表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
406/433

黄金の瞳 12


目の前にいる男は老人のように真っ白な髪をして、顔の左側は皮膚が(えぐ)れ、()きでた真っ赤な眼球の中心には真っ黒な瞳。


それはまるで血の海に浮かぶ闇の塊。


その顔は誰がどう見ても(みにく)く、(おそ)ろしい化け物のよう。


しかし蓮姫には、この化け物が泣いているように見えていた。


彼が……ツルギが素顔を(さら)した、あの瞬間から。


(……この人は……ずっと私に強い殺意と…憎しみを向けてる。それは変わらないのに……今は…それ以上の悲しみが伝わってくる。痛いほどに…苦しいほどに)


蓮姫には分からなかった。


自分にだけ彼が泣いているように見えるのは、彼の…ツルギの発言や未月の様子から薄々気づいてはいる。


当然、ツルギ本人は蓮姫と違って涙など流していない。


でも蓮姫の目には彼が悲しんでいるような、苦しんでいるような姿にしか見えないのだ。


見えるだけでなく、彼を見ていると胸が締めつけられるように苦しく、痛い。


今の蓮姫はツルギの言う通り、戦意を喪失(そうしつ)していた。


泣いている人間を目の前にしては、どうあっても戦意など()いてこないから。


今の蓮姫の内にあるのは、それ以外の感情。


(…ダメだ。……この人とは…戦えない。私はこの人と……戦っちゃいけない)


この男を倒すなど、そもそも蓮姫と未月の実力では難しいが…そんな理屈など今は関係ないし、どうでもいいとすら思える。


(私にだけこの人の涙が見えるなら……私だけは…この人と戦っちゃいけない!)


「やめて!戦わないでっ!」


ツルギと戦わない。


そう決意した蓮姫は、涙を流したままツルギへと叫んだ。


未月へ剣を振り下ろそうとしていツルギは、蓮姫の言葉でピタリとその手を止める。


(届いた!?そのまま聞いて!)


「ねぇっ!お願い!もう!」


蓮姫が再度叫んだ瞬間、ツルギは振らつく未月の体を剣ごと殴り、倒れた未月の腹を踏みつけた。


「ぐあっ!」


「っ!!?未月っ!」


「弐の姫よ。今のはなんだ?命乞(いのちご)いか?自分や従者への?そんなもの……聞くはずないだろうがっ!」


ツルギはそう叫ぶと、未月に馬乗りになり、彼の顔面を容赦なく殴り出した。


何度も何度も。


抵抗しようともがく未月だが、ツルギが未月を殴る度に地面がひび割れ、未月の体は沈んでいく。


異変はそれだけではない。


未月は確かにがいているが、それだけで全力の抵抗が出来ずにいた。


(コイツ…殴る度に…重くなって……ヤバい。…内臓や…骨が……潰れる。…それに……魔法が…魔力が…出せない)


未月は魔法を使えず、殴られる度に自分に乗る男の重量が増え地面に沈んでいく。


ミシミシと体が(きし)む音、自身が殴られる(にぶ)い音が耳に響く度に、自分が死へ近づいているのを感じる未月。


こうなっては……未月は()(すべ)なく、その命が尽きるまで殴られ続けるだろう。


「ぐっ!ぶっ!がっ!?」


「未月っ!?やめてっ!」


「貴様のくだらん命乞(いのちご)いを!俺が聞くと思ったか!お前等を見逃すと!助けるとでも思ったか!?聞く訳ないだろ!俺はっ!お前等をっ!殺しに来たんだからな!よく見ろっ!」


ツルギが叫び、暴行を繰り返す度に、未月の体から血が吹き出す。


殴る音とは違う…バキッ!という骨が折れる音が聞こえると、蓮姫はたまらずツルギへと駆け出し、その体にしがみついた。


「お願い!やめてっ!」


蓮姫は必死にツルギを未月から引き離そうとするが、力で勝てる訳もない。


そんな蓮姫の行動は、ツルギにとってとても不快だった。


全身に鳥肌が立つほどに。


「離せっ!(きたな)らしい手で触るなっ!」


「うぁっ!」


ツルギは未月にしたように、容赦なく蓮姫の顔も殴りつける。


それでも蓮姫はツルギから手を離そうとしない。


自分の背中にまとわりつき、自分を従者から引き離そうとする弐の姫。


自分に触れるその手は…未月にとって優しく温かい蓮姫の手は……ツルギにとっては汚らわしいだけ。


ツルギは上体をよじり蓮姫の顔面と肩を掴み、彼女の体を無理矢理押して引き剥がそうとする。


「離せっ!離せって言ってるだろっ!このっ!触るなっ!汚い手を退()けろっ!」


「は、はなさ…ないっ!」


「っ!?なんだとっ!」


「お…願い……っ、お願い!もうやめて!もう戦いたくない!貴方と戦いたくないの!やめてぇ!」


泣き叫びながら告げられた蓮姫からの…憎い弐の姫からの懇願(こんがん)


その言葉に、ツルギの中にある弐の姫への憎しみと怒りが更に膨れあがる。


「っ!?……貴様という女は…っ、何処までも自分の身が大事かっ!」


(みにく)い顔を更に憎悪(ぞうお)(ゆが)めると、ツルギは立ち上がり蓮姫の髪を乱暴に掴み上げた。


「キャアッ!!」


「戦いたくない!?自分は死にたくないっていうのか!?何処までも意地汚く!(みにく)(いや)しい!化け物以下の女め!前言撤回だ!やはりお前から殺してやる!」


ツルギが片手で蓮姫の前髪を掴んだまま持ち上げると、彼女の足は地面から離れ体は宙に浮く。


いくら化け物のような顔をしているとはいえ、体格はユージーンと変わらぬ男の何処にこんな怪力があるのか?


蓮姫の悲鳴が聞こえ、未月はヨロヨロとツルギへ手を伸ばす。


「が、があさ……やめ」


「お前もうるさいんだよっ!」


ツルギは片足を上げると未月の顔を踏みつけようとするが、未月は傷ついた体でなんとかソレを避け、ツルギの足にしがみつく。


「がっ、があざっ…ゲフッ!ぐっ……に…逃げっ……おねがっ……にげでっ!」


何度も殴られ続けた未月の鼻や歯は折れ、口内は傷つき血まみれ。


(ひど)いのは顔だけではなく、肋骨(ろっこつ)や内臓もいくつか潰れている。


立つことはおろか、上手く(しゃべ)る事すら出来ていない。


それでも未月は、ボロボロの体を必死に動かし、今出せる全力の力でツルギにしがみつく。


体は横たわったまま、鼻血を流し、血を吐きながらも、未月は叫ぶのをやめない。


「があ……ざを…はな…せっ!」


「未月っ!」


「この()(ぞこ)ないがっ!さっさと俺の足から離れろ!こんなクソ女に!貴様がそこまでする価値なんて無いだろうがっ!」



「おれっ…のっ!おれの……があざ…だっ!…まも…るって……いっじょ…いぎる…って…やぐぞぐ…じだ!おれがっ…があざ…まも…る!があざんを…はなぜ!があざんを……がえぜっ!!」



未月が叫んだその瞬間、ツルギの心臓はドクンッ!!と大きく脈打つ。


そして脳裏に浮かんだのは……15年前…同じような状況で叫んだ自分の言葉。



『俺の弟を!弟を返せ!守るって!俺が守るって!約束したんだぁっ!!』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ