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未来へと 6


「ユリウス達の父親は母上のヴァル。リュンクスの父親は他国の王族。僕達兄弟の殆どは、王侯貴族や母上のヴァルが父親なんだけど……僕は違う。僕の父親は庶民なんだ。母上がお忍びで城下に行った際に知り合った、渡りの商人」


「………そうだったんだ」


「うん。ちなみに、お互い好意はあったけど母上は素性を喋らなかったらしいし、床を共にしたのも一夜だけ。僕の父親は子供ができた事も知らずに、王都を出て数日後、事故で死んじゃったらしいけど」


父親の話をしているというのに、藍玉は他人事のように話す。


ソレは自分が生まれる前に死に、思い出など無いからだ、と言っているようだった。


「僕の父親の事は兄弟皆が知ってたよ。だから『汚らしい下賎(げせん)の子供』。そう言って兄上達は毎日、僕を殴ったり、衣装ダンスに閉じ込めたりした。あぁ。服を破かれたり、犬や家畜の(ふん)を口に()じ込まれた事もあったっけ」


「っ!!?………酷い」


「かもね。でもソレは産まれた頃から母上の目を盗んで、繰り返されてた。使用人や大臣達は見て見ぬふり。だって僕を庇ったりしたら、兄上達の親戚やら後ろ盾やらに目をつけられるからね。でも、産まれてからずっと繰り返されたそれは、僕にとって日常だった」


この世界の頂点に位置する女王。


その息子でも、父親が庶民の出だというだけで、酷い扱いをうける。


蓮姫はこんなところで、この世界の抱える悪質な問題を、再度目の当たりにした。


「痛い。酷い。やめてほしい。泣き叫んだ事も抵抗した事もある。でも全部が無駄。ソレは永遠に続くと思ったし、兄上達に対して段々と怒りを感じなくなったんだよね。それが普通だと思い込んでたのかも」


藍玉の幼少時代。


日常的に繰り返された虐めや折檻(せっかん)に、彼は麻痺(まひ)していたのかもしれない。


「でもね。結局は母上に事の真相がバレてしまったんだ。母上は激怒した。けど、同じくらい悲しそうだったよ。愛する5人の息子達と娘の行いと、庶民の子として生まれてしまった僕の事で」


自分の子供を溺愛している麗華からは、その姿は容易に想像できる。


愛する息子達が、同じく愛する息子にした行為。


母親として彼女の心痛も相当だっただろう。


「母上は大臣や貴族達の前で、ひどく兄上達を叱った。……特にリーダー格とも言える一番上の兄上には凄くてね。罰を与えようとしたよ。でも……僕は母上を止めた。『兄上はもうすぐ馬から落ちて死んじゃう。だから罰なんてしないで許してあげて』ってね」


「んぐっ!?」


藍玉の言葉に、蓮姫はおにぎりを喉に詰まらせそうになる。


それに気づいた藍玉は、笑いながら蓮姫の背を叩き、言葉を続ける。


「どうせもうすぐ死んじゃうのに、その上罰なんて与えたら可哀想でしょ?」


「ゲホッ!……ありがと。…ハァ……いつから知ってたの?」


「いつからだっけかな?忘れたけど……虐められてる時、兄上の顔にダブって落馬して死ぬ姿が何度も見えたんだ。血だらけで白目向いて……いやぁ…キモかったよ」


(ひど)い仕打ちを受けたとはいえ、藍玉は亡き兄の死ぬ姿を笑顔で話す。


「当然子供の言葉…ソレも虐められていた下賎の子供の言葉。その上その兄上は兄弟の中でも一番乗馬が上手かったんだ。ただの腹いせだと、鼻で笑ったり、逆に僕が叱られたりで誰も信じなかったよ。でもね、数日後に兄上は本当に落馬して死んだんだ。いやぁ…あの時の大人達の驚いた顔は見ものだったよ」


「でも……それだけで?」


「言葉が真実になる能力に勘違いされたのか?…って事?勿論、それだけじゃないよ。その後、母上に聞かれたんだ」



『藍玉。何故、兄が死ぬとわかったのじゃ?』


『兄上だけじゃないよ。他の兄上達も姉上も…皆死んじゃうよ。母上』



「皆、って……どうして?」


「上の兄上が死んだひと月後、城に反乱軍が忍び込んだんだ。その反乱軍の自爆テロに巻き込まれて、兄が二人死んだよ」


藍玉を虐めていた6人中、3人が死んだ。


それだけでなく、藍玉は全員死ぬと断言していた。


生き残っていた兄達は、兄弟の死に藍玉が関わっていると思い、藍玉の暗殺まで企てたらしい。


「僕を逆恨みした兄が一人、僕を殺そうとしたんだけど……兵士に見つかって、押さえつけられた時に、誤って自分の短剣が刺さって死んじゃった。暗殺を計画していた兄は、計画が母上にバレて父方の祖父の家へ逃げたんだけど、その家の階段から落ちて死んだんだって。残った姉上は気が狂っちゃってね。次は自分の番だ、って毎日ブツブツ言ってるうちに、舌を噛み切ったよ」


結果、藍玉よりも上の兄弟は全員……それも短期間の間に亡くなった。



藍玉の言った通りに……。



「それからだよ。僕の能力が勘違いされたのは」


「どうして本当の事を言わなかったの?言っていれば遠方に飛ばされたりなんて」


「自分の未来も少し見えたんだよ。僕は、このまま能力を偽って生きていく、とね。だから訂正なんてしなかった。君以外の誰も気付かなかったし」


藍玉の能力は未来を見通す物。


言葉に力など無い。


しかし彼の能力を勘違いしている者達は、逆らうだけ無駄だと、彼の言葉に従う。


災害等の予言は能力で見ているので、当然外れる事はなく真実となる。



ある意味、藍玉の能力は『言った言葉が真実となる』能力となった。



「急いでたのに長話に付き合わせて悪かったね」


「ううん。話してくれてありがとう。でも…なんで虐められてた事まで話してくれたの?」


「そういう事をされるのは、君だけじゃないって言いたかったんだよ」


「っ!!?」


藍玉の言葉に、蓮姫は驚き藍玉を見つめる。


同じように藍玉が蓮姫を見つめると、彼女は俯いて持っていた水筒の蓋を握りしめた。


「知ってたよ。君が公爵邸のメイド達に嫌がらせをされていたのは」


蓮姫は何も答えないが、それこそが肯定であった。


「君が華美な服やドレスを着ないのは、メイド達に隠されたり汚されたりしたから。髪を自分で簡単に縛るのは、メイド達に髪を強く引っ張られるから。他にも庭の池に落とされたり、公爵や家庭教師からの伝言をわざと間違って伝えられたりもしたでしょ」


藍玉はそっと、蓮姫の手を優しく握る。


「でもさ、人は何かしら、誰かに何かするし、されるんだよ。それを知っててほしかった」


蓮姫は顔を上げ、再度藍玉を見つめる。


泣いているかと思われたが、彼女の瞳は揺らぐだけで涙は流れない。


「僕はユリウスでもチェーザレでもないからね。泣けないのはわかるよ。だからあえて厳しい事も言う。不幸なのは君だけじゃない。わかるよね?」


「うん。わかるよ。ありがとう……藍玉も優しいね」


その蓮姫の言葉に、藍玉はキョトンとした。


「僕が優しい、か。弐の姫は面白い事を言うね」


「だって優しいよ。今までの行動を思い返すとさ、藍玉はいつも私の為に………そういえば…なんで私に優しくしてくれるの?」


蓮姫が尋ねると、藍玉は柔らかく微笑む。


「君が僕に優しいって言ってくれるから、かな。そんな事を言うのは、いつも未来の中の君だけだったから……って事にしておこう」


藍玉はウィンクしながら蓮姫に話す。


今まで彼に向けられた目は、畏怖(いふ)を含む物ばかりだったのだろう。


下賎の子供と(さげす)まされた後は、能力者として恐れられ、母親からも遠ざけられた。


「藍玉……いい大人がウィンクとか寒い」


「ぷっ!ハハハッ!!今そういう事言う!?君ホント面白いね」


「だってリュンクスが25って言ってたし、藍玉は当然それより上でしょ?」


「31だけど」


「31ぃ!?」


「………なに?………なんか文句あんの?」


麗華の息子達は、彼女に似て美形揃いだ。


藍玉も三十路超えとは、一見するとわからない。


が、蓮姫が驚いたのは外見ではなく中身。


つまり、三十路の割には落ち着きなく大人気ない、と。


藍玉も蓮姫の考えがわかったので、笑顔で聞き返した。


勿論、目は笑っていないが。


「イエ、ベツニ。ナンデモナイデス」


「だったら人の目を見て言って欲しいんだけどね。まぁいいや。行くんでしょ?北に。そろそろ公爵邸の人間達が目を覚ますから、行ったら?」


「そこまで知ってたんだ。……じゃあ」


藍玉に尋ねようとして、蓮姫はハッ、とし口を閉じた。


蓮姫が聞きたかったのは、自分の未来。


ソレを悟った藍玉は、蓮姫の代わりに言葉を口にした。


「聞きたきゃ聞けばいいのに。私は女王になれるの?ってさ」


蓮姫は一度黙り込むと、フルフルと首を横に振る。


「……………ううん。いいよ。未来なんてわかったら、意味ないもん。……藍玉には悪いけどね」


「そう。じゃあ行ってらっしゃい」


藍玉は振り返ると、ヒラヒラと後ろ向きに手を振りながら、戻って行った。






「そんな君だから気に入ってるんだよね、僕」



去って行く藍玉に軽く頭を下げると、蓮姫は今度こそ北へ向かう為、先程よりも全力で走り出した。




蓮姫は走る。




弐の姫として。




女王となる為。




未来へと。




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