彼女は弐の姫1
男はギリギリと歯を食いしばり、自分の両手を強く握りしめた。
爪が食い込み血が滲んでも痛みなど感じない。
痛むのは身体ではなく心だから。
この世界で唯一愛しい人。
彼女自身が自分を愛していないとわかりながらも………いつか…きっと…。
そう思いながら、願いながら、自分の前に現れた彼女を無理矢理閉じ込め、無理矢理何日も抱いた。
彼女に嫌われようと憎まれようと構わなかった。
愛しい彼女がそばにいる……幸せだった。
彼女もいずれ自分を愛してくれる……愛する日がくると信じていた。
愛していた。
満たされていた。
それなのに……彼女はある日突然姿を消した。
怒りのままに役立たずの見張り役、彼女の世話をさせていた侍女たちを斬り殺すと、血眼になって彼女を探したが見つからない。
消えるはずはない。
帰れるはずもない。
行くあてなどないはずなのに。
早く見つけなければ……彼女の正体が他の者に気づかれる前に。
「蘇芳」
可憐な花を思わせる声で呼ばれ、その男、蘇芳は振り返る。
その顔は先程までの憤怒の色は微塵も感じさせない好青年そのもの。
「どうされました?姫さま」
「ただ……蘇芳に会いたくなっただけ」
そう蘇芳に告げると、姫と呼ばれた女性は彼の傍へと近付く。
「蘇芳。私の事……好き?」
「姫を愛していますよ。…………姫様だけを…」
蘇芳は彼女を抱きしめながら呟く。
抱きしめられた姫と呼ばれた少女からは決して見えない、その瞳には今はいない女性が映っていた。
運命の歯車が動き出したというのなら、ただ待とう。
彼女とは、きっとまた出会える。
自分がこの女の元にいる限り…。
弐の姫として、自分とこの『壱の姫』の前に現れるだろう。
ソレが自分と彼女の運命なのだから………。