封じられた男 3
「………は……はは………それは……本気ですか…?」
蓮姫の話に動揺したのか、笑っていながらも男の声は微かに震えていた。
それほどまでに、蓮姫の考えは突飛していたから。
「本気。それが姫としての、私の望みだから」
「それが本気なら……貴女確実に死にますよ」
「そうならないようにヴァルが欲しいの。……貴方だって見たくない?そんな世界を?」
「…………………………」
「…………………………」
「…………………ぷっ!……ふふ…ははは…あはははははっ!!」
いきなり大声で笑いだした男に、今度は蓮姫の方が驚く。
確かに蓮姫の考えは、普通では考えられないし、今のままでは不可能だろう。
だが、蓮姫の答えは、男にとって期待以上だった。
「はははっ!……ま、まさか、そんな事を言うなんて!大して期待なんかしてませんでしたけど、予想外すぎですよ!!」
「それはどうも。で?貴方の答えも聞かせて欲しいんだけど」
ひとしきり笑い終わると、男は本当に楽しそうに蓮姫を見つめる。
その笑顔からは、黒さも軽蔑も感じない。
「良いですよ。貴女の険しすぎる茨の道の行く末を、俺も見たい。貴女のヴァル。引き受けましょう」
男の答えに、蓮姫はホッと肩を撫で下ろした。
「さて、まずは俺をここから出して下さい」
「は?ど、どうやって?」
「そんなの想造力で、ですよ。女王の想造力でかけられたものは、女王か姫の想造力でしか対抗できませんから」
いきなり言われても、蓮姫は今まで一度も想造力を使った事はない。
とりあえず蓮姫は男へと歩み寄り、男の身体を封じている水晶に触れた。
その瞬間、触れた箇所にヒビが入る。
ヒビは瞬時に大きく広がると、大きな音を立て砕け散った。
「っ!!?」
蓮姫はただ無意識に水晶へと触れただけで、成功するとは思っていなかった。
それでも、男を縛り付ける水晶は砕け、地面へと落ちる前にほとんど消えてしまう。
驚く蓮姫とは逆に、男は落ち着きながら、パキパキと腕や肩を回したり、体を伸ばしていた。
「あ~~~………さすがに身体ガチガチですね」
「…………今のが……想造力」
「そうですよ。貴女が姫である証拠です。今のは多分、姫である貴女が触れた事で自動的に発動しただけでしょうけど…想造力には違いない」
呆けたように自分の右手を見つめる蓮姫に、柔軟を続けながら男は告げる。
あらかた柔軟が終わると、男は再度蓮姫へと確認した。
「今更ですけどいいんですか?元魔王がヴァルって?」
「まぁ大丈夫でしょ。想造世界だと悪魔で執事がいるくらいだし」
「へぇ……想造世界でも悪魔がいるんですね」
「いや、漫画の話ね」
初めの頃よりは大分打ち解けたように話す二人。
だが、そこには当然、信頼などまだ無い。
これから先、お互いどう築くかが二人の最初の課題だろう。
「そういえば……貴方まだ名乗ってないよね?いい加減教えてくれないと、呼ぶのに困るんだけど」
これまで長々と話していたというのに、蓮姫はこの男の名前をまだ聞いていなかった。
男の方も、まさか忌み嫌っていた姫のヴァルとなるとは、露ほども思っていなかったし、名乗る必要もないと思っていたから。
「それもそうですね。改めまして、俺の名前は………………」
「…………?何?どうしたの?」
男は名を告げる前に口をつぐみ、片手を顎に当てながら何かを考えている。
蓮姫が疑問に思うのもつかの間。
男は蓮姫の方へ向き直ると、満面の笑みで、いけしゃあしゃあと言ってのけた。
「いや、やっぱやめます」
「………は?…………はぁ!?」
「貴女が名付けて下さい」
「ちょっ!?意味がわからないんだけど!?」
「よくよく考えると、俺の名前を知ってる奴なんてもういないんですよね。姫様いわく、あのドブスにも教えてませんし」
「最初に言ったのあんたの方でしょ!」
「俺はドブスまで言ってません」
若干話がズレつつある。
ソレを蓮姫も気付いているが、自分が麗華をブスと認めたと思われるのは心外だ。
男はやれやれと言ったふうに、両手を上げる。
その仕草に蓮姫は再度、イラッときた。
「はいはい。話を戻しますよ。本名を女の口から聞くと、先代女王を嫌でも思い出しますからね。それにもう、俺は貴女のものでしょう?」
「さっきまでと言ってる事、違うじゃない」
「俺は貴女のヴァルです。だから、貴女が名付けて下さい。これからの俺の名前を」
「…………はぁ。わかった」
これ以上、問答を続けても男は名乗る気がない。
なら、望むように名をつけてやる方が早いだろう、と蓮姫は溜息をつきながら、問いただすのを諦めた。
そしてゆっくりと、一つの言葉を紡ぐ。
「…………ユージーン…」
「はい?」
「あんたの名前。気に入らない?」
気に入らないのなら、他の名前を考えるだけだ。
男は一度、呆けたように固まり、う~ん、と考える素振りを見せる。
「……ユージーン………ちなみに、何故その名を?」
「銀髪でオッドアイの男なんて想造世界にはいないの。漫画とかゲーム、アニメの中だけ。そんなアニメチックな名前なんてあんまり知らないし………適当に思いついたから」
「適当に……って、結構酷いですよね、姫様って」
「人に頼んでおいて文句ばっかり言わないでよ。でも、気に入らないなら他のを考えるよ?」
蓮姫に問われると、男はため息をつく。
だが、その表情は楽しげだ。
「いいですよ。ユージーンで。まぁ、貴女の事だから意味知らないでしょうし」
「さっきから、ちょいちょい人の事バカにしてるでしょ。で、意味って何?」
「この世界の古い言葉で『守り抜く者』という意味です。ちなみに古すぎて意味知ってる奴はそうそういませんけど」
「さすが1000歳超え。無駄に生きてないよね、無駄に」
「貴女の方が倍酷いですよね」
そう言いながらも、彼………ユージーンは感心していた。
蓮姫がその名を付けたのは偶然だろう。
だが、意味も知らずに自分のヴァルに、その名を付けた。
そしてこの名は…彼にとって大切な……大切な者の名前。
…だからこそ彼は…この名前を受け入れたのだ。
「貴女は、なかなかおもしろい方だ」
「それ褒めてる?」
「勿論ですよ、姫様。それはもう、とっっっても」
「…………ムカつく」
ヴァルを選んだのはいいが、早まったかもしれない、と蓮姫は思った。
この男が自分に従順となるだろうか、と少しだけ先行きが不安になる。
「さて、これからどうします?」
「う~ん………まさか王都を出たその日……というか、ほんの数時間でヴァルが見つかるとは、正直思ってなかったしね」
「運が良かったですね。大いに俺に感謝していいですよ」
「でも、このまま王都に戻るつもりも無いし」
「あれ?無視ですか?」
蓮姫はユージーンの言葉が聞こえていないように、わざと考える素振りをする。
だが彼女の中では、既に答えは決まっていた。
それは未来の彼女が、この先どうすべきか教えてくれていたから。
「このまま王都から離れて、世界を見て回りたい」
「ほぅ」
「この世界の事、私は知らな過ぎたから。だから王都を出て…この世界を知りたい。王都に戻るのは、それからでも遅くないでしょ」
「期限は一年以内でしたね。いいんじゃないんですか」
「なんか……人に聞いといて…適当じゃない?」
「俺の意見なんてどうでもいいんですよ。俺は貴女についていくだけです。貴女の行くところなら、何処へでも」
ユージーンは蓮姫の前に跪く。
それはまさしく、姫に仕えるナイト。
が、そんな忠誠心はさらさら無い事は、蓮姫にもわかっている。
それでも、蓮姫は咎めることなく、彼の好きなようにやらせる。
「姫様の為に、このユージーン。誠心誠意お仕え致します」
蓮姫はユージーンが頭を上げるのを確認すると、一足先に歩き出す。
蓮姫とユージーン。
後に歴史に名を残す弐の姫と、その唯一のヴァルの出会いだった。
「あ!名づけたのはいいけど、ユージーンって長いからジーンって呼ぶから」
「俺の姫様は口と性格が悪い上に適当。その上めんどくさがりだと、覚えておきますよ」