残された者達 3
藍玉の性格ならば、レオナルドとソフィアに言った苦言をそのままユリウスとチェーザレに言っただろう。
だからこそ、ユリウスは怒り、チェーザレもわざわざ真相を問いただしに来たのだ。
「確かに、藍玉様が仰られた事は事実です」
「ならば……認めるのですね。自分の無能さを」
「で、ですがユリウス様!藍玉様の仰られた事が全てではありませんわ!!お姉様だって笑顔で楽しそうに、私やお兄様とよく甘いミルクティーを飲んで」
「待て、ソフィア嬢。今なんと言った?」
焦ったソフィアは、フォローのつもりで口を挟んだが、その言葉にチェーザレは過敏なまでに反応した。
「で、ですから……お姉様は楽しく笑顔で
「その後だ。蓮姫が何を飲んでいたと?」
「え?み、ミルクティーですわ。お姉様はミルクティーが…特に甘いミルクティーがお好きなので」
「ぷっ!ははっ!あはははははっ!!」
ソフィアの言葉を聞き、ユリウスは狂ったように笑いだした。
チェーザレは今日で一番深く、大きな溜息をつく。
「はははははっ!!蓮姫がミルクティーを好きぃ?何言ってるんですか?彼女はミルクティーなんて嫌いですよ」
「…………え?」
「考えてもみて下さいよ、ソフィア嬢。お茶には一緒に、甘いお菓子が出るでしょう?甘い菓子と一緒に甘いミルクティーなんて、口の中がくどくなって吐きそうになる。一緒に口に運ぶ者の気がしれない。………君の事を言ってるわけじゃないから、睨まないでくれよチェーザレ」
ユリウスの失礼極まりない言動に、睨みをきかせるチェーザレ。
レオナルドの方は、初めて聞く事実に体が硬直する。
彼は婚約者の嫌いな物なんて、何一つ知らなかった事に初めて気づいた。
「蓮姫は人に出された物を、嫌だと突っ返すような真似なんてできませんからね。どうせソフィア嬢なりメイドなりに出された物を、『美味しい』と蓮姫が言ったから、それからも馬鹿みたいに出し続けてたんでしょう?馬鹿みたいに」
ユリウスが言ったのは、その通りだった。
蓮姫は出された物に対して、不平不満を言ったりはしない。
だが、確かに『美味しい』とは言ってくれたが『好き』だとは言っていなかった。
ソフィアは、彼女の社交辞令を真に受けていただけだ。
「……ふ~ん。今度はだんまりですか?………チェーザレ帰るぞ。時間の無駄だ」
「はぁ。わかった。レオナルド殿、勝手な来訪申し訳なかったな。失礼する」
「ま、待って頂きたい!御二人は蓮姫の事で話があったのでは!?」
さっさと部屋を出ようとする双子……ユリウスの腕を掴み、レオナルドは阻止する。
ユリウスから向けられたのは、とても冷めた目だった。
「えぇ。お聞きしたかったんですよ。蓮姫が行動を起こした理由や、最近の蓮姫の様子を。でも無駄だとわかりましたから。蓮姫の婚約者殿は、蓮姫の事をろくに知らないと、よ~く分かりましたからね」
「なっ!い、いくらなんでも無礼ではありませんか!?」
「無礼?たかが公爵家の者が、女王の実子に何を言う?分をわきまえたらどうだ」
「ユリウス……やめろ」
普段とは全く違う口調のユリウス。
レオナルドは背筋どころか、全身が凍りつくように感じた。
それは久遠が蓮姫を連れ出そうと、塔へと押し掛けてきた時を彷彿とさせ、チェーザレは静かにたしなめる。
「チェーザレ。俺は間違った事は言っていない」
「女王の実子として礼を欠く様な真似はするな、と言っているんだ。人に礼儀を問う前に自分の行動を振り返れ」
チェーザレに諭されると、ユリウスは肩で大きく息を吐く。
やはりユリウスを諭せるのはチェーザレだけだ、とソフィアとレオナルドは場違いにも思った。
そんな二人に、再度ユリウスは告げる。
「レオナルド殿。ソフィア嬢。俺達は君達なら蓮姫の事を何か知っているのでは?と思いました。俺もチェーザレも、蓮姫が塔から離れた後は全く会っていない。チェーザレは一度会いましたけど。だから話を聞こうと思いました。ですが、それも無駄足だったので帰ります。それでは」
それだけ告げ一礼すると、ユリウスは足早に部屋から出ていった。
チェーザレもユリウスに続くが、扉の前で立ち止まり、振り返らずに二人へ声をかける。
「蓮姫は危険を承知で王都を出たはず。それも1人で。迷惑を掛けたくないと思ったのでしょうが、どのような思惑があれ、共に行く事を拒んだのは事実。私とユリウスは勿論、貴女がたもです。残された者は待つ以外、望まれていない」
バタン
扉が閉まり、足音が遠のくと、レオナルドは両手を大きく振りかぶりテーブルへと叩きつけた。
ドンッ!!
「クソッ!忌み子風情がっ!!」
ドンッ!
ドンッ!!
レオナルドは何度も、何度もテーブルに自分の拳を叩きつける。
慌ててソフィアが止めようとするが、彼にはソフィアの言葉など聞こえていない。
「何が悪かったって言うんだ!! 何が足りなかった!あの忌み子とっ!俺がそんなに違うかっ!」
「お兄様っ!?」
「蓮姫の事を何も知らない!?そうだ!!俺は何も知らなかった!蓮姫の好きな物なんてソフィアから聞いただけで!自分から聞いたことなんてない!!」
「お兄様っ!手から血が!?もうお止め下さい!!」
「俺は蓮姫にっ!未来を担う女王として相応しくなるよう!彼女が弐の姫として貴族共から軽視されぬよう厳しく接した!!なのにっ!!ソレが全部間違いだとでも言うのかっ!!」
レオナルドは拳はそのままテーブルにつけ、項垂れる。
ソフィアはそんなレオナルドの背にしがみついた。
「どうして!どうしてなんだっ!!ただ好きなだけじゃ悪いのかっ!」
「お兄様っ!!」
泣きながら、答えなど出ない自問自答を繰り返すレオナルド。
なんと声を掛けていいのか分からず、ただ泣きながらレオナルドを呼び続けるソフィア。
二人は泣きながら、メイドが迎えに来るまでそうしていた。
「ユリウス。蓮姫はミルクティーは確かに好まなかったが、嫌いという程ではなかっただろう」
「ソレが真実かどうかも、彼等はわからなかっただろ?それに君だってノリノリだったじゃないか?」
「少し苛ついてたんでな。蓮姫が作り笑いしかできなかったのは、彼等が原因……とまでは言わんが、関わっていたのは事実だろう」
「いやぁ。普段は温厚なのに、俺や蓮姫の事となると違う。君のそういうところが俺は大好きだね」
「…………………気色が悪い。この馬鹿兄貴」