未来へと 5
麗華の話を聞きながら、蓮姫の中ではある仮説が生まれる。
「……それじゃあ……藍玉の能力は…」
蓮姫の小さな呟きは、麗華の耳には届かない。
「そんな藍玉が、そなたの為に女王である妾を動かした。そなたを気に入っている証拠じゃな」
蓮姫の心のうちを知らぬ麗華は、口元に手を当て楽しげに笑う。
「さて、悠長にしてて良いのか?今晩出るのならば、期限は今日より一年。一分一秒も無駄にしたく無いであろう?」
「…はい。それでは陛下。行って参ります」
「あぁ、お待ち。そなたには頼りになる者も無いのじゃ。王都を出たら東に進むが良い」
「東……ですか?」
未来の自分は北に行け、と言っていた。
そこまで麗華には伝えていなかったが……何故、東なのか?
「東にはレムスノアがある。アンドリュー殿は凛の婚約者じゃが、レムスノアの王族は、そなたの事も知っておる。訳を話せば数日は滞在させてくれるし、レムスノアを出る際、供も付けてくれるじゃろう。近くの国の中では一番治安も良い」
「東にはレムスノア。じゃあ…北には何があるんですか?」
「………北?」
蓮姫の問い掛けに、麗華の目がスッと細くなる。
まるで探るように見る目……麗華が蓮姫にその様な目を向けるのは珍しい事だ。
「……北には…ロゼリアがある。宝石採掘や装飾技術に長けた華やかな国じゃ。国の半分は海に囲まれ、行商人も行きかい、民も活気に満ちた良い国。…じゃが………問題はロゼリアよりも前……この王都を出ると直ぐ北側……そこには深い森がある」
「森……ですか?」
当然ただの森ではない。
それは、麗華の今の雰囲気が物語っていた。
「…北の森には……何があるんですか?」
麗華は何がある、何かが危険、とは一言も言っていない。
だが、蓮姫は麗華の口調から、何かがある…と確信していた。
麗華は一度目を伏せると、ゆっくりと語り出す。
「その森は……鬱蒼と木々が生い茂り、真昼でも陽の光が差し込まぬ。その闇の中でしか生きられぬ魔獣達の住処じゃ」
「魔獣……ですか?」
「こちらから住処を荒らす様な真似をしなければ、襲っては来んがな。それよりも厄介なのは………先代女王の結界じゃ」
「先代女王の結界?」
蓮姫は初めて聞く存在に、麗華の言葉を繰り返した。
だが、蓮姫の問いに麗華は普段通りの笑みを浮かべ、ソレには答えない。
「そなたが王都を出て、初めて足を踏み入れる場としては不向きじゃな。華やかな者には、華やかな場が似合うゆえ。妾は大国で、安全なレムスノアをすすめるぞ。勿論、何処へ行くかは、そなたの自由じゃが」
「陛下。誰か来るみたいですよ。多分、サフィールさんですけど」
「だいぶ時間が経ってしもうたか。サフィに小言を言われる前に、妾も戻ろう。ではな、蓮姫。次に会う日を楽しみにしておる」
「は、はい!」
「殺したくなるような強いの連れてきてね。もしくは殺しても大丈夫な奴」
にこやかに別れを告げる麗華と、ぶっそうな事をほざいているジョーカーに頭を下げると、蓮姫はその場を駆け出し、城門へと向かった。
「あの森に行くとして………あやつをどうするつもりかの?……蓮姫…」
遠くなる蓮姫の背に聞こえないと知りながら、麗華は語りかけた。
麗華達と別れた蓮姫が城門まで来ると、そこには見知った男が佇んでいる。
男は門に背を預けながら腕を組み、下を向いている。
蓮姫が男に近づくと、男は顔をあげてニヤリと笑った。
「………藍玉……」
「やぁ。見送りに来たよ」
「やっぱり……知ってたんだね」
「そりゃね。君の周りに影……僕の従者を付けているから。あ、プライバシーの侵害とか言わないでよね。姫なんだから見張られるのは当然でしょ」
悪びれる様子もなく、両手を広げながら、やれやれ、と話す藍玉。
まるでこちらの方が非常識だ、と感じる程に。
だが蓮姫は、そんな藍玉の態度など気にも止めず、冷静に藍玉の直ぐ目の前まで足を進める。
「そんな事は言わないよ。でも代わりに、聞きたい……確かめたい事があるんだけど」
「ふ~ん。何を聞いて確かめたいの?」
「貴方の………本当の能力…」
蓮姫から告げられた言葉に、藍玉はただ黙り、珍しく真剣な表情で彼女を見つめる。
ソレは蓮姫から次に発せられる言葉を待つように。
「貴方の能力は、言葉で人を言いなりにさせることじゃない。本当は……未来を見る能力」
「……へ~ぇ…………誰にもバレた事が無いのに…いつ気づいたの?」
ソレは肯定。
蓮姫の考えが正しかった事を、藍玉は自ら、それも言い出した蓮姫の方が驚く程あっさりと認めた。
何故か楽しげに微笑む藍玉に、蓮姫は言葉を続ける。
「最初はちょっとした違和感だった。初めてチェーザレに貴方の能力の話を聞いた時」
『あの人が『死ぬ』と言えば、その相手は死ぬし、地震や干ばつが来ると言えばそうなる』
チェーザレは恐ろしげに話していたが、蓮姫はその能力に疑問を持っていた。
「それを聞いて、人の死や災害を予言しているようだと思った。ソレに反乱軍がくる時、藍玉は私に『部屋を出るな』っていう命令や確定じゃなくて『部屋を出ないでほしい』って頼んで来た。その言葉に違和感があったし、そもそもなんでそんな事を言ったのか?ソレは反乱軍が来る事も、私がああなる事も知ってたから」
「……………」
藍玉は先程と同じように、口を挟まずに蓮姫の話を聞く。
その顔は先程よりも楽しそうに、口は弧を描いていた。
「ずっと貴方の能力に疑問を持ってたけど、確信したのは陛下の話。塔に軟禁されてたユリウスとチェーザレ。他人に疎まれていた二人。蒼牙さんの性格からして、二人にはかなり気を使って接してたはず。将軍職につく人が他人の普段との違いを見抜けないはずない。でも、藍玉は蒼牙さんでも気付かなかったチェーザレの異変に気づいた。それは『気づいた』んじゃなくて『知ってた』からじゃない?」
「………長々と説明ご苦労さま。でも、聞いてて嫌な気はしなかったよ。なるほど。半分は勘だろうけど、ちゃんと理屈も通ってる。リュンクスの事もあるし、君は聡い子みたいだね」
「リュンクスの事も知ってたの?」
「馬鹿なフリをしてる事?勿論。彼はきみ以外にバレてないと思ってるけどね。……あぁ、正確にはバレてはいないか。彼がフリを始める前、子供の頃から僕が一方的に知ってたんだから」
そう言うと、藍玉は懐から小さな包を取り出し、蓮姫に手渡した。
「何?これ?」
蓮姫が尋ねると、藍玉は包みを開けるように促す。
包みを開けると、中にはおにぎりが2つ入っていた。
「一週間も飲まず食わずでお腹空いてるでしょ?あ、お茶もあるけど」
そう言うと、今度は腰から水筒を取り出した藍玉。
「ありがと。でも、なんで急に?」
「もともと渡そうとは思ってたし、これから昔話もしたいから。ちょっと座って、お茶を飲んだりしながら話そう。大丈夫。直ぐに済むし、この辺りは人払いしてあるから」
二人はそのまま、門の前にある階段に腰を下ろした。
藍玉にお茶を汲まれながら、蓮姫は未来の自分の行動を思い出していた。
(後でわかる、ってこういう事か。藍玉がおにぎりくれるのわかってたから、カンパンだけだったんだな。そろそろお腹も空いてきた気がするし……ベストタイミングだったかも)
蓮姫がお茶を飲み、おにぎりに口をつけたのを見ながら、藍玉は話し始めた。
「僕の能力が開花したのは7つの頃。まだまだ幼い子供で、毎日のように兄上達に虐められてた頃だ」
「え?虐め!?…それに兄上……って、ちょっと待って。藍玉はユリウス達の一番上のお兄さんって?」
「うん。現存する兄弟の中じゃ一番上だよ」
現存する兄弟。
つまり藍玉よりも上の兄や姉は、もうこの世にはいない事を指している。
「……なんで…まだ能力者でもなかったんでしょ?」
「うん。むしろ虐められなくなったのは、能力者だってわかってからだよ」
彼は『虐めないって言うより、むしろ誰も近づかなくなったんだけどね』と笑う。
明るい口調で自分の過去を話す藍玉に、蓮姫の方が、何処か居た堪れない気がした。