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忍び寄る魔の手 2



「………ふぅ。 やっぱお風呂はいいなぁ~」


あの後、蓮姫は用意された部屋に入ると直ぐに風呂へと向かった。


久々のお風呂に軽く感動しながら、ベッドに腰掛け、濡れた髪の水気をタオルで拭う。


カチャ


ふいにノックも無しにユージーンが部屋へと戻ってきた。


蓮姫は髪を拭きながらも、ユージーンへと体を向ける。


「おかえり。どうだった?」


「隣の部屋には商人が二人。奥の部屋には借金取りから逃げて来た中年男性が一人。とりあえず、客の中には怪しい奴はいませんね」


「なら、安心して寝れる?」


「え?誘ってるんですか?」


おちゃらけた言葉とは裏腹に、心底嫌そうな顔で問いかけるユージーン。


蓮姫は額に青筋を立てながら、側にあった枕を投げつける。


ボスッ


が、ユージーンは顔面に掌をかざし見事キャッチした。


「危ないですね。当たったらどうするんですか?」


「当てるつもりで投げたの。アホなこと言ってないで、さっさとお風呂入ってきなよ」


「………………姫様………やっぱり誘って「早く行け」


はいはい、と手をヒラヒラと振ると、ユージーンは備え付けの小さな浴室へと向った。


蓮姫はユージーンがドアの向こうへと消えると、服のポケットから先程の私物を取り出す。


それは、レオナルドから貰った、あのピアス。


「置いてくれば良かったのに……我ながら女々しいなぁ」


誰に問いかけるでもなく、蓮姫は呟いた。


蓮姫はレオナルドに、どれほど想われているか知らない。


自分が一方的に好きになり、失恋したと思い込んでいる。


それでも


ソレは好きな人から貰った、唯一のプレゼント。


実際につけた事は一度も無い。


それでも彼女は、貰った時から肌身離さず持っていた。


ちなみに、蓮姫が放心状態だった時には鏡台の引き出しに片付けられていたが……。


それでも公爵邸を出る時は、そのピアスを持ち出した。


「馬鹿みたい………ホントに…」


蓮姫はピアスを握り締めると、そのままベッドへと横たわる。


「………………レオ…」


叶わぬ恋だと自分に言い聞かせた。


それでも蓮姫は、レオナルドを好きだった。


好きになった…それがどんな経緯であれ…何が原因であれ…好きだったのだ。



カチャ


「あがりましたよ。それで姫様…この宿ですけど……」


ユージーンが声を掛けるが、蓮姫からの返事は無い。


彼が近づくと、その華奢な身体は規則正しく上下に動く。


「………寝ちゃったんですか?危機感無い人ですね」


蓮姫に聞こえるはずが無いのがわかっているが、ユージーンは彼女に話しかける。


軽く頬を突いたりもしたが、彼女は(うな)るだけで起きる気配はない。


「まぁ、野宿も人を殺すのも初めて。その上、ろくな道もない森の中を歩き続けた。さすがに肉体、精神共に疲れたんでしょうけど………泣く程辛いのに…なんで弐の姫って人は頑張るんですか。貴女も…彼女も」


ユージーンは蓮姫の涙の跡を手で触りながら、問いかけ続けた。


「投げ出せばいいのに。いっそ、その方が楽に決まってる。なのにソレをしない。傷つくだけだとわかっているのに……」


ユージーンは問いかけながら、蓮姫の額に自分の額を近づけていく。


「理解できませんよ。だから……少しだけ……いや、少しなんて生ぬるい。貴女の記憶を全て……覗かせてもらいますからね」



ユージーンが自分の額を蓮姫の額へとつける。


その瞬間、ユージーンの脳裏に蓮姫がこの世界に来てからの記憶が、(もう)スピードで流れ込んできた。


「っ!?…この世界に来てすぐに……拉致(らち)監禁(かんきん)…レイプって………この男…なんなんだ?…」


彼は今の一瞬で、蓮姫と蘇芳との間に起こった事を知った。


それだけではない。


「忌み子と呼ばれる双子。あのブスの子孫の婚約者。反乱軍襲来時に失った小さな友人」


蓮姫の記憶を全て見たユージーンは、全てを理解した。


全てを知った。


「傷つけられて、助けられて、離されて、出会って、打ち解けて、また傷つけられて………結局…良い事なんて全然無い」


スッと彼女から額を離すと、ユージーンは立ち上がる。


「一方的に他者に嫌われ傷つけられる存在。それが弐の姫。………もちろん」


ユージーンがドアへと体を向けた瞬間。


バァン!!


「命を狙われるのも必然」


ドアが蹴破られ、数人の黒ずくめの男が部屋へと入り込んできた。


その後ろには、この宿屋の主人達。


ドアが壊れた音で、蓮姫も飛び起きる。


「な、何っ!?」


「さぁ?とりあえずカタギじゃないでしょうね。ここにいる全員が」


目元以外は黒い布で覆われた男達の姿。


一人ひとりが剣や小型の斧、鎖鎌(くさりがま)……殺傷(さっしょう)能力の高い武器を持っている。


そんな男達の後ろでニヤニヤとしている宿屋の主人とその妻。


「こいつら……もしかして…刺客(しかく)?」


「でしょうね。森を抜けて直ぐに見つけるとは、随分と仕事が早いようで」


ユージーンは随分(ずいぶん)余裕(よゆう)に話しているが、相手は10人近くいる。


こちらは女が一人と、不死身とはいえ実力は未知数の男が一人。


敵は武装しているが、こちらは当然丸腰だ。


武器といえるのは、あの()びついた短剣のみ。


「下がっていてください。姫様」


「ハハッ!本当に弐の姫とはな!これなら賞金の分け前で当分は楽に暮らせるぜ!!」


主人が笑いながら話す言葉に、蓮姫は問い返す。


「賞金って……」


「あらあら?アンタ知らないのかい?裏の人間の間じゃ有名さ。なんたって弐の姫を連れてった奴には3億出るんだからね。しかも死体でも構わないって話さ」


主人と同じようにニヤニヤしながら話す女。


「じゃあ、最初からそのつもりで…」


「いえ。多分、刺客が来たのは俺達が部屋に入った後ですよ。そうじゃなくとも、この二人は旅人を親切にもてなすふりをして、身ぐるみ全部と命までとる盗賊でしょうね」


「なんだ?そっちの旦那は気づいてたってのか」


「今どき客を無償(むしょう)で泊める宿なんてある訳ないですからね。金を取らないと言い相手を油断させて、寝静まったところを襲う。そうすれば宿代どころか、お釣りがたんまり(ふところ)に入る……といったところでしょう?こんな子供(こども)(だま)しに引っ掛かる方がおかしい。……まぁ、姫様は呑気(のんき)に騙されてましたけど」


ユージーンは首だけ蓮姫に向けて、ハッ、と馬鹿にしたように鼻で笑う。


甘過ぎる考えの自分と、ユージーンの態度と表情にかなり苛つく蓮姫。


だが、先に片付けるのは、そっちじゃない。


宿屋の主人は、刺客の一人の肩をポンと叩くと意気(いき)揚々(ようよう)に話し出した。


「弐の姫を殺す手柄は譲るぜ。賞金も1億で手を売ってやる。男の方は手を出さないでくれよ。こんだけ顔が良けりゃ、良い値で売れる」


「万一、顔が傷ついてもパーツを売れば良いしねぇ」


自分達は手を出さずに、大金だけが手に入る。


なんとも美味しい話だ。


しかし、世の中そう上手くはいかない。


スパッ!


「ハハッ………ぎ、ぎゃああ!」


刺客の肩に置いていた主人の手は、別の刺客によって指が切り落とされていた。


「ひっ!」


主人の指から噴射(ふんしゃ)するように飛び出る血に、蓮姫は咄嗟(とっさ)に口元を手で抑える。


ユージーンの方は『へぇ、早いですね。いい腕だ』と関心しながら、その光景を見ていた。


「ぎゃあぁ!ゆ、指がぁ!俺の指がぁ!! 」


「あ、あんたぁ!?何してんだい!あんたら!!うちの人も私も、あんたらに協力したじゃないか!」


床でのた打ち回る旦那を押さえつけながら、女はキーキーと(かな)()り声を上げる。


そんな女に刺客の一人が呟いた。


「感謝はしている。だが、弐の姫殺害の現場に居合わせた者は皆殺しだ。主が望んでいるのは、弐の姫が、たまたま、野盗(やとう)に襲われた。というシナリオだからな」


「へぇ。弐の姫とわかった上で殺された……ってのは、都合が悪い。確かに目撃者が居ると後々面倒ですからね。口封じは早いに越した事は無い」


「理解しているのなら話が早い。抵抗しなければ、ひと思いに殺してやる」


「冗談でしょう?殺すと言われて『はい、そうですか。どうぞどうぞ』とか言う馬鹿がいるとでも?」


「では……(なぶ)(ごろ)す」


「できるものなら……ねっ!」


ユージーンは言いきる前から、刺客達へと駆け出した。


数人で一斉(いっせい)に斬りかかるが、ユージーンはソレを悠々(ゆうゆう)と全て交わし、かつ敵の一人から剣を取り上げてそのまま相手を斬り殺した。


まさに一瞬の出来事。


「……じ、ジーン…」


「姫様。俺もまだ本調子じゃありません。怪我させない自信なんて無いんで、できるだけ離れてて下さいね」


返り血を顔に浴びながら、ユージーンはニッコリと蓮姫に笑顔を向けた。


不気味な程に清々しいその笑顔に、蓮姫はただコクリと頷くだけだった。


蓮姫が頷くのを確認すると、ユージーンはそのまま刺客達へと振り返り、奪った剣を振るう。


一瞬の閃光(せんこう)


ただの一振りで、ユージーンは刺客を三人斬りつけた。


刺客達はそのまま、重力に従うように床へと倒れる。


つまり、一瞬で三人を殺した。


だが、ソレを気に留めることもなく、ユージーンと刺客達は武器を激しく交わしていく。


目の前で繰り広げられる激しい殺し合いに、蓮姫は呆然としていた。


(……ジーンって……こんなに強かったの?)


刺客の一人が一歩下がると、その腕から数本の針のようなものが、猛スピードでユージーンへと飛び出す。


しかし、ユージーンはソレを近くにあった……いや、近くに居た者を盾にして防ぐ。


「ぎゃあぁあ!」


仕込(しこ)(ばり)……暗器(あんき)ですか。さすがは殺し屋」


「てめぇ!!俺の女房を!」


「盾にしましたけど?何か問題あります?」


ユージーンが盾代わりにしたのは、宿屋の女主人。


女の顔から体にかけて、無数の針が突き刺さっている。


しかし、そんなことは関係ないと針を撃ち続ける刺客。


そしてユージーンは迷いなく、女の体を盾にしながら刺客へと近づき、(のど)を切り裂いた。


「悪いんですけど俺、女には容赦とかしないタチなんで。まぁ、コレはもう女じゃなくてただの肉の(かたまり)ですけどね」


ユージーンの言葉通り、全身針だらけになった女は、既に事切れていた。


「っ!!?てめえっ!!ぶっ殺してや「無理ですよ。今殺された奴には」


宿屋の主人がユージーンへと駆け出す前………妻を失った彼の悲痛な叫びが終わる前に、ユージーンはその(ひたい)へ剣を突き刺していた。


淡々と。


一瞬の迷い無く。


非常(ひじょう)無情(むじょう)


蓮姫の目には、確かにユージーンが悪魔か魔王のように映った。


それでもまだ刺客は数人残っている。


お互いが急所を狙いあい、ギリギリで攻撃を交わしている。


そんな中で女の体は、見る影もなく、無残(むざん)に切り刻まれていく。


「ちっ。コレももう使えませんね」


本当の肉塊(にくかい)を持っているだけならば、こちらが不利。


ユージーンが女の死体を投げ捨てた瞬間、狙っていたように残りの刺客達は、一斉に腕を向ける。


だが、その方角はユージーンではなく


「っ!!?」


「っ!?姫様っ!!」


蓮姫だった。


ユージーンはすかさず蓮姫の盾となり、その身体(からだ)で先程よりも倍以上の針を受け止める。


「っ!?ジーン!!?」


ドサリとユージーンの身体が、床へと倒れる。


ユージーンに駆け寄ろうとする蓮姫だが、それは刺客によって(はば)まれた。


彼女の腕を掴み、強い力で引きずる。


「ジーン!ジーンッ!!」


「無駄だ。この針には大型の魔獣を一瞬で殺せる毒が仕込んである。人間などひとたまりもない」


蓮姫はユージーンの名を叫び続けたが、彼の身体は指一本動かなかった。


「さて弐の姫。ついてきてもらおう」


「ジーン!離して!!離っ!!?」


刺客の一人が蓮姫のみぞおちを殴り、気絶した蓮姫を担ぎながら引き上げていく。









ユージーンが目覚めたのは、その数分後のことだった。


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