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残された者達 6



ー城内・廊下ー


蘇芳がメイド達を殺して城に戻った頃には、既に夕方になっていた。


城門まで来ると、慌てたように駆けつけた軍の人間から壱の姫の様子や、戻り次第女王の元へと参じるようにと勅命を受けていた事を知る。


億劫(おっくう)だったがそんな様子は微塵(みじん)も他者には感じさせず、しおらしく謝りながら女王の謁見室へと蘇芳は向かっていた。


本来ならば監視や同行する者もいるはずだが、蘇芳の今までの所業を知り誰と彼もが蘇芳を信頼しきっている。


城内での蘇芳の信頼はかなり大きい。


今回、壱の姫の側を離れたのも、何か事情があったのだと思われている。


それ故に他者からは咎められる事も無い。


それどころか、無事に戻って来て良かった、と喜ばれる。


この男が女を二人、なぶり殺しにしたと誰が信じるだろうか?


彼は一人で悠々と廊下を歩いていた。


目的地である女王の謁見室の手前、蘇芳は彼女のヴァルの姿を見つけると、うやうやしく頭を下げる。


「サフィール様。この度はお騒がせをして申し訳ありません」


「本当ですね。弐の姫様が王都を出た次の日に、壱の姫様のヴァル候補まで失踪したなど……陛下や壱の姫様、民を不安にさせるだけの愚行だと、心に刻んでおいていただきたい」


「本当に……弁解の仕様もありません。陛下からはどんな罰も受けるつもりです」


「まぁ、反省なさっているのならいいでしょう。陛下も蘇芳殿には罰など与えないと思いますし……しかし、この様な時分に一体何処へ?」


「お恥ずかしい事ですが、私用でございます」


そんな蘇芳とサフィールの会話を聞きながら、忍び寄る男がいた。


「あれ~?血の臭いがするなぁ?」


「っ!?ジョ、ジョーカー様!?気配を消して背後から話しかけないで下さい」


ジョーカーの言葉に内心ドキリとする蘇芳だが、急に現れたジョーカーに驚いただけだと装う。


「あぁ、ごめんね。で?なんで君から血の臭いがするわけ?」


「血の臭い?ジョーカー、馬鹿も休み休み言え」


サフィールは馬鹿と斬り捨てるが、蘇芳は内心焦る。


当然蘇芳は、あの二人を殺した後、直ぐに返り血をシャワーで落とした。


服は勿論着替えたし、その上香水まで付けている。


しかし、ジョーカーの嗅覚はソレを上回っていた。


「はぁ~?とぼけないでよ。俺に血の臭いを誤魔化せる訳無いでしょ?ふんふん……臭いからして…………女だね。若い女。それも二人」


血の臭いだけで被害者の性別や数まで言い当てるジョーカー。


そんなジョーカーを見下すように口を開いたのは、サフィールの方だった。


「それが真実だとして、私にはお前の嗅覚(きゅうかく)の方が異常だと思う。やはりお前のような(やから)は、陛下に相応しくない」


「俺もそう思うよ。文句は陛下に言えばいいじゃん」


サフィールはジョーカーを毛嫌いしている事が蘇芳には会話でわかったが、ボロが出ないように自分からは口を挟まない。


「お前には城など場違いすぎるね。先程軍から連絡があった。レムスノア付近に反乱軍の残党が数人残っているらしいから、行ってこい」


「え?行っていいの?そいつら敵だよね?殺していい?勿論いいよね?ダメって言っても殺すけど問題無いよね!」


先程までのだるい様子が嘘のように、ジョーカーは玩具(おもちゃ)を貰った子供のように目をキラキラとさせる。


サフィールが首を縦に振ると、ジョーカーは喜々としてその場から駆け出した。


遠ざかるジョーカーの鼻唄を、蘇芳は珍しく呆気にとられたように、ただ見ていた。


「さて、参りましょう蘇芳殿。馬鹿もいなくなった事ですしね」


そんな蘇芳に、満面の笑みを浮かべて話すサフィールは本当に清々しく見えた。




ー女王の謁見室ー


蘇芳とサフィールが謁見室へと入ると、普段よりも険しい顔つきの麗華が王座へと腰掛けていた。


二人が跪くのを合図に麗華は口を開く。


「蘇芳。何故凛の側から離れたのじゃ?」


「申し訳ありません、陛下。実は庶民街の知人より、庶民街の復興中に材木が倒れ、女性が二人下敷きにされたと知らせを受け、手当をしに行っておりました」


「なるほど。それ故に血の臭いがしていたのですね」


サフィールは納得したようだったが、勿論、その話は真っ赤な嘘。


しかし蘇芳を疑う者はいない。


事実、復興中の庶民街では毎日のように事故や負傷者が出ている。


いちいち調べるような事はしないだろうが、万一に備え蘇芳は部下を庶民街に何人か住まわしていた為、ボロも出ない。


「それが事実だとしても、凛の側を離れるべきではなかったの」


「軽率でした。姫様にいらぬ心労をかけさせてしまうなど、万死にすら値します」


「わかっておるのなら話は早いの。そなたには罰を受けてもらうぞ」


「陛下?」


麗華らしくない厳しい処置にサフィールは少しばかり驚く。


その視線に気づいたのか、麗華は薄く笑った。


「なんじゃ?サフィ。妾の決定に異を唱えると?」


「っ、いえ。……………陛下の御心(みこころ)のままに」


麗華の視線に怯むが、すぐにサフィールは普段の笑みを浮かべて頭を垂れる。



サフィールは彼女に異を唱える事などしない。


女王のヴァルとなったその日から、彼はは女王に尽くし、どんな命令にも従ってきたのだから。


「うむ。ではな蘇芳。そなたに与える罰じゃが」


「はい。他ならぬ陛下よりのご命令。いかなる罰でもお受けいたします」


(いさぎよ)いことじゃ。そなたは今後、自らの意志で凛の側を離れる事を禁ずる。いかなる場合でも凛の側を離れねばならぬ時には、凛か妾の許しが無くてはならぬ」


「っ!!?」


「陛下。それは罰とは言いませんよ。陛下らしく、とてもお優しい処置ですがね」


麗華の言葉に、さすがは陛下だと、サフィールは満足げに笑みをこぼす。


サフィールの言葉に、麗華も優雅に微笑んでいた。


だが、そんな二人とは対照的に、蘇芳の心情は穏やかではない。


動揺。


焦り。


怒り。


悲しみ。


様々な感情が胸の中で渦巻いている。


(何故!?何故俺が姫様ではなく!あんな…あんな女の!!)


蘇芳の心情……彼が真に想うのは壱の姫ではなく、弐の姫だという事実を知る者はいない。


壱の姫のヴァル候補と囁かれ、壱の姫本人も深い信頼………もはや依存と言っていいほどの感情を蘇芳に向けている。


だからこそ、麗華が蘇芳に与えた罰だった。


他人からしたら甘すぎる温情かもしれない。



しかし蘇芳からすれば、それは生きながらの死と同格の言葉だった。






ー城・壱の姫の部屋ー


蘇芳はうんざりとした表情を隠しもせず、壱の姫にあてがわれた部屋へと向かう。


様々な激情を抱える彼の心境を、わかる者などいない。


それでも、蘇芳は絶対的な女王の命令の元、再び凛の元へと戻って来た。


カチャ


「蘇芳っ!!」


蘇芳がドアを開けた瞬間に、凛は蘇芳へと抱きついた。


メイド達はホッとしたように肩をおろし、二人に気を使い部屋を出る。


凛に抱きつかれたままに、蘇芳は部屋を見渡した。


壊された銀食器に花瓶。


散乱する花やドレス。


カーテンすらも破かれている部分がある。


城の物……つまり女王の所有物でもあり、どれもこれも高価な物ばかりだ。


ソレをこんな風にしても、凛は咎められることはない。


仮に蓮姫が同じ事をした場合は、ひどい顰蹙(ひんしゅく)をかうだろう。


凛と蓮姫。


壱の姫と弐の姫との対応の違いは、天と地ほどの差があることがよくわかる。


これほどまでに暴れたというのに、今はしおらしく自分に抱きつく凛に、蘇芳は心の底から嫌悪した。


「蘇芳。お願い………何処にも行かないで。ずっと、ずっとずっと私の側にいて」


抱きついている為に蘇芳の表情など知りもしない凛は、愛おしげに呟く。


蘇芳は全身に鳥肌が立つのを感じ、今すぐにでも凛を引き剥がしたい衝動にかられた。


しかし、それはできない。


今すぐに凛から逃げ出したくとも、女王の命令がある。


彼はもう、トイレに行く時ですら凛の許し無くては行けないのだから。


いっそ愛しい蓮姫の為に、この女を殺し彼女を追いかけようかとも思った。


蘇芳は冷ややかな目をしたまま、彼女の首に手をかざす。


しかし触れる手前で、その手はピタリと止まる。


(………そうだ。俺がこの女の元にいなくてはならないのも運命だ。俺の姫様の為に)


「………蘇芳?」


自分に腕を回すどころか、いつまで経っても黙っている蘇芳を不審に感じ、凛は顔を上げて蘇芳に話しかける。


彼女が見た蘇芳は


「姫様。寂しい思いをさせて、申し訳ありませんでした。今後はずっと、姫様のお側におりますよ」


満面の笑みを浮かべていた。


凛は蘇芳の言葉に満足し、嬉しそうに彼の胸へと頭を寄せる。


(そうですよ。貴女はただ、俺を信頼しきっていればいいんてす。姫様が女王となる為に、貴女には俺の姫様の為に働いてもらわなくてはね)


蘇芳は選んだ。


蓮姫の為に、蓮姫の敵となる事を。


蓮姫を女王とする為に、壱の姫である凛を利用する事を。


「全ては愛する姫様の為に。姫様は何も心配する事はありません。反乱軍の事も。弐の姫様の事も。………全て私に委ねてくださればいいんです」


「うん。蘇芳の言うことならなんでも聞くよ。だって私は、貴方が私を愛してくれるのと同じくらい、貴方を愛してるから」


「私も………姫様だけを愛していますよ。私だけの、私の姫様を」


無邪気に恋に溺れる少女を、悪魔のような囁きで蘇芳は貶めていく。


そう。


全ては愛しい彼だけの姫………蓮姫の為に。






【子を失った母】



ー庶民街・とある民家ー


真夜中、窓辺から星を見上げているマチルダ。


あのエリックの母親。


世話になっている家主達が寝静まっても、彼女は寝ようとしない。


エリックの服を握り締めながら、星を見上げる。


まるで夜空の何処かに、息子を探しているようだ。


「リック。すまないね。あたしが弐の姫の正体を見抜けなかったばかりに………あんな女を店に引き込んじまったばかりに!!」


悲痛な叫びが部屋に響く。


家主達が起きてきても、彼女の身に起きた事は庶民街の人間ならば誰でも知っている。


わざわざ部屋に来て注意することもない。


マチルダは泣きながら服を握り締め、星へと語りかける。


「大丈夫だよ。あんたの仇はとるからね」


マチルダの瞳には怨嗟の炎が揺らぐ。


「寂しい思いをさせちまうが、終わったらそっちに行くから待っといてくれ」


彼女は息子の後を追おうとした事もある。


だが今は、生きることを決めた。


「壱の姫様が女王になるように。間違ってもあんな女が女王にならないようにしなくちゃね」


リックの仇を………蓮姫への復讐の為に生きると決めた。


「絶対に許さないよ。カインや蒼牙の旦那は騙されてるようだけど、あたしは信じない。絶対に!絶対に!!あの女に復讐してやるんだ!!あんたが味わったのと、同じ苦しみをくれてやる。見といてくれリック!」


マチルダは蓮姫を怨むためだけに


復讐する為だけに生きる。


それが逆恨みだろうと、女王候補に弓引く行為だとわかっていても。


息子も家も……全てを失った彼女には


それ以外に生きる理由が無いのだから。

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