二つの末裔 2
蓮姫から真っ直ぐな瞳を向けられ、ユージーンは言葉に詰まる。
確かに……反乱軍にユージーンの素性が知られてしまった今、蓮姫はこの先ユージーン以外の者から彼の事について知ることになるかもしれない。
ユージーンが今まで……それこそ主である蓮姫にも話さず、隠してきた秘密を。
そんな結果はユージーンも蓮姫も望んでいない。
語るならユージーン本人の口から。
聞くならユージーン本人の言葉で。
それが筋であり、それ以外の形はユージーンも蓮姫も望んでいない。
「そう……ですね。姫様のおっしゃる通りです。幸い……今は姫様と未月しかいない。二人なら何を聞いても、誰にも吹聴したりしないと断言出来る。信頼出来ますから」
「ありがとうジーン。大丈夫。私もジーンを信頼してる。ジーンを信じてる。だから何を聞いても、誰にも言わないし、ジーンを信じる気持ちは変わらない」
「……うん。……俺も…ユージーン信じてる。…だから…ユージーンが嫌なら……誰にも言ったりしない」
二人への深い信頼を見せるユージーンに、蓮姫もまた大きく頷いた。
未月も蓮姫の言葉に同調し頷く。
ユージーンの身の上は簡単に他者に話せる内容ではない。
かと言って、いつまでも主である蓮姫や仲間に隠すつもりもなかった。
ユージーンも言っていたように、蓮姫も未月も、ユージーンの秘密を他人にベラベラと話したりはしない。
長く共に過ごしてきた中で他の仲間達もユージーンは既に信頼しているが、『誰にも話さない』という点では、蓮姫と未月が一番信頼できた。
「ありがとうございます、姫様。未月も、ありがとうな」
蓮姫と未月に優しく微笑んだ後、ユージーンは奥にいる反乱軍達を睨みつける。
「……おい。お前等は余計な事は絶対に言うな。変な素振りを少しでもしたら、確実に殺す」
反乱軍達は恐怖のあまり両手で口を塞ぎ、コクコクと必死に首を縦に振った。
いくら一族や主の為に命を賭けるといっても、ユージーンに殺されるのは彼等も望んではいないらしい。
あのイアンですら顔を青ざめていた。
反乱軍達が口を挟まないと確認出来ると、ユージーンは蓮姫と未月に向き直り……ゆっくりと口を開いた。
「全てお話します。俺は……」
少し言いよどみ、一度深呼吸をするユージーン。
そして覚悟を決めると、その先を紡いだ。
「俺は古の王族の末裔です。俺の体には、この世界を治めた最初の王。その血が流れています」
ユージーン本人から語られた彼の秘密と正体に、蓮姫も未月も目を大きく見開き驚きの表情を浮かべる。
「ジーンが……古の王族の……末裔?…あの時の左眼の紋章も…ルーイやラピスと同じ証。…じゃあ……やっぱりジーンも王族なの?でも……古の王族は確か……」
蓮姫はユージーンに問いかけながらも未月へと視線を移した。
それを感じた未月も蓮姫を見つめながら彼女の言葉に続ける。
「……もう滅んでる。…全員…死んでる。…だから……女王がいる」
「……だよね。最後の王族を初代女王が処刑したから、それからこの世界は女王制度……彼女と同じ力を持つ想造世界の人間が王になった」
「そうです。『賢王と名高い古の王の一族でありながら、最後の王は堕落しきった暴君だった。だから想造世界から来た特殊な力を持った女が民衆をまとめ、反乱を起こし王族を処刑し悪政の根源を絶った。その後、世界を治める新たな王……初代女王となった』それが……この世界の者が知る歴史です」
「『この世界の者が知る歴史』?それにジーンが古の王の末裔ってことは……」
「はい。それは民衆を騙す為の嘘。偽りの歴史。真実は違います」
ユージーンは一度だけチラリと反乱軍達へ視線を送る。
憤怒の感情を込めて睨むイアンとその部下数名。
しかし彼等がどれだけ憤慨しようと、結局は自分への恐怖で何も出来ず、行動に移すことは出来ないだろう。
そう確信したユージーンは直ぐにまた蓮姫と未月へと視線を戻した。
「殺されたのは王の影武者とその家族です。本物の王は初代……古の王の盟友の助けで城や民衆、初代女王から逃げ延びました。古の王の代から仕える……誰よりも王の一族に忠義を尽くした……信頼出来る従者と共に」
「……そうか。…王が逃げたから…ユージーン生まれた。……先祖が…生きてたから……子孫も…生まれた」
「あぁ。全部、王を庇った奴等の目論見通りさ。殺されるべきだったその最後の王は、大罪人と呼ぶに相応しい悪行の限りを尽くしてたってのに。初代女王の事がなくとも、あの傾城の時代の王より遥かに歴史に名を残す愚王だ。奴は……ただ古の王の子孫ってだけで命を助けられた」
ユージーンの言葉に蓮姫は暗い顔をしてポツリと呟く。
「……王族というだけで…罪が許された。身代わりを使ってまで……生きる事を望まれた」
これはあくまでユージーンの先祖の一人の話。
だが、蓮姫の中でその王とは今の女王麗華と重なった。
麗華もまた、アビリタの者達に酷い仕打ちを……王以前に人として許されぬ行為をしたというのに、誰にも咎められていない。
「そうです。しかし彼に望まれたのは『生きること』ではなく『古の王の血を絶やさぬこと』でした。無事に僻地へと逃げ延びた俺の先祖、最後の王はそこで妻を娶り、直ぐに子が産まれました。無事に古の王の血を継ぐ子供が産まれた後は、その元王もシュヴァリエに殺されてます。もっとも……その殺したシュヴァリエも直ぐに王の後を追ったそうですが」
「シュヴァリエ?」
「……なに?…それ」
初めて聞く単語に蓮姫と未月は首を傾げる。
しかし蓮姫としては、それは初めて聞く単語ではなかった。
(『シュヴァリエ』って……想造世界で聞いた覚えがある。意味は確か……)
蓮姫と未月の反応を見て、ユージーンは『あぁ』と自分の説明が足りなかった事を自覚する。
「すみません。そこも説明が必要でしたね。『シュヴァリエ』とは古の王の妻……初代王妃が古の王とその一族を守る、特別な従者に付けた名称です。意味は……『王を守る忠義の騎士』」
「王を守る…特別な従者に与えられる称号?…『シュヴァリエ』が『王を守る忠義の騎士』なら……それってつまり…」
ユージーンの今の説明で、蓮姫の、そして未月の脳裏にはある単語が浮かぶ。
それはシュヴァリエと同じ意味として、現在この世界で使われている言葉。
それは家族や自分の命、人生といった全てを捨ててでも……主にのみ生涯を捧げ、忠誠を誓う者にだけ与えられる…特別であり絶対な称号。
与えられるのは王を……女王や姫を守る存在である騎士や従者の中でも、限られた存在。
二人の表情から察したユージーンは、一つ頷くと言葉を続けた。
「そうです。『シュヴァリエ』とは今で言う『ヴァル』のこと。その役職と絆を特別視した初代女王によって、後世へと残されました。名前を少し変えて」
「だから似た言葉で、同じ意味なんだ」
ユージーンの説明に納得する蓮姫。
だが彼女の中には新たな疑問が生じる。
(『シュヴァリエ』が騎士なら、想造世界の言葉と同じ意味だ。なんで古の王妃はソレを知ってたんだろ?)
古の王妃が付けた名称ならば、彼女はその騎士という『シュヴァリエ』の意味を知っていたのではないか?
想造世界の言葉を知っていたとしたら、ソレはある可能性に繋がる。
(もしかして……その王妃も想造世界の人間?……でも…この世界は想造世界の想像から造られた世界。ファイアーボールとかオリハルコンとか…向こうの世界で聞いた事あるようなモノもあるから……そうとは言いきれないのかな?……どっちにしろ、もう確かめる術は無いだろうし)
古の王妃はこの世界に実在したとはいえ、もう数千年は前の人物。
仮に蓮姫の予想通り、古の王妃が想造世界から来た人間だったとしても、既に故人だろう。
(もしジーンみたいに不死身になってたら?……ううん。それは無いな。もしそうなら、歴代女王の誰かが見つけてる。あの時……私がユリウスとチェーザレと一緒にいたのがバレたみたいに)
蓮姫は王都で久遠に見つかった時の事を思い出す。
かつて壱の姫の凛は想造力で自分と女王麗華の存在を感じ取った。
想造世界の人間なら、同じ想造世界の人間を感じ取れる。
(もう死んでしまった……この世界で偉大な王の妻だった人、か。シュヴァリエやヴァルは彼女が……あ)
「ジーン。そのシュヴァリエは……どうして自分の主を…殺したの?」
シュヴァリエがヴァルと同等の意味ならば、命を懸けて主に使える存在のはず。
しかし…そのシュヴァリエは主である最後の王を殺した。
無事に逃げ延び、子供も産まれた後で。
質問している蓮姫だが、彼女の中ではある程度の予想は出来ている。
主を殺して、自分も死んだいうのならば…。
「『シュヴァリエ』としての責任を取ろうとしたんです。王に最も信頼され、王の為に尽くすシュヴァリエでありながら……彼は王の暴政を何一つ止められなかった。止めなかった」
「責任を果たす為……主を殺して、自分も後を追った?」
「えぇ。最後の王が歴史に名を残す愚王となったのは、王を正せなかった臣下の責任。勿論、一番の原因は王本人ですが…シュヴァリエはそれを正せず、誤った道へと進ませた。せめて自分の手で殺す事が、彼なりの主への忠義だったのでしょう」
「……そっか。従者として……最後の忠誠を尽くしたんだね」
「はい。そして最後の王が死んでも、残された子供は、守り、育てられ、更にその子供もと、世間に隠され日の目を見ずとも王家の血は続き、残されてきました。最後の一人……末裔まで」
「それが……ジーンなんだね。じゃあジーンは……本当ならこの世界の」
蓮姫がその言葉の続きを口にする前に、今の今まで黙っていたあの男が、広間に響き渡るほどの大声で叫ぶ。
「王なのです!!貴方様こそ!我等が仕えるべき本物の主!この世界を統べるべき!真の王なのです!」
それはこの場にいる反乱軍の長、イアン。
あまりの声量に驚き、蓮姫がイアンの方を向くと、彼は全力で叫んだせいか顔を真っ赤にさせ、目が涙で潤んでいた。
蓮姫と共にユージーンも自分の方へやっと目を向けてくれた為、堰を切ったようにイアンは叫び続ける。
「貴方様は正統なる末裔!偉大なる古の王の血を引く御方!この世界でただ一人!真の王たる運命を持って産まれた方!女王共や偽物とも違う!貴方様こそ」
バシュッ!!
一瞬でユージーンから放たれた氷柱。
それは正確に、そしてわざとイアンの左頬を抉り、すぐ後ろの壁へと突き刺さる。
それによって、イアンの熱弁は止められた。
左頬が抉られ、ボタボタと血が流れているのに、イアンの体を支配しているのは、痛みではなく恐怖。
主と敬う相手から向けられる…色とは真逆の冷たさを帯びた紅の瞳……そして憤怒と殺気が、彼に死以上の恐怖を与えていた。
「黙れ、って……何度言わせる気だ?」