忍び寄る魔の手 4
「…………ウザい」
「は?」
「髪の毛、顔にかかってウザい」
「は、はぁ。すみません」
「ウザイから切って」
ユージーンが気にしていた開口一番の蓮姫の言葉。
ソレは『髪を切れ』という命令。
「……ぷっ!ハハハッ!アハハハハッ!!」
「ちょっ!!煩いんだけど!顔の近くで笑わないでよっ!!って!唾飛んでるっ! 」
「ハハハハッ!!いやぁ、すみません。あまりにも予想外過ぎて……ププッ。ホントに貴女は面白いですね。肝座ってんですか?天然ですか?アホですか?」
「馬鹿にしてんの?」
「あ、全部ですかね?」
ガンっ!!
蓮姫の額に青筋が浮かんだかと思うと、彼女は思いっきりユージーンの頭を殴った。
「いてて……あのですね姫様。死なないだけで痛みは感じるんですよ」
「そりゃあ良かった。これからもボカスカ殴れるね」
「毒くらった上に血だらけになってまで助けに来た男にそういう事言いますか?普通」
「ジーンを殴れないんなら普通じゃなくてもいいし」
「どんだけ俺の事殴りたいんですか」
蓮姫の言動にユージーンは呆れる。
だが、呆れながらも感心していた。
正確には、感心半分。
疑問半分だ 。
「にしても、殺されかけたのに冷静………というか余裕?ですね随分と」
「殺されかけたけど死なないのはわかってたし」
「???俺の話じゃないですよ?」
「私の話でしょ?わかってるよ、ちゃんと。アンタが助けに来るのに死ぬ訳ないでしょ」
蓮姫は当然だ、と言いきる。
出会って数日しか経っていない蓮姫とユージーン。
しかし蓮姫は、ユージーンが必ず助けに来ると信じて疑わなかった。
蓮姫の迷いない発言に呆気にとられたユージーンたが、直ぐに大げさなジェスチャー混じりで否定する。
「いやいやいや。出会って間もない男を心底信用しないで下さいよ」
「でも助けに来た。見捨てようともしたけど、結局は来た」
「………………姫様はエスパーですか?」
「エスパー違う。顔に書いてある」
「マジですか」
冗談だとわかりながらもペタペタと自分の顔を触るユージーン。
その顔はとても緩んでいた。
「キモい。ついでに顔中血だらけだからキショい」
「姫様。俺が傷つかないとでも?あ、ハートの話です」
「傷つけばいいとは思うけどね」
「ガラスのハートはズタボロですよ」
「防弾ガラスのハートでしょ」
素っ気なく淡々と告げる蓮姫。
蓮姫からの言葉をニヤニヤしながら受け止めるユージーン。
「ふふ、酷いですねぇ」
「………なんで笑ってんの?」
「楽しいからですよ」
「罵られるのが趣味なの?危ないね」
「そろそろ本気で泣きますよ。まぁ、姫様がSっ気あるのはわかりましたけど……それでも貴女は面白いです」
「………ソレ褒めてんの?」
「まぁ、そこそこ褒めてますね。ヴァルになってもいいかも、と思う程には」
「???ジーンの基準が全くわからない」
「いいんですよ、ソレで。貴女を失うのが惜しい……そう思えるほどに俺が貴女を気に入った。大事なのはそこだけです」
蓮姫からユージーンへ向けられた絶対の信頼。
すがるものなど他にはいない。
だから自分を頼った………という考えも出来るが、ユージーンはその考えを自分で否定した。
蓮姫はキョトンと首を傾げるが、ユージーンはそれを見てまた笑う。
これ以上問答を交わしても、どうせはぐらかすだけだと思った蓮姫は、当てつけのように大きくため息を吐く。
「さて、歩けますか?姫様」
「大丈夫。痛いのは顔だけだし」
「姫様の顔を傷つけるなんて殺してやりたいですね」
「いや、殺したよね」
蓮姫は自分達の周りに転がる死体を見渡す。
いくら自分の命を狙った殺し屋とはいえ、何体も死体が転がっているというのに、自分でも驚くほど蓮姫は冷静だった。
森の中で何度もユージーンの胸を刺した事。
またユージーンも隙を見て何度か蓮姫を殺そうともした。
当然、ユージーンは本気では無いが。
だが、そんな非日常な毎日が蓮姫の感覚を少しずつ麻痺させていた。
そして弐の姫である以上、これからも蓮姫は命を狙われる。
自分の感覚はこれならもズレていくのかもしれない、と蓮姫は他人事のように思った。
「あ。少し待っててもらえます?そんな何分もいらないんですけど」
「いいけど、なんで?」
「ちょっと漁りたいので」
蓮姫にそう告げると、ユージーンは死体へと近づき彼等の服の中に腕を突っ込み、ゴソゴソと漁り出す。
「は!?何してんの!?」
さすがにそれは死者への冒涜だ、と蓮姫は慌てて止めようとする。
しかしユージーンは手を止めずに、顔だけを蓮姫に向けて喋った。
「何って………俺達は丸腰ですからね。武器を貰おうと思いまして。刺客ならいい武器を必ず持ってますから。ただの肉塊にはもう必要ないんですから、拝借しても問題無いでしょう?……あ、金目の物もついでにもらっておきましょう。リサイクル、リサイクル」
死体へと向き直ると、鼻歌交じりに作業を再開するユージーン。
(さすがに怒鳴り散らすかな?)
ユージーンはチラリと蓮姫の方へ視線を向ける。
しかし彼女がいたのは先ほどの場所ではなく…
「…………何してるんですか?」
「見てわかるでしょ?アンタと同じ」
ユージーンの側にある別の死体の側。
彼女が言ったように、蓮姫も死体をあさりだし、ユージーンも呆気にとられる。
そんな彼の視線の意味に気づいたのか、蓮姫は聞かれる前に自分から話し出した。
「今回みたいにジーンと離されたら、私自身でなんとかしなきゃいけないでしょ?だから私も武器がほしいの。まぁ……人を殺すのは嫌だし怖いよ。でも私は殺される訳にはいかない。自分の身くらいは自分で守れる様に…でしょ?ソレに汚れ仕事をヴァルだけにやらせるような主にもなりたくない」
話している間も、蓮姫は腕を止めない。
時々武器や金目の物を見つけるが、良し悪しがイマイチわからないので、眉を寄せるだけ。
そんな蓮姫を見ながら、ユージーンは笑顔を浮かべる。
(ヤベェ。絶対ニヤけてんな。……でも…本当にこのお姫様は………てか…俺笑い過ぎだろ、今日)
「姫様?武器の良し悪しわかります?てか、わかる訳ありませんよね」
「その聞き方ムカつく。最後は決めつけてるし」
「なら、わかります?」
「………………………」
「はいはい。睨んでも怖くないですよ。俺の姫様はどんな顔も綺麗ですから。で、そんな姫様にはコレがおすすめですよ」
ユージーンは蓮姫に向かって、短剣を投げた。
それは鞘が付いていた為に、蓮姫も楽々と受け止められた。
蓮姫は鞘から半分ほど刀身を抜き、月明かりに照らす。
月光に照らされキラキラと輝く短剣。
それは向こう側がハッキリと見える程に透明だった。
「………何これ?ガラス?」
「違いますよ。オリハルコンです。ミスリルの次に希少で、強靭。ガラスみたいな見た目とは裏腹に、とても頑丈です。ちょっとやそっとじゃ折れませんよ」
「オリハルコン……ホントにあるんだ。この世界だと」
蓮姫にとっては空想上の鉱物でしかない。
しかし、ガラスよりも透明で軽く、刀身もかなり硬い。
ためしに近くの木片目掛けて振り上げると、大根のようにスッパリと切れた。
「っ!!?切れ味めちゃくちゃ良いんだけど!?」
「はい。なのでうっかり自分の指とか切り落とさないで下さいね。そんなドジは笑えませんよ。あ、俺は多分腹抱えて笑いますけど」
満面の笑顔で忠告するユージーン。
その笑顔に再びイラッ!ときた蓮姫は、とりあえずユージーンに近くの石を投げつけた。
しばらく二人で、死体から使えそうな武器や金品をあさり尽くすと、蓮姫は短剣をベルトに差し込んで立ち上がる。
もう準備は出来たようだ。
「…………よし!武器も手に入れたし、進もう。……いや、むしろ戻ろう」
「あれ?もう王都に戻るんですか?」
「王都じゃなくて宿屋。あんたの服、血まみれでしょ?それじゃロゼリアになんか行けない」
蓮姫に言われて、ユージーンは自分の身体を見下ろす。
なるほど、確かにコレは危険人物極まりない、と他人に思わせる程に今のユージーンの服は赤黒い血がベッタリとこびりついていた。
「そうですね。ついでに姫様のご命令も遂行しませんと」
ユージーンは自分の長い銀髪を一房つまみながら、蓮姫へと続く。
「まずはシャワーですかね?」
「宿屋の人達の埋葬が先でしょ」
「え?律儀に埋葬するんですか?あの性悪夫婦」
ユージーンはあからさまに嫌そうな顔をする。
つい先程まで、自分と一緒に死体をあさっていた女が、今更言う事では無いと思えた。
「あの夫婦はともかく……他の客は私達のせいで殺されたんでしょ?埋葬ぐらいしかしてあげないけど……何もしない訳にもいかない。てか、そのままとか無理。で、客だけ埋葬するのも後味悪いから、ちゃんと夫婦も埋葬する」
「そうですか。……で、俺ももしかして手伝わされるんでしょうか?」
「ジーンが殺したんでしょ。むしろ手伝いじゃなくて、メインで動いて」
「え~~~」
「動け」
「は~い」
その後もユージーンは不満を口にせず(不満なのは見てわかるが声に出していないだけ)二人は廃墟を出た。
数歩歩くと、一瞬ユージーンが立ち止まる。
それに気づき、蓮姫も足を止めた。
「ジーン。どうかした?」
「………いえ。なんでもありませんよ姫様。さぁ、さっさと汚物を埋めて、風呂入って寝ましょう」
蓮姫に普段通りの笑顔で返すと、ユージーンは彼女の肩を抱きながら歩き出した。
その姿は、彼女は誰にも手を出させない………そう告げているように見えた。
「………ふ~~~ん。俺に気づいてたんか。しっかし…あれだけの人数を瞬殺とか………何者だ?あの男」