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楽園の危機 3


キラの必死の叫びを無視し、リヴはクラーケンへと全速で直進、そしてそのまま直撃して噛み付いた。


蛇のような長い体躯をクラーケンに巻き付け締め上げるが、クラーケンもまた数本ある長い足でリヴを引き剥がそうとしている。


もがき(から)み合う二匹の余波で海面は大きく揺れ、それを直接くらうキラ達の海賊船も大きく揺れる。


最早全員がろくに立っていることが出来ない程に。


それでもキラはリヴへ懇願の叫びを止めなかった。


「ダメだリヴ!!やめろ!!」


「キラ!危ねぇ!」


「船長っ!ダメだっ!!」


「リヴっ!リヴーーーーー!!」


ガイや船員の静止を振り切り今にも海へ飛び込みそうなキラ。


そんな彼等を後方にし火狼は暴れる二匹を見つめて安堵のため息を吐く。


「はぁ~~~。クラーケンとリヴァイアサンは天敵同士……だっけ?つまり同レベルの魔物ってことよね。んじゃ後はあのリヴァイアサンに任せようぜ。あ~助かった~」


「いや。……そうも言いきれない」


安心する火狼とは違い、ユージーンは浮かない顔のまま呟く。


「なんでよ?」


「昨日キラが言ってたろ?リヴは卵を産んでろくに力が出ないってな。つまり今のリヴは次世代に命を継ぎ、後は死を待つだけの存在なんだ。昨日は上手く逃げれたが……今のリヴじゃクラーケンとまともにやりあえないんだろう」


「ユージーン!なんかデカい魔法やろうとしてたろ!?早くそれしてリヴを助けてやってくれよ!」


二人の話を聞いていた星牙はユージーンに向かって怒鳴るように告げる。


彼は持ち前の正義感や義理堅さでリヴとクラーケンの戦いを静観出来ないようだ。


かと言って星牙には荒れ狂う二匹の大型魔獣を倒す術も助ける術もない。


だからこそのユージーン頼みだったが、それは否定で返された。


「無理だ」


「なんでだよ!?」


「さっきと同じだ。今デカい魔法を放てば、リヴにも直撃する」


詠唱の途中で意識が()れ中断されると、また最初からの詠唱と魔力集中が必要となる。


ユージーン程の魔力の持ち主であり強者ならば、多少の意識の()れや中断はあまり影響がなく魔法を放つ事が出来た。


だがタイミングが悪かったのだ。


あの竜の咆哮【ドラゴンブレス】で一度意識は逸れてしまったが、途絶えた詠唱と魔力集中は直ぐに立て直せた。


しかし詠唱が完成し超級魔法を放てるタイミングで、リヴはクラーケンに直撃した。


リヴは最高のタイミングでキラや蓮姫達を助けてくれた。


しかし最悪のタイミングでクラーケンに噛み付き、全身を絡ませた。


それによりユージーンがクラーケンを倒す機会も、リヴを助ける機会も失われてしまった。


「リヴっ!戻れっ!!戻れってば!逃げろっ!!」


「グガッ!グムムゥウウウッ!グア゛ア゛ッ!!」


「でもリヴっ!?」


「グギャア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」


「なんだとっ!!?」


キラは唯一リヴの言葉が分かる人間。


キラとリヴの会話内容は他の者には一切分からない。


だがキラはリヴの咆哮を聞き、それを言葉として受け止め、驚愕の表情を浮かべていた。


そして直ぐにその顔は怒りに染まる。


「あの…………クソ野郎共めっ!!」


「グガア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」


クラーケンに噛みつきながらも必死に何かを訴えているリヴに、キラは決意を固める。


今キラがリヴの為に出来る事……そしてやるべき事は、リヴに向かって叫ぶ事では無いと。


「~~~っ!!分かった!!必ず俺が取り戻す!任せろっ!!」


「グブッ!グア゛ッ!グア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!」


「約束だっ!リヴッ!!だから……だからお前も死ぬなっ!殺されるなっ!!」


最後は涙目になりながらリヴへと叫ぶキラ。


そんなキラを見るリヴの瞳も何処か安心したように見える。


キラは一度目元を腕でグイッと拭うと、今度はユージーンに向かって叫んだ。


「ユージーンッ!お前は昨日雷の魔法使おうとしただろっ!風の魔法も使えるか!?」


「当然だ!」


「よしっ!それなら手伝ってくれ!二人でメインマストに風の魔法ぶつけてシャングリラへ向かう!」


「分かった!!未月、残火。姫様を頼む」


「了解した」


「勿論よ!」


「星牙は船室にいるノアを連れて来てくれ」


「な、なんでだ?」


「護衛が足りなくなる。姫様は当然、未月もしばらくは戦えない。俺が離れてる間、何かあった時の為に姫様を守る奴は多い方がいい」


「わ、分かったぜ!連れてくる!」


揺れる甲板を転びそうになりながら、なんとか駆け出す星牙。


それを見送りユージーンは最後の一人へと指示を出そうとする。


「お前は」


「姫さんや他の奴等の護衛っしょ?こっちは俺が責任持って全員守る。旦那は船長さんと船を頼むぜ」


「ああ!」


お互い大きく頷くと、それぞれが持ち場へと散っていく。


この場から一刻でも早く離れる為、そしてシャングリラへ戻る為にも、船にいるほぼ全員が緊迫しながら慌てて動き回る。


そんな時……船の遠く上空に一つの人影が浮かんでいた。




「クラーケンとリヴァイアサン…か。あの子達も僕と同じ。勝手に造られた存在。……哀れな存在だね」



その人影の正体は死王。


彼はギルディストでエメラインとの再会後、宣言通りユージーンが向かった海へと来ていた。


流石の死王も神殿内にいたユージーンの気配には気づけず海を飛び回っていたので、船を見つけられたのは、ほんの数分前のこと。


「勝手に造られた上に……勝手に不死の運命や戦い合う運命を決められる。……本当ムカつくよね」


その言葉は自分と眼下の二匹に向けた悲壮であり、別の誰かへと向けた怨嗟でもあった。


「君達だって……嫌だよね」




上空に魔王の一人がいるとは知らぬキラ達は、必死に船を出す準備に追われる。


ユージーンとキラは船首に立ち、メインマストを見据えていた。


傍にはあのガイも控えている。


「魔法は直ぐに出せるぞ」


「いや、まだだ。船底に空けられた穴の修復や乗組員全員の安全の報告を聞いてからじゃねぇと。船を出しても衝撃で怪我したり振り落とされたら意味が無ぇからな。弐の姫の嬢ちゃん達は?」


「仲間がそばに居る。大丈夫だ。それより……」


ユージーンは自分達の会話に参加せず、メインマストを睨みつけているキラへと視線を移した。


当然だが、キラはこのマストに恨みがある訳ではない。


湧き上がる怒りが体中から溢れ、その美しい顔が般若の如く歪められていただけだ。


ユージーンの視線に気づいたガイは、自分からキラへと話し掛ける。


「キラ。辛い判断だが今は」


「分かってる。今は一刻も早くシャングリラに戻って仲間を助け……リヴの子供を取り返す!」


「っ!!?リヴの!?ブラウナードに捕まったのか!?」


「さっきリヴが言ってたんだ。『子供が奪われた』って!『助けてくれ』って!子供は檻に入れられてまだシャングリラに…陸にいるらしい。リヴには取り戻せない。だからリヴは!俺に助けを求めに来たんだっ!」


「クソっ!ブラウナードの奴等!リヴの子供をどうする気だ!?」


「利用価値があると思ったんだろ。かつて子供を奪われたリヴァイアサンが、子供を取り返す為に船を襲ったっていう話は聞いた事がある。海上に出ていた、ある国の海軍が全滅したってな」


激昂する二人の会話を聞きながら、ユージーンは冷静に答える。


「リヴァイアサンは生涯に一度しか子供を産めない。子供を守る気持ちも他の動物や魔物より強いんだ」


「そんな親から子供を奪ってどうするってんだ!キラや俺達だって黙ってねぇ!利用価値ってなんだ!?」


「他国に高値で売り飛ばす。解剖して生態を調べあげる。死ぬまで動物実験する。生物兵器として利用する。子供を縦にして親に言う事を聞かせる。……挙げたらキリがないな」


ユージーンはチラ…と視線だけキラへ向ける。


「海で最も恐ろしい怪物の一つ。そいつを手なずければ、この海の支配者になれると為政者が思うのは無理ない。……どっかの海賊が王を名乗った…その真似事が出来る、ってな」


「……ゴミ屑以下の…クソ野郎共め」


ギリ……と歯を食いしばるキラ。


そんなキラを見て、ガイの中にも激しい怒りが湧き上がる。


「許さねぇ……。オイっ!!船の準備はまだか!?おめぇらぁあああ!!」


船中に響く程に強く、大きなガイの叫び声。


その直後、船員の一人が船内へと通じる扉から飛び出てきた。


「船長っ!兄貴ーー!穴はなんとか塞いだぜ!」


「メインマストの準備も完了だ!」


「いつでもいいぜ!船長!!」


タイミング良く全ての準備が終わったようだ。


キラとガイ、そしてユージーンはお互いを見つめて大きく頷く。


「よしっ!お前らぁああ!!しっかり捕まってろよぉおおおおお!!キラッ!ユージーンッ!頼むぜっ!!」


「分かってる!海賊王、二人いるんだ。詠唱無しで出し続けるぞ!」


「あぁ!!」


「「爆発する風【ウィンディボム】!!」」


二人は同時に風の中級魔法をマストへと放つ。


ちなみに上級魔法ではないのは、その強力さ故にマストが壊れてしまう危険があるからだ。


マストは強大な風を受け、船は飛ぶ勢いで一気に前進する。


「…………リヴ。待ってろよ。俺が子供も仲間も……全部奪い返すからなっ!!」


置いていく友に後ろ髪引かれる思いを抱きながら、強い意志と怒りを胸に、キラはシャングリラを目指す。




そして船が魔法で急発進した同時刻。


死王は目的のユージーンが乗る船には目もくれず、眼下の二匹へと思いを馳せていた。


「僕と同じ存在。クラーケンとリヴァイアサン。きっと君達は…僕の事なんて知らないよね。でもね……僕は君達を哀れに思うんだ。僕と同じで……かわいそうだって。……だから」


憂う眼差しでクラーケンとリヴァイアサンを遠く見つめる死王。


彼は二匹を見つけた瞬間から、ある決意をしていた。


それは彼にとって二匹への優しさと哀れみ、そして慈愛に満ちた……そしてある意味では、とても非情で狂気にも満ちた決意であり決断。


それを今まさに……実行する。


「君達だけでも終わらせてあげるよ」


死王は二匹に向けて手のひらを向けた。



「哀れな運命に翻弄された君達に、安らかな終わりを。……死の一撃【デス・ペナルティ】」



死王が言い終わると共に、その手のひらから巨大な黒い衝撃波が放たれる。


そしてソレは……死王の真下にいたクラーケンとリヴァイアサン…リヴへと直撃した。


「なんだ!?今の!?」


後方で禍々しい巨大な魔力の塊を感じたユージーン。


そしてキラは魔法を中断し、振り返って友の名を叫ぶ。


「リヴーーーーーーッ!!?」





「ピギュア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛アア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛゛ア゛ア゛!!」


「グギャア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」


クラーケンとリヴは同時に断末魔を上げると、そのまま海の底へと二匹一緒に沈んでしまった。

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