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封じられた男 2


先代とはいえ、女王の作った結界の中にいる男。


500近く生きている女王の若い頃を知っているという事。


身体の殆どを水晶に縛られるその姿。


まともじゃないのは、明らかだ。


「ハッキリ言いますね。まぁ、お察しの通り、俺は普通の人間じゃありません」


「でしょうね。じゃあ改めて聞くけど………貴方は何者なの?」




「俺ですか?かつて魔王と恐れられ、先代女王には不老不死の呪いを掛けられた元人間の男ですよ」




「………………は?……え?…な、なんて?」



「かつて魔王と恐れられ、先代女王には不老不死の呪いを掛けられた元人間の男ですよ」


男は一言一句間違わず、先程の答を繰り返した。


蓮姫は男の言葉を整理できず、ただただ固まる。


「………………………」


「…………もっかい繰り返しましょうか?」


「………いや、もういいよ。でも……女王様に呪いを掛けられたなんて……どれだけの大罪を(おか)したの?」


蓮姫に問われた男の表情は、先程までの面白がった笑みから、一気に生気の抜けた笑みへと変わる。


その恐ろしい笑顔に、蓮姫は背筋まで凍るようだった。


暑くもないのに、蓮姫の首筋を汗が一筋流れる。



「……大罪…………確かにそうかもしれないですね。なんせ女王様を振ったんですから」



男から発せられたのは、予想外すぎる言葉。


「………女王様を振った?………え?……それだけで?」


「えぇ。女王からの求愛、求婚、更にはヴァルへの申し込みもことごとく断りました。どうです?大罪でしょう?女王より先に死ぬ事はおろか、女王がいなくなった今も、これから先も……永遠に呪われ続ける程の」


笑うその男に、蓮姫は恐怖と哀れみを感じた。


「あの女は……当時の女王は言いました。『貴方は誰にも渡さない。貴方が私を受け入れないのなら…未来永劫、私の呪いで縛り続ける。そうすれば、貴方はずっと私の事を忘れられない』と」


男の話から、先代女王のこの男への執着がわかる。


心が手に入らないのなら、身体だけでも………とはよく聞くが……。


今後の彼の人生の全てを、自分の事で満たしたいと思っていたのだろうか。


「確かにそうでしたよ。あの女の事を忘れた日は一度も無い。憎しみに怒り。 哀れみに軽蔑……愛情なんてただの一度も抱いた事は無いし、そもそも愛情からは程遠い。…それすらも、あの女には関係なかったんでしょうけど」


「…………狂ってる程の愛情…」


「そうですね。まぁ、お姫様にはわからないかもしれませんが」


「………………………わかるよ」


「…………………は?」


蓮姫の脳裏には、蘇芳に陵辱された日々が蘇る。


形は大分違うが、蓮姫も一方的に愛情を向けられていた。


蓮姫は目を伏せ、震える手を自分のズボンをギュッと握り締める事で落ち着かせる。


その一瞬の行為を、男は見逃さなかった。


「貴女も訳ありみたいですね。そうじゃなけりゃ、あのブ……女王しか来ない此処に来るわけないですけど」


「だから、それは知らなかっただけだってば。そもそも先代の女王様はともかく、どうして陛下まで毛嫌いするの?あの人は結構気さくで話しやすい雰囲気なのに」


「気さく……ですか。貴女はまだあの女の本性を知らないと見える。まぁ、俺があの女を毛嫌いする一番の理由は、先代女王と同じ。『自分の男…もしくはヴァルになれ』と要求し続ける事ですけどね」


男の言葉に、蓮姫は少なからず納得した。


確かに、あの人ならやりかねない。


あの人は美しいモノが好きだし、この男の容姿から、それは恐らく真実だろう。


「まったく……女王って女はどいつもこいつも(おとこ)(ぐる)いで困ります。権力さえあれば他人などどうにでも出来る、とでも思っているんでしょうね」


「そういう訳じゃないと思う。ただ、権力がある方が、欲しい物は手に入りやすいけど」


「人の心まで欲しいと?ソレはただの傲慢(ごうまん)ですよ。意地汚い為政者(いせいしゃ)そのものだ」


「でも陛下に(こび)を売っていれば、その呪いから解放されたんじゃないの?」


女王の想造力には、女王、もしくは姫の想造力でしか対抗できない。


つまり、麗華ならば先代女王の呪いなど簡単に解けるはずだ。


「人の生死を操る力には、それ相応の対価が必要です。この呪いで先代女王は病に伏せがちになりましたし、歴代女王の中では力を失うのも早かった。呪いを解く方もそれなりのリスクを背負います。手に入るかどうかもわからない男には、そんなリスクなど起こしたくないんですよ、あのブスは」


『まぁ解いてくれるとしても、まっぴらゴメン被りますけどね』と男は続けた。


この男の女王への嫌悪(けんお)は、かなり根深いものらしい。


彼の身に降り掛かった境遇(きょうぐう)を思えば、無理もない話だろうが……。


「じゃ、今度は俺が質問する番です。何故、弐の姫である貴女が、こんな所へ?」


「それってかなり今更な気がする」


蓮姫は溜息をつくと、男に事の成り行きを簡潔に話した。


女王となる為に、自分だけのヴァルを探し出す。


その為に王都を出た、と。


話を聞いているうちに、段々と男の眉が寄っていった。


「随分と他力本願な姫様ですね。姫も女王も、それほどまでに男が欲しいんですか?」


「人を欲求不満みたいに言わないでくれる?そもそも私のヴァルが男である必要も無いでしょ」


「いやぁ……女だけで徒党(ととう)を組むとか、想像だけでゾッとします」


「結局、何言っても気に入らないんじゃない。でも………確かに欲しいかもね」


そう告げると蓮姫はジッ…と男を見つめた。


男はウンザリとした表情を蓮姫に返す。


「その先は言わないでもらえますか?1000年近く聞かされ続けてるんで」


「でも、このままこうしてる気?永遠にさ」


「こんな目にあってでも拒否し続けているというのに…今更、姫に尻尾を振れとでも?」


「そんな事は望んでないよ」


「でも欲しいんでしょ?…俺が」


男は、先程のドス黒い笑みを再び蓮姫へと向ける。


だが、蓮姫もそれに(ひる)むことなく答える。


「私なら貴方の呪いを解ける」


「へぇ?どんなリスクをかけるつもりなんですか?」


「血の盟約を受けるよ」


蓮姫の言葉に、今度は男の方が(ひる)んだ。


「『血の盟約』………ですか?自分で何を言っているのか、ちゃんとわかってますか?」


「わかってる。だいたい『血の盟約』を冗談で口にする訳ないでしょ?私はまだ陛下みたいに想造力を自在に操れない。でも、この契約なら、私でも貴方の呪いを解く事ができる」


「確かに……血の盟約ならば、俺の呪いを解く……というか、上乗せして別の呪いをかけるようなものですが」



【血の盟約】


ソレはヴァルの契約の一種だ。姫の時にしか出来ない契約であり、ヴァルの契約の中では最も厳しい条件が伴うもの。姫とヴァル。お互いが命を懸ける。


「血の盟約は姫が『必ず女王となる』と、ヴァルへ誓うもの。血の盟約をした姫は、女王になれなかった場合、命を落とすことになりますよ。元の世界に生きて戻れないどころか、魂も消滅する。転生すら許されません」


「そして契約したヴァルも、姫が死ぬ時、共に死ぬ。それは女王に なれなかったと契約が破られた時だけじゃない。病気に自殺、他殺。あらゆる場合の死が含まれる」


姫が女王となる為の決意をヴァルへと誓う契約。


ヴァルは生涯、命尽きるまで姫へと仕え、死ぬ時はどのような場合でも共に死ぬ。


姫は女王になれなかった場合、また女王となっても、己が望み理想とした女王となれなかった場合も命を落とす。


それは重すぎる鎖。


姫にもヴァルにも、リスクしかない契約だった。


「わかっていて、俺と『血の盟約』を交わしたいんですか?……それほどまでに俺が欲しいと?」


男は見下すように再度、蓮姫に問う。


傲慢(ごうまん)にも自分に酔っているともとれる言葉だが、二人の女王に求められた経緯が、彼にその言葉を言わせるのだろう。


だが蓮姫も、それに(ひる)まず笑顔を浮かべたまま言葉を続けた。


「ついでにもう一つ、条件を追加するよ。私は貴方に恋愛感情なんて持たない。絶対にね」


「それは有難いですね。俺にとっては好都合です。でも、貴女にはメリットよりもデメリットの方が大きい。何故この世界の人間でもないのに、そこまでリスクを背負いたいんですか?」


彼の疑問はもっともだ。


実は蓮姫の方も、内心自分で少し驚いている。


ここまで積極的に、女王となろうとしている自分自身に。


だが、彼女が彼を欲する理由は、今までの女王とは違う。


「私は女王になって、この世界を変えたい。でも弐の姫は世界に疎まれる存在。だからこそ、血の盟約を交わせる程の、私の為に死も(いと)わないヴァルが欲しいの」


「確かに、血の盟約をした女王は、これまで誰もいませんからね。それほどの覚悟があると、周りに知らしめるのにはいい。殺しても死なない俺なら、なお好都合……という訳ですか」


蓮姫が目を着けたのは彼の容姿ではない。


不死身である彼だけの持つ特性。


蓮姫は未来の自分が言っていた、自分の為に死ねる奴、という言葉の意味を初めて理解した。


彼がヴァルとなれば、自分の為に何度でもその生命を犠牲に出来る。


なんとも傲慢な考えだ。



だが、この先どんなに強くとも、賢くとも、美しくとも、彼以上のヴァルはいない。



魔王と呼ばれた程ならば強さも申し分ないはずだ。


ただ従順さは、これから先の蓮姫次第。


「貴方が俺を男として必要としていないのは、よくわかりましたよ。しかし、それだけでは納得など出来るはずもない。そもそも魔王と呼ばれた意味とか理由とか知らなくていいんですか?」


「そんなの必要ないよ。そりゃ勿論、知りたいし興味もあるけど……でもそれより重要なのは強いかどうか、かな。強いんでしょ?貴方」


「はっきり言って、かなり。俺に勝てる相手はそうそういませんよ。まぁ、弱くても死なないから負ける事無いですしね」


男も蓮姫の言葉を、受け入れるような返答をする。


会った時の険悪な表情は今は薄れ、心なしか彼も楽しそうだった。


「しかし、貴方のヴァルになる決定打には欠けます。呪いを解くだけじゃ、首を縦になど触れませんよ」


男は、試すように蓮姫に問いかける。


彼が蓮姫のヴァルとなるかどうか、それは蓮姫の返答次第だった。


「貴女は世界を変えたいと言うが、貴方の理想とする世界とは一体なんですか?あ、皆が幸せな……とかアホな事は言わないで下さい。そういう偽善者は一番ウザイんで」


「はっきりと嫌味を言うね。でも、お生憎様。人の幸せなんて人によって違うくらいわかります」


「それなら良いですけど。それともう一つ聞かせて下さい。貴女の理想とする女王像とはなんですか?その2つに納得できなければ、貴女のヴァルになどなれません」



男は挑発的に問い掛ける。



ありきたりな答では彼は納得しない。


蓮姫は目を閉じると今までのことを思い返した。


自分が弐の姫として疎ま(うと)れている時、反乱軍が襲来した時、エリックを失った時から…常に頭の中にあった事。



蓮姫は深呼吸すると、男の目を見据えて、その答えを口にする。






「━━━━━━━━━━━」






ソレは男が予想などしなかった、できなかった内容だった。


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