『怨嗟の実』の覚醒 3
「ユージーンッ!!」
蓮姫を説得するユージーンだったが
彼の耳に未月の叫び声が響く。
その声にユージーンが振り向く間もなく、彼は壁へと吹っ飛ばされた。
「っ!?ジーン!!?」
「ガハッ!!?」
壁に体をめり込ませながら吐血するユージーン。
彼は自分が、あの大きな殺気に反応すら出来なかった事実に衝撃を受ける。
(嘘だろ!気配を感じた瞬間に吹っ飛ばされた!?クソ!今ので背骨がイカれた!まずい!!)
「びっ……ゲボッ!!び、びべ……ざ…」
蓮姫に逃げるよう伝えたいユージーンだが、今の攻撃で壊されたのは背骨だけでなく内蔵もだ。
声を出そうとすると、喉の奥から血が溢れ出て喋る事もままならない。
「ジーン!?」
「母さんっ!逃げよう!」
ユージーンへ叫ぶ蓮姫だったが、そんな彼女の腕を未月が強く掴む。
この場から直ぐにでも二人で逃げる……もしくは蓮姫だけでも逃がそうとする未月だったが、そんな二人に巨大な影がかかった。
視界が暗くなった瞬間、未月は反射的に蓮姫の体をドンッ!と全力で突き飛ばす。
「っ!!?みつ」
突き飛ばされた瞬間、蓮姫が未月の名を叫ぼうと口を開いたが、最後まで告げることなく言葉は途切れた。
顔面にビチャッ!と血を浴びながら、蓮姫は目を見開く。
彼女の目の前では未月が……彼の体が、無数の大きな棘に貫かれ、血を吹き出していたからだ。
その未月の後ろには……体から無数の棘を出した、あの化け物のような姿のツルギ。
「っ!?未月ぃーーー!!」
泣きながら未月の名を叫ぶ蓮姫。
未月は焦点の合っていない目を蓮姫に向け、僅かに口を動かした。
「がっ!……がぁ………ざ……にげ………ブフッ!?」
喋る未月に構わず、ツルギは体から飛び出た棘を全て未月の体から引き抜き、自身の体に戻す。
棘が無くなった事で未月の体からは止めどなく血が流れ出ていた。
「未月っ!未月ぃ!!いやっ!!いやぁぁぁあああああ!!」
「ニノヒめ……ゴわ…ス。…にのヒメの……ミカた…もぜんブ……ゼんブゴわず…」
泣き叫ぶ蓮姫にはツルギの声など届かない。
彼女は逃げることもせず、血塗れで倒れた未月を見つめ、ただ絶望するしか出来なかった。
そんな彼女を見下ろし、殺意を込めて手を伸ばすツルギ。
「…ガだ…ギ。…にノヒ…め……ごワす………ゴワ………………あ゛?」
ツルギの手が蓮姫の頭に触れる直前……ツルギは自分の足に違和感を持ち、その手を止めた。
ツルギが自分の足元を見ると、そこには未月の手が触れていた。
「…???……ォマ…え………なん……ダ?」
「がぁ…ざ…………まも………に…げ……」
未月はあの時と同じように、ツルギの足にしがみつき蓮姫を守ろうとしていた。
だが体に無数の穴が開き、血を多く流す未月に、最早そんな力など残っておらず、彼は蓮姫を守りたい本能から無意識に手を伸ばしただけに過ぎない。
今の未月には……ツルギにその程度の抵抗しか出来なかった。
今の未月には……その程度の事しか出来なかった。
しかし……そのほんの僅かな未月の抵抗こそ、今後の展開を変える大きなきっかけとなった。
「ガァ……ざん゛?………がぁザ………っ!?あ……ああ゛……あア゛ア゛ア゛ア゛!!」
ツルギは頭を抑え、広間全体に響くほどの絶叫をする。
それは化け物に相応しい恐ろしい姿。
だが蓮姫の目にその姿は……苦しみ、泣いているように見えた。
『母さん!母さんっ!!なんで!なんで死んじゃったの!?もっと!もっと母さんと一緒にいたかったのに!ずっと!ずっとずっとずっと!!母さんと!父さんとサクラとフブキと!アサヒと一緒にっ!一緒に生きたかったぁああ!!』
化け物に重なって、あの男の子が泣き叫ぶ。
その涙を見たのは、彼の心の叫びを聞いたのは……蓮姫だけ。
そして現実……化け物の方のツルギは、ガシガシと頭を掻きむしり、狂ったように未月に向かって叫ぶ。
「ああぁア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!ゴイづ!ごイづぅうううう!!がぞグゴッこノォオオオオ゛!!」
ツルギは未月から放たれた言葉にならぬ声に反応し、未月が……自分の足に触れる者が誰かを思い出した。
先程まで戦っていた……あの弐の姫と『家族ごっこ』をしていた子供だ、と。
蓮姫からは完璧に目を逸らし、未月を見つめるツルギの顔面にはビキビキビキと血管が浮き出てきた。
「ごのォがキぃいいいい!!ニノひめのガきぃ!!ごいづもゴロッ!ゴワッ!グブルゥううう!ゴロゴわずぅうううう!!」
ツルギは叫びながら、右手を歪に尖った刃物のように変形させる。
未月にトドメを刺す為……否、彼をあの反乱軍達の成れの果てと同じく、肉塊や肉片にしようと。
なんの迷いもないツルギは、容赦なくその右手を未月へ突き刺そうとした。
グサッ!!
肉が刺さる音と共に血が飛び散る。
だがその血は、未月のモノではなかった。
「ぐっ!!……や、やめて。……もうやめて」
その声の……血の主は蓮姫。
彼女はツルギと未月の間に入り込み、両手を広げて未月を庇うように片膝をついていた。
ツルギの刃のような右手は、蓮姫の左胸の上を貫通している。
「ア゛ァ?にのヒ……めぇ?」
急に現れた蓮姫に面食らい、硬直するツルギ。
蓮姫は体を貫かれた痛みに堪えながらも、ツルギに言葉をかける。
涙を流しながら、懇願するようにツルギに訴え続ける。
「お願い。もうやめて。もう……こんな事しないで。未月を……殺さないで。もう誰も……殺さないで」
憎い仇からの涙ながらの訴え。
仇でなくとも今から殺そうという相手のそんなモノ、聞く価値などあるはずもない。
それなのに……言われたツルギ本人は、その言葉に耳を傾ける。
ただの汚い女の惨めな命乞いだと思いたいのに、彼女から……蓮姫の涙から目を逸らせない。
「お願い。こんな事……もうやめて。こんな事したって……貴方が苦しいだけだよ。……悲しいだけだよ」
「……なニ……いっデる?」
「もうやめよう。今ならまだ……大丈夫だから。……お願い」
「いダミで……おがジグナっだが?」
「痛いのは……貴方の方でしょう?」
「ナん……だと?」
「ずっと痛いんでしょう?痛くて、苦しくて、悲しくて……たまらない。そうなんでしょう?だから……涙が止まらないんでしょう?でも……こんな事しても何も変わらないよ。…今も……貴方は泣いてる」
この女は何を言っているのか?
ツルギには意味が分からない。
自分は怒り狂う事はあっても泣いてなどいない。
それでもツルギは、蓮姫の言葉を遮らずにしっかりと最後まで聞いている。
攻撃もせず、叫ぶこともせずに。
「ねぇ……お願い。もう……」
『泣かないで』
そう告げるはずだった。
しかし蓮姫が言葉を告げる前に、ツルギの背中にはドンッ!と衝撃が来る。
「っ?なん、ダァ?」
ツルギがゆっくりと首を後ろに向けた先には、あの反乱軍の一人がいた。
その者は手を前に突き出し、ツルギの背中からは煙が立っている。
その反乱軍の彼がツルギへ攻撃魔法を放ったのだと、蓮姫は状況を理解した。
だが蓮姫が制止の声を掛ける前に、反乱軍の男の方が興奮したように叫ぶ。
「この化け物め!よくも仲間を殺したな!長っ!弐の姫が奴を引き付けている今こそ!」
「ばっ!?馬鹿者!!何をしているのだ!?さっさと逃げろ!」
離れた場所の瓦礫に隠れていたイアンは、部下に向けて慌てたように、そして狂ったように怒鳴る。
だが怒鳴られた方の部下とて、興奮しているのか自分達の長に向けて怒鳴り返した。
「長っ!我々でこの醜い化け物を殺すんです!そうでなくば!死んだ者達が浮かばれない!我等一族は誇り高き王の一族です!こんな化け物に殺される為に生きてきたのではありません!」
「この大馬鹿者めっ!綺麗事を言っている暇があれば逃げろっ!」
「長っ!!」
部下のソレは勇気ある行動であり、仲間の仇を討とうという強い決意の現れ。
本来なら賞賛されるモノだろうが……今、この時、この場では余計な行動でしかない。
今の今まで静寂が……静かな空気が広間を覆っていたというのに、彼の攻撃のせいで、この地には再び強い殺意が広まった。
「はん……ラングん!ハンらんグン!!」
「ぅあっ!!」
再び反乱軍への殺意と怒りが沸いたツルギは、また顔中に血管を浮かび上がらせ、蓮姫に刺さっていた片手を勢いよく抜いた。
それにより蓮姫の肩からは勢いよく血が吹き出す。
しかしツルギはそんな蓮姫には目もくれない。
ツルギの標的は蓮姫から完全に反乱軍達へと移った。
家族を殺したもう片方の仇……その仲間達へ。
「があザンど!どうざンヲゴロじだぁあああ!!ハんらんぐンんんんんん!!ごっ!ごロジッ、ゴロじデやるぅうううう!」
反乱軍へと叫び、その場からツルギが飛び出そうとした。
だがそのツルギに……あのユージーンですら反応出来なかった速度に、蓮姫は反応する。
ツルギが殺意を強めた瞬間、グスグスと泣いていただけのあの男の子が……自分の体を強く抱きしめ、泣き叫ぶのが見えたから。
咄嗟に蓮姫は、その男の子と重なるツルギへ手を伸ばし、彼を止める。
「っ!!?ダメっ!!もうやめて!!もうそんなことしないで!やめてぇえええ!!」
「っ!?はなゼッ!!はナぜぇえええ!!」
必死に足にしがみつく蓮姫だったが、当然ツルギも抵抗し、蓮姫の手を引き離そうとした。
化け物のとんでもない馬鹿力で、蓮姫の両腕は引き裂かれそうにミシミシと音を立てる。
血管も所々切れたのか、腕や肩という様々な箇所から血が噴き出た。
「ぐっ!あぁっ!!」
「はなぜェ!!やヅラをぉお!やづラをゴロすぅううう!!」
「は、離さないっ!絶対に離さないっ!!貴方を止める!もう貴方に人を殺させないっ!!殺させたくない!!」
ツルギの殺意は相当なものだというのに、ソレを止めようとする蓮姫の意思もまた確固たるものであり強い。
あの反乱軍の部下はまた何かを仕掛ける前に、仲間が無理矢理抑え込んでいた。
今しかない。
今、止めなくては……ツルギはまた、この場で殺戮を繰り返すだろう。
自分以外の人間…最後の一人を殺すまで。
ツルギを止められるのは蓮姫だけ。
その蓮姫とて……いつ殺されてもおかしくない。