黄金の瞳 13
今、自分の足元にしがみついているのは、憎い弐の姫の従者。
あの日の自分ではない。
この男は、仲間や家族を捨ててまで敵である弐の姫を選び『母』と呼んでいる。
家族を捨てたくせに、弐の姫と家族ごっこをして、のうのうと生きている……ゴミのような男。
この男はあの日の自分とは違う。
この男と自分は…決して違う。
それなのに……何故かこの男が…未月が、ツルギにはあの日の自分に…弟アサヒを守れなかった自分に見えてしまった。
「ぅっ……あ………あぁ…」
それと同時に、弟が踏み潰された場面がツルギの脳裏にフラッシュバックする。
ツルギは反射的に蓮姫から手を離すと、自分の頭を抑えた。
急に地面へ足がつき、ふらつく蓮姫だったが、その瞬間、蓮姫とツルギの間には風が吹き抜け、蓮姫は誰かに抱えられて後方へと移動する。
蓮姫が顔を上げると、そこには彼女が誰よりも信頼する従者の姿。
「……ジーン?」
「遅くなりました。申し訳ありません、姫様」
ユージーンは蓮姫を右手で抱きしめるようにし、逆の左手では傷だらけの未月を抱えている。
「っ!?未月っ!」
「……が…がぁざ……ゆ…じ」
「無理に喋るな、未月。よく持ちこたえたな。お前は立派に姫様を守ってくれたよ。ありがとな。もう休んでいい。後は俺に全部任せろ」
ユージーンの優しい言葉と微笑みに、未月も自然と笑みを浮かべた。
ユージーンが来たのなら、蓮姫はもう大丈夫だ。
彼の強さは未月も知っている。
未月の笑みはユージーンが来てくれた安心と…今の言葉が嬉しかったから。
今まで反乱軍として、一族として命令されるまま任務を淡々とこなしてきた自分。
そんな未月の行動は一族にとって当たり前の事で、未月を褒めた者などいない。
未月自身も褒めたれたいと思った事は無いし、褒められないのは当然の事だった。
そんな未月を……ユージーンは優しく褒めてくれた。
労わってくれた。
ユージーンは蓮姫から手を離すと、未月を床へゆっくりと寝かせる。
「姫様。未月の手当を」
「分かってる!ありがとうジーン。ありがとう…未月」
「がぁ…ざ……おで…」
「今、傷を治すから。ありがとう。本当にありがとう、未月」
想造力が発動し、蓮姫の手から発した温かい光に包まれる未月。
(……あったかい。…やっぱり…母さんは……母さんだ。あったかくて…やさしくて……大好きな…俺の母さん…)
やはり涙は止まらない蓮姫だが、その瞳からは慈愛が溢れている。
その後ろにいるユージーンも、心配そうに自分を見つめている。
二人の視線からは未月を…自分を大切に思う気持ちが、痛いほどに伝わってくる。
自分を認め、思いやる仲間の存在が…こんなにも嬉しいのだと、未月は改めて知った。
未月はもはや、初めて会った時の反乱軍の戦士13ではない。
任務にだけ執着し、縛られていた13ではない。
(…任務なんて……関係ない。…もし母さんや…ユージーンが……『もう守らなくていい』とか…『任務はもうない』とか言っても……関係ない。…そんなの…もういい)
未月の心には新たな決意が芽生える。
(俺は……大好きな母さんと…大好きな皆と…生きたい…。ずっと…一緒にいたい)
それは決意であり、未月自身の自我の芽生えでもあった。
「クソっ!あれだけ我等を馬鹿にして!今度は弐の姫と共に逃げる気かっ!」
「散々我等を『愚か者』などと詰っておいて!貴様の方はどうなのだ!?愚かな弐の姫を庇う大馬鹿者めが!」
「やはり弐の姫共々ここで殺してくれるっ!」
ユージーンが自分達の元から離れ、蓮姫へと駆けつけた事で反乱軍達は苛立ちを隠す事なくユージーンへ怒鳴る。
そんな反乱軍達の声を聞き、蓮姫は未月への治療の手を止めることなくユージーンへ尋ねた。
「ジーン。あの人達はどうするの?」
「倒しますよ。どいつもこいつも雑魚ですから。本当は直ぐに片付けるつもりだったんですが……奴等が興味深い話をしてきたので、この機に探っていました」
「興味深い話?」
「はい。ですが今は、姫様と未月の方が危険と判断したので、アイツらを放って駆け付けた次第です。心配なさらずとも大丈夫ですよ。マジで雑魚共なんで。しかし問題は……」
「おい貴様っ!弐の姫を殺すと大見得きっておいて!何を手こずっている!」
ユージーンがチラリとツルギの方へ視線を向けた直後、反乱軍達もまた怒りの矛先をツルギへと変えた。
「所詮貴様もその程度かっ!一族でない者は!これだから信用出来んのだっ!」
「『怨嗟の実』の真の力すら引き出せんとはな!貴様の弐の姫への恨みはその程度か!」
「………なん…だと?」
聞き捨てならない言葉に、ツルギは頭を片手で抑えたまま反乱軍達を睨みつける。
ツルギが大切な家族を全て失っても尚、生き続けているのは…家族を殺した憎い敵を討つ為。
弐の姫や反乱軍への憎しみと恨みだけで生きているツルギに、反乱軍の男達は更なる暴言を吐いた。
「貴様は家族を殺されただけだろうが!そんな貴様の憎しみや恨みなどたかが知れている!塵芥と同じ!ちっぽけなモノだ!」
反乱軍の一人かそう叫んだ瞬間、ツルギの心臓はドクンッ!と脈打つ。
怒りで体中の血管が沸騰したように全身が熱を帯び、ツルギはわなわなと震えながら両手で頭を抱えた。
「あ…………あ゛ぁ……あぁア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!」
ツルギは絶叫しながら、ガシガシと血が吹き出るまで乱暴に頭を掻きむしった。
「…家族を……殺されただけ?…っ、殺された『だけ』だと!?ふざけるなっ!!」
ツルギは頭を掻きむしる事は止めずに、顔面を自身の流れる血で真っ赤に染めながら叫ぶ。
「お前らに何が分かる!?お前らに!奪った者達に!奪われた者の気持ちが分かるかっ!?分かるはずが…っ!?あ……がっ……ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!」
ツルギは叫びながら、狂ったように頭を掻きむしり続ける。
その様はあまりにも異常だった。
ツルギの様子の異常さに蓮姫は顔を青ざめる。
「…あの人……なんで…なんであんな…」
「元々狂った男でしたが、更にとち狂ったんでしょうね。『反乱軍に下った訳じゃない』…か。あちらはあちらで何やらありそうです。まぁ興味皆無ですけど」
「っ、ジーン!あの人を助けなきゃ!」
「はい?助けるって」
「あの人!さっきより苦しそうなの!さっきより泣いてるの!」
「姫様?一体何を?」
またいつもの蓮姫のお人好しが出たかと思ったユージーンだったが、蓮姫の様子もまた普段と違う事に気づく。
蓮姫の言葉にツルギへと視線を向けたユージーンだったが、その結果、彼女の言葉の意味に更に困惑するだけ。
確かにツルギは苦しんでるように見えなくもないが……泣いているようには見えない。
仮に涙が流れていたとしても、血で真っ赤に染まる顔からソレが確認できるはずもない。
それでも蓮姫は必死の形相でユージーンの服を掴み、力の限り叫ぶ。
「あの人を助けないと!早く!早くなんとかしなきゃ!戻れなくなる!」
「姫様。落ち着いて下さい。何処に戻れないんです?」
「分かんないっ!私にも!何がなんだか分かんないの!でも!でもあの人!このままじゃダメだ!このままじゃ本当に……っ、手遅れになるっ!」
蓮姫の言葉はユージーンの頭を更に混乱させるだけ。
しかし、彼女の表情がその深刻さを物語っていた。
(姫様だけが……何かを感じてるっていうのか?だとしても……あいつは姫様を仇と憎んでる。殺したい程に。いくら姫様の頼みだからって…奴を助ける理由は…)
蓮姫にいくら懇願されようと、ユージーンの中で既に答えは出ている。
蓮姫を殺したい程に憎んでいる男。
恨みや憎しみを抱えたまま蓮姫を殺しに来た男。
ユージーンがツルギを助ける理由など無い。
たとえツルギにどんな過去があろうと、ツルギが恨み以上に何かを抱えていようと、ユージーンはツルギを助ける気など無かった。
そしてツルギが苦しんでいても、仲間…というか、手を組んでいる反乱軍達もツルギを助ける素振りすら無い。
「まさか…今になって『怨嗟の実』が?」
「はっ!だから何だと言うのだ!奴ごときが『怨嗟の実』の覚醒に耐えられるものか!」
「そうだ!所詮、奴は一族ではない!ここで弐の姫諸共殺したとて!なんの問題もないのだ!」
「そうだ!あの……銀髪諸共な!」
「っ!!?待て!」
反乱軍の敵意は既に蓮姫だけでなく、ユージーンへと向いていた。
ここに来た反乱軍達の中で、ユージーンは蓮姫よりも…弐の姫よりも殺したい存在となった。
ただ一人……ユージーンの正体に気づいたイアンを除いて。
だが、いくら長であるイアンが止めても、聞く耳を持つ者はいない。
「我等を偽物などと愚弄しおって!」
「その言葉!死をもって償うがいい!」
「我等の恨み!その男以上の!代々続く恨みと憎しみの深さを思い知れ!」
反乱軍達は口々に蓮姫やユージーンへ叫ぶと、両手を広げ、揃ってあの呪文の詠唱を始めた。
「「「「我が生の源!我を生かせし全ての力!」」」」
それは玉華で反乱軍が使おうとした自己犠牲型の自爆呪文。
これだけ多くの者が一斉に自爆の魔法を使えば、ここにいる者全てが死ぬだろう。
しかしそんな彼等を見ても、ユージーンが余裕を崩す事は無い。
「またこの呪文か。反乱軍ってのはワンパターンだな」
「黙れっ!我等は命など惜しくない!貴様と弐の姫さえ殺せればそれでいいのだ!!」
「他人の心配をする暇があったら這いつくばって無駄な命乞いでもするがいい!」
「別にお前らの心配なんざしてねぇよ。死にたきゃ勝手に死ね」
「ジーン!私がまたあの人達を止め……っ!」
ユージーンが呑気に反乱軍と話している間も、蓮姫は反乱軍の自爆を止めようと立ち上がる。
しかし想造力が上手く使えない環境下で、未月の怪我を治す為に無理をしたせいか、立ち上がった瞬間に意識が軽く遠のく蓮姫。
そんな彼女を支えながらもユージーンは優しく蓮姫を労る。
「無理なさらないで下さい。姫様」
「……ぅ………で………でも…わたしが……とめ…なきゃ…」
なんとか意識を保つ蓮姫だが、今の彼女に出来るのはそれだけ。
疲弊しきった体で、しかもこの海底神殿で、蓮姫は強い想造力を発動出来ない。
あの時は…玉華では蓮姫が想造力で反乱軍達全員の自爆を防いだが……今の蓮姫にソレは…かなり難しい。
それでも自分がやらなくてはならない、と蓮姫の瞳は強く語っていた。
そんな彼女の決意や不安を知りつつ、ユージーンは優しい言葉を続ける。
「大丈夫です。俺がなんとかします。奴等全員の意識を逸らせば、自爆の発動自体は一旦止まるでしょう。俺なら……いえ、相手が奴等ならソレは簡単に出来ます」
「……ジーン?……何をする気?」
「……本当は…こんな形でバラしたくなかったんですが……申し訳ありません、姫様」
蓮姫の問いには答えず、ユージーンは蓮姫を片手で抱き寄せたまま反乱軍を見据えた。