。なので先を急ぎましょう」
ユージーンは足を進めるが、蓮姫はその場から動かずに考え込む。
ユージーンも気づき、振り向きながら蓮姫に声をかけた。
「姫様?行かないんですか?」
「行くけど……さっきの話が気になるんだよね。『人魚病』って当時の女王が治した後、二度と広めないようにアクアリアに勅命出したはずじゃなかった?」
「そのはずですよ。先々代女王の勅命はその後も適用されましたし。しかし…彼の口ぶりから『人魚病』の患者がいるのは事実でしょうね」
「それに『人魚病』は、人魚達にしか発病させる事が出来ないんでしょ?敵対してるとはいえ……なんで女王の勅命まで破って…それも今の時期、ロゼリアに広めたのかな?って」
「昔ならともかく、今は戦争中でもないですからね。女王に逆らってまで『人魚病』を流行らせる利点がアクアリアにあるとも思えませんし」
「……う~ん。考えれば考える程わからない。情報が少なすぎる。ジーン、ロゼリアについたら調べてくれる?」
蓮姫の突拍子もない命令に、ユージーンは目を丸くした。
「それは構いませんけど……深く関わらない方が利口ですよ。何故わざわざ首を突っ込むんですか?」
ユージーンの意見はもっともだ。
蓮姫は弐の姫として世の中を知るために旅へ出た。
しかし、弐の姫である彼女は、常に刺客や賞金稼ぎに命を狙われている。
その上『人魚病』の裏には、ロゼリア、アクアリア両方の王家が関わっている。
下手に手を出す事は危険。
『人魚病』を広めたアクアリア以上に、蓮姫に利点などない。
「首を突っ込みたいわけじゃないけど……気になるし。それに困ってる人を放っておくのもさ。もし想造力でしか治せないのなら、私でも治せるかもしれないでしょ。…まだ上手く使えないけど」
「それを『首を突っ込む』と言うんですよ」
ユージーンは、やれやれ、と困ったように笑うが、右手を胸に当てて蓮姫へと頭を下げた。
「わかりました。姫様の御命令とあらば、このユージーン。たとえ火の中、水の中」
「うわっ……クサ。心にも無いこと言わないでよね」
「心外ですね。それに火の中はともかく、水の中は冗談ではないですよ」
「どういう意味?」
「『人魚病』が広まっているのは陸のロゼリアでも、広めているのは海のアクアリアですからね」
つまりさっきの言葉を要約すると『姫様の御命令なら海の中の王国へと行きますよ』という意味らしい。
「ロゼリアだけじゃ、きっと欲しい情報は集まりませんからね」
「海の中の王国……私も行ける?」
「勿論。想造力を使えばいくらでも。むしろ『人魚病』を治すほど今の姫様は想造力に慣れてないので、海の中に入るのに使いまくって慣れた方が良いかもしれません」
「凄い……本物の人魚姫とかに会えるかも」
「会えるとは思いますけど……ホント、姫様って『姫』らしくないですよね」
「そうなの?ていうか、私は他の姫とか知らないし。壱の姫とは……一度顔を合わせただけで会話もしてないからね」
「例の幼馴染ですか?まぁ城でのんびりと貴族達に囲われている姫なら、こんな風に男連れて真夜中に歩き回ったりしませんよね」
「………嫌味な奴」
「だから褒めてますって。さて、取り敢えずロゼリアの城下町に行きましょう。そろそろ夜も明けますしね」
ユージーンの言葉に、今度こそ蓮姫は頷き、二人は揃って歩き出した。