『怨嗟の実』の覚醒 6
「びっ……ざばぁ!!」
蓮姫を止めなくては。
そう思うのに、ユージーンの体は動かず、声も出ない……出せない。
それはこの場の、ツルギの、蓮姫の現状をユージーンが誰よりも理解しているからこそ、自分の内で強い葛藤があったから。
(今、姫様を止めたら、想造力で呼び出した奴の家族も消える。そうなったら……奴は化け物に戻り、今度こそ全員殺される)
またツルギが……『怨嗟の実』が覚醒したら、真っ先に殺されるのは蓮姫と未月だろう。
その後はこの場にいる全員が皆殺しにされる。
(奴を人間に戻せるかは姫様に掛かってる!それでも今の姫様があんな無茶をしたら!想造力を更に使えば!姫様の命が危ない!姫様!やめて下さい!姫様!!)
そう叫びたいのに、ユージーンの口は言葉を発さない。
(クソっ!ホントは分かってるんだ!姫様の意思は固い!誰が何を言っても……姫様は奴を助ける為に動く!自分の身を犠牲にしてでも!)
何を叫ぼうともツルギを助けたいという彼女の意思は変わらない、と蓮姫がどういう人間かを誰よりも知っている。
今の現状と蓮姫の心情を誰よりも理解しているからこそ、ユージーンには蓮姫にかける言葉が何一つ浮かばなかった。
(……姫様。…お願いします。死なないで下さい。貴女まで失ったら……俺は……)
そして数秒後、再び蓮姫が目を開けると、彼女は慈愛の満ちた顔で俯いているツルギの頬に手を添える。
『ツルギ』
蓮姫とは違う声にツルギは勢いよく顔を上げ、彼女の顔を見た。
「っ!?かぁ……さん?」
そこにいたのは蓮姫ではなく、ツルギの母。
彼女はそっとツルギを抱きしめると、角が生え化け物と化した彼の頭を撫で、優しく声をかける。
生きていた頃のように……ツルギがまだ子供だった頃と同じように。
『ツルギ。こんなになるまで私達を殺した人達を憎んで、恨んで……自分を責め続けていたのね。ずっと一人で……傷ついていたのね。貴方は誰よりも優しい子で……優しいお兄ちゃんだから』
「っ、かっ……さんっ!母さんっ!!」
忘れるはずも無い母親の温もりと優しい声。
ツルギはたまらず、蓮姫の体に……母親に抱きつき、泣き叫んだ。
「お、俺は!俺のせいで!俺が守れなかったからみんな!みんなみんなっ!」
そう泣き叫ぶツルギの姿は、徐々に化け物から人間の姿へと戻っていく。
母はそんな息子の背に手を回すと、優しく撫で続けた。
『ツルギを残して、先に逝ってしまってごめんなさい。でもね……もういいの。もういいのよ。もう自分を責めなくていいの。私もお父さんも、サクラもフブキも、ツルギのせいなんて思ってないわ』
「母さんっ、お、俺っ!俺は!」
『貴方は生きてくれた。私達を失った悲しみから命を投げ出さないでくれたこと、私達は本当に嬉しい。だから……化け物になんてならないで。私達は……ツルギに生きててほしいの。優しいままのツルギでいてほしいの』
「っ、母さん……でも…………もう誰もいない。俺は……一人ぼっちだよ。……嫌だよ。俺も……俺もそっちに逝きたい。っ、俺も!母さん達と一緒にいたいよ!」
家族を失い、生きる意味もまた失ったツルギにとって、母のそれは残酷な言葉にも聞こえた。
だが母は、ゆっくりと首を横に振りツルギの言葉を否定する。
『いいえ。ツルギは一人ぼっちなんかじゃないわ』
母がそう呟いた時、倒れていた未月がゆっくりと蒼い瞳を開ける。
「……あった……かい?……んぅっ…………まぶし……え?」
未月は視線を蓮姫へと向けると、彼の瞳にはツルギと違い、蓮姫と見知らぬ女の姿が重なって映る。
「……かあ……さん?」
それは蓮姫へと掛けられた言葉だったが、それに対して蓮姫とツルギの…未月の本当の母は同時に笑顔を浮かべた。
『大きくなったわね。お兄ちゃんと同じように、大切な人を守る……優しい人になったのね』
「……なに…………言ってる?」
目に涙が浮かべながら、彼女は片手を未月へと伸ばし、ツルギと同じように未月の頭を優しく撫でる。
『ありがとう……生きててくれて、ありがとう。これからも……大好きな人達を大切にして……大好きな人達と一緒に生きてね』
「……え?」
見知らぬ女に頭を撫でられ困惑する未月だったが、彼女は変わらず優しく微笑んだ。
『ツルギ』
「ふっ、うぅ………か……さん」
母に呼ばれ顔を上げたツルギの頬に、彼女は優しく手を添える。
『ずっと……ずっとずっと大好きよ。私達はいつまでも、いつまでも貴方達を見守ってる。私達はずっと二人のそばにいる。忘れないで』
『ツルギ』
『兄さん』
『お兄ちゃん』
母の言葉に同意するように、父も妹達もツルギの肩や背に手を乗せて微笑んだ。
『っ、か、さんっ……母さん!父さん!サクラ!フブキ!!うぁああああああああ!!』
ツルギは幼子のように母の胸に顔を埋め、泣きじゃくると、時間が来たのか、ツルギの母も父も妹達の姿は段々と消えていく。
母は最後に、家族を愛した息子が今後も生きていけるように……この子が生きる意味を見いだせるように、願いを込めて呟いた。
『大好きなツルギ。優しいお兄ちゃん。……アサヒをお願いね』