二つの末裔 6
「前に言ったでしょ?『目先にばかり目を奪われるな。もっと先を見ろ』って」
それはあの港町で、ユージーンが蓮姫に言った言葉。
当然ユージーン本人も覚えていたが、まさかここでその言葉が出てくるとは思ってもいなかったのだ。
目を丸くしているユージーンを見てクスリと笑った後、表情を戻して蓮姫は自分の考えを彼に伝える。
「今回の王都襲撃を防ぐだけなら、彼等を陛下達に差し出すべきだったかもしれない。でもそれじゃ……根本的な解決には繋がらない。女王を廃そうとする反乱軍の思想は止まったりしない」
「そうですね。作戦がバレたくらいで簡単に『はい。やめましょう。解散』とはならないでしょう。奴等が本気で女王含むクイン大陸の全てを滅ぼすつもりなら、尚更」
「うん。仮に今回止められたとしても今後も反乱軍との対立は止まらない。だから考えた。考えて……ジーンの言葉を思い出して……決めたの。今回の事を逆に利用して、反乱軍に決定的な『敗北』を与える」
「奴等に『敗北』を?」
「うん。女王陛下でも壱の姫でもない。愚か者の弐の姫によって反乱軍が負けたと知れれば…?」
「勇士を集い『王都襲撃』を宣言した反乱軍の面子は丸つぶれですね。当然その屈辱的な敗北は世間に直ぐ流れ、広まる。そうなれば奴等に味方する者も減り反乱軍内の士気も思想も弱まる、と」
「うん。だからイアン達を使う。正確な情報を手に入れて、エメル様や蒼牙さんに天馬将軍……信頼できる人達に情報を伝えて、その時に備えてもらう。反乱軍が止められないなら……ぶつかるしかない。被害を最小限にした上で、私達が勝利するしかない」
蓮姫の話に『ふむ…』とユージーンは顎に手を当てる。
ユージーンが手放しで賛成出来ないのは、蓮姫だって分かっていた。
蓮姫の作戦は悪くないかもしれない。
でも良い作戦だと断言も出来ない。
「勿論、そんな簡単な話じゃないし、上手くいく保証もない。でもさ……やる価値はある」
そう呟く蓮姫の声と黒い瞳には強い意志がこめられていた。
それを感じた上で、ユージーンはある質問を蓮姫に投げかける。
「『戦争をしない、させない女王になる』という女帝との約束はどうされるのです?自分の掲げた女王像と矛盾してる事は姫様も分かってますよね?」
「分かってるよ。だから…今回の襲撃は防ぐんじゃなくて受けて立つ。一度でいい。何度も戦争なんてしない。する必要なんて無い。今後もさせない。だから……今回で終わらせてやる」
ユージーンの意地悪な質問にも、蓮姫の瞳は揺らぐ事すらない。
「今回の襲撃を私の指示で防げたなら、陛下や貴族に話す時に説得力も出るでしょ?何も知らない小娘が語るよりはさ」
「ほう?そこまで考えて?」
「ううん。今とってつけた」
ペロ…と舌を出す蓮姫に、今度こそユージーンは笑みを浮かべた。
ただの理想論でも夢物語でもない。
自分がこれから先、何をすべきか、どう動くべきかをしっかりと考えている。
ヤケになった訳でもない。
信用したくもない嫌いな存在…イアン達を利用するが、そこにもちゃんと意味がある。
「冗談を言える程の余裕があるなら大丈夫そうですね」
「なら……賛成してくれる?」
「えぇ。反対する理由はありません。反乱軍達とは誰かがいつかケリを付けなきゃいけない。姫様がそれを率先して行うのは、世界にとっても反乱軍達にとっても大問題ですね。ふふっ」
「なんで笑ってるの?」
「いえ。ただ……俺の姫様は最高の弐の姫様だな、と」
ユージーンは楽しげに、そして誇らしげに微笑む。
自分の仕えるこの少女は過去最高の、そして前代未聞な弐の姫だと。
「さて、そろそろ犬達と合流してここを出たいんですが……」
「空間転移は難しいね。皆が何処にいるかも分からないし」
「えぇ。そもそも姫様は無茶しまくったんですから、出来たとしても今くらい大人しくしてて下さい。さて……どうしたものか」
仲間との合流について頭を悩ませる二人。
しかしそんな二人の深刻な悩みは、いとも簡単に解決する事になる。
「……母さん、ユージーン。…あそこ……また光ってる」
「え?」
今まで黙っていた未月がある方向を指さし、ポツリと呟く。
彼の指の先に蓮姫が目を向けると、あの転送型魔法陣の一つから青白い電光が放たれていた。
光が一際大きく弾けると同時に現れたのは、今まさに合流しようとしていた仲間の一人。
「うぉっ!?なんだよ今の……って、姫さん!?旦那!?」
「狼っ!!」
離れていた仲間との再会に火狼は驚き、蓮姫は嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。
「っ、……はぁ~、また騒がしいのが……いや、未月以外誰が来ても騒がしいか」
「……俺?」
素直じゃないユージーンは、驚きと安心感を隠すようわざとらしいため息をつき、未月は急に名前を呼ばれキョトンと首を傾げる。
とにもかくにも、これでこの広間での戦闘は終わった。
表向きは蓮姫達の勝利と、従者達とは違う新たな仲間が増えた…かのように見えて……。
一方、海底神殿から離れたイアン一派。
「長。本気なのですか?若様と一族を裏切り弐の姫の配下に着くなど……危険過ぎます」
「このまま一族と共にいても危険は同じ。若様が王になったとて所詮は偽物。正体が世間にバレてみろ?『偽物と本物どちらが王に相応しいか?』など、百人中百人が同じ答えを口にするだろうな」
「ですが……その本物の王の末裔たるあの方には、王となる気が一切ございませんでした」
「あぁ。だからこそ我等は弐の姫を女王に据え、あの方には王ではなく別の地位を推薦し着いて頂く。……女王と同等のな」
「と、申しますと?」
「あの方には女王の伴侶となって頂くのだ。古の王の血を継ぐ真の王族。反対する者などいない」
「ならば我等は弐の姫……いえ、女王とその伴侶、そして次代の王となる御二人の子にお仕えすると?」
「そうだ。そうすれば我等は生き残れるだけでなく、後の世まで続く栄誉も得られる。女王と真の王族を支え続けた誉高い忠臣としてな。……偽物一族の『はぐれ者』のまま…滅んでたまるものか」
イアンを突き動かすのは弐の姫である蓮姫や真の王族であるユージーンへの忠誠心ではない。
自分を含める『はぐれ者』一派の存続。
そして権力と名誉を得るためだ。
蓮姫がイアンを利用するように、イアンもまた蓮姫とユージーンを利用するのみだった。