黄金の瞳 11
ユージーンと反乱軍達が膠着状態でいるこの時。
蓮姫もまた、自分を殺そうとしている敵を目の前にして動けずにいた。
彼女は自分が殺されそうだというこの時…ただ黙って、醜い顔を晒す男を見つめ……涙を流し続ける。
それは誰が見ても、化け物のような男の素顔を恐れ、怯えている少女にしか映らない。
現に蓮姫を母と慕う未月や、蓮姫を憎き仇だと殺そうとする醜い化け物のような素顔をしたツルギには、そうとしか映らなかった。
「…母さん。…大丈夫……大丈夫だ。…母さんは…俺が守るから。たとえ相手が…化け物でも……俺が絶対守るから」
未月は蓮姫を背に庇いつつ、彼女に優しく声を掛ける。
それは未月が普段から蓮姫に掛けてくれる声と同じ、相手を安心させる優しい声。
また蓮姫だけでなく、未月の言葉は自分自身への誓いでもあった。
(母さんは俺が守る。…相手がなんだろうと守って……これからも…母さんと一緒に生きる。母さんの笑顔は……優しくて…あったかい手は……俺が守る)
だがそんな二人を見て、ツルギは鼻で笑った。
「はっ!お前の目は恐怖に染まっているぞ。そんな痩せ我慢…いつまで続くかな?」
「俺は…お前なんか怖く…ないっ!」
「わざわざ口に出すのは怖がってる証拠だ。『守る』とか『怖くない』なんてのはな、本当に怖くない奴は言わないんだよ」
「だ、黙れ!俺はっ!俺は母さんを守る!」
「威勢がいいな。しかし、お前がそこまで必死になって守りたい母さんとやらは、ただお前の後ろに隠れて泣くだけ。弐の姫は完全に戦意を喪失した。そんな守る価値の無い女など捨て置け」
「っ、母さんは守る価値の無い女なんかじゃないっ!!母さんは誰よりも優しくて!あったかい人だ!」
「……従者にここまで言わせて……弐の姫は何も言わず俺に怯えるだけ、か。仲間や家族を裏切ったお前も最低だが……そこまで弐の姫に盲信する姿は哀れだな」
ツルギが未月を挑発している間も蓮姫の涙は止まらない。
それでも……蓮姫は何故かツルギから目を逸らす事はしなかった。
その視線こそ自分に怯えている証拠、自分の素顔を恐れている証拠だとツルギは感じる。
視線を逸らさない、のではなく、逸らせないのだ、と。
「それ程まで…この醜い顔が恐ろしいか?目を逸らせぬ程に。俺は自分の素顔が大嫌いだったが……今この時は、この顔になって良かったと思うよ。憎い弐の姫に恐怖を植え付けられた。それだけでも価値はあった、とな」
自嘲気味に笑うツルギだが、彼とて本気で蓮姫を哀れんでいる訳では無い。
ツルギは再び未月と蓮姫に向けて剣を構える。
「弐の姫……こんな化け物に命を狙われるなんて、お前は可哀想な女だ。しかし、俺はお前に同情なんてしない。お前は……俺の妹達の仇だ。お前が余計な事をしなければ……っ、お前がこの世界なんかに来なければ!妹達は死なずに済んだんだっ!」
叫びと同時にツルギの体からは凄まじい殺気が放たれ、未月は気圧されないよう両足を踏ん張りそれを堪えた。
未月は蓮姫を守ろうと自身を必死に奮い立たせている。
たとえ相手が自分より格上の存在だろうと、化け物だろうと……逃げるわけにはいかない。
「母さん!結界を張って!俺が戦うから母さんは」
「っ!!?ダメッ!!」
未月が今まさにツルギへと飛びかかろうとした瞬間、蓮姫は未月の服を掴んでそれを止めた。
蓮姫の咄嗟の行動に驚いた未月は、蓮姫へと振り返る。
「母さん?」
「ダメ。やめて未月…戦わないで。……行かないで」
「……母さん」
蓮姫は震え、涙を流しながら未月へと懇願する。
戦うな……行くな、と。
そんな蓮姫を見て、未月もまた悲しげに表情を曇らせた。
(…母さんは…怖いの?…俺が……死ぬかもしれないから?)
蓮姫は化け物のような男に単身立ち向かう未月と、彼の無謀を止めようとしている。
いつだって従者達を…未月を大切に思う蓮姫ならば、そう動くのは当然のこと。
そんな蓮姫の普段と変わらぬ優しさが…今はただ未月の胸に重くのしかかる。
それはつまり…自分は蓮姫に……母さんに信用されていない、という事に繋がるから。
自分では誰よりも大切な母さんの、不安すら拭えないのか?
自分は母さんの涙すら止められないのか?
そう感じた未月には隙が生まれ、闘志もまた消えてしまう。
そんな未月の隙を、ツルギが見逃すはずもなかった。
ツルギは一瞬で未月のすぐ傍まで近づくと、未月の体を容赦なくその剣で斬りつける。
「ぐっ!」
「未月っ!?」
咄嗟に反応した未月だったが、ツルギからの攻撃は避けられず、ツルギの剣は未月の左肩から腰まで一直線に振り下ろされた。
深く、そして長く斬られた事で、未月の服は瞬く間に血で真っ赤に染まる。
ツルギは血を落とすように剣を振ると、舌打ちしながら未月へと呟いた。
「チッ。腕を斬り落とすつもりだったんだが……まぁいい。それなりに深い傷だしな。今までのように素早くは動けないだろ。ゆっくりと、徐々に、斬り刻んでやる」
「未月っ!!」
ボタボタと血を流す未月。
そんな未月に容赦なく剣を向ける化け物のような男。
たまらず蓮姫は未月の名を叫ぶが、ツルギは未月から視線を逸らさず、彼に向けて言葉を放った。
「言ったよな?先にお前をなぶり殺してやるって。約束通り、弐の姫の前に殺してやるよ」
未月の首に剣を添えると、ツルギはゆっくりと蓮姫へ振り返る。
「弐の姫。怯える事しか出来ない無力なお前は、そこで従者の惨たらしい最後を見てろ。心配しなくても、お前にはそれ以上の苦しみを与えてやる」
ニマ…と歪んだ笑みを蓮姫へ向けるツルギだったが、蓮姫の目には彼の笑みは笑顔として映らない。
(……どうして?)
今だけではない。
初めてツルギの素顔を見た時から、蓮姫は彼の姿が、顔が、他者とは異なって見えていた。
(…怖い。……怖いのに……この人を見てると……胸が苦しくなる。どうして……どうしてこの人は…)
蓮姫が涙を流し続けているのは、恐怖からではない。
蓮姫の目にしか映らぬツルギの顔。
化け物のような素顔と重なって見えるツルギの姿が……蓮姫の胸を締め付け、彼女から涙を溢れさせていた。
(…この人は……ずっと泣いてるの?)