忍び寄る魔の手 3
「………あぁ~……っ痛ぇ!!…クソッ!!」
ズボッ!
ズボッ!!
カランカラン
悪態をつきながら、ユージーンは自分の身体や顔に刺さった毒針を一つ一つ抜いていった。
「あ"ぁ~……身体まだ痺れてんな。上手く動かねぇ」
全身から血をダラダラと流しながら、ユージーンはユックリと身体を起こす。
最後の一本を抜いても、身体はフラフラと無意味に揺れて、視界も定まらない。
「死なないっつっても…痛みは当然あるし、毒もそれなりに効くからな。まぁ直ぐに治るけど。つーか、アッサリ捕まんなよ。俺、死なないし。わかってんなら逃げりゃいいのに」
一人呟く彼の口調は、蓮姫と一緒にいた時とは随分と違った。
むしろコレが彼の素であり、今までは仮とはいえ主である蓮姫の手前、猫を被っていただけなのがわかる。
「だいたい……彼女と同じ弐の姫だからって、あの子まで守る義理無くないか?そこまで普通の身体に戻りたい訳じゃないし、このままトンズラするか」
ユージーンは蓮姫に心の底から忠誠を誓っている訳ではない。
今まで一緒にいた大半の理由は成り行き。
蓮姫に興味があったのも事実だが……ここ数日と彼女の記憶を覗いたことで、彼女がどういう人物かもわかった。
興味があれば知りたくなる。
だが知ってしまえば満足してしまう。
「同情はするけど、ね。さようなら姫様。怨まないで下さいよ」
ユージーンはフラフラした足取りで立ち上がり、そのまま部屋を出ようとした。
しかしふと、視界の隅にある物が映る。
「………レムストーンのピアス。そういや、姫様はしらないんだっけか?このピアスの意味」
ユージーンはピアスを持ち上げると、ソレを額に当てる。
「………月光蓮の姫様。このピアスの持ち主には愛されてたんですね」
ユージーンはピアスの記憶………正確にはピアスを持っていた人間の想いや、ピアスを通して過去に起きた事を読み取った。
「姫様は愛されてた自覚は無くても、愛した自覚はあった。だからこそ……愛した者達の為に、あんな無茶な理想を掲げたんだ」
ユージーンはろくに見えない目を閉じる。
目を開けた時には朧気にしか映らなかった景色。
しかし目を閉じると、瞼の裏には蓮姫の姿が鮮明に描かれた。
「俺の心臓を貫いた時……泣きはしたけど泣き言は言わなかったっけ」
ユージーンは蓮姫との記憶を思い返す。
「忌み子に本音や不平不満はぶちまけてたみたいだけど……最後まで逃げようとはしなかった」
彼女の記憶を、自分の記憶のように思い返す。
「女の子が逃げてないのに、男の……それも不死身の元魔王が逃げるとか……ダサ過ぎか」
そう呟くユージーンの口元は、弧を描いていた。
「まぁ……俺も見てみたいしな。あの子の理想の先。今から行って、まだ生きてるかわかんないけど」
ユージーンはピアスをポケットにしまうと、再び目を開けた。
楽しそうに赤と金のオッドアイが揺らぐ。
「一応は助けに行くか。死んでたらおしまい。泣き言言って逃げ出そうとしても、おしまい。つーかそん時は殺し屋の代わりに、楽に殺してやる」
彼は転がる死体から武器を数本拝借すると、猛毒の抜けきっていない身体を無理に動かしながら、前へと歩き出す。
「試してやりますよ。貴女が本当に俺の姫様に相応しいかどうかを、ね」
その頃、蓮姫は山奥の廃墟へと連れ込まれていた。
目が覚めた彼女の周りを刺客達が取り囲む。
プロの殺し屋に囲まれては、蓮姫に逃げる術などない。
彼女は驚くほど冷静に、逃げるのを諦めた。
しかし、生きるのを諦めたわけではない。
殺されるとばかり思っていたが、こうして自分はまだ生かされている。
勿論、最終的には殺すつもりだろうが、それは今ではないのだろう。
「ねぇ、ここ何処?」
蓮姫は刺客の一人に話しかけるが、返答などあるはずは無い。
「なんで殺さないの?」
今度は別の刺客に問いかける。
しかし、結果は同じ。
「あのさ、もうすぐ殺されるのはわかったから。冥土の土産に首謀者くらい教えなさいよ」
「………少しは黙ったらどうだ?弐の姫」
めげずに喋り続ける蓮姫に、刺客の一人が呆れたように声を掛ける。
剣を蓮姫の首元に突きつけながら。
だが蓮姫は動揺など一切せず、淡々と答える。
「嫌」
「自分の置かれた立場が、よく分かっていないと見える」
「ちゃんとわかってる」
「なら減らず口を閉じろ。殺されたくなければな」
「殺すつもりなら直ぐに殺してるでしょ?そうしないのは、今この時、私に生きててもらわないと困るから」
「……………………」
「ほら。自分の置かれた立場がちゃんとわかってるでしょ」
刺客は蓮姫の言葉を聞くと、はぁ、とため息をつく。
しかし次の瞬間
バキィッ!!
刺客は蓮姫を殴り倒した。
殴られた勢いで、蓮姫の身体は近くの壁まで吹き飛ぶ。
他の刺客達も、その男の行動に驚きを隠せないようだ。
しかしそんなのは構わないと、男は蓮姫に近づき再度拳を振り上げた。
「っ!?オイッ!あの方が来る前に殺すな!!」
蓮姫が殴られる寸前、刺客達はその男を取り押さえ蓮姫から引き離した。
あまりの強さに蓮姫は気を失っている。
このまま蓮姫が殴り殺されないように、刺客達は再度計画を確認しあうよう言葉を交わした。
「標的は弐の姫だ。しかし弐の姫は壱の姫と違い肖像画も無い。我々ではこの女の判別はできん」
「だがあの従者の言葉を聞いただろ?確かに『姫様』と言っていたぞ」
「会話からしてほぼ間違いないが、弐の姫という確証が無くては殺しても意味がない。影武者という可能性もある」
「殺してからでも顔の判別はできるだろ?」
「女王と姫は同じ想造世界の存在を想造力で感じ取れる。王都に近い場所で殺せば、女王が感じ取り直ぐに軍が動く可能性もある」
「死んでから確認をとっている間に軍に感づかれては元も子もない。まずはこの女の確認だ。まだ殺すな」
「そうそう。姫様を殺されると困るんですよね。主に俺が」
刺客達の声に混ざって聞こえた、男の声。
刺客達は一斉に声の方を振り向く。
振り向かずとも相手はわかっていた。
しかし、ソレはありえない出来事。
「き、貴様!何故生きている!?」
「死んでないから、ですよ」
まるで幽霊でも見ているように動揺を隠せない刺客達に、しれっとユージーンは答える。
一本でも即死するはずの猛毒の針を、数十本食らった人間が生きている。
刺客達はそのありえない光景に目を奪われ、反応が遅れた。
ユージーンはその隙を見逃さない。
「お返しです」
ユージーンは先程自分が受けたように、腕を前に構え毒針を放った。
当然、その針の脅威は刺客達が一番良く知っている。
四方に飛び攻撃を避ける刺客達だが、反応が遅れたまま呆然とした男の足に、毒針が一瞬掠る。
その男は悲鳴すら上げずそのまま絶命した。
「狙うのがなかなか難しい。一人しか仕留められないとはね。まぁ、小細工するよりも正面から斬りつける方が、やはり性に合いますけど」
「クソッ!!殺せっ!!」
「だから無理ですって」
ユージーンは呑気に話すが、刺客達は彼を取り囲み一斉に攻撃してきた。
しかしユージーンはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべるだけで動かない。
つまり、攻撃を一切避けなかった。
刺客達はそんなユージーンに得体のしれない恐怖を感じたが、構わず彼へ勢い良く武器を突き刺す。
ある者は剣で心臓を貫く。
ある者は先程の毒針を再度撃ち込む。
ある者は鎖鎌で、ある者は斧で、ユージーンの身体を貫いた。
普通ならば即死。
そう
普通ならば。
「……………………で?終わりですか?」
「「「「っ!?」」」」
何食わぬ顔で話しかけるユージーンに、刺客達は武器から手を離して後に飛んだ。
本能的に、動物的に、強者から逃げ出そうとしたのだ。
そんな彼等を気にも止めず、何食わぬ顔で体中に刺さる武器や針を抜くユージーン。
彼の姿を写す刺客達の目には恐怖の色しか無い。
「ホントにいい腕ですね。どいつもこいつも。あぁでも、毒針はもう効きませんよ。あれだけ受けたんで抗体出来ましたし」
「ば、化け物っ!!」
「殺し屋に悪態つかれたくないですね」
「貴様っ!一体何者だ!?」
「あれ?俺は化け物だって自分達で言ってたじゃないですか」
馬鹿にしたように笑いながら、ユージーンは針を抜いていく。
刺客達も馬鹿ではない。
心臓を刺しても猛毒の針でも殺せない相手。
そんな相手に為す術は無いのだと。
ユージーンはチラリと、横たわる蓮姫を見る。
「………息はしているみたいですね。なら貴方がたには……」
言葉の最中にユージーンは刺客達へと飛び、数本の閃光が交差する。
「死んでもらいます。…………いや、この場合は死んでもらいました、かな」
息絶えて倒れる刺客達に、ユージーンは笑顔で吐き捨てた。
「さぁ姫様、起きて下さいよ」
ユージーンは血だらけの手で蓮姫を抱き起こす。
蓮姫の頬は赤く腫れ上がっていたが、それ以外に外傷はない。
(さて、開口一番なんて言いますかね?『恐かった!』とか『ジーン!生きてて良かった!!』とかでも殺してぇな)
「姫様?死んではいないんですよね?もしかして……頭強く打ってるみたいだし…結構ヤバイかな?」
ユージーンが蓮姫の顔を覗き込むと、蓮姫の顔に、彼の美しい銀髪が顔にかかる。
それがくすぐったいのか、蓮姫は身をよじると、ユックリと目を開けた。
次の瞬間
「姫様。目が覚め」
ギュッ!!
「痛ぇっ!ひ、姫様!いきなり何すんですか!?」
蓮姫は目を開けた瞬間、ユージーンの長い銀髪を掴み、思いっきり引っ張った。
不死身でもやはり痛みはあるユージーン。
頭皮ごと引っこ抜かれるかと思った痛みに、思わず目に涙が滲む。
刺客達に斬られるよりも、こういう予想外過ぎる攻撃は結構心理的にもくるものだ。