表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
417/433

二つの末裔 3


その声はとても低く、言葉の一つ一つに怒りが(こも)っていた。


その怒りも殺気も自分達に向けられた訳ではないのに、蓮姫と未月の体はビクンッ!と震え、タラ…と汗を流す。


それでも蓮姫は恐怖をかき消すように、必死に声を(しぼ)()しユージーンへ声を掛けた。


「っ、ジーン!………やめて」


「ですが姫様。こいつらは」


「もうあの人達に戦意が無いのは私にも分かる。だから……やめて」


「……かしこまりました」


ユージーンは()だ納得していなかったようだが、蓮姫にそう言われては(うなず)くしかない。


少し不満気(ふまんげ)ではあるが、ユージーンは蓮姫に頭を下げる。


そんな二人のやり取りを、あのイアンは抉れた左頬を抑えながらギリッ!と(にら)みつけていた。


気づいたユージーンにそれ以上の眼力(がんりき)で睨みつけられると、直ぐに(おび)えた表情に戻りガタガタと震えていたが。


(なんだろう……この感じ。前にもあった。…………そうだ。大和(やまと)残火(ざんか)と初めて会った時…)


蓮姫はかつて大和で初めて残火と会った時の事を思い出す。


残火は朱雀の刺客(しかく)として蓮姫を殺す為に大和まで来た。


しかし彼女は、標的である弐の姫の蓮姫よりも、別の人物に対して深い執着(しゅうちゃく)を見せた。


今、目の前にいる反乱軍達も同じように見える。


(あの時の残火は、私を殺す事よりも狼に執着(しゅうちゃく)してた。……今のあの人達も……同じ?)


蓮姫は自分の中の疑問を解消する為にも、仲間の二人にその疑問をぶつける。


「ジーン、未月。あの人達は反乱軍で、私を殺しに来たんだよね?」


「はい。間違いないな、未月」


「うん。…イアン……他の奴らも…一族。…反乱軍。……間違いない」


未月はイアン達と面識もあった為、力強く(うなず)き肯定した。


何より戦闘が始まる前、イアン達の方から自分達の正体を明かした。


蓮姫を殺す大役をツルギ…この蓮姫の胸の中で眠る男に任せてはいたが、止める気は全く無く、むしろソレを(あお)っていた。


彼等が反乱軍である事も、弐の姫である蓮姫への憎悪(ぞうお)も殺意も間違いない。


「反乱軍の目的は陛下と私……想造世界から来た女王や王位継承者である姫を殺す事、だよね?」


「…うん。…それが……一族の使命。…前の俺も……それが任務だった」


反乱軍の一族だった未月は、蓮姫に向けて頷く。


今は違うとはいえ、彼もまた蓮姫の命を狙っていた者の一人。


そして未月をそう育てたのは、彼が所属していた反乱軍。


王都の襲撃から現在に至るまでで、反乱軍の目的は『女王と姫を殺す事』だとハッキリしている。


『ならば何故?』そう思った蓮姫の口は自然と動いた。


「なら……どうしてあの人達は今、ジーンにあんなに執着してるの?ジーンが本物の王族だったとして……どうしてソレを知ってたの?」


「姫様……」


ユージーンを『真の王』という反乱軍達。


そして反乱軍は女王や姫をこの世界の王とは認めていない。


蓮姫はずっと気になっていた。


ずっと心の内にあの言葉が残っていた。


玉華で会った反乱軍…その首領オースティンの言葉を。


『この世界の真実を知らぬ愚か者共め!』


その言葉の真意……反乱軍達が何者なのか……ソレを知るのは今だ、と。



「反乱軍は女王や姫を殺したい。…この世界に真の王を迎えたい。……でも彼等は、ただ感情で女王や今の世界に反発してる集団じゃない。そこには理由がある。深い理由が…必ず」


「それは……」


「答えて、ジーン。反乱軍の正体は……一体何なの?」



あえてイアン達ではなく、ユージーンに問い掛ける蓮姫。


自分を、弐の姫を嫌う反乱軍達が素直に全部話さないのは分かりきっていた。


未月は元反乱軍の一員だとしても、その答えを知らない。


何より、蓮姫はこの問いをユージーンに答えてほしかった。


何故かコレを答えるのはユージーンだと蓮姫は思ったから。


そしてユージーンもまた同じ事を思っていた。


この世界に反乱軍が生まれた原因…生み出したのは他ならぬ、自分の祖先。


蓮姫が弐の姫というだけで反乱軍に命を狙われるのは、自分の家系が深く関わっていた。


ならば、子孫である自分が答えるべき。


ユージーンは自分を見据える蓮姫の黒い瞳を、真っ直ぐ見つめ返し口を開いた。



「奴等もまた王の末裔(まつえい)です。ただし、反乱軍の祖先は古の王族ではなく、最後の王の影武者にされた男。(いつわ)りの王です」



(いつわ)りの……王の末裔(まつえい)?」


ユージーンの言葉をそのままオウム返しに呟く蓮姫。


そんな彼女の脳裏(のうり)には過去、彼女の従者達と交わした言葉が(よみがえ)っていた。


それは玉華(ぎょくか)で、未月から反乱軍の話を聞いた時のもの。




『首領…いつも言ってた。俺達の…存在する意味…女王と姫を殺して…この世界を……元に戻す』


『世界を元に戻す?』


『…ん?…違った?……あるべき姿を取り戻す…だっけ?……俺…意味わからない。…でも…首領も他の奴も…言ってた』


『ジーン、(ろう)。今の…どう思う?』


『どう?と言われましてもねぇ。多分その通りだと思いますよ。女王がこの世界の人間ではないから気に入らない。姫も同じ。だから殺してしまえ、とね』


『俺も旦那とおんなじ意見だわ。とどのつまり、反乱軍は想造世界の人間が気に食わないってだけっしょ。でもさ…陛下や姫さん達を殺しちまったら…王位は誰が継ぐんだか。まさか……反乱軍の誰かとか?』


『そうなりゃ確実に戦争だ。それもかなりデカい…この世界全てを巻き込んだ戦争になるだろうな』




あの時は結局、反乱軍の真の目的も、彼等の首領が言っていたという言葉の意味も分からなかった。


だが答えは、(すで)にあの時に出ていたのだ。


何の気なしに口にした、火狼(ひいろ)とユージーンによって。


「…………じゃあまさか……反乱軍は本当に……自分達がこの世界の王になるつもりで、女王と姫を(はい)そうとしているの?」


「……ええ。こいつらの血筋を知った今、俺もそう思います。……で?どうなんだ?喋っていいから答えろ」


ユージーンに促され、イアンは頬を抑えながら(こうべ)()れる。


「…………その……通りです。かつて我等が始祖(しそ)は、姿を変えられ王の影武者にされました。しかし始祖は『王』の地位に甘んじる事無く世界を正そうとしたのです。ただの影武者ではなく、この世界に相応しい真の王になろうと。初代女王にも『共に世界を正し民を導こう』と約束を交わしました。……それなのに…」


「結局は初代女王に殺された、か」


ユージーンのその言葉に、イアンの周りにいた反乱軍達は顔を(ゆが)める。


中には涙を流している者もいた。


それを見て、蓮姫はオースティンが死ぬ前に叫んでいた言葉を思い出しハッ!とする。


「…『この世界の真実』って……このことなの?」


「……母さん?」


蓮姫の呟きに未月は彼女を見つめ返した。


蓮姫は公爵邸で習った歴史や本の内容を思い出す。


「歴史には、その影武者の事も、初代女王が約束を破った事も残されてない。彼女の事で今も語り継がれているのは『この世界を救った英雄』としてだけ。先にこの世界を正そうとした……本当の王になろうとした人がいたなんて……誰も知らない」


蓮姫の言葉に今度はイアンが顔を歪め、苦々しげに言葉を続ける。


「初代女王は……始祖の功績(こうせき)も…思想も…全て知った上で処刑したのです。(だま)し討ちのように。それ故に……一族の多くは、女王と姫を深く憎んでおります」


自分達の先祖は、影武者にされた上に殺された。


彼の功績も存在も何一つ残されず愚王(ぐおう)の影武者……その愚王として汚名(おめい)を着せられたまま殺されたのだ。


「『この世界の真実』っていうのは……そういう事だったんだ」


「どんな意味かと思えば…ただの私怨(しえん)でしたね。それも2000年以上前の。姫様があれだけ気にして結局はこんなオチか」


私怨(しえん)……そうかもしれませんな。ですが真実を知っている子孫なら、そう思わずにいられませんでしょう。女王さえいなければ我等一族が王族としてこの世界の頂点となっていたはずなのに、と」


イアンは悔しげに拳を強く握りしめた。


「初代女王は我等が始祖と交わした約束よりも、民衆に担ぎあげられた『次代の王』という地位を、己の欲望を選び王位を略奪したのです。何の罪もない祖先を殺して。これが憎まずに…恨まずにいられましょうか」


その言葉に蓮姫は奥歯を噛み締め、イアンを睨みつけた。


(そんなの……リックだってそうだった。…あの子には……何の罪も無かった。それなのに!なんでリックは死ななきゃいけなかったの!?)


蓮姫はエリックの事もあり、反乱軍を許せないでいる。


彼等が祖先を殺した女王や姫を憎み恨むように、蓮姫もまた友を死なせた反乱軍達を憎み恨んでいるのだから。


蓮姫からの視線に気づかずイアンは話し続ける。


「その後も初代女王に(なら)い異世界から来た者が王座につきました。ですが歴史上、あの古の王のような名君はいません。傾城の時代の王が良い例ですが、その後の四代女王ですら革命時に協力した我が一族を蔑ろにして王位についたのです」


そう言うとイアンはユージーンから蓮姫の方へと体を向けた。


ユージーンの逆鱗(げきりん)に触れぬよう、殺気を隠し、憎い対象の一つ、弐の姫を視界に入れないよう俯きながら。


「分かりますか?弐の姫様。我等一族にとって、女王や姫は略奪者でしかないのです」


「だったら……女王を廃する為に何をしてもいいって言うの?何の罪も無い自分達の祖先が初代女王に殺されたから……自分達も何の罪も無い人達を殺していいって言うの?」


「何の罪も無い?いいえ。女王の民は何も知らず、知ろうともしない。その無知こそが罪です。その証拠に……女王の本性を知った者は、絶望し、己の無知を恥じ、反乱軍と呼ばれる我等と手を組む道を選ぶ。……そこの男のように」


イアンの言葉に、蓮姫は胸の中で眠るツルギにギュッと力を込めた。


(この人も……牡丹(ぼたん)姐さんも…陛下を信じていたのに裏切られた。全てを失った。それは反乱軍と同じ。……でも…私は…)


「貴女様はその男に同情し、その命と心を救った。しかし我等の事は……依然恨んでおられる。我等とその男……何が違うというのです?弐の姫である貴女もまた自分の民を選ぶというのですか?女王達と同じように?」


蓮姫が反論しようとしたその時、今まで二人のやり取りを黙って聞いていたユージーンが口を開く。


詭弁(きべん)はそこまでにしろ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ