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『怨嗟の実』の覚醒 4


当然、そうはさせない、させる訳にはいかないユージーンだが、そんな彼は今……蓮姫のために動く事が出来ないでいた。


「び……ざまっ!はな……ぇて!」


それは体のダメージだけの問題では無かった。


体がいくら破壊され動かなくとも、ユージーンには強い魔力がある。


強い攻撃魔法を放てば、たとえ倒せなくてもツルギにいくらかのダメージを与えられるだろう。


せめて蓮姫が逃げるまでの時間……数秒でいい。


ツルギの意識を蓮姫から逸らし、こちらに向かせたい。


しかし今、蓮姫とツルギは密着(みっちゃく)しており、蓮姫の腕はツルギに(つか)まれている。


そんな状況で強い攻撃魔法を放てば、蓮姫とて無事では済まない。


巻き込まれるのは勿論だが、攻撃を受けた衝撃でツルギが本当に蓮姫の腕を引きちぎるかも。


今のユージーンに出来るのは、蓮姫に向かって、化け物から離れるよう叫び声を上げることのみ。


それすらも、内臓を破壊された彼には満足に出来なかった。


(クソッ!なんでよりによって!ガキの姿なんてもんが見えてんだよ!そんなもん見えなきゃ!姫様だって!)


蓮姫が女子供に(じょう)が深い事は、ユージーンが誰よりも知っている。


だが、もし蓮姫に見えていたのが幼い頃のツルギではなく、化け物に変貌(へんぼう)する前のツルギだったとしても……蓮姫には関係なく、彼女の行動は変わらなかっただろう。


蓮姫は(うら)みや(にく)しみに(とら)われる事の(むな)しさ、辛さ、悲しさを知っているから。


その先に待っているのは……破滅(はめつ)しか無い、と知っているから。


あのアビリタで造られた……蓮姫が殺す事しか出来なかったキメラのように。


「おいっ!さっさと逃げるんだよ!」


「離せっ!仲間の仇を!」


「俺達には奴を殺せない!死ぬだけだ!」


「それこそ本当の無駄死にだろうがっ!」


「お前達!さっさとその馬鹿を連れ戻せ!化け物が弐の姫しか見てない今のうちに!!」


ツルギに攻撃したあの反乱軍は他の仲間が無理矢理引き離した。


最後に叫んでいたイアンの言葉からも分かるように、彼等にはもうツルギと戦う意思は無い。


共に戦える者はいない。


蓮姫が助かる為には……蓮姫自身にかかっていた。


「お願いっ!やめて!人間に戻って!」


「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!ウルザい!うるザイィ!!だマレぇええ!!」


「黙らないっ!貴方を止めるっ!もう誰も殺させないっ!貴方を!本物の化け物になんか……っ!?」


蓮姫が必死に叫んでいると、ツルギは今まで引き離そうとしていた彼女の腕をグイッと引っ張る。


あまりにも乱暴で強いその力に、肩から腕が抜けそうな痛みが蓮姫を襲うが……それよりも更なる激痛が彼女を襲う。


ツルギは蓮姫の頭を丸呑みに出来るほどに大きく口を開くと、容赦なく蓮姫の左肩に牙を突き立て噛み付いた。


ガブッ!!


「っ!?あぁあああぁぁぁ!!」


肉に食い込む無数の牙。


今にも肉が食いちぎらそうな激痛に、蓮姫はたまらず叫び声を上げた。


今度は蓮姫の方が必死にツルギを引き離そうとするが、それはあまりにも無力で無意味な抵抗だった。


どれだけ引きはがそうと力を込めても、ドンドンと硬い肉体を叩いてもツルギはビクともしない。


むしろ余計に、牙が蓮姫の体に食い込んでくるだけ。


「ぐぅう!いおいぇぇえええ!ががぎぃいい!!」


言葉になっていないが、恐らく『弐の姫』『仇』と叫んでいるツルギ。


彼の殺意は薄まるどころか、強まる一方。


(だ、ダメだ。このままじゃ私も……皆も殺されちゃう!またこの人に……殺させちゃう!)


自分の死は更なる殺戮(さつりく)再来(さいらい)を意味する。


蓮姫の中には『死にたくない』よりも『死んではいけない』という思いがまだ強くあった。


しかし肩の激痛のせいで、まともな考えなど浮かぶ余裕もない。


(い、痛い!痛い痛い痛い痛い!!は、早く!早くなんとかしなきゃ!)


蓮姫が激痛と、まとまらぬ思考のままバタバタともがき、パニックを起こしていてもツルギには関係ない。


彼はグッ!と蓮姫に噛み付いている牙と(あご)に力を込め、そのまま彼女の肩を食いちぎった。


ブチィイイイ!!


「うあああああああああ!!」


耳を(ふさ)ぎたくなるような不快な……肉が引きちぎられる音と、蓮姫の叫び声が広間に響き渡る。


「いめざまぁあああ!!」


「ヒィイイっ!こ、殺される!弐の姫の次は俺達だ!俺達も殺される!」


蓮姫に向かって叫ぶユージーン。


逃げ惑い、ガタガタと震える反乱軍達。


そんな彼等の声すら肩を食いちぎられた今の蓮姫の耳には届かない。


その痛みは先程までの噛み付かれた痛みが生易(なまやさ)しく感じる程。


今まで感じた事の無い、それこそ失神しそうな程の激痛が蓮姫を襲う。


無意味に肩を抑えたくともツルギに(いま)拘束(こうそく)されている蓮姫にはそれすら出来ない。


おびただしい程の出血が辺りに飛び散る。


スプリンクラーのように飛び散る自分の血で視界は真っ赤に染まり、嗅覚は鉄臭い匂いしか感じない。


蓮姫の足元は流れ出る彼女の血で真っ赤に染まり、すぐ横に倒れている未月の顔にも血飛沫(ちしぶき)がピチャッ!と音を立てて飛ぶ。


蓮姫の血が顔に着いたその時……既に意識を失っている未月の(まぶた)と唇が、ピク…と動いた。



「………………か…………さん……」



確かに(はっ)せられた未月の小さな声。


しかしそれは、誰の耳にも届いておらず、未月もまだ意識を取り戻した訳でもない。


「いえざっ……ゲボっ!!」


『姫様』という言葉すらろくに発せぬユージーンだったが、蓮姫の惨劇(さんげき)()()たりにし、無理矢理にでも体を動かそうと血を吐きながらその場で(もだ)えるように動く。


(直接魔法を撃てなくても!俺が奴に体当たりでもすれば!)


先程、背中に衝撃を受けた際、ツルギは蓮姫から意識を逸らした。


強い魔法では蓮姫まで危険が及ぶ。


しかし弱いファイアーボール等を放っても、意味を成さないだろう。


そう考えたユージーンは、強い攻撃魔法を自身の後方に撃つ事で自分の体を飛ばそうと考えた。


ジェット噴射のように自分の体を飛ばして、ツルギの背中に体当たりするように。


手を足の先、後方に向けて伸ばすと(てのひら)に魔力を集中させる。


そして魔法を放とうとした瞬間、彼の背にドスッ!と重しがかかった。


「っ!?な、なん」


突然の出来事に驚くユージーンに、背中の重りが必死に訴える。


「いけません!貴方は何もしてはいけません!貴方こそ真の末裔!このまま我々と共に逃げ!生き抜かねば!」


その重しとはイアンだった。


彼はユージーンが何をするかを察し、ユージーンの背に倒れ込んで彼を必死に止めようとしていた。


「クゾッ!おいっ!!ばばべっ!!ばばえおっ!」


「いいえ!貴方が(しん)末裔(まつえい)であるのなら!私共には貴方様を守る義務があります!」


「ざげんばっ!どげっ!」


御無礼(ごぶれい)お許し下さい!ですが!貴方こそこの世で(もっと)(とうと)き方!真の王となるべき方なのです!死なせる訳には参りません!」


イアンを突き動かしているのは、幼い頃より植え付けられた一族の忠誠心。


いや、それよりも本物の王への忠誠心だった。


(この方は若様とは違い本物の王族!恐らく最後の末裔!この場で死なせてはならん!失ってはいかんのだ!)


女王ではなく、(いにしえ)の王の末裔たる本物の王への忠誠心が彼を動かしていた。


ユージーンには先代女王にかけられた不死身の呪いがあり、死ぬ事は無い。


だがそんなものは、この場で初めて出会ったイアンが知るはずもないこと。


ユージーンは蓮姫を助けるため、イアンはユージーンを死なせないため、二人はバタバタもがく。


いくらユージーンが強い魔力を持ち、詠唱を不要としていても、集中し魔力をコントロールできなければ強い魔法は発動しない。


そうこうしているうちに、ツルギは再度大きく口を開き、今度は蓮姫の右肩にガブッ!と噛み付いた。


「ああああああっ!」


右肩まで食いちぎられたら、今度こそ蓮姫は死ぬ。


このままでも、左肩の出血で失血死するのは時間の問題。


早くしなければ。


早くこの化け物を止めなければ。


必死にツルギの体を押し返そうと、もがく蓮姫。


そんな蓮姫の行動は、まだ憎い仇が死んでいない証拠だとツルギの憎悪を助長させた。


「ががぎ!ごおず!!ががぎぃ!!」


ツルギは怒りのまま左肩と同じく彼女の右肩を食いちぎろうと、顎と蓮姫の右肩に噛み付いた牙に力をこめる。



「………か………さ……。かあ……さん」



ふと呟かれた未月の言葉。


今度はツルギと蓮姫の耳にもしっかりと届いた。


「が?………がああん?」


ツルギは蓮姫に噛み付いたまま、聞こえた言葉をオウム返しに呟く。


その視線の先には、地面に横たわる未月。


ツルギはふと開かれた未月の瞳を見つめる。


それは光を宿しておらず、まだ意識が覚醒(かくせい)していない証拠だが……ツルギは未月の深く蒼い瞳から目を()らせなかった。


死んだ弟と同じ……かつて母に言ったような、綺麗な海のように蒼い瞳。



「……………ぁ………ああ…い?」



死んだ弟と……アサヒと同じ色の瞳。


そう感じた瞬間、ツルギの脳裏には家族と、そして赤ん坊だった弟と過ごした日々が走馬灯のように駆け巡った。


「……あ……あぁ………ああああ…」


母の手料理を家族で食べた日々。


仕事から帰ってきた父を皆で出迎えた日々。


妹達と遊んだ日々。


弟のアサヒを抱きしめた日々。


そして……愛する家族が絶命し横たわる姿。


かけがえのない(いと)しき日々の記憶。


どうあっても変えられない過去の記憶。


失った家族への愛しさと、家族を失った事への悲しみ。


そしてそのツルギの記憶と感情は……ツルギの腕や牙、体を通じて、鮮明に蓮姫へと流れてきた。

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