封じられた男 1
「……そんなに見つめられると、流石に気になるんだけどな」
「っ!!?しゃ、喋った!?」
「喋ったらダメなんですか?………次期女王候補の姫様?」
-数分前-
蓮姫は王都の北にある森へと足を踏み入れていた。
話に聞いた通り、鬱蒼と生い茂る木々。
ガサガサと何かが草の中で動き回る音。
あちこちから聞こえる獣の遠吠え。
こちらからは見えないが、無数の何かの視線を感じる。
今にも何かが襲いかかってきそうな雰囲気。
今が真夜中なのを差し引いても、不気味な森だった。
「気持ち悪い………怖い…」
ビクビクしながらも、蓮姫は歩みを止めない。
彼女が怖い、戻りたいと思いながらも進み続ける理由は、未来から来た蓮姫自身の言葉。
『王都を出たら北へ向かえ』
不気味で得体の知れない場所だと分かりながらも、未来の蓮姫は、この森へと誘導した。
女王である麗華は、この森の話をしただけで目の色が変わった。
それはつまり、この場所には、確実に何かがある。
が、しかし。
行けどと行けども、木、木、木。
延々と歩き続けて足はだるい。
全く変わらない景色に加え、いつ襲ってくるかもわからない獣の声。
ハッキリ言って、蓮姫は王都へと戻りたくなってきた。
「……なんか……選択間違った?」
当然、彼女の問い掛けに答えるものなどいない。
蓮姫はビクビクとしながらも、その足を止めない。
すると突然、蓮姫の身体をおかしな違和感が襲う。
「っ!?な、に?…今の?」
それは一瞬のこと。
蓮姫の視界は歪み、変な浮遊感が身体を包み込んだ。
直ぐにその違和感はなくなり、蓮姫は気になりながらも先へと進む。
しかし、身体に感じた物とは違う、別な違和感に蓮姫は気付く。
「………何?……急に何も…聞こえなくなった?」
森に入る前から聞こえていた獣の鳴き声や息づかい、木々が風に揺れる音すらも聞こえなくなった。
「ホントに何なの?……この森」
その問いに答えるものはいない。
わかっていても、何かを口にしないとこの静寂には耐えられなかった。
ブツブツと呟きながら獣道を進む女は何よりも不気味だろう。
そう心の中で自分を罵りながら蓮姫が足を進めていると、開けた場所に出る。
「何ここ?広場みたいに木が無い。月明かりが当たって凄く綺麗だけど……」
蓮姫は周りを見ながら歩いていたが、ふいにある1点……蔦にまみれた崖に目をとどめると、足も同じように止まった。
「っ!!?」
崖に絡まる蔦の間からは、キラキラと水晶が輝いていた。
その水晶の中心。
そこには下を向き俯く人の首があった。
蓮姫は恐る恐るその首へと近付く。
蔦のせいでよく見えないが、長い髪をしたその人物は、首と両手首以外、水晶に埋もれている。
蓮姫よりも大きな掌を見ると、その人物は男なのだろう。
髪を上げれば顔もわかるのだろうが、蓮姫はそんな事をしようとは思わない。
何故この男が森の中で、水晶に体の殆どを押し込められているのか?
この男は一体何者なのか?
そもそも生きているのか?
こんな仕打ちを受ける男が、無害だと考える事は出来ない。
それに既に死んでいたら?
そう思うと触れる事は勿論、近付くのも恐ろしい。
蓮姫はただ、月明かりに照らされる水晶と、男の長い銀髪をただただ見つめた。
蓮姫がその首を見つめ続けると、いきなり首がグイッ!と上を向き、蓮姫と視線を合わせる。
「……そんなに見つめられると、流石に気になるんだけどな」
「っ!!?しゃ、喋った!?」
「喋ったらダメなんですか?………次期女王候補の姫様?」
そして現在に至る。
ダメではないが死体だと思った…………と言いそうになるが、流石に失礼だと黙る蓮姫。
死体ではないのはありがたいが、この男は一体何者なのだろうか?
顔を上げた事で、その男の顔はハッキリとわかる。
焔の様に紅い右眼と、輝く金色の左眼。
端正な顔立ちをした青年だった。
年頃はユリウス達とあまり変わらないように見える。
笑顔を蓮姫に向ける青年だが、瞳はその笑顔とは程遠い。
今まで目が笑っていない笑顔は何人かに向けられてきたが、彼のソレは違う気がした。
好意などは決してない。
怒りや無感情とは違う………何処か軽蔑を含んだ目線。
物音が一切しない森に囲まれた広場に、得体の知れない男と二人きり。
水晶の中に入り込んでいる身体が、その男を余計に不気味に感じさせる。
「今度はだんまりですか?用が無いのなら、さっさと城に戻って下さい」
いちいち発言にトゲのある男だ。
しかし幸か不幸か、そんな態度に蓮姫は慣れきっている。
「ハァ……確かに貴方に用は無いんですけどね。城に戻る訳には行かないんです」
取り敢えず初対面の為、敬語で返す蓮姫。
「へぇ、そうですか。なら言葉を変えましょう。とっとと何処かに失せて下さい」
「いっそ清々しい程に言ってくれますね。別に失せてもいいんですけど……その前に一つ。なんで私が姫だって知ってるんですか?」
無視するなり、言われた通りさっさと消えるなり出来だが、あえて蓮姫は自分が姫だと気付いた理由を聞く。
他にも聞くべきことがあった筈だが、この男に正体を聞いても、まともに返してくれないだろうと思った。
「そんなの……この結界の中には、女王と姫しか入れないからに決まってるじゃないですか」
「結界?じゃあここが……先代女王の作った結界なの?」
「…は?……知らなかったんですか?てっきりあのブスから聞いたのかと」
「ブス?誰?」
「現女王ですよ」
「……………………………………はあぁぁっ!!?」
蓮姫はこれでもかと、大声を張り上げ驚いた。
無音の森には蓮姫の大声はよく響く。
それを至近距離で聞いた……というか聞かされた男は耳鳴りに顔をしかめた。
「……あ………あぁ……あ~……………良かった。耳イカれてなくて」
「ちょっと!貴方何言ってるの!?陛下にドブスとか!?目がおかしいの!?耳じゃなくて元から美的感覚がイカれてるの!?」
「貴女も結構酷いですね。あと、俺はドブスまで言ってませんよ。よく見ても中の下ですけどね」
蓮姫が怒鳴るのも無理はない。
現女王の麗華は、世界中の誰もが羨む程の美貌の持ち主だ。
ソレを、中の下とは………確かにこの男も恵まれた容姿をしているが……やはり麗華の方が断然美しい。
「知らないでしょうから教えてあげますよ。あの女の姿は、想造力で作り上げた紛い物の美です」
「想造力で……って…なんで?」
「古今東西、どんな世界でも、ブスは美人になりたいものでしょう?あの女もそうです。たまたま力があったから世界一の美女になれた。あの女は想造力を、自分の美に殆ど費やしてますからね」
初めて聞く麗華の美の真相に、蓮姫は驚きを隠せない。
「驚いてるみたいですね。でも気にする事はないですよ。無知なのは貴女だけじゃありません。今じゃ世界中の誰もが知りませんからね。当時の姿を知る者は全て、時の流れの中で死んでますから」
「…じゃあ……なんで貴方は知ってるの?」
「生きてるからですよ。……あの女が姫だった頃……それよりもずっと前から」
「っ!!?ずっと前から……って」
蓮姫は改めて男を見る。
水晶に閉じ込められている以外は、口の悪い爽やかな……何処かドス黒い笑顔の男。
「もうお喋りはいいでしょう?さっさと何処かへ行って下さい」
「……別にいいけど……ハァ。弐の姫ってホント……何処に行っても、誰にでも嫌われるんだね」
蓮姫は溜息をつきながら呟く。
最早口調は素に戻っていた。
しかし、男の方は違う。
蓮姫の言葉に、初めて男の瞳には感情が宿った。
「弐の……姫?貴女は…弐の姫様なんですか?」
「そうだけど……え?そこは知らなかったの?」
「てっきり……今の姫は一人だとばかり。……しかし、言われてみると、あの女が言っていた姫の容姿とは違いますね」
男は頭の先から爪先まで、蓮姫をジィ…と見つめると、ニヤリと笑った。
「気が変わりました。もう少し貴女の事が知りたい」
「???…なんで急に?」
「貴女が弐の姫だからですよ」
意味がわからない。
しかし、蓮姫もこの男が気になって仕方がない。
「わかった。私は蓮姫。貴方は?」
「名乗るほどの者じゃありませんよ」
「何それ?まぁ……ろくな人じゃないんだろうけど」