残された者達 2
女王の実子が訪ねてきたのだから、普通なら喜んで出迎えるべきだろう。
だが、忌み子と恐れられるユリウスとチェーザレの来訪は、誰も望んではいない。
蓮姫が抜け殻の様な状態だった時は、足げに公爵邸へと二人は訪れていた。
公爵の命令もあった為、蓮姫の元へとメイド達も渋々通していたが、今やその蓮姫はいない。
追い返したいが、二人は今ソフィアと一緒にいる。
ただでさえ恐ろしい能力者に人質を取られたようで、メイド長は公爵に伺いを立てたのだ。
このメイド長は二人に何かされたわけでも、二人の悪質な噂を聞いた訳でも無い。
ただ、能力者というだけ。
それだけで二人を恐れている。
しかしそれは彼女に限った話ではなく、大多数の人間が。
「そうか。わかった。直ぐに行く」
「レオナルド様っ!?良いのですか!?あの忌み子達に何かされたら!!?」
必死にレオナルドを止めようとするメイド長だったが、その態度を目の当たりにした公爵は彼女を厳しく咎める。
「口を慎め。お前は我が邸のメイドを束ねる身であろう。お前がその様な態度では、下の者に示しがつかん」
「っ!?も、申し訳ありません公爵様!お許しを!」
公爵に叱責を受け、メイド長は慌てて謝罪をする。
しかしそこに、ユリウスとチェーザレへの謝罪の念はない。
主を怒らせてしまったという危機感だけだ。
「父上。御二人の元へは私が参ります」
「そうだな。本来ならば私も同席すべきだろうが……御二人が話したいのはお前だ。だが、ユリウス様もチェーザレ様も陛下の実子。能力者といえそれは変わらん。粗相のないように」
「はい」
レオナルドは父に一礼すると、部屋を出て応接室へと向かった。
-公爵邸 応接室-
「ソフィア嬢。体調が優れないと聞きましたが、御身体は大丈夫ですか?」
「は、はい。ユリウス様に心配して頂けるとは、恐悦至極に存じます」
「ははっ!忌み子相手に堅苦しい挨拶は不要ですよ」
「………ユリウス。…はぁ…愚兄が失礼した、ソフィア嬢」
「い、いえ。わたくしの事など、お構いなく。チェーザレ様」
気まずい。
自分から彼等に同席したというのに、ソフィアは少し後悔していた。
しかし、蓮姫が王都を出たのはソフィアも聞いたが、あまりにも急すぎる彼女の行動に、ソフィアも驚きを隠せななかった。
この二人ならば何かを知っているかもしれない。
そう考えていたソフィアだが、後々この選択を彼女は深く後悔することになる。
コンコン
「来たようだね」
「ユリウス……ほどほどにしておけ」
「それは彼次第かな」
「???」
二人の不穏な会話にソフィアは首を傾げるが、追求する前にレオナルドが部屋へと入る。
「ユリウス様。チェーザレ様。わざわざ卸足労頂き申し訳ありません。今後は私の方から塔へと出向かせて頂きますので」
「いえいえ。次期公爵様にあの様な場に足を運ばせる訳にはいきませんよ。それとも何ですか?公爵家が忌み子なんぞと交流があると知られるのは、いささか外聞が悪いとでも言いたいのでしょうか?」
「い、いえ。その様な事は……決して…」
レオナルドはユリウスの態度に困惑する。
明らかに敵意、悪意が剥き出しな喋り方のユリウス。
喧嘩を売っているようにしか聞こえない。
チェーザレの方も、口には出していないがその身をまとう空気は不穏だ。
しかし何故?
レオナルドは必死に頭を巡らせる。
確かに自分は彼等に、良い印象は無い。
それは彼等が、蓮姫とひと月もの間、共に暮らしていたからだ。
女王にも、誰にも告げずに。
婚約者と深い間柄でもある二人を警戒するのは、仕方のないことだが、それがただの嫉妬であることもレオナルドはわかっている。
だが、彼等が自分を嫌う理由がわからない。
ユリウスとチェーザレは、確かに恐ろしい能力者だが、性格は温厚な方だ。
特に弟のチェーザレは、兄のユリウスのブレーキ役でもある。
そのチェーザレにまで警戒される理由が、検討もつかない。
「まぁ、立ち話もなんですから座って下さいよ。レオナルド殿」
「は、はい。失礼します」
まるで自分の家のように振る舞うユリウスに、レオナルドも流されるように座る。
そんな兄の態度に、チェーザレは呆れてつっこむのも諦めた。
「それで………ユリウス様、チェーザレ様。蓮姫の話というのは?」
「っ!!?そうです!わたくしもソレがお聞きしたかったのです。お姉様……弐の姫様の今回の件……御二人は何かご存知なのですか?」
グダグダと考えるよりは、さっさと話を切り出した方が早いと考えたレオナルドに、ソフィアも身を乗り出しながらユリウスとチェーザレへと問う。
だが、それを聞いたユリウスとチェーザレからは表情が気えた。
「はぁ?何言ってるんですか?ソフィア嬢」
ユリウスは見下すように、軽蔑するようにソフィアへ眼差しを向けた。
その眼光に怯むソフィアに気づき、チェーザレが間に入る。
「……はぁ……ユリウス………失礼した、ソフィア嬢。しかしその質問は見当違いもいいところだ」
「そうですよ。なんで俺達に聞くんですか?蓮姫がここに居る間、俺は幽閉、チェーザレは軟禁状態だったんですよ。貴女がたよりも最近の蓮姫の事は、わからない俺達に聞く事ですか?」
そのユリウスの言葉を聞いてレオナルドは直感した。
ユリウスはご機嫌斜めどころか、直滑降してるくらいに機嫌が最悪だと。
「も、申し訳ありません。ユリウス様、…どうぞお許しを」
「俺に許しを乞うくらいだ。ソフィア嬢は自分の発言の愚かさをちゃんと自覚したのかな?」
「ゆ、ユリウス様!それで!蓮姫の話というのは?」
ユリウスに責められる従兄妹が、あまりにも哀れに移り、話の矛先を変えようとするレオナルド。
ユリウスもチェーザレもその意図は良く分かっている。
そもそも、ここへはソフィアをいじめに来た訳じゃない。
「あぁ!その話でしたね。蓮姫の話をする前に、レオナルド殿は蓮姫をとても気にいっていると母より聞きましたが、蓮姫とは普段どのように過ごされていたんですか?」
「………は?蓮姫とどう過ごしていたか……ですか?」
「えぇ。俺達の大切な蓮姫が、楽しく健やかに過ごせていたのは明白です。えぇ、当然ですよね。ですが、直接レオナルド殿からお聞きしたいと思いまして」
ニッコリと満面の笑みで、わざと挑発するようにところどころ強調して問いかけるユリウス。
挑発なのはわかっていたが、レオナルドもその言葉に多少苛つき、他人には見えないように膝の上に乗せた手を握りしめる。
(俺達の大切な蓮姫……だと?ふざけるな!)
本当なら怒鳴って、追い返したいところだが、お互いの身分がソレを許さない。
女王直径の公爵家といえど、その身に流れる女王の血は、彼等より遥かに薄いのだから。
つい先程も父から、女王の実子に失礼のないように、と釘を刺されたばかり。
そんな従兄妹を庇うように話し出したのは、ソフィアの方だった。
「弐の姫様は、いつもお兄様と一緒に勉学やマナーに励まれておりました。お茶をして心休まれるよう、一緒に休息をとることもありました」
「へぇ。一緒にお茶ですか?俺達と同じですね」
そんなソフィアにも、挑発を売るようにユリウスは話す。
チェーザレは兄の態度が失礼だとわかりながらも、今度は止めなかった。
もう自分が止めても意味がない、と彼も諦めたからだ。
「ユリウス様。仰りたい事がおありなら、ハッキリとお口になさって下さい」
「では、レオナルド殿。ご希望通りハッキリと申し上げますよ。実は兄の藍玉から興味深い話を聞きまして」
「っ!!?」
「ら、藍玉様ですか?」
藍玉の名にレオナルドとソフィアは、ビクリと身体を強張らせる。
チェーザレが藍玉と共に蓮姫を訪ねた際、二人は藍玉から、それはもうボロクソ言われたからだ。
「その顔は何か心当たりがありそうですね。レオナルド殿もソフィア嬢も」
「ユリウス。そこからは私が話す。お二人共、我々も兄の言葉を鵜呑みにした訳ではない。だからこそ、貴女がたの口から真実をお聞きしたいだけだ」
チェーザレの言葉に、二人はユリウスとチェーザレが何故こうも不機嫌なのかを理解した。