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二つの末裔 5


特に蓮姫は顔を青ざめ、大きな黒い目を更に見開いていた。


彼女の脳裏(のうり)には、かつて蓮姫も経験した数ヶ月前の王都襲撃の光景。


あの時の襲撃で蓮姫は大切な幼い友人を亡くし、また庶民街も大きな被害を受けた。


(過去最大級の王都襲撃?かつてない規模の女王派と反乱軍の戦争が王都で……クイン大陸で始まる?もしそれが本当なら……どれだけの被害が出るっていうの!?)


蓮姫は火の海と化した王都、そして山のように積まれた知人友人達の(しかばね)を想像し、口元に手を当てながらカタカタと小さく震える。


三人の反応にイアンは、ここぞとばかりにまくし立てた。


「とてつもない大きな戦争です!既に一族の計画に同調し協力する者も多く名を挙げております!」


「っ、決行は!?決行はいつですか!?数は!?」


「それは……正確には分かりかねます。私は…いえ、我々は一族の『はぐれ者』。一族や当主からの信頼が薄い我等には、正確な決行日や数字は勿論、他の詳しい情報はまだ教えられていないのです」


「そんな……」


蓮姫はショックを受けたように項垂れる。


『大きな戦争が近く起きるらしい』との情報だけでは、女王は当然、軍も他の国も簡単には動いてくれない。


反乱軍に属する者からの情報であり、報告者が弐の姫ならば尚のこと。


これだけの情報でまともに取り合ってくれる人間が、果たしてどれだけいるというのか。


「姫様。どうか落ち着いて下さい。今の話が事実という保証は何処にも無いんです」


ユージーンは蓮姫に、そして自分に言い聞かせるように告げる。


彼もイアンの話には驚いていたが、完全に信じている訳でもないようだ。


イアンを信じていないユージーンに、イアンの言葉を信じる事は難しい。


『反乱軍による王都襲撃』への危機感は当然あるが、それよりも今の話の真偽(しんぎ)を明らかにする方が先決と考えている。


ユージーンの言葉に『まだ足りないのか』と(くや)しさと(あせ)りが混ざったような表情を浮かべるイアン。


だが蓮姫の方はイアンの話が真実だと確信していた。


「ジーン。私は今の話……本当だと思う」


「それは何故です?」


夢幻郷(むげんきょう)でお世話になった人が最後に教えてくれたの。『今後は王都にもクイン大陸にも近づくな』って」


その言葉は蓮姫が夢幻郷で出会った美しい遊女、牡丹(ぼたん)の言葉。


彼女は蓮姫を信頼するだけでなく、命も助けてくれた。


蓮姫の未来も心配してくれていた。


「夢幻郷の人間?そんな者の言葉……姫様は信頼出来ると?」


「出来るよ」


不審がるユージーンに、蓮姫は絶対の確信を持って頷く。


「その人は続けて言ってくれたの。『その方が幸せになれる。長生き出来る』って。その人は…私の命の恩人なの。その人の言葉も、気持ちも、私は信頼出来る」


どれだけ重要な話だろうと、それがイアンからなら疑う余地はいくらでもある。


『はぐれ者』とはいえ反乱軍の言葉、簡単には信用出来ない。


だが、それが牡丹の言葉ならば蓮姫は信用出来る。


「あの時は…正直、なんでそんな事を言われるのか意味が分からなかった。でも今の話が本当なら……全部納得がいく」


「夢幻郷は反女王派の土地でしたね。姫様は身分を隠してたでしょうし……成程。辻褄(つじつま)は合います」


「信じて頂けましたかっ!?」


蓮姫とユージーンの会話に割って入ったイアンは、歓喜の表情で二人を見つめた。


「はい。貴方の今の話。私は信じます。でも……だからといって」


イアン含める彼等『はぐれ者』を信頼し仲間にする……というのはまた別問題だ。


「分かっております。しかし我等とて諦めるつもりはございません。弐の姫様、我等にチャンスをお与え下さい」


「チャンスですか?」


「はい。一族にとって最重要機密事項をお伝えしたのは、我等を信じて頂く為。しかしその情報はまだまだ不確定部分が多い。我等は一度、一族の元へと戻りましょう。一族の動向を探り、確実な情報を得て、貴女様にお伝えする為に」


「……つまり…スパイになるという事ですか?」


「信じて頂けないのは承知しております。ですが……再度御検討下さい。今後我等が得た情報はとてつもなく大きな価値があるでしょう。貴女様が女王になる為にも」


そう言われ、蓮姫は言葉に詰まる。


(反乱軍の情報や戦争の情報が分かれば…戦争を未然に防げる。多くの命が救える。でも……本当に信じていいの?信じられるの?)


イアンを信じればいいのか?


やはり信用など出来ないか?


考えに考え……蓮姫はあるシンプルな答えに……自分の正直な気持ちに辿り着く。



(……違う。信じられないんじゃない。信じたくないだけ。私は……この人達が嫌いだから。…だから……信じたくなんかないんだ)



あまりにも自己中心的であり、感情的な答えだと蓮姫本人も分かっている。


それでも彼等が反乱軍であり、一般人が殺される計画を見て見ぬふりしてきた事も変わらない。


リックの事も未月の事も、彼等は知っていて何一つ関与せず止めようともしなかった。


今眠っているこの青年も、目の前のイアンに女王や蓮姫への復讐心を利用された。


(そんな人達を信用なんて……出来ない。したくない。…それならいっそ……この人達を拘束して陛下に突き出せば…)


一族の者が捕まり『王都襲撃』の情報が女王にバレたとしれば、流石の反乱軍達も計画を中止するかも。


そう考えた蓮姫だが、直ぐに顔を曇らせる。


(……ううん。それじゃダメだ。今度の『王都襲撃』はかなり大きな計画……反乱軍達も本気のはず。仲間が捕まって情報が漏れても、そんな簡単に中止はしない。時期を遅らせるだけか、むしろバレた事を逆手にとって別の作戦に…)


『王都襲撃』の悲劇を繰り返さない為にも反乱軍の計画を中止させたい。


だが、今回上手くソレを防げたとしても、また別の機会を与えるだけでは意味がない。


(この人達を今陛下に引き渡しても、反乱軍を警戒させるだけで根本的な解決になんかならない。……どうすればいい?私はどうしたい?弐の姫として……私は…)


記憶を辿り今まで起こった事態、自分の行動、仲間や出会った者達との会話を巡らせる。


険しい顔で黙り込む蓮姫。


この場にいる者は全て蓮姫の答えを待つ者。


誰も口を挟まず、沈黙がその場に流れる。


数秒にも数時間にも感じたその沈黙は、蓮姫の言葉によって終わりを迎えた。



「分かりました。私は弐の姫として、皆さんにチャンスを与えます」



「「「っ!!?」」」


その一言で、ユージーンと未月は目を見開き、イアンは恍惚(こうこつ)とした歓喜の表情を浮かべた。


「ありがとうございます!!我等は身命(しんめい)()して!必ずや弐の姫様のご信頼に報いましょう!」


「勘違いしないで下さい。私は貴方達を信頼した訳じゃない。それは貴方達のこれからの行動で決めます」


「はっ!心に刻みます!そしてこの場で!弐の姫様と真の王の末裔たる方に誓います!我等は弐の姫様に信頼して頂ける忠臣となれるよう!全力で一族の動向を探り!全てをお伝えすると!!」


「そうして下さい。…信頼はしていませんが……期待していますよ。……イアン」


「っ、弐の姫様っ!!」


「では、直ぐに戻って下さい。反乱軍達の元に」


「御意!行くぞ!お前達!!」


「「「「「はっ!!」」」」」


イアン含む反乱軍の『はぐれ者』一派は、蓮姫に深く頭を下げると、全員が一瞬でこの場から消えてしまった。


何人かは手を繋いだり肩を掴んだりしていたので、恐らく空間転移を使ったのだろう。


イアン達がいなくなった事で、広間にはまた静寂が戻る。


だが蓮姫は、ふぅ…と一つ息を吐くと、ポツリと呟いた。


「ジーン。言いたいことあるよね?どうぞ」


「ではお言葉に甘えまして。姫様の真意をお聞かせ願えますか?」


「今回はお小言(こごと)じゃないんだね」


「それは姫様だって分かってたでしょう?反対する気なら俺は姫様が決意した時、叫んで騒いでますよ」


口元に笑みを浮かべたまま、蓮姫の質問に答えるユージーン。


蓮姫が『イアン達にチャンスを与える』と言った時、ユージーンは驚いてはいても、口を挟む事はなかった。


蓮姫が判断を誤りかけた時、情に流された時、ユージーンは今まで必ずそうやって彼女を止めてきたのだ。


蓮姫の意思が固く、彼にも止められなかった事も過去にはあるが…。


しかし止めなかったという事は……そういう事だ。


「……賛成とか反対より…ただ姫様の真意を知りたい、と思いました。普段の姫様なら、反乱軍であり、自分の利益の為に同胞を裏切ろうとする人間に、チャンスなど与えなかったでしょう。『信頼していない』というのも姫様の本心でしょうし」


「うん。正直……かなり迷った」


「奴は『女王になる為に有益(ゆうえき)だ』とか言ってましたが、姫様はそんな理由で自分や他人の今後を決定する方ではありませんからね。迷って悩んで出した結論なら……必ず理由があるのでしょう?」


「決め手はジーンの言葉だよ」


微笑んでそう告げる蓮姫に、ユージーンはキョトン…とした顔をする。

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