残された者達 5
「そんなの……王都に居場所も味方もいないからだろ」
「っ!?セネット……それは」
「公爵邸ではメイド達に嫌がらせされる。公爵も公爵の息子もそれに気づきゃしねぇ。庶民にも貴族にも嫌われてる。忌み子達とは離された。そんな中ずっと暮らせ?出来るわけねぇ」
久遠はカインを再度、叱りつけようと口をひらく。
それが弐の姫の宿命。
王位継承権を持つ者として、受けなければならない事だと。
しかし、口は開いても言葉が出る事は無かった。
久遠も本当はわかっている。
蓮姫がどんな目に合ってきたか。
そして弐の姫を拒絶する人間達と、自分は何も変わらない。
城で会った時も、庶民街へ迎えに行った時も、苦言しか彼女に向けていないのだから。
自己嫌悪に陥る久遠だが、城の方から走ってくる城専属のメイドの姿を見つけ、我に返る。
「はぁっ!はぁっ……飛龍大将軍っ!!天馬将軍っ!蘇芳様を見ませんでしたか!? 」
「蘇芳殿?いや、見てはいないが……飛龍大将軍はどうです?」
「俺も見ていない。カインはどうだ?」
「蘇芳って……こないだ久遠と一緒に居たやつだろ?見てないぜ」
蒼牙とカインからの言葉を受けると、久遠は未だ肩で息をするメイドへ声をかける。
「 蘇芳殿がどうしたんだ?」
「今日は朝から!壱の姫様の元へといらっしゃらないんです!!そのせいで壱の姫様がっ!!」
メイドの言葉を最後まで聞くと、蒼牙と久遠はカインへ別れを告げ(久遠は声を掛けてはいないが…)部下を招集し、蘇芳を探す為に自分達も動き出した。
【凛とアンドリュー】
-城・壱の姫の部屋-
ガシャンっ!
「ひっ!?い、壱の姫様」
メイドは持って来た食事を振り払われ、床に零れた器や食べ物と、ソレを振り払った張本人…凛を交互に見ながらオロオロしている。
あの反乱軍襲来の時から、凛は部屋に籠りがちになった。
自分が生命を狙われる存在だと、この世界に来てから初めて感じた危機感に日々脅えている。
人々から疎まれている蓮姫とは違い、凛は他人に敬われ、大切に扱われ続けた。
他人から罵声どころか、陰口すらもたたかれたことは無い。
反乱軍の存在も、弐の姫が自分とは違う扱いをされていても、気にもとめたことはない。
ぬるま湯に浸かるような生活が、彼女からそういった思考を鈍らせていたからだ。
そんな凛にとって、自分を拒絶し排除しようとする存在は、彼女に大きな恐怖を植えつけた。
だが、今日はそれだけではなかった。
「蘇芳っ!!蘇芳は何処なの!?」
「す、蘇芳様でしたら…今」
「早く蘇芳を連れて来てぇ!!」
蘇芳が側に居ないことで、凛はパニックを起こし、ヒステリックに叫びながら、手当り次第に物を投げ付ける。
「壱の姫様!どうぞ落ち着かれて下さい!」
「蘇芳様でしたら今、軍を使って探しているところです!」
「壱の姫様、どうぞ食事をしてお待ちになって下さい」
最初のメイドの他にも数人駆けつけ、凛を落ち着かせようとするが、彼女には逆効果だった。
「ご飯なんていらない!!何にもいらないからっ!!早く蘇芳を!!蘇芳をここに連れ戻してよぉっ!!」
そんな凛を訪ねてきた男がいたが、部屋の前で騒ぎを聞くと、そのまま来た道を引き返す。
それに気づいたメイドが、慌てて追いかけてきた。
「アンドリュー殿下っ!!」
「………はぁ。なんだ?」
壱の姫専属メイドに声をかけられては婚約者として無視もできない、とアンドリューはうんざりして振り返った。
「殿下!壱の姫様はお部屋にて」
「騒いでいるのだろう?ならば俺の出る幕ではない」
「殿下!?壱の姫様は反乱軍に対する恐怖で不安なのです!どうぞその様な事は仰らずに、姫様をお慰めになって下さい」
「壱の姫がお呼びなのは蘇芳殿だろう?俺が行っても意味はない。それとも何か?他の男を求めている婚約者の元へと、御機嫌うかがいにでも行けと?」
「そ、そのようなつもりは…決して…。お、お許しください、殿下」
アンドリューに睨まれると、メイドは彼の身分を思い出したかの様に頭を下げ許しを乞う。
アンドリューは壱の姫の婚約者だけではなく、隣国の皇太子。
それも女王の血を引く者だ。
一介のメイドが声をかけることさえ、本来なら許されない。
「蘇芳っ!!早く来てぇ!!」
部屋から聞こえる凛の叫び声に、メイドはアンドリューに一礼すると慌てて彼女の自室へと戻っていった。
「はぁ。……こうも違うとはな。あんな小娘が重宝され、庶民の為に己の身を顧みずに駆け付ける女が疎まれる。弐の姫も王都を出たくなる筈だ。…しかし……蘇芳殿は…一体何処へ?」
アンドリューの呟きは、凛の叫び声に消され誰にも聞かれる事は無かった。
【蘇芳】
ー王都の外れ・とある廃墟ー
此処は蓮姫が蘇芳に監禁されていた小さな邸。
蘇芳はそこに居た。
目の前には手足を縛られた、あの二人のメイドが脅えた眼で蘇芳を見つめる。
「………なるほど……結うフリをしながら、姫様の髪を引っ張ったんですね?」
「は、はい。そうです」
「蘇芳様……も、もうお許しください。私達を帰し「ダメですよ」
メイドの言葉を遮るように蘇芳は冷たく言い放つ。
その目は氷のように冷ややかだが、炎のような怒りも秘めていた。
メイド達は只々、尋常ではない蘇芳の様子に困惑し脅える。
何故、こんな目に合わなくてはいけないのか?
自分達は公爵邸でいつも通り掃除をしていた。
ある部屋に二人だけで入った瞬間、何者かに襲われ、目が覚めた時には既に身体は拘束され、目の前には蘇芳が佇んでいた。
帰りたい。
開放してほしい。
いつまで、この様な事が続くのか?と。
「それで?他には姫様にどんな仕打ちを?」
「も、もうそれ以上は……何も」
バキッ!!
目を逸らしながら呟くメイドの頬に、蘇芳は容赦なく拳で殴りつける。
「きゃあっ!!」
「嘘はいけないな」
「あ、あの!熱いお粥を口に突っ込んだ事もあります!!」
「………………」
嘘を付けば自分も殴られると感じたのだろう。
もう一人のメイドが、慌てて叫ぶ。
蘇芳は正直に答えたメイドを睨んだ。
「ひっ!!」
睨まれたメイドは恐怖のあまり、泣き出してしまう。
目覚めた彼女達に蘇芳は、弐の姫にした数々の仕打ちを教えろ、と言った。
最初はとぼけていたり騒いでいた彼女達だが、蘇芳から殴る蹴るの暴行を受けた。
正直に話さなくては殺されるかもしれない………そう考えた彼女達は自分達の行いを一つずつ話し出した。
嘘をついたり、黙り込むと、今のように蘇芳から暴力を受ける為、彼女達は恥も捨てて喋り続けた。
「へぇ……とことん性根が腐った女共だ」
「す、蘇芳様!どうしてこんなことするんですか!?」
「そんなの……お前達が俺の姫様に危害を加えたからに決まってるだろう?」
スゥ……と目を細めながら呟く蘇芳は、普段の好青年の様子など微塵も感じさせない。
蘇芳の口調から、メイド達は彼の怒りがどれほど大きいか理解した。
だが……理解できない事がある。
「わ、私達が色々したのは弐の姫です!!壱の姫様じゃありませんっ!!壱の姫様に何一つ無礼は!」
「はぁ?壱の姫?なんであんな女の話になるんですか?」
「だ、だって蘇芳様は……壱の姫様の…」
「俺が心から愛しく感じるのは姫様だけ。壱の姫ともてはやされるだけの頭の悪い、見ているだけで虫唾の走る女じゃない」
蘇芳の予想外の言葉に、メイド達は絶句する。
誰よりも壱の姫に従順だと思われていた男は、弐の姫の虜だった。
そんな蘇芳の愛する姫を陰湿なイジメで苦しめてきた事実と、蘇芳の本性を知った事で、彼女達は初めて事の重大さ、自分達が今どれだけ危険に晒されているかを悟り、ガタガタと震え出す。
「ゆ、許して下さい!!
「お願いします!!なんでもしますから!!ここから出して下さい!!」
涙どころか鼻水まで流し、ツバを飛ばしながら必死に懇願する彼女達を、蘇芳はただ冷ややかな笑顔を向けていた。
許すわけがないだろう?
蘇芳の笑顔はそう語っていた。
「えっと?まずは…………そうそう。姫様の髪を引っ張ったんだったかな」
ギュッ!
「あ"ぁっ!!」
蘇芳はおもむろに左側のメイドの髪を、引っ掴むと
ブチィッ!!
「ぎゃああぁ!!」
そのまま力強く髪を引き抜いた。
かなりの量を掴んでいた為に、抜かれた髪には頭皮がこびりついている。
メイドの頭は右側の一部が乱雑に拔かれ、晒された頭皮は血が吹き出し一瞬で真っ赤に染まる。
メイドはあまりの痛さに縛られたまま、その場をのたうち回り、床は頭から溢れ出す血で真っ赤に染まる。
「ひっ!!ひぃい!!だ、誰かぁ!!助けてっ!!助けてぇ!!」
もう一人のメイドはその様子を見て必死に助けを呼ぶ。
だが、それが他者に聞こえることはない。
蘇芳は数々の術を使いこなせる。
この邸は蘇芳と許された者しか出入りできず、また結界がはられていた。
そんな事など知る由もないメイドは、ただ騒ぎ続けたが、蘇芳の標的はこの二人。
残虐な仕打ちを受けるのは一人だけではない。
蘇芳は暖炉へと近付くと、そこから真っ赤に燃える鉄製の灰かき棒を取り出す。
「熱い粥を口に突っ込んだ?こんな風にかな?」
逃げ惑うもう一人のメイドの頭を鷲掴みすると、蘇芳は迷いなく彼女の口へとソレを押し込んだ。
ジュウウウゥ!
「~~~~~~~~っ!!」
口が塞がれた為に声なき悲鳴を上げるメイド。
肉の焼ける匂いが一瞬で部屋に充満した。
あまりの熱さと痛さに、女の身体はビクビクッ!!と魚のように痙攣し、遂には失禁した。
「汚い上に臭いな。お前達と姫様が同じ女という事実すら……俺には許し難い」
蘇芳は感情の全く籠っていない眼で、淡々とメイド達に言い放つ。
「さて………あとはなんだったかな?」
灰かき棒をメイドの口から乱暴に引き抜くと、蘇芳は考える素振りをしながら、メイド達を見る。
「……だ………だず……げ……」
「い、命だけはっ!!助けてっ!!助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて」
口を焼かれた女は、火傷だらけの舌と喉で必死に助けを乞う。
髪を剥ぎ取られた女も壊れたテープレコーダーのように、助けて、と繰り返した。
蘇芳はそんな彼女達を見下しながら言い放つ。
「安心しろ。すぐに殺してくれと言いたくなる」
「ドレスの仕立てに紛れて針を刺した、と言っていたな。じゃあ…」
ブスゥッ!
メイドの目を指で全開に開き、空いた方の手で針を差し込む。
何本も。
「それと姫様に用意された髪飾りを壊したと言っていたか。………なら……ここを壊すか」
ボキィッ!!
もう一人のメイドの手を開放したかと思うと、その両手を力いっぱいに何度も踏みつけ骨や爪を砕く。
メイド達は先に喉笛をハサミで切られた為、叫ぶ事すら出来ない。
あまりの痛みに発狂しても気絶しても蘇芳の術ですぐに正気に戻される。
死にかけても怪我をある程度だが、術で治療される。
そしてまた蘇芳からの仕打ちを受ける二人。
蓮姫にした嫌がらせや暴行を、その数倍の痛み、悪質さ、残虐さで自らに返される。
蓮姫にした事を今更後悔しても遅い。
後悔する頃には蘇芳の言う通り、彼女達は死を望むがそれは直ぐには叶えられなかった。
怒らせてはいけない男を、彼女達は怒らてしまったのだから。
蘇芳の悪魔のような所業は、彼女達が蓮姫にした仕打ちと同じ数が終わまで続いた。