宝の正体 1
からだがおもい。
うごかない。
まっくらだ。
ここはどこだろう?
おれはなにをしているんだろう?
なにをしていたんだろう?
わからない。
わかるのは……いま…とてもあたたかい。
やわらかい。
すごく……ほっとする。
このかんじ……おれはしってる。
いつだった?
どこだった?
『……ツルギ…』
あぁ……そうだ。
まるであの頃みたいだ。
まだ皆が生きてて……俺が子供だった頃。
母さんに抱きしめてもらった時の暖かさと柔らかさと同じだ。
『ツルギ』
「…………かあ……さん…」
「あ、目が覚めた?」
「…………………?」
「大丈夫?」
頭上から聞こえた女の声に、ツルギはゆっくりと目を開けた。
そして徐々に彼の意識は覚醒し……急速に今の状況を理解する。
自分は今この女の子に抱き締められている、と。
そして更に謎なことに、自分の両腕もしっかりと彼女の背に回されている。
まるで彼女を離さないように。
「っ、~~~~~!!?」
慌てて彼女の腕から抜け出そうとするが、離した両手はボトリとそのまま地面に落ちる。
ツルギの体は鉛のように重く、動いてくれない。
体が動かない以前に、羞恥で体がガチガチに固まってしまっているのもあるだろうが…。
腕の力が抜けたせいで上半身が彼女の体にもたれ、しかも顔は彼女の胸に埋まってしまった。
ダイレクトに伝わる柔らかさと、ふわりと香る良い匂いに顔は真っ赤になるが、反して頭の中は真っ白になっているツルギ。
そんなツルギの体も彼の意志とは関係なく突然ビクッ!と大きく震え、全身に寒気が襲い鳥肌が立つ。
それは自分に向けられている、二つの凄まじい殺気を感じた本能的反応だった。
視線だけ殺気の方を向けると、そこには鬼神のような禍々しいオーラを纏った成人男性が二人、腕組みをして自分を見下ろしている。
ツルギから見て右側にいる鬼神その1はニッコリと、そしてドス黒い笑みをツルギに向けた。
「目が覚めたなら良かったですね。じゃあソイツ殺しましょう」
「俺もお手伝いするよ旦那~。俺達の麗しい姫さんに抱きついて?あまつさえ胸を枕にして寝る?とか……マジ許せんよね」
「ちょっと。ジーンも狼もやめてよ」
「いいや。いくら姫さんの頼みでも聞けないね。こんなの許せる訳ないじゃん。……俺だって……俺だって!まだしてもらってないのにーーー!!」
「『まだ』って言うか一生しないし、やる気ないからね」
ムキーとヒステリックな女のように叫ぶ鬼神その2…もとい火狼に、蓮姫は呆れたように返した。
そしてツルギの肩を少し押すと、彼の顔を覗き込む。
「まだ意識がボーッとしてるかな?自分が誰か……私が誰か分かる?」
「っ、お、俺は………っ!?」
自分への問いかけで、真っ白だったツルギの頭の中は先程の戦闘や自分や家族、そして目の前の女の記憶が蘇る。
「…お前は……弐の…姫」
今更ながらにやっと自分を抱き締めていた女の正体を知り、ツルギは驚愕の表情を浮かべる。
そんな彼に向けて蓮姫はふわりと優しく微笑んだ。
「………良かった。大丈夫そうで」
その声もまた深い慈愛に満ちている。
(何故だ。……何故?)
彼女の笑顔に、声に、ツルギは混乱した。
今の状況以上に意味が分からなかった。
(さっきまで俺は……この女を殺そうとしていたのに。何故そんな相手に……こんな笑顔を向けられる?)
「まだ混乱してるよね。体はどう?傷は治したけど痛い所とかある?」
「お前……いや…………俺は……なんで…?」
「『生きてるのか?』だよね?」
「お前が……助けたのか?……何故俺を生かした?」
質問せずにはいられなかった。
殺されるのならまだしも、自分を助ける理由など弐の姫には無いはずなのに。
ツルギの問いに蓮姫は首を横に振った。
「私じゃないよ。貴方を助けたのも、生かしたのも、貴方に生きてて欲しい人達の……強い願いと愛。そして貴方自身の力。私はちょっとお手伝いしただけ」
「俺に……生きてて…………」
(そうだ。……母さんと…父さん。……サクラとフブキが…)
亡き家族が現れ、自分を許してくれた。
そんなもの、自分に都合の良い夢だとばかり思っていた。
家族に許されたかった…もう一度会いたかったという自分の願望の現れだと思っていた。
(……アレは…夢じゃなかった?……皆が……俺を許して…生きててほしいと……願ってくれた?……でも…俺にはもう…)
何も残っていない。
愛する家族はもう誰もいない。
家族が復讐を望まないのなら、そんなものの為に生きる事も出来ない。
生きる理由など…無い。
唇を噛み締め項垂れるツルギだったが、そんな彼の耳に騒がしい会話が入ってくる。
「もうっ!!未月のバカっ!!こんなボロボロになって!姉上がいなかったら今頃死んでたわよ!このバカっ!バカぁああ!!」
「…だから……俺バカじゃない」
「凄い戦いをしたんだな!こんなになるまで蓮を守るなんて!未月もやっぱ武人だぜ!」
「……俺…武人でもない」
その声の主達は、蓮姫の従者お子様組こと残火、未月、星牙だった。
座り込む未月に対して残火は若干涙目になりながら怒鳴り、星牙は興奮気味に未月を褒め称えている。
若者特有の微笑ましい騒がしさに、ツルギは目を細めてその中の一人を見つめていた。
(……あれは…………あのガキ?……奴も生きていたのか?)
殺そうとしたほどに、そして妹達の間接的な仇である弐の姫以上に殺意が湧いた相手。
その相手も弐の姫や自分と同様、平然と生き残っていた。
(本気で殺すつもりだったんだけどな。……俺はあんなクソガキすら…………いや…奴は『母』と慕う弐の姫を守り抜いた。……俺には奴を貶す権利も…価値も無い)
ツルギは未月…目の前の少年に対して激しい嫌悪感を抱いていた。
何の罪も無い自分の弟は殺されたのに、家族や仲間を裏切ったクセに弐の姫と家族ごっこをして、のうのうと生きてるあの子供が許せなかった。
私怨ですらない、ただの八つ当たりだけで殺そうとした。
だがその子供……未月は蓮姫を守り抜いた。
実力ではかなわずとも、意識を失ってまで蓮姫を守ろうとする彼の想いが、この全員が生き残るという結末を導く切っ掛けとなった。
(俺は弐の姫以前に……あの子供に敗けていたんだ…)
見下し、八つ当たりの上に憎んで殺そうとした相手に、ツルギは完全なる敗北を悟った。
(……弐の姫にも同情されて…あまつさえ助けられて……俺は…)
家族への復讐を胸に生きていこうと思ったのに、仇の一人である弐の姫に助けられ、あまつさえ亡き家族にもそんな生き方は望まれていない。
(……家族はもういない。…復讐に生きることも望まれていない。…俺は……この先何を拠り所にして生きればいいんだ?……たった一人で…)
自分の中でどうしようもない感情が渦巻き、蓮姫の腕の中でギリッ!と奥歯を噛み締めるツルギ。
そんなツルギの耳にまた騒がしい星牙の声が届いた。
「ほんっとに服ボロボロだよな。でも傷は全然無いし。全部蓮に治してもらったのか?」
「…うん。……母さん…全部治してくれた。…もう傷ない」
「そっかそっか!あ、でも右足の傷跡は残ってるぞ!未月の好きな三日月型の古傷!良かったな!」
その言葉にツルギはバッ!と顔を上げた。
視線の先には右のふくらはぎを触りながら小さく…そして何処か嬉しそうな未月の微笑み。
「…うん。……良かった。…これは俺の…大事な傷だから」
「え?な、何よ?なんの話よ?傷?未月の?え?私何も知らないし聞いてないんだけど」
「子供の頃から……っていうか、いつ出来た傷なのかも分かんないんだよな?」
「…うん。…ずっと昔からある」
「聞きなさいよ!?」
三人の会話を聞き、あんなにも動かなかったツルギの体は、蓮姫の腕の中から飛び出した。
それでもまだ歩く事は出来ないのか、必死に這って未月の元へと向かうツルギにユージーンは剣を抜こうとする。
「こいつ!まだ未月を!」
「待ってジーン」
「姫様?」
「今の彼は……さっきまでの彼と違う…気がする。だからちょっと待って」
蓮姫の制止により、この場の誰もがツルギを止めずに彼の動向を見守る。
やっと未月の元へと辿り着いたツルギは…そっと未月の右足に手を伸ばし、それに触れた。
(……右足の…ふくらはぎに……三日月の……傷…)
ソレはツルギが誰よりもよく知っている傷と同じ。
10年以上経っても忘れるはずない。
忘れられるはずがない。
どれだけ時が経とうと、自分の誤ちで付けてしまった傷を、ツルギが見間違える事はない。
(そうだ。……あの時…母さんは…)
『ずっと……ずっとずっと大好きよ。私達はいつまでも、いつまでも貴方達を見守ってる。私達はずっと二人のそばにいる。忘れないで』
「……俺達を、って…………『二人』って…」
亡霊となった母の言葉を思い出し、その言葉の意味に気づいたツルギの体はカタカタと小さく震える。
「……俺の傷…どうした?」
頭上から聞こえるたどたどしい声。
瞬間、ツルギは勢いよく顔を上げると、未月の頬を両手で抑えこんだ。
「ぶっ!?………おみゃ……お前…どうした?」
頬を押された事で変な声が出るし、上手く喋れなくて噛むしで、未月はもう訳が分からない。
未月にはこの男が分からない。
この男は自分と自分が慕う蓮姫を殺そうとした相手。
それなのに…何故、こんなにも切ない目で自分を見つめているのか?
ツルギのこの行動も、言葉も、何一つとして未月には理解出来ない。
それなのに…自分の顔を包むこの手を、振りほどく事が出来なかった。
蓮姫と同じようで違う。
懐かしさすら感じる…この温かい手を。
未月は困惑する自分を映すツルギの水色の瞳を見つめていたが、段々とその中の自分の姿は揺らぎ、歪んでいく。
それはツルギの水色の瞳が、彼自身の涙で潤んでいたから。
「…母さんと……同じ…」
未月の目尻を親指で撫でながら、ツルギはかつて母と共に『綺麗だ』と慈しんだ美しい瞳を思い出す。
彼にはもう全てが分かった。
最後の最後に残した母の言葉の意味が。
何故、この子供の足に三日月型の傷があるのか。
この子供が……先程自分が殺そうとした相手が……誰なのかを。
「…青い……目。…綺麗な……海の……っ!!」
最後まで言い切ることは出来ず、ツルギは感情のまま未月の体をガバッ!と強く抱きしめ、力の限り叫んだ。
「アサヒ!アサヒッ!!ごめっ……ごめん!!ごめんなぁ!!アサヒ!アサヒッ!!ぅ、うぁぁあああああああ!!」