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楽園の危機 6


誰もが命と名誉、そして仲間の人生をかけ武器を()わす戦場に場違いな叫び声が響き渡る。


その絶叫元である火狼とユージーンは同時に目の前の敵を斬り捨てるとキラの方へ勢いよく振り向いた。


「待て待て待て待て海賊王さんよ!?なんでこの非常時に敵を口説いてんの!?馬鹿なの!?」


「そもそもお前が女だってのはバレてんだから女たらしのフリはもういらねぇだろうが!!真剣に戦え馬鹿女っ!!」


必死に突っ込む二人に対してキラもまた真剣に、そして大声で返す。



「俺は真剣だ!俺はたとえどんな理由があろうと絶対に女の子と戦わない!!何故なら!この世の全ての女の子は!!例外無く全員可愛いからだ!!!」



デルタの剣を掴んだままキリッとした表情で告げるキラに対して、火狼とユージーンの時間は一瞬だけ止まる。


だが、直ぐに正気に戻ると火狼は頭を抱えた。


「何言ってんのこのひとぉおおおおお!?」


ワーワーと騒ぐ火狼とは逆にユージーンは冷静に、しかし最大に呆れ果てながらため息を吐く。


そしてこの場においてフェミニスト発言をするキラという女性に対し引くに引いていた。


「女たらしは男と見せる為のフリじゃなくて素かよ。そっちのが遥かに厄介じゃねぇか。女たらし女とか……」


完全に呆れ返っているユージーンだったが、そんな彼にブラウナード兵の一人が剣を振りあげる。


「貴様等っ!何処を向いている!悠長に話などしおって!真面目に戦わぬかっ!!」


「それはあの女たらし女に言ってくれ」


自分に襲いかかってきたブラウナード兵を難なく一撃で斬り捨てると、ユージーンはキラとデルタに向けて駆け出した。


トンデモ発言があってもキラ達は変わらずさっきまでの「戦う」「戦わない」の攻防を続けている。


「っ!!?このっ!さっさと剣を離せっ!!」


「いいや!離さない!俺は君と戦わないっ!だから君も」


「だったら俺がやるまでだ」


瞬く間にデルタの真横まで距離を詰めたユージーンは冷たく言葉を放つ。


そしてバキッ!!と容赦なく拳でデルタの頬を殴りつけた。


その光景を目の前で見せつけられたキラは怒りをあらわにする。


当然、その怒りの矛先はユージーン。


「っ!?おいっ!!お前っ!!何してんだっ!!」


「お前がやらねぇんなら誰かがやるしかねぇだろ」


「ふざっけんなっ!!男のクセに女の子を殴るなんて!最低の」


「黙ってろ。てめぇの相手は直ぐに来る」


「は!?何を言って」


「デルタ。大丈夫?」


キラがユージーンに噛み付いている間、あのアルファが音もなくデルタへと近づいていた。


「っ、あいつ!?」


「気づいたか?ここまで近づいたってのに気配を感じなかった。優秀揃いな精鋭部隊の隊長ってのはホントらしい」


キラが驚き、ユージーンが淡々と語る中、アルファはデルタへ手を伸ばす。


「あ、アルファ…」


「女だからって舐められすぎ。それと油断しすぎ。こんな無様な醜態を晒すなんて……君にはガッカリしたよ。敵と戦えないどころか見くびられるなんて……そんな奴ブラウンには『いらない』」


「っ!!?」


「いらないなら捨てないとね。『廃棄部屋(はいきべや)』に」


アルファの言葉を聞くデルタの顔からは徐々に血の気が引き真っ青になる。


「ま、待ってアルファ!!私はまだ戦える!まだ役に立てる!だから!だからお願い!!それだけはっ!」


立ち上がる事も出来ず真っ青な顔に涙をにじませ、全身をガタガタ震わせながら懇願するデルタ。


見下ろすアルファは徹底して冷たく、そして(さげす)むような視線でデルタを見下ろしていた。


「……ソレは君の働き次第でしょ。ここはもういいから他の連中を片付けてきて。雑魚相手なら弱い君でも倒せるんじゃない?」


「っ、……はい」


アルファの容赦ない言葉にデルタは歯を食いしばるが、彼女には頷く以外の事は出来なかった。


返事以外、デルタは何一つ言えなかった。


その様子はまるで親に見放された子供……いや、親に見放されたくなくて必死にもがく子供のよう。


「ほら、早く立ってよ。それとも何?立てないの?ならやっぱり」


「っ!?」


デルタはアルファの言葉が終わる前に、差し出された手は掴まず自力で立ち上がる。


傍に落ちた剣を拾う彼女に、アルファは笑いながら彼女を侮辱するような言葉を続けた。


「あぁ良かった。立つことすら出来ないなら、本当に君はただの役立たずで終わってたよ。ほら、捨てられたくなきゃさっさと行く」


パンパンと手を叩きながら催促するアルファ。


デルタは振り向く事もせず、一直線に近くにいた海賊の元へと叫びながら駆け出した。


今までの二人のやりとりを見ていたキラは、デルタにそこまでさせるアルファの言動が許せず噛み付くように叫ぶ。


「おいっ!!まだその子を戦わせる気かっ!?」


「戦わせるに決まってるでしょう?それが我々ブラウンの存在理由であり価値なんですから。理由と価値があるから我々は生きてるんですよ」


「女の子にそんなクソみたいな理由や価値があってたまるかっ!彼女をもう戦わせるなっ!彼女に謝れっ!!」


「戦う為にいると言ったでしょう?海賊っていうのは人間の言葉すら理解出来ないんですか?謝れというのなら、彼女の生き方を否定する貴女こそ謝るべきだというのに」


淡々と告げるアルファとは正反対にキラは激昂し続ける。


だが、何処までも冷静に返すアルファの瞳にもまた怒りの炎が宿っているのをユージーンは見逃さなかった。


「…………キラ。とりあえずその話は後にしろ。コイツをぶっ倒した後にな」


「分かってる!女の子を戦わせるクズを!女の子を傷つける奴を俺は絶対許さない!」


「やれやれ。人の事情も知らないくせに偽善ばかりを口にする。貴女みたいな方こそ……奴隷を(さげす)(もてあそ)ぶ、この世のどんな横暴貴族よりクズだ」



飄々とした態度を崩さないアルファから紡がれた言葉。


しかし今の声には間違いなく、怒りや悲しみ、憎悪といった負の感情が宿っていた。


それを直接向けられたキラは一瞬で全身に寒気が走り、ビリビリと痺れるような感覚に襲われる。


またキラの横でそれを見ていたユージーンはアルファの抱えるモノの片鱗(へんりん)を感じ取っていた。


「……どいつもこいつも訳ありってか。まぁどんな事情があろうと俺は当然、姫様にも関係ない。お前ら全員ここでぶっ倒す」


アルファの中にある闇を感じながらも戦いの姿勢を崩さず吐き捨てるユージーンにアルファは笑みを浮かべる。


「そうして下さい。こちらもそちらの事情などを考慮するつもりは最初からありません。貴方はそちらの海賊女王様より幾分か空気が読めるようで安心します」


「そりゃどうも」


アルファからの嫌味をサラリと返すユージーンはピリピリと張り詰めた空気を壊すようにアルファへ向けて飛びかかった。





一方、アルファから脅迫ともいえる叱責を受けあの場を離れたデルタは一人、また一人とキラの部下である海賊達を倒していた。


『生け捕り』の命令があるため殺してはいないが、相手を瞬時に戦闘不能にさせる姿はまさに大国の精鋭部隊隊員。


だがその形相は必死そのものであり、戦い方は剣を振り回したり魔法を乱発したりと精鋭部隊とは思えぬ程に雑。


それもそのはず。


彼女の頭の中は命令遂行よりも別の事でいっぱいだったのだから。


(嫌っ!廃棄部屋は嫌!!)


アルファから告げられた『廃棄部屋に捨てる』という言葉。


それはデルタがこの世の何より恐れること。


デルタだけではなくブラウンなら……いや、軍人だろうと大臣だろうとブラウナード王族に仕える者なら誰もが恐れている。


(廃棄部屋は嫌!廃棄部屋は嫌!!廃棄部屋は嫌ぁああ!!)


心の中でそればかりを叫び海賊を倒すデルタはある事に気づく。


(こんな雑魚ばかり片付けても、それしか出来ない役立たずと思われたら結局廃棄部屋に連れて行かれるかもしれない!!どうする!?どうすればいい!!?どうすれば!!…………あ)


目の前の海賊を倒したデルタにはある人物の姿が映る。


「母さんっ!」


「姉上っ!!大丈夫ですかっ!!」


「だ、い…じょぶ…だよ。……あり…がと…ふたりと…も」


デルタの視線の先には未月と残火に守られながら(うずくま)る蓮姫。


「大丈夫じゃありせんよっ!!顔が真っ青です!」


自分で『大丈夫か?』と聞いていながら残火は蓮姫の返事を即座に否定した。


それほどまでに蓮姫の今の状況は悪い。


蓮姫は己の身を奮い立たせ気力で仲間と共にブラウナード軍と戦っていたが、神殿で体力も想造力も使いすぎたその身では戦い続けることが不可能であり遂には限界を迎えていた。


視界は定まらず、呼吸は荒くなり、立っていることすら難しい。


そんな蓮姫を遠くから見つめるデルタの瞳には段々と希望の光が宿っていく。


(あの女…………そうだ。アルファは『あの女は確実に殺せ』と言っていた。海賊よりも何よりも……あの女だは必ず殺せって。なら……あの女を殺せば!!)


廃棄部屋を確実に回避出来る一筋の希望を見出したデルタは剣を強く握り締めると蓮姫達へ向け一直線に走り出した。


それに誰よりも早く気づいた未月は、蓮姫と残火を背に庇うように立ち塞がる。


「残火!母さん連れて逃げて!!」


「えっ!!な、なに急に」


「早くっ!!」


残火が慌てふためく間にもデルタは容赦なく走りながら炎の攻撃魔法を何発も三人へ向け放った。


それ等全ては未月が放った魔法の矢【マジックアロー】で相殺されていく。


「クソッ!邪魔をするなっ!」


「っ、武器っ」


構わず何度も攻撃魔法を放つデルタに対し、未月は近くに倒れていた海賊の剣を蹴り上げ弾いた。


それは蓮姫だけでなく未月もまた限界であり魔法で応戦できなくなっていたから。


蓮姫の想造力で傷は癒え、体力が回復しても魔力だけは完全に回復してはいない。


(魔力切れ。もう魔法出せない。それなら剣で母さんを守る!)


魔法を剣で弾けるのは未月が優れた戦士であるからに他ならないが、それはまたデルタも同じ。


未月が格上だとしても魔法が使えないのなら苦戦は目に見えている。


残火よりも現状を理解した蓮姫は力の入らない体でなんとか結界を張ろうと試みるが、今の彼女には結界どころか魔力を使う事すら難しい。


そんな蓮姫をなんとか引っ張り上げようと残火は奮闘する。


「あ、姉上!!とりあえず逃げますからっ!頑張って立って下さいっ!」


蓮姫の腕を引っ張る残火だが彼女の力では人一人持ち上げる事は出来ない。


「姉上っ!!絶対に私が守りますから!!だから姉上も!姉上も頑張って下さいっ!」


涙目になりながら必死に蓮姫を引き()る残火。


そんな二人が逃げ切れるのをデルタが待つ筈もない。


「クソッ!!お前は退()けぇえええ!!」


デルタはそう叫ぶと未月の足元へ掌を向ける。


デルタは己の中にある全魔力を使い、未月の立つ地面から無数の太く尖った(くい)を生み出した。


未月は本能的に全ての杭の直撃を避けたが、それにより四方八方から伸びた杭で体が固定されてしまう。


身動きも取れず、魔法も使えない未月に出来ることは一つ。


二人に向けて叫ぶことだけ。


「……母さんっ!残火っ!」


その間にもデルタは未月の横を全力で駆け抜け蓮姫達へと向かう。


(この女を殺せばっ!私は……っ)


そう殺意を放つデルタの脳裏には昨日の蓮姫の顔が浮かんだ。


何人もの奴隷……大人も子供も男も女も関係なく全員を平等に慈しむ蓮姫の姿が。


(わたし……は…)



『もう……大丈夫だからね』


優しく自分や他の者達を介抱する彼女を。


『本当に……辛い思いをしたんですね』


自分の手を優しく握ってくれた暖かい手を。


『いつか必ず……奴隷の制度は無くなりますから。今度こそ…絶対に』


根拠の無い言葉のはずなのに何故か強い意志を感じた凛とした声を。




『いらないなら捨てないとね。『廃棄部屋』に』


だが、そんな彼女の最後の良心や迷いはアルファの言葉と共に蘇った廃棄部屋への恐怖に塗り潰されていく。


(っ!!嫌っ!!それだけは絶対に嫌っ!!この女を殺せば!私は廃棄部屋に行かなくてすむ!!)


恐怖に呑まれたデルタは蓮姫に向けて容赦なく剣を振り下ろした……その時。





「ちょっと。その子は俺の子供を産むんだから。勝手に殺さないでよね」


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