楽園の危機 5
そう語る蓮姫を、アルファは馬鹿にしたように口角を上げ、笑みを深くする。
「これはこれは……一本取られましたね。それで?貴女はそんな我々にそんな物騒な物を向けてどうしようというのです?海賊王の仲間のお嬢さん」
「分かっているでしょう?私は貴方含むブラウンを倒して、キラ達と一緒にシャングリラの人々を奪い返します」
「ふふふっ。随分と勇ましいお嬢さんだ」
「勇ましくもなりますよ。こんなの……許せるわけない」
そう告げる蓮姫の瞳には一切の迷いが無い。
彼女の怒りは限界をとうに超えていたのだから。
「貴方達を、ブラウナードを、私は許さない」
その言葉を聞いた瞬間、今まで余裕の表情を崩さず、蓮姫を嘲笑っていたアルファの体にはゾゾゾッ!と悪寒が走り、背筋にはゾワッ!と鳥肌が立った。
困惑しながらも、自身が目の前の女に気圧されているのを身をもって体感したアルファ。
(なんだ……この異常な程の威圧感と悪寒は。この娘……普通の小娘でもなければ、海賊とも違うと?)
「…………貴女……ただの海賊の仲間ではありませんね?何者です?」
「仲間ですよ。私はキラやここにいる皆さんの仲間で、友達です」
そう言い切る蓮姫が、キラや海賊達には輝いて見えた。
その姿はまるで、悪者を粛清する気高き女王のよう。
「……蓮ちゃん」
「キラ。さっきも言ったけど、キラが男とか女とか関係ないよ。私達がシャングリラに戻ってきた理由は…私達が今するべき事は、何一つ変わらないんだから」
「っ、……あぁっ!そうだな!」
キラは力強く頷くと、蓮姫の隣に立ち拳銃を構えた。
「俺は海賊王キラ!あいつらは全員!この海賊王が奪った仲間で、ここは仲間達と作った俺達の楽園シャングリラだ!それを奪うってのなら何度でも奪い返してやる!!」
「友達の仲間は私の仲間!仲間も仲間の土地も一緒に取り返す!一緒に守る!!」
キラと蓮姫はそれぞれ武器を構え、アルファ含むブラウナードの者達へと言い放つ。
勇ましく気高い女性二人の宣誓。
それはこの場にいる仲間達の心へ強く響き、大きな戦意の炎を灯した。
「っ、船長と嬢ちゃんがここまで言ってんのに……黙って突っ立ってんのは男じゃねぇ!なぁ野郎共!」
「おうよ兄貴!!ブラウナードめ!!俺達の仲間と楽園をめちゃくちゃにしやがって!許さねぇぞ!」
「仲間も楽園も俺達のもんだ!返してもらうぜ!!」
「俺達の船長バカにしたのも許せねぇ!!こてんぱんのギッタンギッタンのおっちょこちょいにしてやるぜ!!」
ガイを始め盛り上がり、士気を高める海賊達。
が、今の言葉でどうにも引っかかる部分があった火狼は、いつものように律儀にツッコミを入れる。
「それを言うなら『チョチョイのちょい』でしょーよ。使い方もなんか違うし。で……どうすんの?旦那」
お決まりのようにユージーンへと確認をとる火狼だったが、ユージーンの答えなどは分かりきっていた。
「聞くまでもないだろ。姫様の意思は、俺達全員の意思だ」
「グルルルルルゥ!!」
「おっ?猫も『その通り!』ってか」
「姉上が戦うなら!私も戦います!」
「母さんの敵……俺の敵。…俺も戦う」
「弱きを守り!強きを挫くが真の武人!蓮っ!今度こそ役に立ってやるからな!俺だってお前の友達なんだ」
「うん。正確には『弱きを助け』ね。それとファング。神殿では役立たずってより、足でまといの方が正しいわ」
「お前もいちいち突っ込むな。犬」
「結局『犬』呼び定着に戻るのね。てか海賊共はともかくさ……俺達がブラウナードに喧嘩売るとか……いいんかねぇ?」
火狼が言う『俺達』とは『弐の姫とそれに仕える従者』という意味。
弐の姫がブラウナードの王族直属の部隊と敵対。
しかもブラウナードから奴隷を奪った海賊王一派と共闘。
こんな事が世間に知れたら、ただでさえ悪い弐の姫の評判は更に落ち、各国の王侯貴族から強く批判されるだろう。
だがユージーンは、そんな火狼の心配を鼻で笑う。
「はっ!いい訳ねぇだろ。でもな……遅かれ早かれこうなってただろうさ。あの姫様が……奴隷を虐げるブラウナードの実態を知れば、な」
「……あ~~~…………うん。そうね。間違いないわ。だから俺は、そんな姫さんが大好きなんよ。さてと!じゃあ愛しき我等が姫さんの為に」
「この気に食わないブラウナードの奴等をぶちのめす」
そんな二人の会話に聞き耳を立てるアルファは、ある事に気づいた。
(姫だと?……光姫のことではないな。あの黒髪の娘のことか?まさか本当に何処かの国の姫? だとしたら……何故そんな方が海賊王と共に?)
「アルファ隊長!我等第二中隊!今はブラウンと同じくアルファ隊長の指揮下にございます!どうか我等に賊共を討ち取るご命令を!」
思案中のアルファに指示を仰ぐのはブラウナード軍の鎧を着た一人の兵士。
どうやら鎧を着た者達は普通のブラウナード軍人であり、精鋭部隊ブラウンとは別物らしい。
そんな鎧の彼に向けてアルファはため息をついた。
「はぁ。そうしたいのは山々ですが、国王陛下や貴族の方々は海賊王一派の公開処刑を楽しみにしておられますからね。海賊は一人も殺さずに捕え、ブラウナードへ連行しますよ」
「ハッ!ではあの女子供も」
「いえ。あの方々は、どうやら海賊とは少し違うようです」
「で、では……あの者達はいかがなさいますか?」
困惑する男を余所に、アルファは探るような目付きで蓮姫一行を見つめる。
(あの銀髪と赤メッシュ……かなりの手練と見た。しかしそれ以上に危険なのは…………あの娘)
「…………うん。決めました。殺しましょう」
「よろしいのですか?」
「はい。総員に通達を。海賊は全員生け捕りです。しかしあの変な格好の六人と猫の魔獣は殺して構いません。特に、あの黒髪の娘は、必ず、殺して下さい」
後半になるにつれ、アルファは一言一言をしっかり区切りながら告げた。
まるでそれが『何よりも重要だ』と言わんばかりに。
(何処の誰かは存じませんし、興味も無かったんですが……あの時感じたプレッシャーは本物。今後に憂いを残さない為にも得体の知れない危険要素は早々に処分すべきだ)
「いいですね」
「はっ!!」
アルファの言葉を聞き、ブラウナードの兵は直ぐに駆け出した。
それと同時にガチャガチャと鎧の動く音が遠くから聞こえ、ソレは段々と近づいてくる。
アルファは満足気にその音を聞きながらニッコリとキラへ満面の笑みを向けた。
「あ、海賊王並びに皆様方。もう少々お待ち頂けます?皆様を完膚無きまで叩き潰す為に今ちょっと増援呼んでますので」
「はっ!そんなの……誰が待つかっ!!」
バンバンバンバンバンバンッ!!
その場に響いた六発の銃声。
キラは持っていたリボルバー式の銃の引き金を迷わず引き、全弾をアルファに向けて放った。
その瞬間、アルファの正面の地面から岩の壁が立ち上る。
ドンッ!ドンドンッ!ドンドンドンッ!!
キラの放った全銃弾は岩壁によって弾かれ、その衝撃に耐えられなかったのか岩の壁もまた破壊された。
それを見てアルファは呆れたような表情を浮かべている。
「あ~あ。たった六発の魔弾で岩壁が壊されるなんて……まだまだだね。デルタ」
チラリとアルファが左へと視線を送ると、その先には一人の女が立っていた。
「申し訳ありません、アルファ」
その者はアルファと同じような服を身にまとい、金髪で細身の…いや、痩せこけた女。
その人物は……キラやガイ、そして蓮姫も知っている女だった。
「っ!?君はっ!昨日の!?」
「ブラウナードから助けた……女の人?」
キラと蓮姫は驚きを隠せない。
その女は紛れもない、昨日ブラウナードの貴族から救い出した奴隷の一人。
そして蓮姫達やガイの前でキラに告白をした女だった。
何故彼女が此処に?
それもアルファと同じ格好…恐らくブラウンの制服を着ているのか?
この場で瞬時に浮かんだ疑問は、このシャングリラの惨劇、そしてアルファが守られた事で瞬時に答えが導き出された。
呆然とするキラ達海賊や蓮姫に代わり、ユージーンがソレを口にする。
「なるほど。密告者は彼女ですか。奴隷ではなく最初からブラウナードの密偵なら……昨日の商船、海賊に襲われたのも、奴隷が奪われたのも……全てがブラウナードの計画だった」
「奴隷乗せた船は海賊王さん達に襲われる。ならその中に仲間を紛れ込ませておいて、他の奴隷と一緒に連れ帰ってもらえば根城が判明して一網打尽。海賊は捕まえて奴隷も全部取り返す、って?まんまと策にハマっちゃったじゃん」
冷静に語るユージーンと呆れたように話す火狼。
二人の説明を聞き、アルファはまた笑みを深くする。
「その通りです。いや~、話が早くて助かりますね。全ては我等の計算通り。どうです?いい作戦だったでしょう?」
「悪趣味だが、いい作戦には違いないな。ただし……そういう自慢は全部終わってから言ったらどうだ?」
「ふふっ。そうですね。物事というのは上手くいっている時こそ何があるか分かりませんし。だからこそ油断は禁物。且つ早々に片付けなくては……行け、デルタ」
「はっ!!」
デルタと呼ばれた金髪の女性は、腰に差した剣を抜き、一直線にキラへと駆け出した。
だが、キラもまたデルタへと駆け出す。
続々と集まってきたブラウナード兵には他の海賊達と蓮姫達が応戦する事となった。
が、そんな戦乱中に聞こえてきたキラの言葉にユージーンと火狼は耳を疑う事になる。
原因は交戦しているキラとデルタと呼ばれた元奴隷…いや、ブラウンの密告者の会話の内容。
「やめるんだ!早くここから逃げろ!怪我をするぞ!」
「逃げろだと!?怪我だと!?海賊風情がブラウンを愚弄するか!?」
「ブラウンなんて関係ない!どんな理由があろうと!俺は君と戦わない!俺は君のような女の子とは絶対に戦わない!」
「ふざけるのも大概にしろっ!海賊王っ!」
「ふざけてなんかいないっ!!」
「何をっ!!?」
キラは振りかざされたデルタの剣を素手で受け止めた。
しっかりと強く握り締めているので、キラの手からは血が滴る。
だが、そんな事はキラにはどうでも良かった。
キラにはこの女が密告者とかスパイとか、この女に騙されたとか、それすらもどうでもいい。
キラにとって大事なのは……目の前の女が戦っているという事実。
「こんな武器を持ってはいけない。君のこの手は剣を、人を傷つける物を持つ為にあるんじゃない」
「な、何を言って」
「美しい手だ。この手が美しいのは、君が美しいからに他ならない」
「っ!!?」
「美しい人よ。どうか戦うのをやめてくれ。君に野蛮な戦場なんて似合わないんだから」
「「はぁああああ!!?」」




